イグニスの弱点
間もなく――ダァンッ!
激しく叩きつけられ、イグニスから激しい震えが伝わり、ひびきの全身が突き上げられる。
その直後、フッと体が軽くなり、虚空に浮いた感覚が訪れる。
しかし息を吸い込む間もなく再び強い衝撃に襲われ、ようやく動きが止まった。
思ったよりも体に痛みはない。
ただ、動悸が激しくなり過ぎて、体の内側から鈍い痛みがひびきを叩き続けていた。
少しずつ落ち着き始め、ひびきは大きく息を吐き出した。
(……良かった、どこも骨は折れていないみたいだ。イグニス先輩は――)
思考が働き始め、意識がイグニスの方へ向く。
抱き締める腕に力が入り続けている。どうやら死んではいない。
けれどイグニスの体は強張ったままで微動だにしない。
生きていることに安堵したのも束の間、ひびきの手から冷や汗が滲み出てくる。
無事を確かめなければと目を開けてみたものの、真っ暗で何も見えない。
「イグニス先輩、大丈夫ですか?」
声をかけても返事はない。イグニスの胸元に添えていた手で揺さぶっても、反応はなかった。
もっと状況を把握せねばと、ひびきは一旦イグニスの腕から出ようと身じろぐ。
と、逃しはしないと言わんばかりに、腕の締め付けが強くなる。
そしてイグニスの全身が細かく震え出した。
「ど、どうしたんですか? しっかりして下さい!」
息を詰まらせながら必死に呼びかけると、ようやくイグニスが掠れた声で「ご、ごめん」と呟いた。
「ケ、ケガは……擦り傷ぐらいだから、体は、大丈夫。でも……」
少し話しただけで呼吸が荒くなり、イグニスは言葉を止める。
何度か深呼吸してから、絞り出すような声で話を続けた。
「俺……実は、暗所恐怖症なんだ。完全に真っ暗な所に入ると……怖くて、震えが止まらなくて……」
次第に涙声になり言葉を詰まらせるイグニスから、切実な空気が伝わってくる。
早く灯りになる物を探さなければと心が焦る。
けれど、ランプとライターは置いてきてしまった以上、他の灯りは――。
少し考えてから、ひびきはイグニスに尋ねる。
「あの、イグニス先輩のランプはどうなりましたか?」
「床が崩れた時……穴に、落としちゃったよ」
それなら見つければ灯りが確保できるかもしれない。衝撃で壊れてしまったか、もう残り火すら消えてしまった可能性のほうが高いだろうが、確かめる価値はある。
取っ掛かりを見つけ、ひびきはわずかに頷いた。
「では今からランプを探してみますから、離れてもらえませんか?」
言われてイグニスの腕が少し緩む。しかし、すぐに力が加わった。
「ごめん……今、離れたら、発狂しそう」
こんな身動きが取れない状態では、いつまで経っても探しに行けない。
いっそ強引に抜け出ようとも思ったが、ここまで追い込まれている人間を突き放すのは気が引ける。それなら間を取って――。
ひびきは長息を吐いてから、軽く腹部に力を入れた。
「イグニス先輩、しっかり私の首にしがみついて下さい」
「え? ……こ、こう?」
困惑気味にイグニスがひびきの首へ腕を巻き付ける。熱を帯びた吐息に混じり、温い水――恐らく涙――が首筋に落ちた。
すかさずひびきは開放された手をイグニスの背中と大腿の裏に滑りこませると、そのまま抱き上げながら立ち上がった。
「どれだけ時間がかかるか分かりませんが、今から足でランプを探していきます。私が良いと言うまで喋らないで下さい」
コクコクと何度もイグニスが頷くと、腕に力を入れる。
それを合図に、ひびきは小刻みに舌打ちしながらゆっくり体を回し、耳を澄ませる。
微妙に聞こえ方が違ってくる音から、近くに壁や大きな石があるかを探っていく。
これは父から教えてもらったことの一つ。ランプのような小さな物までは分からないが、不意打ちの衝突は回避することができる技だった。
舌打ちを続けながら、少しずつ歩いていく。一歩進む度に床を拭くように足を動かしてランプがあるかを確かめるので、亀の歩みよりも進むのは遅かった。
どれだけの広さがあるかも分からなければ、ランプが壊れずに転がっているとも限らない。もしかしたら出られないかもしれないという不安のせいか、空気を重く感じる。
だが、イグニスが動けない以上、自分がやるしかないんだとひびきは心を奮い立たせていた。
徐々に腕が痺れ、集中力も途切れ途切れになっていく。体の疲れもみるみる内に積み重なり、全身が鉛に変わっていくような錯覚を覚える。
少し休みたい。でも、ここで立ち止まれば動けなくなりそうな気がして、足を止められなかった。
不意に――ポウッ。
視界の隅に青白い光が見え、思わずひびきはそちらを向く。
すると、かろうじて芯に火の気が残っていたランプを見つけた。
目を見張った瞬間、ひびきは疲れも忘れて駆けつける。
イグニスをゆっくり降ろして座らせると、手探りでランプの取っ手を掴み、灯りを強めるつまみをひねった。
ほのかに赤く温かな灯りが広がり、ひびきとイグニスを照らす。
しがみついて肩に顔を埋めていたイグニスの震えが止まり、頭が上がった。
ランプの火をまじまじと見つめてから、盛大なため息と同時に、ひびきから腕を離した。
「た、助かった……よく火が消えずに残ってたな。俺たち、運が良いのか悪いのか……」
後ろに手をついて苦笑するイグニスを見ながら、ひびきは内心首を傾げる。
あの青白い光は何だったのだろうか? ランプの残り火なら、普通は赤いはずなのに――。
単なる目の錯覚だとは思うが、妙に引っかかる。ただ、今はここから脱出することが先決だ。
ひびきは痺れた腕をブラブラさせ、頭上を仰ぐ。
ランプを高く掲げて照らしても、光は届かず、暗闇が続いているだけだ。
視線をゆっくり下ろして周囲を見渡すと、岩壁に囲まれているのが分かる。どうやら洞窟の中に落ちてしまったようだ。
さらに視線を下げていくと、硬く細かい起伏のある地面には歪な小石や、割れた頭蓋骨などが散乱していた。




