序章ー1
初投稿です
この作品をお読みになった方が少しでも楽しんでいただけたら、作者として幸いです。
ここは異世界『ハルフリル』 所謂、ファンタジーの世界。人が居て、獣人が居て、魔族も居て、モンスターも居る。
だが残念な事にレベルなどの概念は無い。ちなみにスキルもない。まあ、似たような物はあるが、あれはどちらかと言えば先天的な超能力の類だ。断じて、後天的に取得したり、増えたりする物ではない。
ああ、それと、蛇足だが魔法はちゃんと存在していた。そこは、さすがファンタジーな世界だ。
さて、これを見ている人たちは、何故、俺が今居る世界を『異世界』とか『ファンタジーな世界』などと称しているが理解して頂いている筈だ。そう、俺は日本で死んで、この世界に転生して来たのだ。
所謂、テンプレと言う奴だ。勿論、チート能力みたくな物も一応持っている。
と言っても、そう凄いものじゃない。俺が貰えたのは三つの才能と、先程語った先天的な特殊能力だ。
才能は『多芸』『天才』『幸運』だ。ただ転生の時にあった天使曰く、『才能は所詮、才能でしか無く、努力なくしては、ただのゴミ』だそうだ。
たしかに、うなずける話である。俺が貰った多芸も天才も俺が努力しなければ意味がない。幸運に関しては俺が動かなくてもどうにか成るかもしれないが、やはり、俺が動いた方が、効率がよさそうである。
そんな訳で俺はこの世界に生まれてから、才能に胡坐をかかずに努力を欠かさない事にしている。
さて、何故俺がこんな事を言っているのかと言うと……。
「おっ! ここに居やがったか落ちこぼれ!」
そう、俺は今現在住んでいる里で落ちこぼれの代名詞の様な存在なのだ。
一応、弁明しとくが、この世界に生を受けてから十年、先程も言ったが努力を怠った事は無い。それなのに何故、落ちこぼれ呼ばわりされているかと言うと。
「十歳になっても未だ。種火も出せねえ。赤狼族の面汚し~」
この赤狼族と言うのは、俺の種族である。ちなみに今居る里は赤狼の里と呼ばれている場所で、ここに住んでいるのは赤狼族のみである。その辺は折を見て詳しく語るとして……、今は赤狼族について語るとしよう。
赤狼族、それは炎の魔法を自在に操る人狼の魔族の一族である。その所為で、獣人の総称であるケモ耳族に間違われやすいが、彼等と違い俺の一族は獣化、簡単に言うと大きな狼に変身する事ができるので、分類上、魔族に属するそうだ。
特徴は真紅の髪とそれと同色の毛並みの獣耳と尻尾。誰得なのか分からないが俺の頭と腰にも、それがキチンと生えている。
それ故に、種火、火を出せないと一族の面汚しになるのである。
「く、悔しかったら、ひ、火花くらい出してみろ」
ちなみに、先程から俺を挑発(馬鹿に)しているのは、俺と同年代の子供で、一番初めの元気の良いのがこの里の現ガキ大将ライガ、その次の語尾が延びているのがチッビ、最後は、何時も何故かびくついているノポ。
「君達も暇だねえ。オレの事なんて放って置けばいいのに……」
「こんな面白い見世物、放って置く訳ないだろ」
ちなみに今現在の俺なのですが、腰を落とし中腰にし、樽を抱える様に腕を上げた状態で立っている姿をしています。オプションに腰に大きな水袋、腕と首には重い鉄の輪、手には水瓶を握っています。所謂、修行中という奴です。
まあ、やってみれば分かると思うが、この体勢かなりきつい。鍛えてない奴なら、ものの五分で身体が震えてくるだろう。かく言う俺も、これだけの重石を着けられたら十五分も耐えられなかった。
そんな訳でプルプル震えている俺を面白がって見に来ているのである、このガキ大将+子分は……、いや、ちょっと違うか。正確には俺の邪魔をしに来ているのだ。
何故かは知らないが、このライガに俺は昔から目の敵にされている。落ちこぼれ呼ばわりし出したのも、こいつが最初だった。里が狭い所為もあるが、そのお陰で今では、俺=落ちこぼれと言う印象がこの里で蔓延している。
実際、俺は魔法が使えないので、あながち間違いではないのだが、なんとも迷惑極まりない奴である。
この前も俺が今と同じ修行をしていた時に邪魔をして、水瓶を割られた事があった。その時は、この修行をする様に示した人物からライガに特大の雷が落ちたので、今回は様子見なのだろう。
「まあ、見世物な積もりは無いけど、そろそろどこか行った方が良いんじゃない?」
「なんだよ。俺達が邪魔だって言いたいのか」
と、ニヤニヤとあくどい笑みを浮かべるライガ。
「いや、むしろ、気がまぎれて、凄くありがたいよ」
俺がそう言ってにっこり笑ってやると、あくどい笑みを浮かべていたライガが顔をしかめた。
それを見て溜飲が下がるのを感じたが、修行を監督してくれている師匠が帰って来る前にライガ達を追っ払わないと、師匠からどうな扱いを受けるか分かったものではない。
「……やっぱ、その顔、すげームカつく」
「そう言われても、これは生まれつき――」
「貴様等!! そこで何しとるか!!」
その場に轟音と言っても良いくらいの大きな声が響き渡る。それを聞いた瞬間、ライガ達が真っ青な顔をして、弾かれた様に駆け出し、俺はそれを心地羨ましいと感じながら見送った。
「……キリュウ、また、邪魔されていたのかい」
そう言いながら俺の前に来た人物に目を合わす。その人物は赤狼族では珍しい細身の優男と言った印象を受けるのだが、騙されてはいけない。この人はこと、修行の事となると鬼に変わる。
「いえ、会話していただけで、問題無く修行していました。師匠」
俺は背中に今までかいていた汗とは別の冷たいものが伝うのを感じつつ、一応、ちゃんとやっていたと主張しておく。
「そう、会話していただけ?」
「はい」
「…………余裕そうだね」
「はいぃ?」
つい反射的に声が上ずってしまう。この師匠は、ガクガク震えながら何とか立っている俺のどこを見て、余裕そう、などと言う言葉か出てきたのだろうか。
「会話できると言う事は、まだ、余力を残していると言う事だろう?」
「……え」
「そんな優秀な弟子に僕からプレゼントを上げよう」
そう言われた瞬間、腕にフック付きの分銅がぶら下げられ、首の鉄の輪と腰の水袋の数が増え、握っていた水瓶の水量も増やされた。
「え! 師匠! こ――」
「そうか、そうか。まだ足りないか。じゃあ、その状態で三十分追加だ」
恐らく、俺の顔は絶望に染まっているだろう。それを見て師匠はにっこりと笑う。
「そうか、そんなに嬉しいか」
と、言いながらも、今度はここから離れる気がないのか、師匠も俺と同じ様に腰を中空に固定し、懐から出した本を、腕を掲げて読み出した。しかも、その両手足には俺がしている重石以上に重い手甲と足甲をつけた状態で、である。
そんな訳で目の前にいる師匠に逆らえる訳も無く、泣く泣く、この虐待にも等しい修行を耐えるのだった。
余談だが、三十分後、本をまだ読み終えていないと言う理由で延長された…………。
「ただいま。ミユキ」
あの後、最終的に気絶する様に寝てしまった最愛の弟子であり、息子であるキリュウを肩に担いで家に帰って来た。
「おかえりなさいませ、あなた」
僕の声に反応して最愛の妻であるミユキがパタパタと家の奥から駆けて来た。そして、僕の肩に担がれているぐったりとしたキリュウを見て、柔和な顔をキリリと引き締める。
「あなた。まさか、またキリュウに無茶をさせたのではないでしょうね」
赤狼族は傭兵業を生業にしている一族だ。なので、男は骨太の筋肉質、女はスレンダーで筋肉質の者が多い。だが、僕は生来、身体が細く、いくら鍛えた所で太くは成らなかった。僕の妻も身体が小さく豊満な体型をしている。そんな、僕達の子である。
キリュウは男の子だと言うのに、少女よりも線が細く背が小さい。その上、顔もすこぶる美しい。親の僕が言うのもなんだが、里一番の美人である。これで、女の子なら問題ないのだが、先程言った様に家のキリュウは男である。
その所為で、いらぬ軋轢を、本人があずかり知らぬ所で色々と起こしている。あのライガ君の事もその一つだ。しかも、落ちこぼれ呼ばわりされていると言うのに、キリュウは反論する所か、自分は魔法が使えないと公言してしまった。
炎の魔法を誇りとしている赤狼族でその発言は問題だ。
キリュウは先天的に自分の魔力を魔法として外へ発する事が出来ない体質だった。里の大人達はその事を理解してキリュウに言う事は無いが、子供は違う。
その容姿の事も手伝って、色々、言われている様だ。もっとも、キリュウ本人はどこ吹く風であるが……。
それ故、僕の妻はキリュウがいじめで心に傷がついていないか、身体を壊さないかと、毎日、気が気では無いらしい。少々過保護かもしれないが、母という生き物はこう言うものなのかもしれない。
「大丈夫だよ、ミユキ。出切る事しかさせていないから」
「なら、何でキリュウがそんなにぐったりしているのですか!」
「それは、キリュウが頑張って修行をしているからだよ」
僕がそう言って優しく笑いかけると、妻はキリリとした顔を不安そうな顔に変える。
「わたしは不安なんです。魔法の使えないキリュウが傭兵団に入りたいなどと言うのではないかと」
赤狼傭兵団、それが、一族が生業にしている傭兵団の名前である。通常、一族の男は元服(十六歳)に成ると、この傭兵団に入るかどうかを選択する事になる。ただ、入団する事は一族で名誉な事とされており、理由がない限り入団するのが慣わしである。
なので、普通なら魔法が使えない者には関係の無い話だ。だが、キリュウの場合、少々違う。
キリュウは天才なのだ。いや、天才と言う言葉すら生温い程の才を有している。恐らく、今のキリュウでも一対一なら平の団員くらい簡単に伸してしまうだろう。通常、魔法が使える者と使えない者が戦えば遊びにすら成らないと言うのに、だ。
元服まで後、六年、魔法が使えないと言うハンデを背負ったキリュウは慢心せずに修行に励むだろう。そうなれば……。
「そうだね。言うかもしれない」
「そんな危険な事、わたしは反対です。今だって、あなたが武術を教えているのすら反対なんですからね」
「僕としてはキリュウが望むのなら後押しするだけさ。武術と同じ様にね」
「あなたぁ」
「そんな不満そうな顔をしない。まだ、六年も先の話じゃないか、それよりもそろそろ食事にしよう」
そう言って僕は不満そんな顔をする妻の背を押して部屋へ向かって歩き出した。