序章ー4
宿場町と言うのは読んで字の如く、都市を行き来する旅人の中継地であり、木の丸太の塀に覆われているので街道で唯一、過度の警戒をせずに寝れる場所である。旅人はここで食料などを買い足し、次の町や都市に向かうのだ。
基本的に宿屋とハンターズギルドが中心に町が形成されており、今回の俺のお目当てもその二つだ。
ハンターズギルドと言うのは、モンスターを狩る職業であるハンターを支援している組合である。主な業務は、ハンターに対する依頼の仲介と、モンスターから取れる素材と魔核の卸売りで、他には大型モンスター討伐時の輸送、解体の請負なんて言うのもやっている。
簡単に言ってしまえば、ハンターにとっての何でも屋の様なもので、大体の雑務はハンターに代わって請け負ってくれる。
そんなハンターズギルドに加入と先程の戦利品を売りに俺はギルドを訪れた訳である。
ギルドは思いのほか広く、役所と酒場が一緒になった様な造りをしていた。恐らく、酒場の方は情報交換の場に使われるのだろう。今も、ジョッキ片手に酔っ払いが騙っている武勇伝に混じって、狩場の情報などが俺の狼耳に飛び込んできている。
そんな酒場の様子を一瞥してから、役所の様な窓口の方へ向かう。
「いらっしゃいませ、本日はどういった御用でしょうが?」
と、窓口に居た巨乳美女(角あり)に朗らかな営業スマイルで迎えられた。
「ギルド加入と、その後に買い取りをお願いします」
「はい、加入と買い取りですね。……少々お待ちください」
そう言った美女は受付の机の下から一枚の羊皮紙を取り出した。
「では、お名前をどうぞ」
この世界では識字率がそこまで高くないので、こういう場合、基本的に代筆してくれるのだ。ちなみに、代読屋などと言う商売もある。これは依頼が張り出している掲示板を代わりに読み上げてくれると言うものだ。まあ、俺は長老のお陰で世話にならずに済むが、ハンターの大部分は学がないのでこう言う仕事が成り立つそうだ(ヒスイさん情報)。
「キリュウ・シラベ」
「種族は?」
「魔族で」
「魔族の場合、部族なども記入できますが、どうされますか?」
「いや、そのままでいいです」
「分かりました。その他に得意な事を記入できますが、そちらは?」
『手の内を曝すのは馬鹿のする事』と父一同、俺を鍛えてくれた大人たちの声が俺の頭の中でリフレインする。
「…………、あ~、討伐、護衛、採取、とかでも良いのかな?」
「はい、構いません。……では、ご確認します。……キリュウ・シラベ様。魔族、得意分野は討伐全般、護衛全般、採取全般、で、よろしいでしょうか?」
「ええ、問題ないです」
「では、登録の為に髪を一本頂きます。……はい、……確かに受け取りました。では、少々、お時間が掛かりますので、出来上がったらお呼びします」
そう言って美人の受付さんは奥に引っ込んでいった。
手持ち無沙汰になった俺は壁にある、依頼書が張り出されている掲示板を眺めて時間を潰す事にした。
掲示板には、色々な依頼が張ってあるが、大まかに分類すると3つに分かれる。
一つは特定のモンスターを狩ってほしい、モンスターの素材、魔核がほしい等の討伐系。二つ目はモンスター等から守ってほしい等の護衛系。最後は品物を届けてほしい等の輸送系。
そして、今現在、張り出してあるのは、討伐系が数件、護衛系が五件、輸送系が二件。
討伐系はゴブリンやオーク等の数が増えやすいモンスターの常時討伐依頼しかなかった。まあ、討伐系は基本、朝一で捌けるらしいので残っているとは思っていなかったが……。
輸送系の二つは僻地へ手紙を届ける物と、モンスターの群生地を横切って短時間で目的地まで荷物を届ける物だった。この手の依頼は総じて依頼料が割り増しだが、その分、見通しがたたず、危険度が高かったりする。
護衛系は町の門番が一件、商人の護衛が四件だった。
俺が注目したのは商人の護衛の依頼。勿論、行き先がクロウスの物がないか調べる為だ。
俺は端から順に目を走らせて行く。掲示板に張り出してある四件の依頼の内、二件がクロウスと逆に行くものだった。次の一軒はクロウス経由、王都行き。そして、最後の依頼がクロウス行きだ。
この場合、王都行きの方も依頼人に交渉すれば、クロウスで護衛から離れる事が出切るのだが、今回はクロウスまでの護衛があるので、そちらを選ぶ事にする。
依頼内容はクロウスまでの道中の護衛。報酬は道中の食事と、日当、半銀貨一枚、とあった。
ハンターの依頼の中で護衛系の報酬はかなり低い。と言うのも街道は比較的大型モンスターの出現率が低いのだ。これは街道の周りだけ月に一回、国の騎士団が見回りをして、大型を見つけたら間引いているお蔭である。
そんな危険度の低い街道を行く商人の護衛は低報酬になるのが道理である。
ちなみに、この辺りで使われている貨幣は金銀銅鉄の四種類の硬貨で、金貨以外は半貨と言う物があって、半鉄貨十枚で鉄貨一枚、鉄貨十枚で半銅貨一枚という具合に価値が移って行く。単位はドール(D)で、半鉄貨が一D、鉄貨が十Dと言う具合である。それで貨幣価値だが銅貨一枚で平均的な食事を食堂で取る事ができる。
そんな訳で、行き掛けの駄賃として、俺は護衛依頼を受けようと、張り紙を剥ぎ取ろうと手を掛けた。
その瞬間、横の方から「その依頼、譲ってください」と言う声が聞こえて来た。俺は反射的に一瞬、手の動きが止めたが、俺に対する言葉ではないと判断して、構わず依頼書を引き剥がし、そろそろ登録が終わるんじゃないかと受付の方を振り返ったら、その途中で恨めがましく俺の顔を見ている瞳と視線がぶつかった。
「……あの、どうかした?」
恨みがましい視線の主である見ず知らずの美少女に睨まれる覚えの無い俺は困惑気味の声を出す。
「その依頼を譲ってくださいとお願いしました。それなのに無視するなんて酷い人なのです」
その言葉を聞いて、俺の困惑に拍車が掛かる。何故なら、依頼書の優先権は最初に触った人物が優先され、この少女の様に触れた後に交渉をする事はハンターとしいて、してはいけないマナー違反である。それこそ、周りのハンターから白い眼で見られるくらいの……、現に、この場居る者達は、呆れた眼差しを少女に、不憫そうな眼差しを俺に向けてきている。
「あ~、もしかして、新人さん?」
「だとしたらなんだと言うのです」
と、釣り目がちの三白眼が俺の瞳を睨みつける。
俺はそれを聞いて一応納得した。周りの同じ様に思ったのか、俺に、『キチンと教育しとけよ』と目で語ってから、視線を外していく。
それを受け、『俺も新人なんだがなぁ』と内心、嘆息しながら、もう一度少女を観察した。
身長は俺より少し低いくらいなので、160cmくらいだろう。線が細く、肌も白磁の様に白く、きめ細かい。顔も同様に白くシミ一つ無い。そんな彼女の目を引く特徴はつり目と広いデコと、胸と耳だろう。
ウサ耳族であろう彼女の耳はボブカットの頭の上から生えており、おさげの如く顔の横にヘニャリと垂れている。色は髪と同色で明るいブラウン。
目は、先程も言ったがつり目で、その中の大きな瞳は艶やかな黒。その上の広いデコが耳と合わさって彼女に幼く可愛らしい印象を与える。
だが、男としてもっとも目が吸い寄せられ、印象に残るのがその胸である。
彼女の幼い印象と反比例するように、彼女の母性は凄く豊かだ。女性の知り合いが少ないが、俺の知る限りで彼女がもっとも大きい胸をしている。
装備は質の良さそうな服の上に銀に光る軽装鎧を纏っている。細かく言えば、ゴスロリ風な服で、下はキュロットパンツ、各所に精密な細工が施された銀の鎧で補強されている感じだ。
総合した俺の印象としては、良家のお嬢さんが背伸びしてハンターをしようとしている、と言った感じだろうか。もしくは、訓練などはちゃんとしているが、実戦を経験した事の無い新兵のような印象、でもあるが……。
「そうか、やっぱり新人か、……じゃあ、暗黙の了解の事や、常識的なハンターのマナーとか知らないって事だよね?」
彼女は三白眼にしていた目を軽く見開き、瞳を泳がせだした。
「……まあ、知らないなら教えるけど、依頼書の譲り合いは原則禁止されている。……争いの元に成るからね。依頼書は最初に触った人物が最優先。もし何らかの理由で依頼を変更する場合は、もう一度、掲示板に張り直す。で、君の様に交渉して譲ってもらう事も受付に持って行く前なら出来なくは無いけど、かなりのマナー違反であまり褒められる事ではない」
俺の話を聞くにしたがって、彼女の釣り目だった目じりが徐々に下がって行き、最終的には申し訳無さそうな顔になる。
「……すみません」
「もう一つ言うと護衛依頼は馬車一つにハンターが、三人付くのが基本になる。だから、この依頼書も複数枚、張り出されている」
俺は掲示板の方を向きなら指を差す。その先には俺が持っている依頼書と同じ物が未だに張られていた。こう言う場合の様に複数人を雇いたい時は人数と同じだけの枚数が掲示板に重ねて張り出せされているのだ。
彼女に向き直ると顔が真っ赤だった。
「……君、早とちりとか言われない?」
「……よく言われます。……あわてん坊とも」
しょんぼりとした様子が彼女をより一層幼く見せて、悪いと思いつつも可愛いと感じてしまう。
「お節介かもしれないけど、あの依頼が受けたいならすぐにでも剥ぎ取った方がいいよ」
俺の言葉にハッとした彼女は最後の一枚になった依頼書を慌てて剥がした。
その時丁度、受付から俺の名前を呼ぶ声が聞こえて来た。
彼女に名前を聞こうかとも思ったが、同じ依頼を受けるのならまた会うだろうと思い至り、簡単な挨拶だけで済ますことにした。
「それじゃ、また」
「……あっ、はい」と言う声を背中で受けながら掲示板から離れ受付へ向かう。
「あ、キリュウ・シラベ様、ギルド登録が完了しました。こちらがキリュウ様のハンターズカードになります。今後、ギルドをご利用して頂く時に本人証明として提示してください」
そう言われ、何も書かれていない銀色のカードを渡される。
そのカードを俺が触れた瞬間、カードの真ん中に俺の名前とそれを囲うようにツタの様なレリーフの紋様が浮かび上がる。
「お~、凄いですね」
「初めてご覧になる方は皆様驚かれるんですよ、これ。原理としては先程頂いた毛髪を埋め込む事でキリュウ様の生体魔力に反応する様になっているそうです」
「へ~」と関心の声を上げながら満足するまで眺めてから懐にしまう。
「あ、それとこの依頼を受けたいのと、買い取りはどこに行けばいいのかな?」
「買い取りはこの建屋の反対側になりますので、あの廊下を真っ直ぐ行った先になります。基本的にハンターズギルドの造りはどこも似たような物で、表通りに面した入り口の近くに受付と酒場、裏に買い取り窓口となっております。それでは依頼の確認をいたします。……商人アラン・バリエ氏の交易都市クロウスまでの護衛で間違いありませんか?」
俺はうなずく。
「この依頼は明日の早朝にギルド前に集合、顔見せの後、出発となる予定ですので、必用な物などは今日中にそろえておく事になりますが大丈夫ですか?」
「ええ、問題ないです」
「では、この依頼受諾を受理します。依頼開始時と終了時に依頼主からこの用紙にサインを貰ってください」
そう言われ、はがきサイズの用紙を手渡された。そこには、いくつかの記号と数字と空欄が二つ書かれていて、裏には魔法陣が刻まれていた。俺には魔法は門外漢なので分からないが、色々、不正防止の機能が施されているのだろう。
俺はそう説明してくれた美人さんにお礼を言ってから、言われた通りに廊下を歩いていった。
その廊下の先には広々としたカウンターが広がっていた。そのカウンターに五人程立って受付をしており、うち、三人がハンターと思われる人物と買い取りのやり取りをしていた。俺はすぐ近くの羊の様な巻き角が生えている男性に声を掛けた。
「すいません。買い取りをお願いしたいのですが」
「ありがとうございます。査定をいたしますので、お売りになる物とカードを提示していただく事になりますが、よろしいでしょうか?」
俺は言われた通りにズタ袋からレッドウルフの毛皮と魔核を三匹分取り出し、先程の渡されたばかりのカードを提示した。
「これはレッドウルフの毛皮ですね。……ふむ、うち二枚は少々状態が悪い部分があるっと。……これなら状態が悪い方が六千D、良い方が七千D、この大きさの魔核は一個九千Dとなりますので、合計四万六千D となりますが、よろしいでしょうか?」
俺がうなずくと男性はカウンターの下から半銀貨を四枚と銅貨を六枚出して、俺の目の前で数え子袋に入れ、確認する様にと言いならが俺に手渡す。
俺は袋の中の枚数を改める。たとえ、ギルドの職員とは言え、こう言う事をキチンとして置かないとトラブルの元となる場合があるのだとか。
「……確かに」
この後、準備の必要がない俺は、巻き角の男性からオススメの宿を聞いてから、早々に休む事にした。