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   ネタを紡ぐ者のケジメ

   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 立ち止まることなく駆け足を続けているために、ひびきの鼓動は早まり、呼吸が浅くなってくる。しかし自分にとって、これぐらいはまだ苦しい内には入らない。


 もっと早く走ろうと思えば走ることはできるが、ミラルを置いていく訳にもいかず、ひびきは速さを合わせて走っていた。

 決してミラルの足は遅くない。汗の筋をいくつも顔に作りながら、意外にも「疲れたー」と一言も口にせず駆け続けていた。


「……あら」


 ずっと無言だったミラルがようやく口を開き、顎で前をさす。


「見てよひびき。シアの力が伯爵の屋敷を飲み込んじゃったわよ」


 促されてひびきは目を細めて前を見つめる。

 遠くの方に見えるのは、大きな穴が開いた塀――イグニスが開けた穴だった。


 その穴の向こう側にあったはずの屋敷は、きれいに無くなっていた。


 塀の前に横たわっていたはずの人々の姿はなく、代わりにレスターと、いつの間にか人型に戻って外套を羽織ったイグニスの姿があった。

 こちらへ気づくなり、イグニスが手を振りながら駆け寄ってくる。魔神になった際に靴を失ったらしく、外套から覗く足は素足だった。


「ひびきちゃん、早くカギを俺に渡してくれ」


「シアに投げ渡すなら私が――」


「違う。シアの奴、自分の力を抑え込んでいないと、力が一気に広がって街が消えるんだと。誰かがシアの元に行って、手枷をはめないといけないんだ」


 イグニスの言葉を聞いて、ひびきの足が止まり、棒立ちになる。


 シアの近くに行けば、屋敷と同じように消されてしまう。

 それなのに必ず誰かがやらなければいけないとなれば、まず無事では済まない。消滅するか、運が良くても体がボロボロになるか、この二択しか考えられなかった。


 どれだけ短い時間でシアの元へ行き、手枷を着けられるかが生死を分ける。


 この中で一番素早く動けるのは……自分だ。

 ひびきは握り締めていた革袋を開き、カギを取り出す。そして身を強ばらせた。


 手が震え始め、「私がやります」という言葉も喉に引っかかって出てこない。

 焦るひびきの前に、スッと大きな手が差し出された。


「俺が行くよ。人間よりも遥かに体は頑丈だし、シアの所へ行くまでは保つと思うからさ」


「イグニス先輩……」


 鈍い動きでひびきはイグニスを見上げる。


 我が身可愛さで誰かを犠牲にするのは耐えられない。

 それならいっそ自分が行こうと腹が括れそうになった時――。


「ひびき、カギを貰うわよ」


 隣からミラルの手が伸び、あっさりとカギを奪われた。


 不意打ちの動きに、ひびきもイグニスも目を見張り、素早くミラルを見た。

 彼女はいつもの不敵な笑みを浮かべてから、すぐに目を据わらせイグニスに詰め寄る。


「イグニスは絶っ対にダメ。シアの力と、アンタの力、二つ合わさったらどうなるか読めないんだもの」


「だ、だからと言って、ひびきちゃんにやらせる訳にはいかないだろ。やっぱり俺が――」


「アンタが今やれることは、コレよ!」


 言うなりミラルは、イグニスの胸元をむんずと掴み、思い切りよく外套を引っ張った。


「な……っ!?」


 押さえる間もなくイグニスから外套が剥がされる。

 急いでいたためか、魔神になる前にこちらへ投げ渡した上着は身につけておらず、ほどよく身についた筋肉と肌が露わになる。


 かろうじて下半身は、自分の上着を腰に巻いていることが救いだった。


 イグニスがパクパクと口を動かしてから、目を釣り上げた。


「こんな時にいきなり何をしでかすんだ! せっかく格好つけてひびきちゃんに良い所を見せようと思ったのに……俺の恥を晒して何の意味があるんだ?!」


「うるさいわね。全く役に立たないよりマシでしょうが」


 耳元で騒ぐイグニスを睨みつつミラルは奪った外套を体に纏わせ、ひびきへ手を差し出す。


「ひびきの外套もこっちに渡して」


「え、は、はい」


 言われるままに、ひびきは外套を脱いで差し出す。と、ミラルは鷲掴みにして、さらに自分の体を外套で覆う。外套の重ね着で、肌は完全に見えなくなった。


「あの、何をするつもりですか?」


「シアの力対策よ。多分これでいいと思うんだけど――」


 フードを深々と被り、顔すら隠してしまったミラルに、ひびきは驚愕の眼差しを向ける。


「もしかして、ミラルが行くのですか?」


「そうよ。アタシがシアの封印をするわ」


 ミラルがシアの元へ走り出そうとして、思わずひびきは立ちはだかる。


「待って下さい! それなら私が外套を着込んで、シアの所へ向かいます」


 立ち止まってミラルはひびきに顔を近づけ、外套から目を覗かせて笑った。


「大丈夫だって確信が持てるなら、お願いするんだけどねー。あくまでも多分、なのよ。ハッキリ分かってないのに、他の人を身代わりにするなんてひどいと思わない? そんな無責任なヤツに成り下がるなんてまっぴらだわ」


 確信がないと言いながら、ミラルの瞳に迷いも恐れもない。

 危険を察知したらすぐ逃げていた姿が見当たらず、思わずひびきは戸惑って後ずさる。

 その隙をついてミラルは駆け出していった。


 すぐに後を追おうとしたひびきの腕を、イグニスが掴んで動きを止める。


「ミラルが言い出したんだ。行かせればいい」


「でも――」


 振り払ってでも動こうとするひびきから手を離さず、イグニスは息をついた。


「最後は必ず自分で締める。それがネタを作り上げて紡ぐ者のケジメだって、いつもミラルが言っている。どうせ引き止めても、また動き出すだけだしさ」


 塀の穴まで迫ったミラルの背中を視線で追いながら、小さな声で呟く。


「ああいうヤツだから、俺はミラルの担当でいられるんだよなあ」


 感慨深げに息をつく音を聞き、ひびきの中で焦りが鎮まる。

 こうなったらミラルを信じて待つしかないという覚悟が、心にどっかりと座った。


 ミラルは塀の穴の前で立ち止まり、レスターと幾言かを交わす。話は聞こえてこないが、交互にうなずいたり、首を傾げたりしていた。


 外套からミラルが腕を出し、レスターに向けて親指を立てる。

 そうしてミラルは、シアの光に飛び込んだ。


 微光でミラルが影になる。


 外套の裾を左右に揺らしながら、ミラルは前へ進んでいく。

 時折、裾が千切れて宙に消えた。


(外套が破壊されている……早くしないと)


 ひびきの手に汗が滲み、ギュッと握り込む。


 もしミラルが途中で倒れたら、即座に自分が行こう。

 そう心に決めていると、イグニスがひびきの腕から手を離し、「おっ」と声を漏らした。


「よし、ミラルがシアの所に着いた!」


 グッとイグニスが右手に拳を握り、左手でミラルを指さす。


 ひびきは目を細めて様子を伺うと、人影が二つ――立ち尽くす人影と、俯き加減で手を動かす人影が横並びしていた。


 次の瞬間。

 ぼんやりとした白い光に、突如として輝きが増す。

 そして辺りへ光が弾け、虚空にすべて消えていった。


 更地となった所には、服が消えて裸になったシアと、ボロ布と化した外套を着たミラルが立っていた。


(二人とも生きている!)


 イグニスと共にひびきは駆け出す。やや遅れてレスターも二人の元へ向かう。

 一足先に辿り着いたレスターは、己の上着を脱いでシアに被せていた。


「ミラル、シア、無事ですか?!」


 駆けつけたひびきへミラルは顔を向けると、その場へ腰を落とし、辺りに土埃を舞わせた。


「大丈夫な訳ないじゃない。読みが当たったから良かったけどさ……はぁーっ、すっごい疲れたわー……」


 ぼやきながら外套を脱ぎ、ミラルが手をヒラヒラと振る。

 外套よりはまだきれいだが、着ている服は光に飛び込む前よりも色がくすみ、汚れたように見える。しかし、気になったのはそれだけだった。


 汗だくになっているだけで異常は見当たらず、ひびきは胸を撫で下ろす。

 イグニスも安堵の息をついてから、前髪を掻き上げた。


「おいミラル。読みが当たったって、一体どう考えていたんだ?」


「んふふふふー……これを見てよ」


 ミラルが脱ぎ捨てた外套を指さす。

 小首を傾げながらひびきは視線を下に移す。


 目に見えて違うのは、焦げ茶だった色が黒く変色した点と、所々に開いた穴。

 転んで汚れたというよりは、長い年月を得て劣化したように見えた。


「シアの力で屋敷の天井が崩れて砂になったり、シアの服が崩れて消えたのは、光を浴びてからそうなるまで少し間があったのよね。それにシアが持ってる本来の力は、物を活性化させて、急速に老化させる力。だから光を浴びなきゃ大丈夫かなーって思ったのよ」


 得意気に眉を上げるミラルを見て、ひびきは眉間にシワを寄せる。


「それだけで判断を? 読みと言うより、賭けじゃないですか」


「あら、それだけで判断した訳じゃないわ。マニキス山に行った時、洞窟に作られた神殿だけが残っていたでしょ? 外の建物は跡形もなく消えているのに、どうしてあの神殿だけ残っているのか疑問だったの。それがシアの力を見た時に、理由がひらめいた気がしたのよ。問答無用で物を老化させるんじゃなくて、光を浴びた物を朽ちさせる力だって」


 ミラルが破顔してシアを仰いだ。


「これで合ってる、シア?」


 かけられた上着の襟を掴み、シアは肩をすくませる。


「……オレは自分の力が嫌いだったから、あんまり考えないようにしていたが、それで合ってるんじゃねーかな」


「じゃ、そういうことにしておくわ」


 両腕を上げて背伸びをしてから、ミラルは立ち上がって上空を見渡した。

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