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   耐えがたい眠気

「もしかして、ここは上でたまった骨を捨てる所か? それにしては随分と扱いが酷いな……だとしたら、罪人の亡骸を捨てる所なのかもしれないな」


 独り言をこぼすイグニスに目を向けた瞬間、ひびきは目を見張る。

 かなりの高さから落ちているのに、顔は擦り傷を作っただけで済んでいる。そもそも普通なら全身の骨が砕かれて、身動きすら取れなくなるはずなのに……。


 桁外れの力に、丈夫さ。一体どれだけの鍛錬をすれば、ここまで強くなるのだろう?

 ひびきが尊敬の眼差しを送っていると、イグニスはこちらを向き、恥ずかしそうに頭を掻いた。


「今日はひびきちゃんにカッコ悪いところばかり見せて、情けないなー俺。愛想尽くされないためにも、ここらで名誉挽回しないと」


 おもむろにイグニスは立ち上がり、服についた汚れを払いながら上を見る。


「結構落ちたみたいだな、まったく穴が見えない」


「ええ……どれだけ高さがあるか分かりませんが、脱出するにはここの岩壁をよじ登るしかなさそうです」


 そう言うと、ひびきはランプを置いて手首や足首を回した。


「体が軽い分だけ私の方が、岩場を崩さずに登れると思います。先に登って上からロープを垂らしますから、イグニス先輩はそれで脱出を――」


「いや、それよりももっと楽に脱出できる方法があるんだ。少し準備は必要だけど」


 ……壁を登る意外にどんな方法が?

 手元にランプしかない状態。どう考えても他の脱出方法が思い浮かばず、ひびきはイグニスを凝視しながら話の続きを待つ。


 イグニスは横目でひびきを見やると、手招きしてこっちへ来るように促してきた。

 不思議に思いながらも、求められるままにイグニスへ近づくと、ひびきは彼を見上げた。


「どうやって脱出するのですか?」


「それは……あっ、ちょっと待ってくれ」


 こちらに顔を向けると、イグニスは手袋を外し、ひびきの頭に手を伸ばした。


「な、何でしょうか?」


 咄嗟にひびきが身構えると、イグニスは慌てて「やましいことじゃないから」と首を横に振った。


「今ひびきちゃんの頭に赤い物が見えたから、ケガしたのかと思って。悪いけれど、少し確認させて欲しい」


 別に痛みは感じないから問題ないとは思うが、落ちた衝撃で知らない内にぶつけたかもしれない。頭の負傷は軽いものでも、場所が悪ければ急変する時もある。いくら痛くなくとも侮ってはいけない。

 そう父から何度もしつこく教えられたことを思い出し、ひびきは「分かりました」と素直に応じる。


 イグニスの手がそっとひびきの髪を分け、腫れ物を扱うような手つきで頭を触る。

 くすぐったい感触と真剣に心配している気配のせいか、いつもの調子で口説かれるよりも恥ずかしく思えてしまい、ひびきの頬に熱が集まり始めた。

 

 ひびきがソワソワする気持ちを顔に出さないよう平然としていると、イグニスが小さく唸った。


「んー、見間違いだったかな? 特に問題はないみたいだ。でも……」


 スッとイグニスの手が頭から下りて、ひびきの額へ移る。


「ちょっと熱が出てきてるな。ひびきちゃん、気分は悪くなっていないか?」


 急に顔を覗き込まれ、ひびきの鼓動が跳ねる。

 早く離れて欲しくて頷こうとすると――何故か足に力が入らず、体が前へ倒れ込んでいく。


 すかさずイグニスが「おっと」と声を漏らし、慌ててひびきを抱きとめた。


「大丈夫か、ひびきちゃん?!」


「は、はい……すみません、今すぐ立ち上がりますから……」


 話をしている最中にも体から力が抜けていき、強い眠気が襲ってくる。


 ついさっきまで何の異常もなかったのに……。

 ひびきは自分の身に起きていることに戸惑いながら、どうにか自力で立ち上がろうとする。けれど、力は抜けていく一方で、いよいよ意識が朦朧としてきた。


 ポンポン、と子供をあやすようにイグニスの手がひびきの背中を叩いた。


「きっと気が抜けて疲れが出たんだろうな。あとは俺がどうにかするから、ひびきちゃんはゆっくり休んでいてくれ」


 意識が薄れていき、イグニスの声が遠くに聞こえる。

 仕事中の上に、非常事態の真っ只中なのに倒れるなんて……と、迷惑をかける心苦しさと悔しさで、ひびきの胸は締め付けられる。


 やっぱり自分にはまだ鍛錬が足らないのだ。

 病弱で何も出来なかった頃の自分は、未だに隣に潜んでいて、虎視眈々とこの身を乗っ取ろうとしている気がしてならない。


 意識が途絶える間際にひびきが理解できたのは、熱くなった目頭と、眠りを促すようにイグニスが優しく頭を撫でてくる感触だった。


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