プロローグ 『はじまりの物語』
『「よう、昨日の話はどうなった?」
私が食堂へ行くと、昨日の夕方に顔を合わせた男たちの一人が声をかけてきた。
同席している他の者たちは笑い転げながら、酒を片手に私を指さす。
「意地悪を言うなよ。お前にもあっただろ? 伝説やおとぎ話に熱を上げて、『この目で確かめてやる』って青臭いことを言ってた時期がさ。でも夢は夢。そうやって現実を受け入れていくんだよ」
「ははは、違いねぇ。オレたちも昔は青臭いガキだったからなあ」
男たちが笑い終えるのを見計らって、私はニッと口端を上げて笑ってやった。
「昨日の話してくれた、この村で語られている伝説の竜のことなんだけど……」
一瞬目を丸くした後、男たちはさっきよりも大きな笑い声を出した。
「どこを探しても見つからないって言いたいんだろ? それか、オレたちに嘘を教えられたって怒りたいってところだろ? 伝説なんて所詮、作り話なんだから――」
「連れてきたよ。今、すぐ近くにいる」
私の小さな一言で、彼らの笑い声が消える。
昨日、私は彼らと約束をした。
彼らがあまりにしつこく「あくまで伝説。竜なんかいない」と言ってきたから、「だったら連れて来てやる」と受けて立ったのだ。
しばらく男たちは顔を見合わせていたが、唐突に手を叩いて笑い出した。
「そうか、そうか! だったら今すぐ会わせてくれよ、伝説の竜に」
「じゃあ遠慮なく呼ばせてもらうよ」
私はそう言うと、近くの窓を開けて顔を出した。
「おーい、ちょっとこっちに顔を出して!」
腹の底から声を張り上げると――ズゥゥゥンッと重い地鳴りが床を大きく揺らす。食堂のテーブルと椅子が一斉に飛び跳ねた。
男たちの顔から笑みと余裕が消え、ぽかんと口を半開きにしたまま固まる。
その直後、窓からヌッと巨大な深紅の塊が現れた。
鋭くつり上がった金色の眼。大きく横に裂けた口からは、少し黄ばんだ牙が覗いている。草むらにいる小さなトカゲのような顔だが、大人の体よりも遥かに大きい――この村に語り継がれていた伝説の竜だった。
男たちは点になった目で竜を見上げ、微動だにしない。その顔が面白くて、思わず私は吹き出し、竜に近づいて口先をなでた。
「ほうら、彼が伝説の竜。この村の隣にそびえ立つペレス山の頂上にいたんだよ。訳を話したら、快く村に来てくれた」
相づち代わりに、竜は喉で「グルル……」と鳴く。そして私に鼻頭を優しくすり寄せてきた。
竜と戯れてから、私は男たちへ振り向いた。
「思う存分確かめなよ。これが現実」』
(ミラル・ガジェット著『はじまりの物語』より)
幼い頃、病弱で床に就いてばかりだった私へ、何度も母が読み聞かせてくれた本。
病に苦しんで折れそうだった心は、物語を聞く度に奮い立った。
心は弾んで踊り出し、体を動かしたいという疼きを生んだ。
外へ出たい。元気に動き回りたい。
こんな弱い体に負けたくない。
だから私は――。