序章ー2
昨日は酷い目にあった。本当に修行中の父さん、いや、師匠は容赦が無い。
たしかに、生兵法は大怪我の元と言うし、前世の経験からも武術、それも実戦で使う様な物を教える場合、心を鬼にして伝授しないと物に成らないと知ってはいるが、時々これは拷問なのではないだろうか、と思う時がある。
昨日なんかも、延長に次ぐ延長で、最終的に父さんの終了を告げる声を聞くと同時に意識が飛んでいった。
今では良くある事だから気にも留めていないが、修行を開始した時は『いっそ殺せ!!』と叫びたくなる事が多々あった。恐らく、魔族でなければ壊れていただろう。身体も、精神も……。
見た目はアレだが、この身体のスペックはかなり高い。その上、前世の記憶を引き継いでいるので精神力も高い。正直これだけでも、かなりズルイのだが俺の場合、これに特殊能力が上乗せされる。
魔法が使えないと分かった時、残念ではあったが、そこまでの危機感を覚える事がなかったのも、特殊能力を有しているのが分かっていたからだ。
ちなみに俺の特殊能力は二つ『重力操作』と『熱量操作』である。一応、言っておくと、この二つは俺が選んだ訳ではない。天使曰く、魂の関係で決まるのだとか。
更に言うと特殊能力が複数なのもそう珍しい物でもないそうだ。ただし、人間ならと言う注釈が付くが……。
特殊能力と言うのは種族によって発現率がかなり違う。人間族は発現率が高く、魔族は低い傾向にある。そして、特殊能力の性能は逆に魔族が高く、人間族が低いらしい。これは俺達子供に勉強を教えてくれている物知りの長老の話である。
それで、俺の二つの能力なのだが、俺が未熟な所為でほとんど使用する事ができない。
『重力操作』は俺自身と俺が触れている物にしか干渉出来ず、しかも効果の内容が軽くするか、重量を倍にまで増やす事しか出来ない。『熱量操作』も似た様なもので、俺の体表から10㎝までしか操作出来ず、操作する熱量も微々たるものである。
今は武術の修行と平行して訓練している。その内容と言うのは勿論、修行中の自分の重力を増やす……、のでは無く(そんな事をしたら俺が壊れてしまう)、俺の重力を逆に減らしている。
こうすると全力で型をする時に無駄な力が掛かると、すぐに身体のバランスが狂い不恰好な型になる。それを矯正してやる事で無駄を削ぎ落とすのである。
ちなみに筋トレなどの場合は心地、重力を増している。
『熱量操作』の方は常に自分の周りを快適な気温に保つように心掛けている。
能力の出力は身体が出来て来るにしたがって上がっていくらしい。これは誰かに教わった訳ではなく、俺自身の経験則だ。俺は物心がついていた三歳ぐらいから能力の練習をしている。それで分かったのだが歳を追う毎に加速度的に能力が上がっている。最終的にどうなるかは分からないが、取りあえず、来年には重力は三倍、熱量は水を沸騰させられるくらいには成るんではないかと睨んでいる。
さて、少々、話が変わるのだが、ここ赤狼の里は傭兵を生業にしていると言ったが、この里には非戦闘員も勿論いる。その人達は普段、畑や狩りをして最低限、自給自足の生活を送っているのだが、それでも足り無い物が出てしまう。
そういう場合どうするか、それは二ヶ月に一度やってくる商隊から買うのである。
この商隊は三つ目族と呼ばれる放浪商人を生業としている魔族の一団なのだが、俺達、赤狼族とは先祖からの盟約でこの商隊しか里に入れることがない。それ以外の商人が来た場合、即実力行使で追い返される。
そして、今日がその二月に一度の商隊が来る日なのだ。
俺は日課の朝の鍛錬をひぃひぃ言いながらもこなし、朝食を家族団らんで取ってから、お小遣いを片手に商隊が開いている市場へと向かった。
「おはよーございまーす」
俺は市場の一角にある目的の場所へたどり着き声を上げる。
ここは商隊の代表者の詰め所の様な場所で市場を開いてしまうと、ここに居る人物達は里の人と問題が起きない限りここから出る事がない。そして、俺が記憶している限りではこの里で問題が起きた事は無い。要するにここに居る人物は暇なのである。
「お! 今回も来たのかい!」
そう俺に返事を解してくれたのは、この商隊の責任者である三つ目族の氏族長をしている女傑だ。透き通るような水色の長髪に額の目と着物の様な華美な民族衣装が特徴の人物である。
「あ、長さん。おはようございます。ヒスイさん、いらっしゃいますか?」
「やっぱり、お目当てはヒスイかい。なんだい、ほれちまったのかい?」
長がニマニマしながら、俺の頬を弄ぶ。
「お、相変わらず、いい手触りだ。ホント、男なのが信じられないね」
「母さん、キリュウ君が来ていませんか? そろそろだと思うのですが」
そんな声が奥の方から落ち着いた色の袴をはいた着物姿の少女が現れた。
「ここでは、長と呼びな! それと愛しの王子様が来ているよ」
「おふぁよふごあいまふ、ひふいふぁん(おはようございます、ヒスイさん)」
「長、それは違うと何度言えば……、……はい、おはよう、キリュウ君」
すこし非難する様に長さんを睨むと、俺ににっこりと笑みを向けてくれる。
これが数年前から二ヶ月に一度行われている恒例行事である。
「ごめんなさいね。毎回、母さんが……」
「いえ、今回は着せ替え人形にされなかっただけましです」
俺達はお茶菓子やお茶が置いてある机を挟んで座っていた。ここは詰め所のすみにある休憩所の様な所である。
「そうね。……それじゃあ、何を話しましょうか?」
毎回、お菓子を買ってからここにやってきて話を聞くのが、商隊が来た時の俺の過ごし方だ。
三つ目族は大陸中に広がっており、商隊ごとに氏族として、一定の地域を放浪して商売をしている。そして、どういう方法かは知らないが、氏族間で情報が伝達されているらしく、三つ目族はかなりの情報通なのである。
ちなみに、この商隊では情報も売り物である。ただ、俺の場合、話の内容が一般常識だったり、噂話だったり程度の事なので金は取られていない。勿論、価値のある情報の場合は代金を事前に提示される。
「えっと、先月、十歳になったので魔核と魔装具の話をお願いします」
「そうなの、おめでとう、キリュウ君。……じゃあ、魔核と魔装具についてね。――」
魔核、それは魔力がある生物全てが体内持っている器官である。大きさは違えど人間族、ケモ耳族、魔族の三種族、モンスターですら持っている。
この器官は、魔力を作り出し制御している器官だと考えられていて、生物の心臓に寄り添うようにあると考えられている。と言うのも、この器官は物理的に存在する訳ではなく、その者の死後、心臓の辺りから結晶として現れる事からそう言われている。
その結晶化した魔核の活用法は取りあえずおいておくが、魔族においてのみ、この魔核を鍛えて武器となす事ができる。
何故、魔族だけなのか、それには諸説あるが、恐らく、魔核を鍛える鍛錬に魔族以外の種族では耐えられないから、と言うのが今もっとも有力な説だそうだ。ちなみに、その鍛錬が許されるのが十歳からなのだそうだ。
そして、その武器の総称が魔装具である。
この魔装具は、鍛えた魔核を具現化し創造する武器で、創造者の鏡であり、共に成長する生きた至高の武器だ。その性能はピンきりだが、創造者が強ければそれに比例して高性能になるのが普通である。
「――と、こんな所かしら、どう、役に立った?」
「あ、はい。……それで質問でなんですが」
「うん? なにかしら」
「僕みたいに魔法が使えない体質でも魔核の鍛錬は出来ますか?」
俺がそう聞くと、ヒスイさんは難しい表情になった。
「……どうかしら。……わたしには、ハッキリした事は言えないわ」
「……ヒスイ、嘘言わないの。……なぁに、キリュウちゃんは強くなって傭兵団にでも入りたいの?」
と、横合いから行き成り、長さんが声を出しながら身を乗り出してきた。
俺は理由を言うのを一瞬ためらるが、色々考え、言う事にした。
「……あの、誰にも言わないでくれますか?」
「うん? そうだねぇ。話にもよるけど、よほどの事がない限り口外しないわ」
普段、俺の前では柔らかい表情しか見たことがなかった長さんが真剣な表情へと変わる。
「……まだ、誰にも言った事がないんですが。僕の夢はこの世界を自分の目で見て回る事なんです」
恐らく、異世界に転生した者でこう考える奴は多い事だろう。ただ、ここは日本の様に治安が良い訳じゃない。
「ほ~う、じゃあ、キリュウちゃんはその為に戦力として魔装具に目を付けた訳かい」
「はい、この世界は危険に満ちているって、ヒスイさんも言ってましたし……」
そう、この世界の命は前世と比べ物にならない程に軽い。それは他人の命も、自分の命も、である。ちょっとした不注意で紙みたいに吹き飛んで逝ってしまう。
「そうだねぇ、モンスターに、夜盗に、紛争、魔族なら人間にも注意しないといけない、か。……たしかに、その夢を叶えようと思ったらいくら戦力があっても足りないかもねぇ」
「それで、やっぱり、魔法が使えないと難しいですか?」
「そうだね、……たしかに魔法が使えた方が、感覚が掴みやすいのは確かだね。ただ、体内で魔力を操作するコツさえ掴めれば、関係ないっていやぁ関係ないが……」
「そうですか……」
「……ヒリュウちゃん」
俺が誰かに伝授して貰えないだろうかと思案していた所に、長さんの声が、ポツリと聞こえて来た。
「はい?」
「キリュウちゃんの父親に相談してみな。あいつは魔装具の事にも精通してるから。って言うか、武術と魔装具があいつの主戦力だから」
それは知らなかった。武術は里一番だ、と豪語していたし、他の大人もそう言っていたから知っていたけど、父さんが魔装具を使えたなんて聞いた事なかった。
「……まあ、教えてくれるかどうかは分からないけどね」
そう言ってから、長さんは離れていった。
その後、ヒスイさんは何故か魔核の鍛錬の話はしたくない様だったので、適当にお茶を濁し、世間話をして過ごし、今回のお茶会は幕を閉じた。
そして、夜の鍛錬の時に俺はヒスイさん達から言われた通り、夢の事を含めて、父さんに相談してみた。
「……なるほどね。だから、武術がしたいと言い出したのか」
ちょっと予想が外れたなぁ、と言う顔で父さんは苦笑していた。
「ダメかな?」
「う~ん……。僕は応援してあげたいけど、ミユキはなんて言うかな」
「やっぱり、反対されると思う?」
「それはね。……いろいろ心配しているみたいだし、ね」
それを聞き申し訳無く思う。
転生の弊害なのかもしれないが、俺は色々、親に迷惑を掛けている自覚がる。魔法の事もそうだが、何より認識のズレも酷い。
正直、俺としては傭兵団の入団や、炎の魔法の事なんてどうでもいいと感じてしまっている。
だからこそ、魔法が使えない事を馬鹿にされても頭にこない。恐らく、武術の事や親の事をあのように馬鹿にされたら、我慢できないだろう。
父さんは俯き加減に考えていた俺の頭に手をおいて撫でながら言葉を続ける。
「魔装具はおいおい教える予定だったんだ。だから、それは問題ない。お母さんの事は、……あと六年もあるんだ。ゆっくり説得すればいい」
「……うん」
俺はまだ知らない、母さんの説得よりも魔装具の方が難題だと言う事を……。
俺は知らない、何故、ヒスイさんが言いよどんだのかを……。
俺はまだ知らない、今まで受けた地獄の様な修行が、極楽に思える様な酷い修行が待っている事を……。
……しかも、それが五年間も続く事を、俺はまだ知らない。