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   自分に力はないけれど

 

 

 

 

(さーてと……どうしましょう?)


 息を整えながら、ミラルは対峙する人々をジッと眺める。


 ムートを追って教会の近くまで行くと、道を遮るように数十人が壁を作り、険しい表情で待ち構えていた。全員がシャパド教の信者――先住民なのだということは察しがついた。


 彼らは鍬や牧草を集めるフォークなどの武器を持ち、臨戦態勢を隠そうともしない。

 しかも最前列の人間は狩猟銃や手銃を持っており、その銃口をこちらへ向けていた。


 上空にはイグニスがいるが、セロを確保するまでは動けない。

 ひびきには別行動してもらっているため、今この場にはいない。


 数多の殺気がミラルに集中していた。


 間もなく、人垣の中から司祭アンバーが現れ、中央を陣取る。

 表情だけはいつも通りの好々爺で、穏やかな笑みを浮かべてミラルを見据えた。


「よくおいでなさったなミラル殿。何かありましたかな?」


「んふふふー、分かってるクセに。徳の高いおじーちゃんと思っていたけど、とんだ腹黒じーさんだったのね。見抜けなかったわー」


 不敵に笑いながら、ミラルはわざとらしい口調で挑発する。

 が、アンバーは表情を崩さず、心はまったく動じていない。あっさり頭に血が昇ったハーマンとは大違いだった。


 あれこれと話して腹のさぐり合いをするよりも、手短に伝えたほうが楽だと思い、ミラルは右手を差し出した。


「言っても無駄だと思うけど、セロと封印のカギ、返してくれる?」


「分かっていると思うが、ようやくワシら先住民の念願が叶ったというのに、それは出来ぬ相談じゃ」


 あーあ、年食うと頭が硬くなって聞き分けも悪くなるのよねー。

 アンバーからの予想通りの返事に、ミラルは心の中で呆れながら呟く。


 それから上空で待機するイグニスを指差した。


「今の内にアタシの言うことを聞いたほうが良いと思うんだけどなー。あそこに飛んでいるのは、万物から生気を吸い取る魔神。伯爵の屋敷から出ようとした時、アタシたちを邪魔してきたヤツらがいたから、生気を吸い取ってもらってその場に寝てもらったんだけど……」


 ミラルは肩をすくめてから、にっこりと笑った。


「早くシアを封印しないと、司祭さんたちの仲間も街と一緒に消えちゃうわよ? 普通の人が魔神に生気を吸い取られると、丸一日は身動きが取れないから。間違いなく破壊から逃げられないわ」


 本当は、既に応援を呼んで倒れた者たちを避難させているところだ。

 しかし敢えてそれを伏せて、彼らの動揺を誘ってみる。


 信者たちは思惑通りに動揺し、どよめきが起きる。だがアンバーは表情を崩さず「騒ぐでない」と静かに言った。


「皆、いかなる事態になっても、必ずこの地を取り戻すと女神様に誓っておる。心苦しいが犠牲はやむを得ない」


 この一言でどよめきが消える。彼らの顔に諦めの陰りと、重い覚悟が生まれていた。


(司祭様の言うことは絶対ってことね……みんなギチギチに縛られてるわね、可哀想に)


 アンバーに逆らえない彼らに同情しつつ、ミラルは腕を組み、顔をしかめて見せた。


「あら、薄情ねー。仲間の命を犠牲にして、奉ってる女神まで悲しませて、何がしたいっていうのよ。世界でも滅ぼすつもり?」


「別に世界をどうこうしようという訳ではない。ワシらはただ、先祖代々受け継いだ豊穣の地から、我が物顔で作られた余所者の街を消したいだけ。そして今度は余所者を一切排除して、ワシらだけで新たに街を興すのじゃ」


 アンバーの言葉に頷く人々を眺めながら、ミラルは考えをまとめる。


 つまり、先住民が自分たちの土地を余所者に好き勝手されたから、眠りについていたシアを起こして、強すぎる力を利用しようとした。

 でも年月を得てアデル王の墓に住み着いた大蛇に邪魔をされて、『傾国の女神』に興味を持っている人間がシアの元に辿り着くのを待っていた。


 いつ動きがあってもいいよう、レスターの所にはムートを通わせ、ハーマンの屋敷には召し使いを送り、彼らの様子を探っていたということ。


「……くだらないわね」


 ぽつりとミラルは呟く。


「奪われたから奪い返すのは勝手だけどさ、結局自分たちの手は汚さず、女神の手を汚しているだけでしょ? そこまで思い詰めているなら、もっと自分たちで知恵を出し合って、体を張って奪い返しなさいよね」


「『傾国の女神』とシャパド教は密接に繋がりあったもの。ワシらの本懐は、女神様の本懐でもある。今の穢れた地を見て、女神様もさぞ悲しかろうて」


 責任を女神に押し付けようとするアンバーに、ミラルの中で嫌悪感が強まる。

 しかし、これしか方法を思いつかなかったのは容易に想像がつくので、同情も混じっていた。


 アンバーが「話はこれくらいにして」と一区切りつけると、間近な者に目配せして何かを合図する。

 それを受けて、男が一人後ろへ下がり、慌ただしく教会へと駆けて行く。


 すぐに複数の駆け足の音が教会側から聞こえてくる。

 人垣を掻き分けて現れたのは、両腕を後ろに回して体を強ばらせているセロと、無表情のムートだった。


 ムートの手には銃が握られており、しっかりと銃口をセロのこめかみに向けていた。

 二人が左隣に並んだことを確かめてから、アンバーは顔を前に向け直す。


「人質の無事を願うなら、ミラル殿も、あちらの魔神も、妙な真似はしないでもらおう……誰か、ミラル殿を捕らえろ」


 前列にいた二人の大柄な男たちが短く頷き、早足でミラルに近づいてきた。

 その場から一歩も動かず、ミラルは腕を組み、男たちを待ち受ける。


(あらあら、予想通りの展開。良い感じでこっちに意識が集中しているわね)


 男たちの腕が伸びてきても、ミラルは顔色を変えず、アンバーたちから視線を逸らさない。


 ニヤリ、とミラルの口端が上がった。


 刹那――人垣の向こう側から、ドンッと鈍い音がした。

 そして、「うわあっ!」と右側の人垣が崩れ、数名が前のめりになって倒れ、よろけた者がミラルを捕らえかけていた者たちにぶつかって崩れ落ちる。


「な、何事だ?!」


 アンバーが狼狽した声を上げ、倒れた仲間たちに視線を向ける。

 他の者たちも動揺を隠せず、辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


 再び――ドンッ。

 さらに右側にいた人間が倒れ、その直後に一人、玉を鋭く投げたように人垣を突き抜けた。


 背後で異変が起きている。それに気づいて、アンバーたちは後ろを振り返った。


 それと同時に、人垣を飛び越えていく人影――ひびきの姿があった。

 まさか人をふっ飛ばして人間弾丸にするとは思わず、ミラルは小さく吹き出した。


 着地したひびきが、後ろに気を取られたムートの手に目がけて、鋭い手刀で銃を弾き飛ばす。


「…………っ! だ、誰が――」


 再び振り向こうとしたムートの首裏へ、ひびきの手刀が振り下ろされる。

 がくり、とムートの膝が折れ、その場へ崩れ落ちた。


 次々と起きる事態に皆が翻弄され、動揺が大きくなっていく。

 素早く周りを見渡しても、彼らは瞬時にひびきの姿を捕らえられない――小柄な体躯のせいで、大人の目線では顔を向けてもすぐには分からない。


 ひびきがすかさずセロの腕を引き、アンバーたちから離す。


「セロ、早く逃げて下さい!」


「う……うん、分かった!」


 二人の声でようやくひびきを見つけた者たちが、次々と襲いかかろうとする。


 今この場にいる中で、一番小さいのがひびきだ。

 けれど、無駄のない動きで彼らの攻撃を避け、手の平を突き出して腹部を押す。


 当たった者から「グッ……」とくぐもった声を漏らし、呆気なく倒れていく。

 その光景を、ミラルは上機嫌に眺めていた。


(良い動きしているわねー、さすが武術道場の娘だわ。根性もあるし、体力も底なしだし、ネタもいっぱい提供してくれる……うん、最高の雑用だわ)


 ミラルが心の中で親指を立てて、ひびきを称えていると――。

 顔色を変えたアンバーが、こちらを睨んできた。


「銃をミラル殿に向けろ。新たな人質にして動きを止めるのだ!」


 迅速にアンバーがミラルを指さすと、銃口が次々とこちらへ向けられる。

 動きに気づいたひびきが、ハッとした顔をして動きを止めた。


「ひびきー! アタシに構わず暴れちゃって。撃たせちゃっても大丈夫だから」


 ミラルの一言に、アンバーたちもひびきも目を点にする。

 忌々しそうに眉間にシワを寄せたアンバーが、声を張り上げた。


「命中させても構わぬ、撃て!」


 合図とともに、向けられた銃口すべての引き金が引かれる。

 立て続けに鳴り響く銃声を耳にしながら、ミラルは逃げずに凶弾を待った。


 弾がミラルに届きかけた直後――カチンッ、と跳ね返る。


 カチンッ、カチカチッ。

 次々とミラルの足下に落ちていく弾を見て、目の前にいる全員が愕然とした。


「こ、これは一体……?!」


 後ずさるアンバーへ、ミラルは破顔した。


「アタシはひびきや上の魔神みたいに、人をねじ伏せる力はないわ。でもね、どんな攻撃からも必ず守ってくれるものがあるのよ。ねえ、みんな?」


 ミラルが呼びかけると、無数の小さな青白い光球が現れ、ポウッと一瞬だけ光を強めて消えていく。


 人と妖精の間に生まれた子供自身は、他の人間と大差はなかった。

 ――すべての精霊に好かれ、精霊が積極的に力になろうとすること以外は。


 少しでも危害が加えられようとすれば、こうして攻撃を弾いてくれる。

 必要な情報を望めば、真偽を伝えてくれる――『はい』『いいえ』の二択しか分からないが、それだけでも十分に事足りる。


 攻撃する力は皆無だが、守りだけは鉄壁だった。


 普通なら起こりえない状況に、アンバーたちの顔から血の気が引き、各々に戸惑う。

 その時、後ずさったアンバーが、腰に下げた皮袋に手を添えるのを見逃さなかった。


 人間、動揺すると読みやすくなる。

 ミラルは口元を思いっきり引き上げて、にんまり笑った。


「ひびきー、司祭さんの腰にある袋を奪って。そこにカギがあるハズよ!」


「分かりました!」


 返事をすると同時に、ひびきは一瞬でアンバーの懐へ入って皮袋を奪う。そして、そのままミラルの元へ駆け寄った。


「動きが鮮やかねーひびき。スリの素質あるんじゃない?」


「冗談は後から言って下さい」


 近づいて来たひびきと一緒に、ミラルも踵を返して駆け出す。


 後ろから「早くカギを取り戻すのじゃ!」とアンバーの指示が飛び、人々の動く気配が背中に伝わってきた。

 ミラルはわずかに振り返り「ご苦労さま」と呟くと、空を仰いで大声を出した。


「さあ出番よイグニス! 後は任せたから!」


「了解。安心してシアの所に戻ってくれ」


 辺りの雑草を羽ばたきで寝かしつけながら、イグニスが下へ降りてくる。

 セロを助けて、ひびきがカギを持って離れたら、もう魔神の力を抑える必要はない。


 生気を吸われてどんどん倒れていくアンバーたちを確認してから、ミラルは前に向き直った。


 後はシアを封印するだけだが――街中に立つ白い光の柱を見て、目を細める。


(さっきより広がっているわね。急がないと)


 ミラルは唾を飲み込むと、体を前に傾けて走り出した。


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