エピローグ
レフィークスに戻って一週間が経った。
話があったので私が社長室へ行こうとした時、後ろからバタバタと慌ただしく社長が走り過ぎ、転びそうになりながら部屋へ入って行った。
一体どうしたのだろう?
不思議に思って私は扉の隙間から中を覗く。
そこで見たものは――床を滑りながら土下座する社長の姿と、どう反応すればいいか分からず立ち尽くす新入りの雑用の姿があった。
「大変な目にあって、本当に、本当に申し訳ないんだけど、これからもミラルの雑用係を続けて欲しいんだ。君に続けてくれないと、二人が『原稿書かない』『暴れて会社を潰してやる』って言い出すと思うから……人助けと思って、どうかこの通り!」
今回の雑用係は本当に有能だった。社長が懇願したくなる気持ちはよく分かる――というか、私も同じ気持ちだった。
きっと彼女が辞ることになれば、仕事が格段にはかどらなくなる。今回の倍以上の賃金を渡してでも続けてもらいたい。
ただ、こちらが危惧するようなことはないと、心のどこかで彼女を信じる気持ちがあった。
彼女は一呼吸置いてから、小さな口を開いた。
「このまま続けても良いのですか?」
弾けたように社長が頭を上げ、新入りを見上げる。
「と、当然だよ! ずっと振り回され続けて嫌になると思うけれど、その分お金は払うから!」
……社長、そんなことを考えていたのか。人が必死に取材しているというのに。
後で文句を言わなければと思っていると、彼女は首を横に振る。
「こんな帰ってきた途端に倒れてしばらく寝込んでいた未熟者ですが、どうか続けさせて下さい。同じ失態はもう繰り返しませんから」
新入りが丁寧な動きで一礼する。
確かに彼女は最後の最後で倒れてしまった。しかし初めての同行で、毎日が慌ただしかったのだから、誰だって疲れて動けなくなる。
突然立ち上がった社長は彼女の手を握り、上下に大きく振った。
「ありがとう! これからもあの二人のことをお願いするよ。そうだ、早く二人に教えてあげないと!」
そう言うなり踵を返して、社長が部屋を出ようとする。
悪戯心が出て、私は社長に気づかれないよう扉の後ろへ隠れる。
喜び勇んで部屋を出た社長は、周りを見ることなく、真っ直ぐに下の階へと向かって行った。
頑張って探してくれと心の中で手を振ってから、私は扉を開けて新入りと向き合った。
急に現れて驚く彼女に、私はにっこりと微笑んだ。
「さあ、次の仕事へ行くからついて来て」
人差し指の先をちょいちょいと動かし、こちらへ来いと促す。
新入りは数度瞬きしてから「はい」と答えてくれた。
彼女の表情は、清々しい晴れ間のような笑顔だった』