序章ー5
翌朝、空が白みだした頃、俺はギルドの前に訪れていた。
早く来すぎたかも、と心配したが、どうやら俺が最後らしい。
ギルドの前には馬車が一台停まっており、その周りに人が集まっている。昨日のウサ耳美少女も居るので間違いないだろう。
「遅くなってすいません」
そう言いながら集団に近付いて行こうとすると、三つ揃えのスーツの様な服を着た、少年の様な背丈の男性が一人、俺の前に出てきた。恐らく、小人族なのだろう。
「いえいえ、問題ありません。皆さんが早いだけですよ。あなたがキリュウ・シラベさんですね。わたしはアラン・バリエと申します」
と、スッと手を差し出してくる。
俺はその手を握りなら、適当に考えた自己紹介をする。
「ええ、今回、護衛をさせて貰う事になりました。キリュウです。戦闘力しかとりえがないような『男』ですけど、よろしくお願いしますね」
すると、男と言った所で一瞬、アランの笑顔を固まり、握る手の力も微妙に変化する。間違いなく、俺の事を女だと思っていたようだ。
「そ、そうですか、それは心強いですね。――と、取りあえず、全員そろったので、顔合わせをしましょう!」
握手を解き、慌てた様に他のメンバーを呼び集める。
俺以外のメンバーは三人いた。
一人は、竜の様な顔と尻尾を持つ鱗族と呼ばれる男性。
「おれはマルフィスって言うもんだ。よろしくな、嬢ちゃん達」
「はい! 新米ですがよろしくお願いします! わたしはクラリスと言います」
勿論、もう一人は、昨日のウサ耳巨乳美少女。
そして、最後の一人は……、
「……それと、この娘は旅の共をしているエレナと言います。かなり人見知りな、恥ずかしがり屋なので、わたしが代わりに紹介しますが、悪い子じゃないのでよろしくお願いしますね」
と、ウサ耳美少女クラリスがそう紹介すると、その後ろにいた130cmくらいのフードを深々とかぶったローブ姿の人物が軽く頭を下げた。
明らかに戦闘に参加できなさそうだが、雇い主が何も言ってこないので事前に了承が得られているのだろう。
「俺はキリュウと言う、よろしくたのむよ。……それと、俺はれっきとした男だからね」
俺の事を嬢ちゃんと呼んだマルフィスの方に向きながら勘違いを訂正しておく。
「……おいおい、冗談だろ。……おれにゃぁ、女にしか見えねぇぞ」
『…………』
エレナはフードの所為で良く分からないが、マルフィスとクラリスは目を丸くして俺の顔をまじまじと見詰めてくる。
まあ、こういう反応には慣れた。
俺は子供の頃から女顔だった訳なのだが、成長すれば少しはましになるだろうと思っていた。だが、その考えは甘かった、だだ甘だった。
……大人っぽく成らなかったのだ。所謂、童顔と言われている奴である。要するに今現在の俺の顔は女顔の上に童顔という、すこぶる男らしくない顔をしているのである。
「まあ、信じる、信じないは個々人にまかすよ。……それよりも仕事の話をしよう」
煩わしい性別の話から、強引に仕事の話へと持って行く。
「お、おお、そうだな。……今回は新米のクラリスがいるから、おれとお前が主戦力で、クラリスはおれ等のサポートって感じになるだろう。一応言っておくと、おれは二等級まで倒した経験がある」
「すごいですね! マルフィスさん! わたしなんて未だ四等級しか討伐した事がありませんよ」
そう言って、マルフィスにクラリスが尊敬の眼差しを向ける。
この等級と言うのは大まかなモンスターの強さを表したもので、二等級と言うのは熟練のハンターが十人掛りでなんとか討伐できる強さのモンスターである。この等級が討伐できるかどうかが、一流と二流を分ける境界とも言われている。蛇足だが四等級は最も低い等級で、訓練した者なら一人で討伐する事が可能な等級である。
ちなみに倒せたと嘘をついても、戦いぶりを見れば大体分かる上、二等級以降の討伐記録はギルドに残るので問い合わされて、ばれた場合、厳しい制裁が加えられるので誰も嘘をつく者はいない。
余談ではあるが、昨日のレッドウルフは群れる為、三等級に分類され、熟練ハンターが一人でなんとか討伐できるレベルである、とされている。
「そうですか。……じゃあ、戦闘になったら、マルフィスさんを中心に馬車を護衛、俺は遊撃としたいんですが良いですか?」
俺の基本的な武器は徒手空拳とダーガーナイフなので、迎撃戦などの防衛戦よりも積極的に動いた方がやり易いのである。それに、会ったばかりの相手と連携など考えられない。その上、マルフィスの得物は背中に背負った長柄の戦斧だろうから、共闘はますます難しい。
まあ、その辺は熟練のハンターの雰囲気を漂わせているマルフィスなら黙っていても分かるだろう。
「おう、分かった。じゃあ、クラリスはおれの方で面倒を見とくわ。他には――」
その後、移動中の警戒する方向などを簡単に決め、荷馬車にそれぞれの荷物を積んで、宿場町を後にした。
「昨日はありがとうございました」
幌付きの荷馬車の後方に座って警戒していると、横に座っていたクラリスが声を掛けてきた。
「気にしなくてもいいよ。ああ言うのは、もめた奴が教える決まりになっているしね」
もっとも、教えられた後も納得できずに暴れるようだったらあの場にいた全員を敵にまわす事になる訳だが……、まあ、そんな事に成らなかったから言わなくてもいいだろう。
「お詳しいんですね。やっぱり、ハンター暦は長いんですか?」
「いや、あれは人から教えてもらった知識で、俺自身はまだまだ新米のハンターだよ」
流石に昨日ハンターに成ったばかりだ、とは言えなかった。
「そうなのですか? 今朝、マルフィスさんが凄い使い手だって呟いていましたけど?」
「……どうだろうね、俺自身はまだ経験不足の感が否めないんだけど……。まあ、マルフィスさんはかなり強いと思うよ」
「じゃあ、道中安心ですね」
にっこり微笑んでクラリスが、そうのたまった。それに対し俺は苦笑する。
「確かにそうだけど、クラリスもちゃんと警戒しようね」
「わ! わかってます!」
その慌てた様な反応に苦笑を強めながら、ふと視線を感じ、後方を振り返る。そこには、固定された荷物と荷物の間にすっぽりと収まる様に座っているロ-ブ姿の人物がいた。
どんな力が働いているのかは分からないが、フードの口の中は真っ黒に染まっており、顔の輪郭すら分からない。だが、その視線が俺を捕らえているのを、俺ははっきり感じた。
「あ、あの、エレナがどうかしましたか?」
「…………そう言えば、クラリスとエレナの関係って、どういう関係なの? 旅の共とか言っていたけど、よほど親密な間柄じゃないと一緒に旅になんかでないよね?」
「えっと、その、……そう、幼馴染! わたしたち幼馴染なんです!」
と、誤魔化そうとしているのが丸分かりの返答をしてくれた。クラリスは嘘をつくのがド下手の様だ。まあ、人としては美徳だが……。
そんな訳ありそうなクラリスを横目でチラリと観察するが、慌てふためいてエレナとの幼い頃の思い出などを語っているクラリスの必死な姿を見ていたら、鎌首を上げていた警戒心がなえてきた。
(まあ、暴れられたとしても、問題ないし)
そう結論付けた俺は、この二人を警戒するのを止め、クラリスの思い出話をバックミュージックに警備に戻ったのだった。
街道を馬車で旅する上で、もっとも注意しなければいけないのは、モンスターなどではなく、盗賊である。
街道は定期的に騎士が周辺のモンスターを狩るので、旅人一人を襲う事はあっても、馬車を襲うような大所帯の群れは、そうそう居ないのだ。そういう訳で、もし馬車が襲われるとしたら盗賊の確率が高い。
キリュウ達の馬車がそいつ等に遭遇したのは、宿場町を離れて三日目。木が茂る峠道を登りきる手前辺りだった。
「女と積荷を置いていきやがれ!! そしたら命だけは助けてやる!!」
開口一番に山賊?(峠道で襲ってきたから山賊で良いのか……)が、そう口にした。なんとも分かりやすい脅し文句である。
山賊は計六名。馬車馬の前に立つ俺とマルフィスと対峙している。クラリスは念のため後方の護りを固めてもらっている。
山賊達は馬車の前方に二人と、その斜め前に二人。統率がとれた動きで馬車を半円に囲んでおり、残りの二人は左右で分かれ、小高い場所を陣取り、矢を番えている。
見た目は小汚いが、装備の方は全員がおそろいの実用的な片手剣に小盾。弓の方もよく見ると矢筒までおそろいだ。その上、遠目からでもよく手入れされているのが窺える。
正直、ここまであからさまだと、どう反応して良いのか分からない。こいつ等は山賊などでは断じて無い。それぞれ種族は違うようだが、その動きはどう見ても訓練を受けた騎士、もしくは傭兵の物である。
「んなわけねぇだろうが、この三下! てめえ等こそ、死にたくなかったら、とっとと失せな!!」
マルフィスは自身の得物である戦斧をチラつかせながら、殺気を叩きつける。恐らく、並の山賊やハンターなら、腰が引けて逃げ出すだろう。
だが、この山賊モドキ達は何かしらの目的があってここに来ている筈であり、元より、その程度の脅しなどビクともしないだろう。
現に山賊に似つかわしくない理性的な眼差しがすわり、俺とマルフィスを敵認定したようだ。恐らく、この辺の機微はモンスターの討伐を専門とするハンターのマルフィスには判別らないのだろう。事実、マルフィスは山賊と思い込んで対処している。
現状こちらの分が悪い。護衛対象を背負って、隣にいるのは、戦闘はできるが対人戦に難がありそうなハンター。それに対して、前衛四人に後衛二人の集団戦闘の訓練を受けているであろう山賊モドキ六人が相手である。
その上、俺の勘が『伏兵がいる』と警鐘を鳴らしている、……ような気がする。
間違いなく、後手に廻ればこちらが終わるだろう。それを防ぐ為に、流れの主導権を握り、先手を奪いたい。だが、それには、状況が少しでも動き出したら射る構えのアーチャー達が邪魔だ。
(上手くいけばいいが)
と考えつつも、それを排除する為の布石として腹をすえて口を開く。
「……ねえ、なんでこんな所に騎士がいるんだ?」
俺の呟きに山賊モドキの前衛四人が一瞬、顔を引きつらせ、こちらを無言で注視する。どうやら当たりの様だ。
「うん? 声が聞こえなかったかな? なんで! こんな所に! この国の騎士が! いるのか! って訊ねているんだけど!?」
全てお見通しだ、と言わんばかりにニヤニヤと嘲笑うかの様な表情を浮かべながら、辺り一体に響くように声を張り上げ、周りの反応を窺う。
今度は明らかに前衛の四人の顔色が変わり、弓の二人も動揺しているのか、構えがぶれる。
俺はその瞬間、腰の後ろに差してあった二本のダガーナイフを抜きざまにアーチャーの二人に向かって投擲した。
その腕が霞む様な投擲は全員の意表をついていたのか誰一人として反応することなくアーチャー達に吸い込まれていき、直撃を受けたアーチャー達は肉をハンマーか何かで叩いた様な音をさせながら、後方に弾け飛んだ。
ナイフが急所に刺さり崩れ落ちたのではなく、まるで見えない巨人に殴られたかの様に吹き飛ばされたのだ。
これは特殊能力の『重力操作』の応用である。ナイフのみを低重力の影響下に置き投擲し、直撃する瞬間に高重力に変換して重力質量(重さ)を跳ね上げる。すると、見た目ナイフだが、その実、巨大な鉄球となんら変わらない物になるのである。アーチャーはその衝撃で吹き飛んだのだ。
色々と物理法則を無視している気がするが、出来てしまうのだから仕方がない。
俺はアーチャーが消えたのを確認してから、悠々と残りの四人の方へと歩みを進めつつ、今の光景に呆然としているマルフィスに声をかける。
「行きますよ! マルフィスさん!」
俺の声を聞き、マルフィスがビクリと震え、正気を取り戻す。
「お、おう!」
と、言う、その返事が聞こえた時には、俺は既に敵に切り掛かられていた。
切り掛かって来たのは、脅し文句を口にしていたリーダー格の体格の良い、角が生えたウシ耳族の男。そいつは俺が無手だからだろうか、飛び込むように俺の頭を目掛けて上段から右手の剣を振り下ろして来た。
俺はあまりに隙だらけな、その姿に自然と片頬がつり上がるのを感じる。
その右手のみで握られた隙だらけの斬撃を、自身の右手首で相手の手首を絡め取る様に柔らかく受け流しながら相手の右側に張り付く様に踏み込み、もう一歩踏み込みつつ相手の顎を、全身を使って受け流した右手の掌底で打ち抜く。
すると男の足が跳ね上がり、首辺りを中心に回転しながら上へ吹き飛んだ。感触から首がいった事を理解しているので、そのまま次の獲物に地を這う様に高速で襲い掛かる。
「おっと」
一直線に敵に向かおうとした途端、無数の尖った石柱が地面から襲い掛かってきた。咄嗟に重力操作を駆使して人外じみた軌道で速度を殺さずに直角に回避する。そんな俺を追尾する様に地面が隆起して石柱が追ってくる。
「くそっ!! なんで!! 何で! 当たんないんだよ!!」
エルフの男がヒステリックわめき散らしながら、両手を振り回しそれに合わせて石柱が隆起する。
魔法とは、魔核で生成した魔力を操作し、練り上げた魔力を体外で魔法と成して目標に向かって放つ技能だ。その性質上、変則的動きや高速戦闘との相性が悪い。
故に、魔法を使う敵と相対する時は、常に相手の死角に入る様に高速でかく乱しながら接近し殲滅するのが基本だ。
今回も左右に高速で動き回りながら近付き、速度を回転運動に変換し水平蹴りの要領で相手の足を刈り取る。さらにその勢いを殺さずに回し蹴りに繋げ、宙に浮いている相手の腹部を打ち抜く。
「ッヒ! ガッフ!!」
と、口から血を吐きながら吹き飛んで、木に激突してピクリとも動かなくなった。
油断無く周りを見渡すと、マルフィスの方も佳境を迎えていた。
鱗族は見た目通り、ドラゴンを祖に持つ魔族である。その身体能力と魔法能力は、魔族の中でも高位に位置する種族だ。特にその口から放たれる種族固有の魔法であるドラゴンブレスは強力である。
今も白い靄のようなブレスを吐いて、残っていた二人を纏めて氷付けにしていた。
「……ふぅ。おう、こっちは終わったぞ」
戦斧を掲げながら、こちらに歩いてマルフィス。
「ええ、こちらも問題なく。……ただ、まだ居そうな気がするんですが、どこに居るのか判らないんですよね。マルフィスさん、分かります?」
「うん? 探知系の魔法が使えねぇのか? おめぇは」
呆れた声を出しながらも、探索をしてくれるようだった。だが、その魔法は中断される事になる。
馬車の後方から絹を裂くような悲鳴が上がった所為で……。