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お側におります

隠密の憂鬱

作者: 智佐部 槍人

はじめまして。

あたしはこの城を守る、名もなき隠密の一人。

一応仕事上の名前はあるけど、闇でひっそりこっそり生きていくあたしには、さほど重要なものではない。

別に頭領・・・いや、今は身を引かれたから御隠居様、と現頭領が知っててくれれば任務には差し支えないのだ。

こう見えても隠密としての経験は長い、と思う。

捨て子だったあたしを御隠居様が拾ってくださって、それから早15年。はじめの5年くらいは、そりゃもうみっちり鍛えられた。

情報収集はもちろん、戦場にも出たし、女の武器を使っていろんなこともやってきた。

ちょっとやそっとじゃくじけない根性、あきらめの悪いとこが売り。


そんなあたしが、現頭領に呼ばれたのは、1年ほど前。

ちょうど、頭領が結婚して半年ほどたった、季節でいえば月の綺麗な頃。

晦日市の準備が賑わってたから・・・って、そんなことはどうでもいいか。

こうやっていろいろ覚えちゃうのは、あたしのちょっとした癖、ってか仕事病。

ともかく、その頃に新しい任務を仰せつかったわけで。


「私に、女房をしろと?」

「そういうことになるな。頼んだぞ」

 

これは、そのときのお話。







「奥方様っ! またそのようなことをなさって!!」

落ちないでね、お願いだから・・・。

万が一のことがあってもいいように、落下地点になるかもしれない付近をうろうろするあたし。

「だって、このほうが気持ちいいでしょ?」

女房の心、主人知らず。うあ、語呂悪。

それにしてもこの姫君は手のかかる。

子供は苦手だし、男だって好きじゃない。

争いはもちろん、話を聞いたり尾行するにしても女のほうが、ずーーーっと楽なのだ。

なのにこの人は!

「ん~・・・いい眺め」

今だって木登りなんかしてる。そんな女性、他にいないよ?

「一緒に見ようよ。すっごいいい景色だよ。登ってこれる?」

いや、あたしだってそのくらい登れるけど、常識ってもんが・・・。

ってこの人に、この世界の常識は通用しないんだった。

「世の大半の女性は、そのようなことはできませぬよ」

「んー、残念だなぁ」

「奥方様、いい加減、私を困らせるのはやめてくださいまし。

 後で頭領様に怒られるのは私でございます」

「うーん、あの人は怒らないとは思うけど・・・」

怒るって。確実に。・・・事実を知ったら。

するするっと木から降りる奥方は、頭領ではないけど、花が舞い降りるさまに似ている。

無事、地に足をつけたことに、ほっと胸を撫で下ろす。

なんか、あたし一人だけあたふたして・・・なんなんだろう。

ちょっとした虚しさが込み上げてくる。

もとはといえば、この夫婦。

頭領もこの奥方には目が節穴になるというか、行き着く思考がどうも一直線すぎるし、奥方はこんなだし。

事実を知ってる同業者には「がんばれよ」って言われるし。

「ねぇ、あっちに綺麗な花が咲いてない?」

言われて振り向くと黄色い白いものが、ふわふわと揺れている。

ここからは少し距離があるようだが・・・って

「奥方様!!どうか走らないでくださいましっ」

「早く来ないと、置いてっちゃうよ~」

だから、そういう問題じゃないんだって。

・・・お願いだから転ばないでね。神様、八咫烏様、よろしく。無責任に祈って、あたしはすぐさま後を追いかけた。



「それだけ?」

「はい」

定時報告。

ここ最近、大体内容は一緒。

「誰か人には逢わなかった?」

「途中で旅の者数人とすれ違いましたが」

「あいつがいたのか?」

頭領の思考は、なぜかそこに辿り着く。

「いいえ」

「・・・そうか」

頭領の言う「あいつ」には、ここしばらく逢っていない。

噂によると3ヶ月ほどくらい前から、度々逢瀬を重ねてるらしい。

あたしの勘が正しければ、近いうちに、必ずまた逢うことになる。

どのみち火の粉は降りかかるんだろうな、と他人事みたいに考える。

「・・・下がってよい」

「失礼します」



事の発端は、奥方様が何も言わず、一人でふらっと屋敷を出たことだ。

買い物や町に行くなら、万が一があってもいいよう、必ず供を連れて、というのが頭領との約束。

隠密からの報告を受けて、後から事実を確かめに行った頭領に

「お医者さまでも草津の湯でも、と言うでしょ?」なんて紛らわしい言い方をするから事態が悪化した。

奥方も体調が悪いなら、はっきり言えばいいのに。

きっと腹黒薬師(これは頭領が言ってたの!)のことだから、特に悪いところはない、とか言ったのだろうけど。

それで、奥方も皆を心配させないよう、気遣って何も言わないのだ。

そこを頭領が、夫のオレにも言えないようなことをしてた、って思ったからややこしくなった。

「・・・はぁ」

本日何度目かになるか分からないため息をつく。

隠密仲間は面白がって見てるけど、板ばさみになってるあたしにはたまったもんじゃない。

そりゃ一週間以上も微熱が続いたら、薬師であり医者である、ついでにあたしの師匠でもある御頭様のところに通いたくなるのは至極当然のこと。

その後は逢瀬というよりは・・・定期健診みたいなもんだろう。

最初はあたしも気づかなかったが、女房として付き添っていれば否が応にも分かってくる。

知らないのは本人達だけ、ってのがまた笑える。

・・・って、笑ってられる立場じゃないよ、あたし(涙)。

立場が立場だけに、あたしの口から言うわけにもいかないし、御隠居さまにも報告できないし。

・・・はああぁ。

神様、八咫烏様、何とかして・・・。全然全く信じたことのない神様へ、もう何度祈ったことか。

しかし祈りが通じたのか、その機会は意外と早く訪れた。



「は?」

ものすごい間抜けな声だったと自分でも思う。

だが、今聞いたことは、ものすごく聞き間違いだったと思いたい。

「今日は体調がいいから、あの人に稽古をつけてもらう、って言ったの」

いつか言い出しそうな気はしていて、そのときはどうしようかと考えていたが。

「今はここも平和です。稽古なさらずとも・・・」

「しばらく体を動かしてなかったし、いざっていうときに、自分の身くらいは自分で守りたいし。

 精神的な稽古もしなきゃね」

言ってることは最もだけど、今そんなことをさせるわけにはいかない。

「奥方さまがそのようなことをなさらずとも、隠密どもがおりますのに」

「私が自分自身をなんとか出来れば、その分隠密さんは別の人を守れるでしょ?

 強い人は一人でも多いほうがいいよ」

その姿を見れば、いつもより軽装で手には既に刀が握られている。

・・・真剣勝負ですか。あんたら。

さすがに血を流させるわけにはいかないので何とか阻止しようとするのだけれども。

頭領も奥方も、事実を含まないあたしの言葉は聞いてくれなかった。

こうなれば、実力行使、しかない。



目の前の庭には対峙する頭領と奥方。

今のあたしの手持ちは小刀が一本。

頭領と奥方さまの強さは、実践に駆り出される隠密と同じかそれ以上。

そんな二人の間に割って入るとどうなるか。

・・・はぁ。

溜息まじりの深呼吸をひとつ・・・ふたつ。

場の空気が変わったのを合図に、あたしは地を蹴った。


刹那の瞬間。

振り下ろされる直前の刀を持つ腕を、左手で掴む。

右手に持つ小刀で頭領の刀を止めればよかったのだが。

あたしには、傾いだ奥方の体の方が重要だった。

右手の小刀を投げ捨て、奥方を抱きしめる。

左手を滑らせて、自分の体を支えた瞬間、背中に一瞬熱いものを感じた。


「何をしてるんだお前は!!」

振ってくる頭領の言葉はとりあえず無視。

ええと・・・腕の中に収まってる奥方に傷はない。

倒れるときにあたし自身は衝撃を受けたが、奥方の体はちゃんと支えた自信がある。

疑問符だらけの奥方の顔を見て、安堵する自分に苦笑。

うん。問題なし。

そのままそっと、地面に横たえる。

と同時に気づく、あたし自信の痛み。

・・・背中がイタイ。

「だから、おやめくださいと申しましたのに・・・」

半分は独り言。

言ってる間に、別の女房が駆けつけ頭領から何やら指示されたらしい。

慌てて立ち去る足音がする。

「説明してもらおうか、オレがオレ自身の手でお前を傷付けた理由を」

頭領は優しい。

そしてやっぱり聡い方だから、自分に非があることも認めてくれる。

・・・それでも言わなきゃ分からないってところが、嫉妬の度合いを示している。

「私がお守りしたのは、奥方さまでも頭領でもございません・・・」

さすがに全てを言うのは気が引けた。

「・・・まさか」

しかし、聡い頭領はそれだけで分かってくれたらしい。

「・・・ありがとう。姫は?」

「私がお守りしておりますので、大丈夫でございます」

皮肉めいた言葉に頭領は苦笑し、傷ついた私より奥方を心配してみせた。

「すまない、姫。具合が悪かったらそう言えばよかったのに」

「あの、えっと・・・」

背中の痛みを堪え、あたしはそこから立ち去る・・・ことが出来ず奥方の側に座ったまま。

・・・思ったより痛い。ちょっとした誤算。

「私達の間にいきなり入ってくるなんて、危ないよ。怪我しなかった?」

「大丈夫ですよ。私だって剣の心得はあるんですから。

 ですからご安心ください。今度町に買い物にいって男どもに絡まれたら

 一緒に蹴散らしてやりましょう」

言って笑ってみせる。自分で言うのもなんだが結構引きつってるかもしんない。

ふ、と頭領と目が合う。

滅多に見せない表情で、そのまますぐに視線を逸らされた。

しかし奥方に向ける顔は、柔らかな笑顔に変わっている。

「実をいうと、姫の側仕えだから、この辺りでも一番強い女房を置いたつもりだよ。

 ・・・じゃ、戻ろうか、姫君」

「え、でも稽古は・・・」

あたしが無理に笑って話している理由を察してくれたのだろう。

頭領は軽々と奥方を抱え、うまくその視界から私を消してくれた。

「稽古は当分お休み。医者のところは行ってもいいけど、外出はほどほどに。

 ああそうそう、走っちゃだめだし、木登りもマズイな」

「な、何で?」

「と、その前に親父に報告しなきゃな。・・・跡取りができたって」

「・・・そ、それって、もしかして・・・だってお医者さんは何も異常はないって・・・」

二人の会話が遠くなる。

これは決してあたしの意識が遠くなってるわけではない。

頭領だって半分以上手加減していたのだ。

無傷で終わる予定だったのに、あたしもまだまだ修行が足りない。

そして完全に二人が立ち去った後、複数の気配がいっぺんに現れた。

「がんばったなぁ」「よかったんじゃない?」

無責任な声の持ち主達は、あたしの同業者。

戦に慣れてる分、下手な医者より応急処置は適切だ。

心地よい睡魔が襲ってくる。起きててもすることないし。

「じゃ、後よろしく・・・」

そのままあたしは深い眠りについた。




-そして元気な跡取りが生まれたのは、その6ヵ月後。

あたしは未だ、奥方に振り回されっぱなし。

他にもいろんな話はあるけれど、それはまた別のお話。

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