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   本日の助っ人

「さてと、誰が来ているかしら……あ、いたいた」


 唐突にミラルが大きく手を振り、空に向かって「こっちに来てー!」と声を張り上げる。


 今度は一体何だろうと思いつつ、ひびきはミラルが見つめる先を目で追っていくと、北の空に小さな黒い粒を発見する。

 目を凝らして見ていると、グングンと粒は大きくなり、すごい速さでこちらへ迫ってきた。


 近づくにつれ、黒から深紅へと色が変わる。

 イグニスよりも大きな翼を羽ばたかせながら一行の頭上まで来ると、それはゆっくりと降り立った。


 鋭くつり上がった金色の眼に、大きく横に裂けた口。民家よりも大きな体に、トカゲのような顔――ミラルの本に書かれていた竜だった。


 本を読んで想像していた以上の大きさに迫力。ひびきは体を強張らせ、現実離れした光景に目を瞬かせる。


 レスターから同じように言葉を失って見上げている気配を感じる。

 しかしシアの方からは「おおっ、こいつは立派だな」と感激する声が聞こえてきた。腐っても女神、畏れる気配は皆無だった。


 竜はミラルに目を留めると、眩しそうに目を細めて笑った。


『久しいな、ミラルよ。また妙なことに首を突っ込みおって……懲りない奴じゃのう』


 地を這うような低い声が聞こえてくる。口はまったく動いておらず、頭の中に直接響いてきた。


 ミラルは「久しぶりー」と手を振りながら近づくと、竜の腕に手を添えた。


「長老がわざわざ来てくれるなんて珍しいわね。他の若い子を使えば良かったのに……」


『いつになく精霊が騒がしかったのでな、気になって来てみたんじゃよ。若い連中は力の加減が出来ぬから、倒れた者たちを避難させる前にケガをさせるかもしれんかったしな』


 チラリと竜がシアを見やる。


『また珍しいお方を見つけたのう。この方をあそこへ連れて行けば良いのかね?』


「ええ、取り敢えず避難させて欲しいの。お願いするわ」


 片目を閉じて腕をポンポンと叩いてから、ミラルはシアに体を向けた。


「シア、このままここに居たら面倒なことになると思うから、今の内にあそこへ避難してもらうわ」


 そう言ってミラルが今度はマニキス山のある方角を指さす。


 各々にそちらへ視線を向けると、頂上付近に何か浮かぶ物があった。

 雲にしてはゴツゴツと角張っており、生き物にしては無機質な感じがする。


 あれは、もしかして――。

 察しがついた瞬間、ひびきは無意識に呟いた。


「空飛ぶ街、オーディー……」


「アタシの作品よく読んでくれているわね、嬉しいわ。そうよ、あれがオーディーよ。一人で住むには大きすぎるから、今じゃあこれまで出会った竜やら神様やらの住処にしているわ。で、来て欲しい時にはこの小笛を吹いて呼ぶのよ」


 ミラルが懐から金色の小笛を取り出し、見せびらかすように小さく振る。


「これ無くしちゃったら大変だから、普段は持ち歩かずカルツに保管してもらってるんだけど、事態が大きくなりそうな気がしたから、イグニスに取りに行ってもらったのよ」


 おどけて「ね?」とミラルに話を振られて、イグニスは盛大なため息をついた。


「一晩の内にラマノとレフィークスを往復しろって、無茶言いやがって……魔神の姿のまま、あちこちの生気を吸わないように力抑えながら飛ぶのはキツいんだぞ。おかげで寝ぼけてひびきちゃんに迷惑かける羽目になったんだろ」


「それで良い思いしたんだから、文句言われる筋合いはないわよ。……と、話が反れたけど異論はないかしら、シア?」


 勝手に話を進めていくミラルへ、上着のボタンをとめたシアが腕を組んで「うーん」と唸る。


「できればこの地から離れたくないんだけどなあ。でも、ここに残ったら確かに面倒なことになるだろうし――」


「あくまで一時避難してもらうだけよ。ほとぼりが冷めるまで、これからどうするかレスターとじっくり話し合って決めてね。んふふふふー」


 にやあ、とミラルが人の悪い笑みを浮かべて、シアとレスターを交互に見る。

 レスターは「うん、分かった」とすんなり受け入れたが、シアは口元を引きつらせて頬を赤くした。


「……お前、まだ諦めてないんだな」


「当然でしょ? 一番需要のあるネタを入れないなんて、塩の入っていない料理と同じだもの」


 二人にしか分からない話をしてから、ミラルは親指を立てて竜を指した。


「さあ、シアとレスターは長老の背中に乗って。後の事はこっちに任せなさい、シアは自分のことだけ考えてくれれば良いから」


 強引に促されて、シアは釈然としない表情を浮かべながらも「分かったよ」と頷く。

 そして先にレスターが竜の背によじ登ると、シアへ手を伸ばした。


 おもむろに差し出された手を掴もうとして、シアは上げかけた腕を止める。

 ジッと見上げるその視線を、レスターは真っ向から受け止めていた。


「頼りないと思うけれど、シアが落ちないように絶対手は離さないから。だから安心して捕まって」


 レスターから普段の人が良さそうな少し頼りない雰囲気が消え、力強い眼差しが宿る。

 その目を食い入るように見てから、シアは一笑し、レスターの手を掴んだ。


「頼りにしているぜ、レスター」


 ギュッと二人の手と腕に力がこめられ、レスターがシアを引っ張り上げる。

 シアを前に乗せ、後ろに回ってから「あっ」と声を漏らした。


「しまった、セロを呼びに行かないと……家にいるかなあ?」


『その者はお主の身内か? ならば匂いでどこにいるか分かるぞ。拾いに行けば良いか?』


 竜の申し出にレスターは「あ、お願いします」と頭を下げる。

 初めて見るはずなのに、レスターから怯えは微塵も感じられない。もう竜の迫力に慣れているあたり只者ではないと、ひびきは考えずにはいられなかった。


「話は決まったわね。じゃあ長老、よろしくね」


『分かった。まだしばらく近くに滞在しとるから、何かあったら気軽に呼んでくれ。酒盛りなら大歓迎じゃぞい』


 笑いながら竜がゆっくりと羽ばたき、地面から離れていく。

 もう飛び上がっても手が届かない所まで浮かんだ時、シアがひょっこりと顔を出してミラルたちへ手を振った。


「色々とありがとな。もし何かあったら、今度はオレが力になるからな」


 そう言いながら微笑む顔は、今までの中で一番女神らしく、神々しかった。


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