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二章 レスター博士の元へ

 マニキス山の雪が辺りから消えて間もなく、ミラルたちはふもとの針葉樹の森にたどり着く。

 そこから下山しておよそ一刻。山で冷えた体には心地よい、日当たり良好な平野にラマノの街があった。


 山脈の南側にあった町よりも雪が積もるのだろう。街の建物はどれも高い土台の上に造られており、入り口には必ず階段がついていた。屋根も傾斜のきつい三角屋根で、左右にうまく雪が落ちる仕組みになっている。


 とうに冬は過ぎ、ラマノは春を迎えていた。しかし肌寒さがまだ残り、所々に溶けきっていない雪も見受けられる。

 歩き続けてひびきの体は温まっていたが、それでも外套を脱ぐ気にはなれなかった。


 すでに街中を熟知しているのか、先頭を歩くミラルに迷いはない。大通りを歩いたと思えば急に脇道へ入ったり、隣の通りへ出たりと街に馴染んでいる。


「もう少しでレスター博士の家に着くわよ。今回はそこで色々とお世話になるから」


 ミラルがにこやかに話をしていると、彼女の隣を歩くイグニスが鼻で笑った。


「つまり『傾国の女神』をこっちに渡す契約をさせた上に、宿代も浮かせようって腹か。このケチケチ大王」


「それの何が悪いっていうの? お金は必要なところに使うべきであって、使わずに済むならそっちを選んで当然じゃない。レスター博士に迷惑かけてる訳でもないし――」


 下山の疲れを見せずに、二人は悪態をつきながら先を進む。

 その姿を、ひびきは後ろからぐったりした顔で眺めていた。


(なんだろう、この人たちの元気は……)


 体を鍛えていたという自負はあったが、それでも空を飛んだり雪上を滑ったりするのは疲れた。

 二人のやり取りを見ていると、自分をまだまだ鍛えなければいけないと焦りが滲む。思わずひびきの口からため息が零れた。


「あ、ひびきちゃん大丈夫? 疲れたなら俺が抱っこして――」


 イグニスが振り向きざまに、こちらの肩を叩こうとする。

 条件反射でその手を避けると、ひびきは一歩後退して距離を空けた。


「問題ありません。疲れていませんから」


 空に浮いたままの手をワキワキしてから、イグニスが心底残念そうに肩を落とした。


「そんなに警戒しなくても……別にやましいことなんか考えていないのに」


「……アンタ、抱っこって言ってる時点でやましさいっぱいだから。浮かれるのは分かるけどさ、もう少し頭を冷やしなさいよ」


 ミラルがイグニスを諌めてくれて助かる、と内心ひびきは安堵していたが、


「何のひねりもなく触ろうとするからダメなのよ。『荷物持つよ』って言いつつ肩を抱くとかさ、『頭に埃がついてる』って言いながら頭ナデナデするとかしないとね。真っ向勝負なら警戒されて当たり前。口実ってすごく重要なんだから、ちょっとは頭を使いなさいよ」


 まさかの助言にひびきのこめかみが引きつる。

 ミラルの表情が、面白いおもちゃを見つけた子供のように輝いている。

 自分の身は自分で守らなければいけないということが、嫌というほど分かってしまった。


 しばらく歩き続け、一行は街の中心地から離れていく。

 民家が疎らに見える所でミラルは足をとめ、一番大きな建物を指さした。


「あそこがレスター博士の家よ」


 丸太が幾重にも組まれた二階建ての家だった。

 家の横には大雑把に刈られた草木の庭があり、新芽で緑が萌えていた。他の民家と同じく彼の家も石積みの高台にあり、朽ちた木の階段が玄関まで続いている。


 真っ先に玄関へ着いたミラルは、ノックもせずに扉を開けた。


「たっだいまー! 上がらせてもらうわよ」


 客人と言うよりも家人のような態度で、ミラルは遠慮なく家の中へ入っていく。


 まだレスター博士と面識すらないのに、足を踏み入れるのは失礼な気がしてならない。

 ひびきが躊躇していると、隣に並んだイグニスの足が止まった。


「い、良いのか? 勝手に入って……」


 イグニスが困惑の声を漏らし、ひびきに視線を送る。

 お互いに顔を見合わせて戸惑いと心配を共有すると、入ってしまったミラルに目を向け直した。


 玄関と一つなぎになっている居間の中に、二対のソファーと大きなテーブルが見える。

 ミラルは深々とソファーへ座り、背もたれへ寄りかかる。すでにくつろいでいるのか、体が脱力していた。


 その時、居間の奥にあった扉が開いた。

 現れたのは、北部特有の白い肌を持った少年だった。


「ミラル、お帰りなさい」


 少年は特に驚きも怒りもせず、人懐っこい笑顔をミラルに向ける。

 まだあどけなさを残した顔だが、強く引かれた眉と、はっきりした目鼻立ちが凛々しい。褐色の短髪は裾が刈り上げられ、首を長く見せていた。細身な分、手足の長さが際立っている。


「あれ、その人たちは?」


「前に話してたアタシの連れ。大きい方が担当のイグニス、小さい方が雑用係のひびきよ」


 手短なミラルの紹介に少年は頷くと、二人の元へ足早に寄ってきた。


「初めまして。俺はレスター博士の弟のセロ・グリフィン。どうぞ遠慮せずに上がってよ」


 セロに促されて「それじゃあ」と、イグニスがソファーへ進んでいく。ひびきも続いて中へ入った。


 先にイグニスがソファーへ腰かけたのを見届けてから、ひびきは彼の反対側に座っていたミラルの隣へ腰かける。

 残念そうに目を細めるイグニスを見て、ミラルはニヤニヤと一笑する。それからセロを見上げて尋ねた。


「ねえねえセロ、レスター博士はどこにいるの?」


「兄貴は二階の研究室。今、先客が来ていてさ……もうちょっとで帰ると思うよ」


 そう言ってセロは二階を指さす。ミラルは彼の指先を目で追う。



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