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なんて、早合点な人なんだろう。
私イジメられてなんかないのに。
どこに走って行ったんだろう。
“よっし!俺がしばいたる”
“俺がさらっと解決したる”
まさか…。
まさか、ね。
いや、そんな。
さっきの今でそんなに早く。
ブーーーーーブーーーーーー
そう考えあぐねていると、ブレザーのポケットに入っていた携帯のバイブが鳴った。
ディスプレイには、『本原柚果』と表示されていた。
《あんた今どこ!教室さらに大変になってる!藤井先輩がヤバイ!!!とにかく早く戻ってきて!止めに来て!》
教室に来るなって言ったり、来いって言ったりどっちなの。ていうか、藤井先輩がどうしたの?さらに大変?
いつも顔文字も記号も使わないユカからのメールにあるエクスクラメーションマークの数の多さに驚いた。
「い、急がなきゃ!」
私は座り心地のいいベンチから立つと、自分の教室に急いだ。
急いで駆け上がった階段。最初は1段飛ばしで上がっていた階段も、運動神経皆無な私には到底そのまま駆け上がるのは無理で、途中から結構ゆっくりめに、でも気持ちの中では早歩きで上った。
息を切らし、自分の教室がある方を向くと、
「…せ…先輩」
廊下に藤井先輩が立っている。
腰に手を当てて、眉間にしわを寄せて。
まさか、罪のない藤井ファンをボコボコにしたんじゃ…と、先輩の周りを見ると、
「え?」
数人の女の子や男の子が廊下に正座していた。
その正座している子たちのなかで、涙を流すものや、頬や体にケガを負っているものは誰一人としていない。
あれ…ユカのメールじゃヤバいって…。
遠くからその異様な光景を見ていると、黙っていた先輩が口を開いた。
「あの子をいじめる奴は、俺が許さへんからな!HRがはじまるまで、ここで正座しとき!反省せんかったら今日の昼飯抜きやで!」
お母さん、いや違う、おかん。オカンだ。
よくテレビでよく見る、大阪のオカンがそこにいた。
こころなしか、先輩の着ているシャツに薄っすらとトラの顔が見えなくもない。もしかして、シャツの中に虎柄のTシャツ着てる?
先輩は、腕を組みため息を吐きながら周りを見渡して…。
私と目があった。
「あ、キミ!もういじめっ子らは、俺がしばいとったさかいな。これで安心やろ」
私はおずおずと、どや顔の先輩の前に行く。
「あの…私、いじめられた覚えないんですけど」
あそこまで怒らしておいて、申し訳ないと思ったが、藤井ファンらしき女子以外の男子まで正座させられている方がもっと可哀相だ。
「えっ!?でも地獄を見るって」
「それは、私にも分かりません」
ユカの言ったことだし、私と藤井先輩のことがクラスで騒がれていたなんて、信じがたい。
「ただ、教室が静かになるまで外に出といてって言われただけです」
「そぉか?あーじゃあ、こいつらにえらい悪いことしたな」
藤井先輩は、そう言いながら頭を申し訳なさそうに掻いた。
先輩は、正座している子たちに、教室戻ってええで、と言いながら一人ずつに謝った。
これでやっと、落ち着く。
誤解も解けたし、先輩も正座してる子たちに謝ったし。
一件落着。かと思いきや。
「先輩!!陽依さんに告白したってほんとなんですか!?」
正座していた一人が、キッと私を睨み人差し指をこちらに向けて言い放つ。
きっとユカが言っていた藤井ファンの一人。
艶やかな漆黒の長い髪をさらっとひるがえして私を睨み付ける。身長は私よりはやや高めで、姿勢もよくっていいところのお嬢様風。
他クラスだということは知っていたけど、名前は分かんないな。
「先輩!答えてください」
藤井先輩は、詰め寄る藤井ファンA(仮)を見て、私をなぜかチラ見して、誰もいない廊下の先を見ると、「かっ関係ないやろ~~~~っ」と全力で走り去っていった。
藤井ファンA(仮)、私はポカーン。
「なにしとる、教室入れ橋宮。おい、楠木もクラス戻れ」
茫然としていた私達を、現実に引き戻したのは、担任の声だった。