第一章ー1
早朝、日の出と共に生活がスタートするのがこの世界の常識である。その常識に漏れず俺達も日の出と共に起き、一度集まって今後の行動について話し合いの場を設けた。
「……すいません。ウサ耳が不調のようなのです。もう、一度言ってもらえますか」
引きつった顔をするクラリスの前で、俺は意識してハッキリと言葉を紡ぐ。
「サイクロプスを狩りに行く」
「ああ、やはり、わたしのウサ耳はバカに成ったみたいなのです。エレナ様の護衛の筈のキリュウさんが態々、ワザワザ二等級のモンスターにぶつかりに行こうなんて……」
クラリスは自分のタレウサ耳を、治れ、治れと言わんばかりに撫で付ける。
「大丈夫。クラリスの頭も耳も正常」
俺の前での態度とは打って変わって、無感情な声を出すエレナ。
「じゃあ、キリュウさんが異常しいのです。死地に護衛対象を連れて行こうとする護衛なんて」
「キリュウは護衛じゃない味方」
ウサ耳を握ってイヤイヤと首を振るクラリスと、軽く誇らしげな様子のエレナに対し、
「いや、そもそも俺は一言も付いて来いなんて、言ってないんだが……」
と、ボソリと呟く。
すると、クラリスがなまじりを上げ、声を張った。
「何を言ってるんですか! あなたは護衛であると同時にエレナ様の主と成ったのですよ!」
「そう、所有物の居場所はキリュウの手元」
「そして、わたしはエレナ様の護衛騎士なのです。なら、否が応でもキリュウさんに付いて行くしかないのデス! ええ、わたしが反対した所で、あなたが行くと言って出て行ってしまえば、自然と付いて行くしかないのデスヨ!! …………ですので、考え直してください、キリュウさん」
最終的に懇願してクラリスに泣きが入る。
確かに、自己申告では四等級しか倒した事の無いクラリスと、まだ小さいエレナを連れて二等級のサイクロプスを討伐しに行くと言うのは無謀に感じるだろう。
何せ、最低熟練のハンターが十人掛りで相手にするようなモンスターである。安全を考えるなら二十人は欲しい所である。それをキリュウは足手まとい? を連れて狩りに行くと言っているのだ。気でも違ったかと疑われても文句は言えない。
「でもなぁ、現状の戦力で狩れるモンスターの中で一番おいしいのはサイクロプスなんだよなぁ」
頭に手をやり、ケモ耳の後ろをコリコリと掻きつつ、そう、のたまう。
「討伐可能なのですか!? いえ、その前に『おいしい』とはどういう意味なのですか?」
「おいしいってのは、費用対効果が高いって意味だよ。……あ~~、分かり易く言うと、少ない労力で大きな利益を生み出せるって所かな。サイクロプスの素材はかなり優秀だからね。超高額で取引されるんだ」
「意味は理解しました。ですが、本当に討伐可能なのですか? サイクロプスと言えば、高い魔法耐性と物理耐性を備えた皮膚と、レアメタルを固めた超硬度の岩棍棒を装備した歩く要塞の様な一つ目の巨人だったと記憶していますが……」
正直、信じられない、と胡乱な表情を浮かべるクラリス。
「確かに、防御力は一等級と変わらないらしいね」
一等級。それは国軍が出動するようなバケモノである。
「そんな相手にわたし達の攻撃が通るとは思えないのです」
「それが通るんだよね。……サイクロプスはね、一等級となんら変わらない馬鹿げた防御力を持っているくせに、二等級に分類されているんだ」
「????」
と、二人が首をかしげる。
一等級と二等級の間には隔絶的なスペック差が存在する。
「要するに殺り方しだいで、どうとでも成るって事だよ」
「はぁ、説得は無駄のようです。……もう一度お聞きしますが、勝算はあるのですね?」
疲れた表情のクラリス。トレードマークのウサ耳のタレ度が増したような気がする。
「ああ、勝算もあるし、俺の指示に従う限り(サイクロプスからは)殺される危険は無い」
と、不敵な笑みを浮かべつつ、自信満々に言ってやる。
「信じますよ! 信じますからね!!」
「よし、全員からの了承も得られたし、必用な物をそろえるとしよう」
「何が必要?」
可愛らしくコテンと首をかしげて訊いて来るエレナ。
「まずは情報」
交易都市クロウス。
巨大な運河に面した内陸部の貿易拠点。内陸に位置するアザルヘイト王国において海へと繋がる重要な道の一つである。
運河は都市の南側を走っており、そこには大きな港を備えている。その港部分以外を分厚く高い防壁で囲っており、上空から見ると下が開いたCの字の様に見える筈である。
都市内部は大まかに区分けされており、北側と南側が商業区、東側が居住区、西側が職人区、そして、中央にはもう一枚防壁が設けられていて、その中が貴族街となっている。
北と南は同じ商業区だが、北は主に陸路、南は水上路を使った交易品を扱っている。
貴族街の防壁の外側には堀が走っており、その更に外側にメインストリートが円を描いている。そこから、各区画を分断する様に一本と中央に一本、道が外壁まで貫いている。上空から見ると米印の様に見えるだろう。
そして、俺達は貴族街から北東に伸びるメインストリートに来ている。ここは商業区と居住区の間にある所為か主に飲食店が軒を連ねている。その中でも一際古いと言うか、寂れていると言うか、閑古鳥が鳴いている喫茶店の前に立っている。
「あの、キリュウさん。差し出がましいかも知れませんが、食事をするのなら、こういう店で食べるよりギルドで情報収集を兼ねて食事をした方がいいのでは?」
「いや、ここの方が良い」
俺はクラリスの提案を軽く却下して、店のドアを開ける。
中は清潔感漂うシックな光沢を放つ美しい木目の板張りで、その上に四人掛けのテーブルが2セット、カウンターにはイスが四脚しかない小ぢんまりとした店内だった。そのカウンターの向こうには、バンダナを額に巻いた甚平姿の壮年の男性が静かに皿を磨いている。
「……家は一見さんお断りだ」
その男から静かながら滲み出るような迫力がある声が俺達に突き刺さる。エレナは咄嗟に俺の後ろに隠れ、クラリスは泣きそうな顔になって縮み上がる。最早それは殺気に近かった。
「知ってますよ」
と、言われていた通りの反応を示すこの人物に苦笑を浮かべながらカウンターに近付いて行く。
「っちょ、キリュウさん!」
ヘンテコな声をあげるクラリスに、大丈夫と振り向かずに片手を上げて答える。
「キリュウ? ってぇと、テメェがあのキリュウ・シラベか?」
「どのキリュウ・シラベかは、俺には見当が付きませんが、……これ、長さんから見せるようにと、餞別に持たされた物です」
俺は懐から玩具のみたいに軽い金貨の様な硬貨を男に手渡した。
「やっぱり、コハクからの紹介状か。……それにしても想像してたのと、えれぇ違うな。もっとこぉ、筋肉隆々の大男を想像してたんだが」
「いったいどんな話を聞いていたのか凄く気になりますね」
どうせ、碌な話じゃないだろうが……。
「まぁ、あんま気にすんな。ちょっとした四方山話に上がった程度だ。……で、今日はどう言った用件で来たんだ? ただの食事って訳はねぇんだろ?」
その噂話が一番気になるんだが……、と苦笑を浮かべ、硬貨を見せてから、行き成りフレンドリーな対応をしだした男を唖然として見ていた二人に身振りで座るように促してから自分も席に着いて口を開く。
「簡単な朝食を三人分と、ちょっとした四方山話に付き合ってくれるかな?」
その俺の言葉を聞いて、ニヤリと男が笑う。
「予算は」
「銀一(銀貨一枚)」
「おーけー。……で、何が知りたい?」
男はカウンター反対側に備え付けられた小さなキッチンで作業を開始しながら問い掛けて来た。
「取りあえず、あなたのお名前は?」
「トパーズと呼ばれてる」
「じゃあ、トパーズさん。この付近でサイクロプスを狩ろうとしたら、どこに行けば良いと思う?」
「そ~だな、この付近限定となると運河を下った所にある開拓村の近くの四社の森だろうな」
スープをかき混ぜつつ、そう呟く。
「船はここから出てる?」
「ああ、毎日、物資を輸送してるからな」
「そかそか、うん」
満足そうに頷く。
「…………おいおい、まさかこれだけって事はないよな。こんな情報ギルドに行けばタダで手に入るぞ」
しかめ面でそう言われ、ハッとする。いつもの調子で安い情報を聞いていた。習慣とは恐ろしい物である。
「ま、まさかぁ、こっからが本題ですよ。……俺達、昨日ここに着いたばかりなので、質の良い店や、職人さんを紹介して貰いたいんですよね」
「……ああ、なるほど。確かに、あの一族出身のお前じゃあ、並の武具じゃ満足できないか」
したり顔でトパーズが頷きながら、小鉢にサラダを盛っていく。
「いやいや、そんな心算はありませんよ。あっ、それともう一つ、空間魔法が掛かった袋を探してるんです。どこか置いてある場所知りませんか?」
通称、道具袋。ファンタジーでお馴染みの外見と容量が一致しない不思議袋の事である。物によっては重量すら軽減してのける優れ物だ。
「道具袋か。ありゃぁ、作り手が激減してる所為で普通の手段じゃ手に入らんねぇだろうよ。まっ、心当たりがあるから紹介状書いてやるよ。……それにしても、何も持ってないのか? 装備も布服だしよ。あの里は色々揃ってたろ?」
「揃ってたのは、揃ってたんですがね。あれ、里の共有財産なんで、持ち出し厳禁なんですよ」
「ああ、俺達で言うとこの馬車みたいなもんか……。よしゃ出来た! 俺はお前らが食ってる間に紹介状書いてくらぁ」
と、なみなみと注がれた透き通ったスープ、小鉢に盛られた新鮮なサラダ、軽くあぶり焼きされ肉汁が染み出している厚切りの生ハム、好きなだけ食べろと言わんばかりに置いてある薄くスライスされた黒パン。それらをカウンターに並べるとトパーズは奥へと引っ込んだ。
「朝から豪勢」
と、エレナはキラキラした目で用意された食事を見つめる。この世界では朝食と言うと黒パンとスープのみ、下手をすると食べないのが普通である。
「――ぼそぼそ(キリュウさんはいったい何者なのでしょうか? 謎は深まるばかりなのです。それにここは何なのですか。外見は今にも店をたたみそうな寂れた喫茶店だと言うのに、出された食事もグレードの高い物ですし、今座っているイス一つとってもそこそこな高級品なのが窺えます。それに……)――」
「クラリス、食べないの?」
何か考えているのかは知らないが、固まって自分の世界に入り込んでいるクラリスを連れ戻す為に声をかける。
「!! った、食べます! …………あの、キリュウさん、よろしければここの事を教えてくださいませんか?」
「うん? ここはトレスアイズ商会クロウス支部だけど?」
切ったハムとサラダを黒パンに挟んで簡単なサンドイッチにして頬張ろうとしていたキリュウは事も無げにそう言ってから、自作サンドイッチに齧り付く。
「……わたしの記憶ですとトレスアイズ商会は放浪商専門だったと思うのですが」
ムグムグと咀嚼しながらキリュウはコクリと頷く。
「なら、ここはいったい……」
「――ここは俺が趣味で開いてる店だ。本来の役目は、都市に不足している物を調べたり、仲間が商品の補充をする時に先んじて必用な商品を集めておく事だ。……ほれ、キリュウ、これが紹介状だ」
と、封書を渡された。それをエレナとクラリスが横から覗き込む。宛名は、
「……アンデ武具店?」
と、エレナの可愛らしい声が不思議そうに響く。道具屋を紹介するのではなかったのか、と……。
「ああ、この都市一番の鍛冶師と、防具と魔法具を作る職人の夫婦がやってる店だ。もし、これ以上の腕の職人を求めるなら、俺はこの国を出る事を進めるぜ」
よほど自信があるのか、大見得を切るトパーズ。
「ここに道具袋も?」
キリュウは勿論問いただす。彼にとって、武具よりも今は道具袋の方が、優先度が高い。
「おう、そこの女将さん、空間魔法が少し使えるとかで練習中らしい。で、その見本用に何個か卸した事がある。交渉して、その見本を譲ってもらえ」
「了解、交渉してみます」
その後、食事を済ませ、代金として請求された半銀貨一枚(一万)を払い、
「また来ます」
と、挨拶して店を後にして、職人区である都市の西側に足を向けた。
「キリュウさん。お店の中でしたから黙っていましたが、ああ言う行為(情報の売買)は褒められたものではありません。国に知られたら間者(スパイ)としてキリュウさんまで怪しまれますよ」
「無い。それは無い」
「……何でですか?」
ハッキリと否定するキリュウに、いぶかしげな声を出すクラリス。
「トレスアイズ商会と国とで、色々と取り決めがしてあるそうだよ」
「……なんですか、その怪しい話は」
「なので、あそこで起きた事は他言無用でお願い」
「ちなみになのですが、もし喋った場合はどうなるのですか」
「…………」
今まで歩きながら喋っていたのに行き成り立ち止まり、キリュウは悲しそうな顔をしてクラリスを無言で見つめる。
「…………あの」
「……俺も気になって、その事を教えてくれた人に同じ質問をしたことがあるんだ」
「え、あの」
「その人はね。すごく透明な表情をして『キリュウちゃん。……世の中には知らない方が幸せに過ごせる事があるんだよ』って、すごく優しく言われたんだけど……、殺気を出している訳でも、威圧されてる訳でもないのに、あれほど背筋が凍る体験をしたのは初めてだったよ」
「…………」
「で、クラリスは誰かに話してみる?」
俺はしない方を進めるよ、とキリュウの瞳が語っていた。
「い、いえ、墓場まで持ってゆきます」