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   セロとムート

   ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


(……一体どうなってるんだろう?)


 白木で組まれた見慣れない天井を仰ぎながら、セロは大きく息をつく。


 ひびきと別れてから自宅へ戻ろうとしたが、身代わりの女の子に「教会に連れてって」とお願いされて、せがまれるままに教会へ行くことになった。

 すると教会はいつになく大勢の人が集まっていて不思議に思っていると、いきなり彼らは自分を取り囲み、捕らえてしまった。


 そして教会の裏にある小屋――アンバーとムートが住んでいる家の一室に連れ込まれ、逃げないよう手首を縛られ、さらに椅子に縛り付けられ、今に至る。


 時折、扉の向こうから人の声が聞こえてくるので聞き耳を立てていると、「人質のボウズの様子は?」という声を拾う。どうやらそれが自分の置かれている状況らしかった。


 どうして人質にされたのだろうか?

 何となく『傾国の女神』が絡んでいるんじゃないかと思うが、狙いが分からない。


 首を動かして窓へ目を向けると、閉じられたカーテンのせいで外は見えなかったが、カーテン越しにいくつもの人影が映り、慌ただしく動いていた。


 外の声は何を言っているのか分からないが、緊迫した気配がヒシヒシと伝わってくる。

 今のところは縛られただけだが、自分が無事でいられる保証はどこにもない。


 セロの中で困惑よりも不安が上回りそうになった時、ブルルッという馬が鼻を鳴らす音が聞こえてきた。


 ほどなくして、家へ誰かが入ってくる音がした。

 足音がセロのいる部屋へと近づき――ギギィ、と軋みながら部屋の扉が開いた。


 現れた見知った顔に、セロは安堵の笑みを浮かべた。


「ムートさん! 来てくれて良かっ……」


 言いかけて、セロは言葉を止める。


 いつも穏やかで温かみのある優しさが、表情や仕草から滲んでいたムート。

 しかし、今は仮面でも着けたような無表情さで、鋭くなった目からは冷気が漂っていた。


 ふう、と息をついてから、ムートはセロを見据えた。


「セロが悪い訳じゃないけれど――」


 腰の後ろに手を回し、ムートが何かを取り出す。

 細く形の整った指が掴んでいたのは、修道服には不似合いな、持ち手に沈金細工が施された手銃だった。


「ごめんなさい……セロには人質になってもらうわ。大人しくしてくれれば、何もしないから」


 銃口が向けられ、思わずセロは息を呑む。


「ムートさん、あの……どうして、こんなことを?」


 恐る恐る尋ねると、ムートが悔しそうに目を細めた。


「……私たちの大地を取り戻すためよ」


 ひと息ついて睫毛を伏せると、ムートは再び口を開く。


「この地はシャパド教を信仰していた私たちの祖先が、女神様の眠りを守りながら静かに過ごしていたの。でも時代が進んで、それだけじゃあ生活できなくなって、外の人間を呼び込むことになった……でも、彼らは私たちとともに生きようとしなかった。好き勝手に建物を造って、豊穣の恩恵を横取りして、私たちの居場所を奪っていったわ」


 ラマノの街は、先住民を追いやることで規模を大きくしたという経緯はセロも知っている。

 ただ、その歴史と自分が人質になっていることが、どう関係しているのか検討つかなかった。


 セロが困惑していると、ムートがため息を漏らす。


「女神様は本来持っている強すぎる力を自ら封印して、豊穣の力を私たちに与えてくれた。封印を外せば、全てが朽ち果てて土に還るの。建物も人も、何もかも……だから余所者が造った街を消し去るために、女神様の封印を解いたのよ。この大地を清めて、今度は私たちだけで街を作り直す――それを邪魔する人がいるから、セロを人質にするの」


 邪魔する人と聞いてセロの脳裏へ真っ先に浮かんだのは、「いいネタになるわー」と喜ぶミラルの顔。

 おそらくイグニスたちが救出している最中に事が起きたのだろうと予想がつき、セロはようやく現状を理解する。


 そして、一気に青ざめた。


「え……今さっき封印を解いたってことだよね? 兄貴がシアと一緒に捕まってるって知ってたのに、兄貴の身を危険にさらすようなことをするなんて……」


 気づいてしまった事実に、セロは愕然とする。


 ずっと研究の応援をしてくれていたムート。

 いつもレスターと話をすると嬉しそうに表情を輝かせていたし、家に差し入れを持って来た時にレスターと会えない時は、寂しく笑って落胆していた。


 傍から見ていると、ムートがレスターに好意を持っているのは明白だった。それなのに――。


 セロが物言いたげにムートを見つめていると、彼女は視線を逸し、少し俯いて表情を曇らせた。


「……女神様の力はゆっくり広がっていくから、十分に逃げられるわ。私たちはこの地を取り戻したいのであって、人の命を奪いたい訳じゃないから」


 この話が本当ならミラルたちは逃げているだろうと、セロは少し安堵する。

 しかし、たった一人の兄のことを思うと、絶望ばかりが色濃くなった。


「ムートさん……兄貴は絶対に逃げないよ」


 弾かれたようにムートは頭を上げ、セロに丸くなった目を向ける。


「ど、どうして……?」


「兄貴はずーっと『傾国の女神』から豊穣の女神に戻したくて、人生かけて研究してたんだ。だから、自分がシアを目覚めさせたせいで『傾国の女神』にしてしまったって責任感じてると思う。自分の体はもちろん、命を犠牲にしてでもシアを豊穣の女神に戻そうとするよ」


 話している途中でセロの瞳が潤み始める。

 逃げて欲しいと渇望しながら、それはあり得ないだろうという確信があった。


 セロは唇を噛んで涙を堪えると、縋るような目でムートを見た。


「お願いだからムートさん、シアをもう一度封印して兄貴を助けてよ!」


 切実な思いをぶつけると、ムートの瞳が揺らぐ。

 視線を落として床をジッと見つめて思案すると、彼女は小さく首を横に振った。


「……ごめんなさい、もう止められないわ。どうか博士が逃げているよう、祈っていて」


 絞り出すような声でムートが呟く。と――。

 ――ザワザワと、外からどよめく声が聞こえてきた。


 何があったのだろうかと二人は顔を見合わせる。

 すぐにムートは窓に顔を近づけ、僅かにカーテンを開けて外を見る。


 ごくり、とムートの喉が大きく鳴った。


「な、何、あれは……?」


 一歩、二歩と後ずさり、鈍い動きでセロを見る。


「どうしたの、ムートさん? 外で何が起きているの?」


 答えようとしてムートは口を開きかけるが、唇は戦慄くばかりで動かない。

 と、おもむろにセロへ近づいて背後に回ると、椅子にくくりつけていた縄を切る。


 すぐにムートはセロの腕を掴んで立たせると、窓際まで引っ張っていき、無言でカーテンを開けた。


 セロの視界に入ってきたのは、少し離れた所にある人垣。

 そして上空に浮かぶ、大きな翼を広げた黒い何か。


 目を細めて見てみると、その体は人の形をしている。

 どんな顔と姿をしているのか詳細は分からない。ただ、見ているだけで苦しくなってくるような、禍々しい雰囲気を宿していることは理解できた。


(な、何だよ、あれ……化物じゃないか。あんなのミラルが書いた本の中にしかいない――)


 そう思った直後、セロの中で色々なものが繋がる。


 豊穣の女神シアが実在したということは、人外の者や怪物が実在しているかもしれない。

 そしてミラルは各地を取材しているのだから、著書はすべて作り話ではなく、中には本物がいて、実話を書いている可能性も十分考えられる。


 あの化物がミラルの知り合いで、この非常事態に助けを求めたのかもしれない。

 そんな希望が頭へ浮かび、セロの口元が緩んだ。


 ドンドンッ、ドンドンッ!

 扉を強く叩く音がして、セロとムートは各々に振り向く。


「ムート、人質を連れて外に来てくれ! 早く!」


 切羽詰まった男の声にムートは「分かりました」と早口に返事をすると、無言でセロを引っ張った。


 こちらと目を合わせない彼女の横顔は、いつになく白く、目つきは鋭く険しい。

 そんなムートを見て、セロは胸が締め付けられる。


 別人になってしまったと頭で思っていても、心がついていかない。


 いつも彼女を見ていた。

 兄には敵わないだろうと諦めながら、それでも憧れ続けていたから。


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