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   今回の目的

   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ミラルを先頭に、三人は洞窟の奥へと進んでいく。

 入り口こそ壁や床は岩肌が剥き出しだったが、外の光がかろうじて届く所までくると、タイル敷きの床に変わって歩きやすくなる。


 途中、脇に置いてあったランプをミラルが回収し、灯りを強めて中を照らす。通路だけでなく、壁にも色の剥げたタイルが敷き詰められており、三人の影が長く伸びていた。


 ようやく広間らしき所へ着くと、ミラルは辺りを見渡す。そして灯りが零れている部屋へ入って行った。


 ひびきとイグニスも後に続くと、そこは焚き火と革袋が置かれた小さな一室だった。天井はイグニスが軽く膝を屈めなければ頭が着くほどに低く、焚き火からほのかな温もりが漂ってくる。


「二人とも、そこら辺テキトーに座って」


 先にミラルが焚き火の近くに座り、三角を描くように二人も座った。

 各々に一息つくと、ミラルはひびきへ顔を向けた。


「どう見てもアタシより年下よね。ひびき、アンタ今いくつ?」


「今年で十七になりました」


 ミラルは「ふえー」と声を上げる。


「アタシより三つも下かあ。今までの雑用の中で、ぶっちぎりの最年少だわ」


 未だに驚きが治まらないのか、ミラルは感嘆とも戸惑いとも取れない口調だ。


 こちらもまさか物心ついた時に読んでいた本の作者が、たった三才しか違わない女性だとは考えもしなかった。

 思わずひびきは驚嘆の声を漏らす。


「すごいですね……子供の頃から、あれだけの文章と物語を書かれてきたなんて」


「初めて本を出したのは七歳の時。でも、初めの数冊はアタシが原案を書いて、それをカルツのお父さん――前の社長が文章の体裁を整えて本を出したのよ」


 そういうことなら、七歳で本を出せたことも頷ける。ただ、それでも凄いことには変わらない。

 ひびきが感心していると、手袋を外して焚き火で暖を取っていたイグニスが、口元を引きつらせて苦笑した。


「昔から無茶ばっかりして、歳を重ねるごとに酷くなってるよな。俺以外のヤツが担当やったら、今頃は担当も作品ごとにコロコロ変わってるだろうな」


 言い過ぎよ、と否定することなく、ミラルは不敵に笑ってイグニスを見やる。


「それはそれで面白そうね、良いネタになるわ。ところでイグニス……可愛い女の子だからって、この先アタシについて来れそうか確認を取っていない、なんてことはないでしょうね?」


「俺は公私混同しない主義。もし私情を交えていたら、ミラルなんかに会わせないって。ロクでもないこと吹きこまれそうだしな。しっかり確認済みだ」


 いつの間に確認を取られたのだろうか? 今までのやり取りを思い出す限り、隙あらば体に触ろうとしてくるか、軽い言葉で口説いてくることしかない。


 ひびきが考え込んでいると、隣にいたイグニスの気配が粘っこくなった。


「ひ~びきちゃーん!」


 浮かれた奇声と共にイグニスが腕を伸ばし、ひびきへ抱きつこうとする。

 刹那、ひびきは半身を捻り、真っ直ぐに両掌を突き出す。


 しかし彼の顔に当たる瞬間、イグニスは小さな動きでその手をかわし、ひびきとの距離を縮めてきた。


 大きな手が肩を掴もうとしてくる。

 ひびきは咄嗟にその手を払う。が、その隙をつこうともう片方の手が伸びてくる。


 何度もめげずに触れようとする手を払いのけるが、諦める気配はない。

 ならばと、ひびきは自らイグニスの懐に入り、伸びてきた腕を抱え込んで引っ張った。


「わわっ、ちょっと待――」


 体勢が崩れた瞬間を狙い、ひびきはイグニスを引き倒し、取った腕を後ろに回して抑え込んだ。


「イグニス先輩、無闇に触ってくるのは止めて下さい。武術の手合わせなら、いつでも喜んでお相手しますが……」


「あーゴメン、俺が悪かった! ミラルにひびきちゃんの実力を見てもらいたくてつい……だから許して。これ、かなり痛いから」


 まだ声が軽い、ここで離せばまた触ってきそうな気がする。でも仕事の話を進めなければ……。

 ひびきが下で呻くイグニスを見下ろしながら判断に迷っていると、ミラルが腹を抱えて大笑いした。


「ちょっと、何よそれ。イグニス相手にここまでやれるなんて凄いじゃない! 確かにこれならアタシについて来れるわね」


 カルツといい、ミラルといい、イグニスとやり取りするだけで妙に感心される。

 それだけ人を困らせている男なのかと、ひびきは呆れながらイグニスから離れた。


 イグニスが倒れたまま、ふぅーっ、と大きな息を吐き出した。


「俺……打たれ強い方なんだけど、結構痛かった……でも負けない」


「はいはい、勝手に言ってな。そこの浮かれ色ボケ担当は放っておいて、早速だけど仕事の話をさせてもらうわよ」


 げしげしっ、と呻き続けるイグニスの背中を足蹴にしてから、ミラルは強い眼差しでひびきを見すえる。


「聞いていると思うけど、今アタシが追っているのは『傾国の女神』。今回は専門に研究している考古学者のレスター博士と、協力して調べているの」


「ミラルにしては珍しいよな。『人を頼ると金を払わなくちゃいけないから嫌だ』って、いつも言うクセに」


 痛みが落ち着いたのか、ようやく体を起こしたイグニスが、背中を払いつつミラルへ尋ねる。


「レスター博士はお金よりも、『傾国の女神』の情報にしか興味ないから。もし『傾国の女神』が見つかっても、謎解きと歴史の研究や裏づけができれば、アタシに譲ってくれるって。お金を払わなくてもいいなら、使えるモンは遠慮なく使うわよ。快く誓約書も書いてもらったしね」


 なんの悪びれもなく言い切るミラルへ、イグニスは口元を引きつらせた。


「……本っ当にがめつい奴。その様子だと『傾国の女神』の正体も、どこにあるかも検討ついているだろ?」


「まーね。実物を神殿に供えて奉った宗教もあるし、王が常に隣へ置いて愛でた、愛で過ぎて后にした、なーんて伝承も転がっているわ。そして女神の取り合いで戦争が起きて、国が滅んだことも数多。フフ、国を傾けさせるまでの存在で、女神と呼ばれるに相応しい物なんて……想像するだけで胸がおどらない?」


 ミラルは力強く拳を握った。


「今回は『傾国の女神』の正体を暴くことが目的じゃないわ。手に入れることが目的よ! 現物を手に入れると同時に本を出せば知名度も上がるし、買い手も増れば値段もつり上がって大儲け! んふふふふー」


 一人にまにまするミラルに、ひびきは一瞬呆けそうになる。


 目の前にいる人が作家ではなく、手段を選ばないベテランの冒険者にしか見えない。彼女自身がすでに童話の登場人物だ。

 それでもこれは夢じゃない。ひびきは必死に現実へしがみ付く。


「目的は分かりました。それで、私はミラルさんの取材がうまく進むよう、雑用をしていけば良いのですね」


「ミラルでいいわよ。それ以外は断固として拒否。むず痒くなるからさ」


 頭をかきながら、ミラルは照れ臭そうに笑う。


 目上の女性を呼び捨てにするのは抵抗があるが、相手の望みならば仕方ない。

 ひびきが頷くのを見て、ミラルは機嫌よく口端を引き上げた。


「どんな仕事を頼むかは、その時にならないと分からないけれど、大抵は買い出しか荷物持ちかになるわ。あと、同じお宝を狙う人間に襲われる可能性もあるから、護衛になってもらうかもね。アタシの身はもちろんだけれど、原稿も奪われないよう守ってもらうわよ。原稿が台無しになって、また同じことを書かなくちゃいけないなんて時間のムダでしょ? 時間はお金で買えないから、とっても貴重なんだしね」


 雑用の中に護衛も含まれるとは……だから武術道場から人を送ってもらったのだろうか?

 想像していた雑用とは違いそうだ。しかし、引き受けたからには後には引けない。

 ひびきは息を呑み込んで覚悟を決めると、ミラルに目を合わせた。


「はい、分かりました。ミラルの取材が無事に終えられるよう、全力を尽くしていきます」


 感心したようにミラルがうんうん頷くと、表情を崩して肩をすくめた。


「頼りにしているわよ、ひびき。でもあんまり気負わなくても大丈夫よ。いつも危険な所にいる訳じゃないから。ただ……今からやることについていけるかしら? ちょっと特殊な道具を使うから、運動能力が高くないと使いこなせなくて、下手すれば全身打撲に骨折……遭難もあり得そうだし」


 さも当然といった口調で、ミラルが物騒な言葉を並べていく。ひびきの手に冷や汗がにじむ。


「今から一体何をしようと――」


「口で言うより見せた方が早いわね。もうこの遺跡での調査は一段落ついてるし、さっさと次に行かなくちゃね」


 ミラルは立ち上がり、隅に置いていた荷物の所へ行く。革ごしらえの茶色い外套に袖を通す姿は、雄々しく豪胆だった。


(この人を作家と見るのはやめよう。冒険者と思わないとついていけない)


 ひびきは腰を上げながら、そう何度も自分に言い聞かせた。

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