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「アンタやっばいの敵に回しちゃったねー」
朝のHRあとの休み時間になった瞬間、隣の席のユカこと本原柚果はこう言った。
「やっばいのって?」
たしかにあの子、強気な子だったけど、そんなにヤバい子にはみえなかったよ。
もしかして、隠れ肥満ならぬ隠れヤンキー!?
もしそうだったら…私…。
殺されちゃうかも!!
あ、殺されはしないか。犯罪だもんね。
「なぁに百面相してんのよ」
ユカは私の頬をつつく。
「あんた知らないの?あの子が一体だれなのか!」
見たことはあるけど、廊下ですれ違った程度で名前とか思い出せない。
だって、まだ入学して3カ月だし。
クラスの子たちの名前をやっと覚えられたのに、他クラスの子まではちょっと。
「知らないよ?誰?」
「あの子はね…」
「あの子は、藤井ファンクラブ代表取締役会長、楠木江梨香さんよ」
「あの…もう一度言って?」
「だぁかぁらぁ藤井ファンクラブ代表兼監督部長の楠木江梨香さん!」
ふじいふぁんくらぶ…かんとく…ぶちょー?
「その楠木さんがいったいどれだけヤバい人なの?」
私がそういうと、ユカはまた大きなため息をはき、「私が言ってるの聞いてた?」と頭をおさえる。
「うん、すごい大きな会社の部長さんなんでしょ?ファンドって株とか証券とかのアレでしょ?若いのに部長ってすごいよ!高校生やりながら会社で仕事するなんですっごいやり手だ…」
私の言葉が途中で途切れたのは、ユカが私の口をふさいでるせい。
「あんた…恥ずかしいからそれ以上しゃべんないで?」
ん!んん!ユカ様!鼻と口一緒に抑えてる!苦しい。苦しいよ!
「あっごめんごめん。あのねぇ藤井ファンドじゃなくて、藤井ファンクラブ!」
「ぷはぁ!あー苦しかった。えっファンクラブの会長さん?え?誰の」
「あんたって、本当に鈍感よね。さっきまで一緒にいたでしょ?」
さっきまで一緒にいた?
藤井ファンクラブ。
ファンクラブ=親衛隊
藤井?ふじい…フィジー諸島…ちがうか。
FUJI?
きょとん。
うーんと唸っていると、
「あんたまだ分かってないの?藤井先輩のファンクラブのトップってことよ!楠木さんが」
とユカ姉さん。
あ、そっか。
藤井ファンクラブって藤井先輩の親衛隊さん達のことか。
やっと分かった。
それから、私はユカから藤井ファンクラブの話を授業が始まるまで聞かされた。
藤井ファンクラブの代表は、さっきの美女楠木江梨香だということ。
会員数は、全校の女子数約3分の2。
つまり、全校の女子3分の2が藤井先輩を好きだということ。
抜け駆けは最大の禁忌だということ。
最後にユカは、こう言った。
「藤井ファンクラブは、藤井先輩と関わるすべての女子を管理、監督、統制してるらしいの。だから抜け駆けしようものなら、幹部の方々から直々に裁きが下されるって話よ。気をつけなさいね」
そんな怖い人たちなのか。
そのトップが、楠木さん。
ん?
でもなんで私が、気をつけなきゃならないの?
あ、藤井先輩としゃべったからかな。
でも少ししか話してないし。
裁きって何だろう。
抜け駆けとかそういうつもりはないんだし、大丈夫だよね。
このとき、1年B組のドアの隙間から、鋭い視線を送っていた少女に私は気づいてなかった。