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序章ー6



「おい! 何があった嬢ちゃん!」


 俺とマルフィスが馬車の後方にたどり着くと、クラリスが腕から血を流し倒れていた。それを見て、マルフィスはすぐさま応急処置に取り掛かる。


「わ、わたしの事は良いですから、エレナを、エレナを!」


 その訴えを受けて周りを見渡すと、あの小柄なローブ姿が存在しない。


「どっちに行った!?」


 連れ去られたか逃走しているのかは(わか)らないが、方向さえ分かれば臭いと音で追跡できる。人狼の鼻と耳は伊達じゃない。


「あちらの方に」


 クラリスの指は峠道を外れる様に山の頂上を指していた。


「マルフィス達はそのままクロウスに向かって、俺はあの子を拾ってから追いかける!」


「おい! そんな事したら、契約不履行で文句言われるぞ! ……おい!!」


と、言う叫びを背に受けながら、欝蒼(うっそう)とした道なき木々の間に俺は飛び込んだ。





 木々の間を小柄な人影が疾風の如く、駆け抜けて行く。その後ろを性別不詳、黒い仮面に黒い頭巾の黒装束の人物が同速で追走する。


「…………しつこい」


 無感情な声で毒づくが、内心エレナは焦っていた。


 敵は、期待も信頼もしていなかった“押し掛け”護衛とは言え、正規の訓練を受けた者を一瞬で無力化して見せた。それも魔法を使わず体術で、である。


 この世界『ハルフルリ』において魔法とは、最強の矛であり、最硬の盾であり、最速の足である。それを戦闘で使わないと言うのは、尋常じゃない実力者か、酔狂(すいきょう)な馬鹿くらいだろう。そして、この黒装束の人物は間違いなく前者だ。


 現に、複数(・・)の風の魔法で移動補助をしているエレナに追い付けてはいないもののキチンと付いて来ている。エレナの運動能力が平均よりも、かなり低い事を計算に入れても、驚異的な速度である。


 通常、魔法を複数同時に使うと言う事はしない。出来ないと言う訳ではなく、しないのだ。


 考えれば簡単な話だが、通常、一点に集約される魔力を複数に分散させるのだ。威力が二分の一、三分の一に成るのが道理である。その上、制御にもかなりの神経を使わされる。費用対効果の観点から見て、意味の無い技術と言える。


 しかし、このエレナはその意味の無い技術をあえて使っている。と言うのも、この技術、裏を返せば、魔力を(まかな)えて制御さえ出来てしまえば、極論、いくらでも並行して魔法が使えるのだ。


 そして、エレナは魔力馬鹿だ。いや、バカ魔力か。熟練の魔法使いを一とすると、現在のエレナは十。エレナが年若い事を考えると、末恐ろしすぎる魔力である。


 現行、彼女が平行して十全に制御しきれる数は三つ。


 簡単に言ってしまえば、現在の彼女速度は、熟練の魔法使いの疾走速度の三倍で疾走している事になる。障害物((こずえ)や岩など)を不恰好に避けているロスを入れたとしても、通常の二倍はかたい。


 それを黒装束は魔法も勿論使っているが、足りない部分を運動能力とロスの無い走りで、その驚異的な速度で追随しているのだ。


 逃げの一手を打てば、どんな状況からも逃げ切れると考えていたエレナにとって、予想外の事態である。その上、エレナにとって驚く事が起きる。


「……追い付かれてきてる?」


 いかに化け物じみた魔力を持とうとも、エレナの体力は一般人以下である。


 翼を持っていない者は空を飛ぶ事が出来ないのがこの世界の常識であり、それは馬鹿げた魔力を持つエレナでも変わらない。いくら魔力に余裕があろうと足が動かなければ移動する事は出来ないのが道理である。


 それに、エレナは気付いていないが黒装束は殺気を放ちながら、山の奥へ、奥へと、追い込む様に(たく)みに追跡しているのだ。この殺気が曲者で、実戦(じっせん)経験(けいけん)皆無(かいむ)のエレナは知らず知らずの内に、体力を余計に削られていったのだ。


「……あ」


 とうとうエレナの足が止まった。いや、止まらざるを得なかったのだ。


 木々を抜けた先は切り立った崖の様な岩が壁と成っており、とても乗り越えられる様なものではなかった。止めてしまった足を左に向けようとエレナは身体をひねるが、そのすぐ目の前をナイフが通過する。


 咄嗟(とっさ)に飛んできた方向に目を向けると、何時の間にか黒装束が見た事の無い半月状に湾曲した大振りなショーテルを片手に立っていた。


 距離にして10m。魔法が使える者にとっては既に間合いの内側である。それが分かっているエレナは迂闊(うかつ)に動く事が出来ない。


『……殺されたくなかったら、そのローブを脱いで顔を見せろ』


 黒い仮面の下から老若男女の判別がつかないくぐもった声が響く。


「……なぜ?」


 もっともな問いである。この黒装束はその気になればエレナから服を剥ぐくらい簡単な事の筈である。


『…………慈悲だ。もし間違っていたなら生かしておいてやる』


 エレナはこの返答に違和感を覚えた。


 ゆっくりとローブを脱ぎなら、高速で頭を働かせる。


(おかしい。何故(なぜ)、会話が成立している。いや、それ以前に何故あたしは生きている?)


 そう、黒装束がエレナを殺す気なら、ナイフが飛んで来た時点で死んでいないとおかしいのである。この飛来したのがナイフで無く魔法で、エレナの動きを止める為の牽制(けんせい)で無く殺傷を目的としていたなら、この時点で瀕死、もくしは重傷を負っていた筈である。


 そこから導き出される答えは一つ。


 黒装束はエレナに危害を加えることが出来ない。もっと言えば、エレナを無傷で拉致する事が目的であると推測される。


 そこまで思い至っても、エレナに取れる手段は時間稼ぎ、徹底抗戦、降伏(こうふく)くらいしかない。


 助けてくれる存在がいないエレナにとって時間稼ぎは論外。降伏もまた同じ。ならば残るは、徹底抗戦しかない。そう決意したエレナは脱ぎかけだったローブを黒装束の仮面目掛けて投げつけた。


 ローブの下から現れたのは、容姿端麗(ようしたんれい)なダークエルフの幼女。


 エレナはローブで目隠しを作った瞬間、得意な風の魔法のカマイタチを、黒装束に向かって容赦なく乱射した。


 風の刃達はローブを意に介さず、紙を切る様に細切れにしながら、黒装束に殺到する。


『……無駄な事を』


 その言葉の通り、全ての風が何か見えない壁に阻まれるかのように、黒装束の前で砕け散る。だが、そのくらいでエレナは諦める訳にはいかない。一心不乱に魔法を放ち続ける。


(まだ、敗れる訳にはいかない!)


 だが、その決意は報われず、いくら魔法を放とうと黒装束には届かない。


『――このままでは、埒が明かないか……』


 様子を見ていた黒装束はそうぼやき、刃の嵐の中を追い詰めるかの様にじりじりとエレナに近づいていく。


(目的も果たせずにこんな所で終わるの……)


 黒装束に圧倒される様にエレナの足が後ずさるが、背が岩に当たりもう後退できない。


(……本当にこんな所で終わってしまうの。母の(かたき)も取れず、また敵の手に落ちていいように使われてしまうの)


「……そんなのは、……いや!!」


 エレナの心の叫びに呼応する様に風がより一層猛威を振るう。その余波だけで、地面が(めく)れ上がり、木々は根こそぎ宙に浮き上がる。


 だが、黒装束は何の反応も示さずに淡々と手に握っていたショーテルを横に一閃(いっせん)させる。


 たった、それだけの動作でエレナの起こした暴風は切り裂かれ、打ち砕かれた。


「……そんな」


『気が済んだか、ならば大人しく――』


と、口にしながら、観念したと考えたのか、先ほどまでと違い大股で近付こうと黒装束が一歩踏み出そうとした途端、黒装束目掛けて巨木が物凄い速度で飛来してきた。


『――っな!!』


 その巨木は絶妙なタイミングで黒装束に襲い掛かった。歩行と言う動作でもっとも隙が生まれるのは、足を下ろし出した瞬間から地面に着くまでである。この()を狙われてしまうと避ける事はほぼ不可能だ。


 さすが手練(てだれ)の刺客。受けたらただでは済まないと考えたのか、黒装束は自身に、自身で魔法を叩き込み、後ろに吹き飛んだ。間一髪の所で巨木を避けた黒装束だが、信じられない物を目撃する。それは巨木に秘められていた威力だ。


 巨木は速度を落とさず少し離れた地面に直撃し大地を鳴動(めいどう)させた(のち)、爆発する様に盛大に砕け散った。


「あの状態から避けるか……。当たってればそれで終わったのに……」


 コロコロと鈴を鳴らす様な緊張感の抜けた声がその場に響く。


 エレナが声のした方に目をやると、そこには、この三日間一緒に馬車に揺られた少女の様な少年が悠然と立っていた。


 一際目を引く、真紅の頭の上の獣耳は油断無くピコピコと動き回り、小さな丸顔は場違いな柔らかい表情を浮かべているが、パッチリとした目は一切笑っておらず、真剣の様な鋭さを宿していた。


 何所(どこ)にでもありそうな布の旅装束から(のぞ)く手足はほっそりとしており、背丈もそれほど高くは無い。(ゆえ)に、荒事には一切向いていない様な印象を相手に植え付ける。


 だが、エレナは知っている。


 この人畜無害で、虫も殺せ無さそうな顔をしている少年が、異常なまでに鋭い爪牙(そうが)を持っている事を。


 今、無防備に自分の方へと歩いて来る姿が彼の擬態である事を。


 そして、彼が気まぐれで自分を助けてくれようとしている事を、エレナは理解()っている。


「匂いからして君がエレナだと思うんだけど、合ってるかな?」


 エレナの前で歩みを止めたキリュウが軽く鼻をひくつかせた後にそう言った。


 さすがケモ耳族、匂いを追ってきたのか、と納得するも、年頃の少女であるエレナは少々顔を赤らめさせながら、無言で(うなず)く。


「そう。……でも、まかさ、あの野暮ったいローブの下がこんな可愛い子だったなんてね」


と、言いながら、キリュウは優しく頬を撫でる。


 エレナは一瞬、拒絶しそうになったが、打算で彼を受け入れる。


『……何者だ、貴様』


「うん? そうだねぇ……、この()の味方で君の敵――」


『なら死ね』


 キリュウの言葉を(さえぎ)る様に黒装束がそう吐き捨てると、ショーテルを振り上げ霞む様な速さで、エレナと向き合っている為、背中を見せているキリュウに切り掛かる。


 キリュウは慌てた様子も見せず、撫でていた手でエレナを抱き寄せると、振り返り半身になりつつ、何も持っていない様に見える右手を突き出した。


 すると、蜃気楼の様に空間が歪み、なんとも不可思議(ふかしぎ)で不恰好な矛の様な、槍の様な長柄(ながえ)の武器が現れる。


 基本形状は矛。白金の()に黒い(つた)が絡み付いた様な意匠(いしょう)がされており、石突きは不思議な木目調の光沢を放つ鉄球。特徴的なのが柄の先に付いた砂時計を細くした様な戦鎚(せんつい)と、さらに、その先に伸びる不可思議な形状の矛。それは刃渡り50㎝の両刃(りょうば)で、片方の()は素っ気無いくらいの直刃(すぐは)の刃だと言うのに、もう片方は炎が波打つ様な凶悪な形状の刃だった。


 なんとも不恰好で取り回しにくそうな、矛と戦鎚を合わせた十字槍(じゅうじやり)の様な複合武器(ふくごうぶき)である。


 その現れた武器の波打った刃と砂時計の様な戦鎚の(また)で黒装束のショーテルを(から)めとり、動きを封じる。


『! 貴様も魔装具(まそうぐ)使いか!!』


 黒装束の驚愕の声を聞き、エレナは自分を抱きしめているキリュウを驚愕の目で見つめる。それもその筈、エレナにとって魔装具とは御伽噺(おとぎばなし)の中の存在である。


「正解!」


 絡めたショーテルを弾き飛ばし突き殺そうと、キリュウは武器で螺旋を描く。だが、黒装束は抵抗せず回転に身を任せ、ショーテルと一緒に、上空に打ち上げられた。


 キリュウは武器を腰に引き付け、追撃の構えを見せるが、黒装束は上空で見えない何かに弾かれた様に不自然な軌道を描き距離を取り、背中を見せて一目散に逃げ出した。


「………………………………はぁ!? え! 逃げんの!?」


 あまりの(いさぎよ)い逃げっぷりに(しば)し呆然とした後に驚愕の声を張り上げるキリュウ。折角(せっかく)、魔装具を出したと言うのに不完全燃焼もいい所である。


「あ~~、締りの無い結末だけど、この()も無事だったし、まぁいっか」


 自分に言い聞かせる様に口にして、(たかぶ)った心を(しず)めていく。その時、クイクイと服が引っ張られ、そちらを見るとエレナの瞳とかち合った。


 アメジストの様な綺麗な瞳が何かを探る様に、何かを訴えかける様に、真剣に、真摯に、懸命に、キリュウの瞳を覗き込む。


「……どうかしたの?」


 キリュウは目線を合わせ易い様にしゃがみ込む。


「……あなたは、あたしに味方してくれるの?」


 エレナの瞳は期待に揺れていた。それを見て、キリュウは、うん? と一瞬考え込み、


『うん? そうだねぇ……、この()の味方で君の敵だよ』


と、言った事に思い至る。


「そうだよ」


 キリュウは嘘を言ったつもりも無いし、クラリスの下に届けるまで守る気、満々だった。


 だが、エレナは少々違う様に受け取る。


「あなたは裏切らない?」


 今度は期待と不安を瞳に映すエレナ。


「裏切らないよ(それは赤狼族(おれたち)の流儀じゃないし)」


「……(ちか)える?」


「まあ、問題ないけど?」


「良かった。……じゃあ、あたしは、あたしの全てをあげる」


「へ?」


 不意打ちだった。意識の隙間を()う様な見事な不意打ち。


 気付いた時には、瑞々(みずみず)しいフルンとしたエレナの柔らかい唇がキリュウの唇と重ねられていた。たった一瞬、触れ合っただけのキスだったが、エレナと何かが繋がったのが、はっきりキリュウには感じられた。


「今のは……」「……契約成立」


 ほぼ同時に声を出した途端、どちらも焼ける様な激痛に襲われる。キリュウは右手首。エレナは胸元。


「……ッぐぅ」「ァァァア」


 慌てて袖をまくると、そこには鎖模様の刺青の様なものが浮かび上がっていた。


「何なんだ、いったい……」


 そうキリュウが(つぶや)いた瞬間、痛みに(あえ)いでいたエレナが膝から崩れ落ち、咄嗟にキリュウが受け止める。


「ほんと、何なんだ…………」




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