囚われの三人
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(まったく……捕らわれたは良いけれど、こんな苦痛があるのは誤算だったわ)
ミラルはソファーの背にもたれかかりながら部屋を見渡し、大きなため息をつく。
ハーマンの手下に捕らえられてから屋敷に連れ込まれ、捕まった全員が一部屋に放り込まれた。
ここまでは予想通りだったが、その部屋が問題だった。
見たところ部屋の掃除は行き届いており、ホコリ一つ見当たらない。決して劣悪な環境ではなかった。
が、床に満遍なく描かれた毒々しい渦巻き模様。水色を背景に神々を描いた荘厳な壁。天井に描かれた絵の中では、おぞましい悪魔の宴が繰り広げられている。
ソファーやテーブルなどの家具は一つずつ見れば絢爛豪華なのだが、どれもが個性を強調し過ぎていてケンカをしている。
応接間もそうだったが、この部屋はさらに悪趣味で落ち着かず、見ているだけで目眩を覚えてしまう。ただ半日いるだけでも立派な拷問だと思えた。
隣に座っていたシアから、苦笑する声が聞こえてきた。
「今の時代はこんな部屋が流行ってんのか? 昔の貴族は何でも黄金の物ばかり集めて悪趣味だったが、今の方がもっと悪趣味だな」
「この部屋は特別よ。流行ってないから、こんな統一感がなくて目が痛くなってくる部屋なんて!」
思わずミラルは拳を握り、シアへのつっこみに力を入れる。
わざとらしく大きな息をついて「そうかー、良かったぜ」と、シアが胸を撫で下ろす。彼女からは捕らわれたという危機感も緊張感も見当たらなかった。
しかしシアの隣に座っているレスターは、暗い顔をして項垂れている。今にも不安に潰されそうな気配が漂っていた。
「ミラルから聞いていたけれど、伯爵様が本当にこんなことをするなんて……これから僕たちはどうなるんだろう?」
弱々しいレスターの呟きに、ミラルは小声で明るく答えた。
「大丈夫よ。伯爵も雇われた手下たちも、あくまで欲しいのは『傾国の女神』であって、アタシたちの命じゃない。そこそこ話も通じるし、安易にアタシたちを傷つける真似はしないわ」
捕らわれた直後。手下たちに金と地酒を渡して「逃げないから傷つけないで」「もし無事に戻ることができたら、さらにお金を払うから」と持ちかけると、彼らは快く了承してくれた。
ハーマンには「アタシの秘蔵の宝石を渡すから、セロとムートを開放して」とお願いしてみると、気前よく受け入れてくれた。
世の中、相手を傷つけることが目的の人間もいるが、ハーマンたちにはまったく当てはまらない。
彼らはただ純粋に己の利益を求める、正常な部類に入る人間だ。駆け引きが成立するなら、自分たちが無傷で戻ることぐらい容易かった。
ただ、予想通りの展開で、意外性がまったくない。
自分たちの無事の方が大切だが、ネタ的に盛り上がりに欠けるのは面白くなかった。
ギギィ……。重厚感のある扉が開く音がした。
ミラルが振り向くと、背後に手下を三人ほど従わせたハーマンが立っていた。昼間に会った時よりも得意気な笑みを作り、紅潮した頬が脂ぎって艶やかに光っている。
「皆さんいかがですかな、この部屋は? 屋敷を建てる際、大切な客人をもてなすために一番力を入れた自慢の部屋。不服は有りますまい」
……この部屋が一番不服なんですけど。
全力で否定したい気持ちでいっぱいだったが、くだらないことで機嫌を損ねられると困る。ミラルは開きかけた口を、どうにか押さえ込んだ。
レスターとシアも複雑そうな顔をするが、何も言わずにハーマンを見つめる。
無言は肯定と勘違いしたようで、ハーマンは腕を組んで満足気に頷いた。
「ワシの手元に『傾国の女神』が来てくれれば、間違いなくここから出そう。部屋が気に入ったというなら、何日でも滞在しても構わないぞ」
……こんな所に何日もいたら、むしろ気が狂うんですけどー!
ミラルが頬を引きつらせて心の中で叫んでいると、ハーマンはレスターに視線を送った。
「博士には迷惑をかけてしまって申し訳ない。研究は引き続きできるよう取り計らうから、今まで通りに研究をしてもらいたい。現物が必要な時は、いつでも屋敷に来て下され」
「は、はい、ありがとうございます。私は研究さえできれば、それで十分ですから」
青白い顔に心労を上乗せしながらレスターは返事をする。
従順な態度を見て、ハーマンの笑みがさらに深くなった。
「研究を世間に発表する際は、ワシも協力するぞ。費用が足らなければいくらでも援助するから、その時は遠慮なく言ってくれ。ところで――」
スッ、とハーマンの視線がレスターからシアへ移る。
「そちらの女性はどなたかな? 博士の家へ何度も足を運んでいるのに、お会いしたことがないが……」
「彼女は博士がつい最近雇った助手よ。まだここへ来てから一週間も経ってないわ」
ミラルの説明に、ハーマンが怪訝そうな表情を浮かべる。
「助手? ……失礼だが、そんな風には見えんな」
言いながらハーマンはシアをジロジロと見てくる。
いくらシアが長い年月を生きてきたとしても、外観は若い女性で、口を開かなくてもガサツそうな気配が漂っている。助手どころか、家事の手伝いすら間に合わなさそうに見られているのだろう。
この嘘に無理があるのは重々承知だ。だから疑われたら「実は……」と、もっと自然な嘘をついて、疑いの目を逸らす予定だった。
ミラルが答えようとした時、先にレスターが「あの」と口を開いた。
「助手というのは名目で、その……彼女は私の婚約者なんです」
レスター以外の人間が、一斉に固まる。
ハーマンやその手下たちはもちろん、ミラルとシアも驚きで目を見張り、レスターを凝視した。
(何の打ち合わせもしていなことを言い出すなんて……どうしちゃったのよ、レスター?)
ハーマンとの駆け引きは全部自分に任せて欲しいと伝えて、レスターも了承している。それなのに、この場面で勝手に動かれては予定が狂う。――良い刺激だった。
背筋に緊張を走らせながらミラルが胸を躍らせていると、レスターは照れ笑いを浮かべてから、恥ずかしそうに俯いた。
「ずっと昔から好きで、追いかけ続けていた人なんです。ようやく『傾国の女神』を見つけることができて研究が一段落すると思ったので、こちらに呼び寄せたばかりなんです」
静かだが、熱意を感じさせる声。嘘を嘘と思わせない、妙な説得力があった。
それもそのはず。婚約者ということを抜きにすれば、レスターは真実を話している。
小さい頃から憧れ続けて、人生をかけて『傾国の女神』シアを追い求めてきたのだから。
ミラルが視線を流して隣を見やると、シアは唇を戦慄かせながら、耳の先まで顔を赤くしていた。面白いほどに動揺している。
この嘘に便乗しなければと、ミラルも身を乗り出して話を盛り上げる。
「そうそう。他人に婚約者って知られるのが恥ずかしいから、助手ってことにしてもらいたかったのよね?」
わざとシアに話を振ると、彼女は困惑を隠せずにオロオロし始める。
しかし腹をくくったのか、胸を張って開き直った。
「あ、ああ、その通りだ。婚約者だなんて、オレの柄に合わないから知られたくなかったのに……レスター、ミラル、後で説教な」
目を据わらせながら、シアはミラルとレスターを交互に見る。
さらに顔を紅潮させる姿が何とも初々しい。思わずミラルは吹き出した。




