わりとちっぽけな現実のお話
この作品はあくまでフィンクションです。
実際に存在する人物、団体、国家、事件、その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。
朝。いつもと同じ時間に目を覚まし、顔を洗い、朝食をとり、歯を磨き、学校へ行く支度をし、いつも通り家を出る。
いつもと同じ道を通り、いつもと同じ時間に駅に着き、自動改札を通り抜け、いつもと同じ車両に乗ろうと……思ったが、クラスメイトが彼女と二人で僕のいつも並んでいる場所に並んでいるのを目撃し、その後ろを通り過ぎて並ぶ車両を変更する。
昨日も同じように後ろを素通りしたことを思い出し、その背中に向かって、リア充爆発しろと目線だけで訴えかけてみるも、そいつが爆発するわけもなく、いつも通りの時間に来た電車に乗り込む。
別にカップルをストーキングするような趣味はないので、僕はクラスメイトから目線をはずし、二人とは一つ違いの車両に乗り込んだ。
素早く空いている席を確保し、お気に入りの書籍サイトを開きながら終点までの時間をつぶす。
そのクラスメイトの彼女が、終点の一つ前の駅で降りることは知っているが(彼女の方に面識があるからであり、断じて観察していたわけではない)、だからといってその後、そのクラスメイトに話しかけるようなことはしない。
そんなことをしても気分を害させるのがオチだし、どうせ終点での乗り換えでわかれるのだから話しかける理由もない。
冗談ですまないことが冗談ですまないのが現実であり、僕はその現実で生きているのだから当たり前のことだ。
【わりとちっぽけな現実のお話】
例の終点の駅からなんだかんだ電車を乗り換えて数十分。教室にたどり着いた僕は、つい最近席替えで決まった窓際の端の席に鞄を置く。
そして一度も席に着くことはなく、教室を離れ階段を歩いて降りた。
僕一人が入ってこようが出ていこうが、教室内の雰囲気は何一つ変わらない。
僕の教室での存在は、そんなものだ。
空想では、こんな無意味無個性な少年には何か裏があったりする者だが、生憎ここは現実なのでそんなものはどこにもない。
ただ特徴も取り柄もない少年がクラスの中で良好な人間関係を築けず、ただなんとなく堕落的に朝に時間を過ごす姿がそこにあるだけだった。
♪♪♪
その日の授業には移動教室が一度もなかった。
ただ何となく授業を受け、何となく窓の外を眺めては夢の世界へ旅立つ。
そして次に目を覚ますと、その時間の授業は終わりをむかえている。
そんな時間を過ごし、昼休みの時間が訪れる。
僕はいつも通り早急に昼食を取り終え、よく通っている図書室へと行くことにした。
図書室の扉をあけ、そこの管理人(?)の人に軽く会釈をしてから部屋の奥へと向かう。
そして、その図書室の奥にある三方向敷居付きの机(本来の用途は勉強用)を確保し、ポケットから持ち込んできたキーボード入力型電子メモ帳を取り出し起動する。
するとその画面には書きかけの小説が浮かび上がり、右下には現在時刻が現れた。
僕はこうして、自作小説を書いている。
他人に見せることはなく、ただ日常でふと思い浮かんだアイデアを、文章に起こしているだけだが。
前に一度、とある小説サイトに応募をしてみたことがあったが、返答なしという結果に終わった。
まあ、あれで返事が来るとは思っていなかったので、当たり前の結果だと、当時はそう思った。
黙々とキーボードに文字を打ち込んでいく。
空想であるならば、ここで後ろから知らない先輩やら学園で有名な同級生やらが、好奇心むき出しで話しかけてくるような状況だが、生憎ここは現実なのでそんなことはない。
強いていうなら、一年生にも関わらず、僕が図書館に来たときには必ずいる一人の見知らぬ女子生徒が存在するのだが、別にただそれだけであり、その前もその先もない。
彼女がこちらを気にすることもなければ、こちらが彼女を気にすることもない。
彼女との間に何かがあったわけでもなければ、この先何かがあるわけでもない。
伏線のように見えて、それは何でもないページとページの間に行われていそうなレベルの出来事に成り落ちている。
それが現実だ。
……小説を書きながらだと、どうも現実と空想を照らしあわせて比較してしまう。
無駄な行為だとわかっていてもやってしまうあたり、僕の脳はもう末期なんだろう。
そんなことを改めて自覚したところで、昼休み終了の鐘が鳴る。
僕は電子メモ帳を閉じてポケットにしまい、早足で教室へと戻ることにした。
その際に一度、先ほどの彼女の方を向いてみたが、その目線が一度も合うことはなかった。
♪♪♪
残りの授業も同じように過ごし、いつもと同じ放課後が訪れる。
放課後になると、同じ部活のクラスメイトがやってきて、一緒に部活動へと向かった。
部活動は、僕の数少ない集団行動をする場の一つでもあり、僕の数えられるほどもない学生としての時間を楽しむことができる場でもある。
こうして友人と部室へ向かい、部活動の仲間と部室で練習をし、同じ部活動のみんなが男女関係なく会話をし、笑い、楽しみ、一度真面目になり、そしてまた笑う。
僕が思い浮かべる空想という形の一角が、この場所には存在していた。
僕もまた会話を楽しみ、ふざけあって笑いあって、時には真剣に相談をし、時にはくだらないことを語り合い、たまに何の脈絡もなく突拍子のないことをする。
今日だって、一体どこから持ち出したのかわからないクリスマスツリーを掲げ、まだ一ヶ月以上も先であるクリスマスを、意味不明なテンションで楽しんだ。
いつも通りの悪ノリが始まり、唐突にサンタが現れ、それをとっつかまえて校内を徘徊し、先生にばれるぎりぎりで帰還をする。
端から見たらバカにしか見えないことを、自分たちがバカになってそれを楽しむ。
大人になってからじゃできない、高校生である今しか出来ないバカ騒ぎを繰り返す。
そんな時間は、僕にとってはなによりも大切な時間であり、なにを犠牲にしてでも居続けたい居場所であった。
たとえ、現実を諦めたとしても。
♪♪♪
部活が終わり、いつも通りの時間の電車に乗って帰宅をする。
帰り道は途中まで、部活仲間と一緒にいられるから楽しい。
途中で別れてからも、僕の中には楽しかった時間の余韻が残る。
朝からあった堕落的で悲観的な思考は、部活動後にはあとかたもなく消え去っていた。
それほどまでに、あの部活動での時間は楽しいものなのだ。
特に、今日は久しぶりにバカ騒ぎして遊んだこともあり、その気分は最高潮に達していた。
はっ、これはもしやリア充の心持ち!? とか考えてしまうほど、僕の心はふわふわと空を漂っていた。
行きは終着駅であった駅も、帰りは始発駅となっている。
五分程度停車して乗客が来るのを待つ電車に乗ると、席に座りながらラブラブオーラ(←いつの言葉だ)を振りまいているカップルを発見する。
本日二度目のリア充爆発しろという目線を送り、またしても車両を変えて席に着く。
カップルが居る車両に堂々と居座れるほど、僕の心は強く出来ていないのだ。
♪♪♪
やがて発車の時間が訪れ、電車が動き出す。
僕は朝と同じ書籍サイトを開き、自宅の最寄り駅にたどり着くまでの時間をつぶすことにした。
次の駅、朝のクラスメイトの彼女が通う学校の制服を着た女子生徒が、一人電車に乗り込む。
かわいい子だなとか思いながら、僕は再び携帯の画面に目を落とす。
電車が発車。それから約30秒後、一人の男が先ほどの女子生徒に、大声で話しかけた。
会話の内容を聞く限り、その男は彼女をナンパしようとしているらしい。
本人は頑なに断っているのだが、男の方はあきらめが悪く、彼女はかなり困っているように見えた。
目に涙を浮かばせ、軽く男に恐怖心を抱いているようにも見えた。
僕は携帯を閉じ、周りを見渡してみる。
電車も中は空いているとはいえ、近くには大の大人が三人、同年代らしき学生が男女二人づつ、カップルが一組が存在する。
……ここにもいたのかよ。リア充爆発しろ(本日三度目)。
そのリア充及び学生はまだしも、大の大人が完全に無視を決め込んでいる状況を見て、僕は改めて現実というものを実感した。
自らを守るために、むやみに荒波をたてず、保守の姿勢を決め込む。
決して間違っているとは思わない。それが現実なのだから。
けれど僕は、その子を助けてみようと思った。
だって僕は、現実よりも空想が好きな、脳が末期な人間だから。
♪♪♪
「すいません。うるさいんで、黙ってもらえますか」
僕は乱暴な口調で、男に声をかける。
「あ? アンタ何?」
「乗客です。うるさいんで、黙ってもらえますか」
――――ドン
その男は返事すらせず、僕の方を思い切り突き飛ばす。
僕は大した抵抗も出来ずに、そのまま電車の扉にぶつかる。
男は何事もなかったかのように彼女の方を向き、ナンパを再開する。
僕はその肩をつかんで再び言う。
「うるさいんで、黙ってもらえますか」
――――ドン
今度は突き飛ばすなんて生やさしいものではなく、顔面を殴られる。
扉に当たることもなくその場に倒れ込む僕を、男はまた無視する。
「いい加減、黙れ」
軽くキレかかった僕は、男の臑を蹴りとばす。
「さっきから邪魔してくんじゃねーよ!」
キレた男に再度殴られ、倒れ込んだところを蹴られる、踏まれる、蹴られる、蹴られる、踏まれる、蹴られる、蹴られる、蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り踏み蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り踏み蹴り蹴り怒声蹴り蹴り蹴り蹴り踏み蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り叫び声蹴り蹴り蹴り蹴り蹴り鳴き声蹴り蹴り蹴り駆けつける音蹴り蹴り蹴り蹴り蹴りそして……
♪♪♪
所詮ただの無個性学生が、いかにもって感じの不良に勝てるわけがない。
これが空想なら、なんやかんやのご都合主義で、僕が不良を倒してハッピーエンドに出来るのだろうけど、生憎ここは現実だ。
僕はただ蹴られるだけ蹴られ、やっとのことで動いてくれた学生(大人は本当に最後まで無視を決め込んでいた)が駅員を呼び、急遽次の駅で電車を止めて乗り込んできた駅員二人によって、やっとのことで男が抑えられるといった、最悪の結末を迎えてしまった。
おまけに傷だらけの状態のまま駅員から事情徴収を受け、やっと解放されたときには、もうすでにその女子生徒はいなくなっていた。
……僕、何のために突っかかっていったんだろう。
これだけのことをして得られた結果は、僕がただのモブキャラでしかないことを再確認させられただけだった。
部活後にあった高揚感は、もうどこかへ消え去っていた。
♪♪♪
次の日。
いくら僕が殴られ蹴られようとも、学校はいつも通り始まる。
幸いにして、骨折などの病院行きレベルの怪我はなく、全身が痛むものの学校に行けないほどではなかった。
蹴られていた部位は主に腹であったらしく、外見的な怪我は二発の顔面パンチによる、顔のはれくらいであった。
ただ、腹を何発も、何十発も蹴られたことにかわりはなく、上半身前全面的に青あざが出来ていて、正直触るだけでも痛いくらいだった。
今は、全面的に湿布を貼ってみている。
自分のことながら、かなりシュールな光景だと思った。
♪♪♪
いつも通り教室に入り、いつも通り授業を受け、いつも通り図書室へ行き、いつも通り小説……が書けるほどは万全ではなかったので本を読んでいると、
「怪我……大丈夫ですか……」
例の毎日図書室にいる女子生徒が、僕に初めて声をかけてきた。
「ええ……まあ、大丈夫ですよ」
「そう……ですか…………お大事に、してくださいね」
それだけを言い、彼女はこの場を去っていく。
なんだかんだでこちらのことを気にしていてくれたことに驚き、現実も捨てたもんじゃないなと思った。
♪♪♪
放課後。
さすがにこの状態で部活動にはでられないと思った俺は、クラスにいる部活仲間に断りを入れ、今日は部活を休むことにした。
その際に、彼から励ましの言葉をもらえたことが、僕としてはかなりうれしかった。
♪♪♪
「あ、あの……」
「…………僕ですか?」
「は、はい……」
昨日と同じ帰り道、僕が昨日、ちょうどボコボコにされた地点を電車が通過しているときだった。
不意に声をかけられてその声の出所の方に顔を向けると、昨日ナンパされていた女子生徒が目の前に立っていた。
「あ、昨日の」
「はい、昨日の者です……あ、あの……すいませんでした!!」
僕が目の前の女子生徒に声をかけると、彼女は唐突に頭を下げ、大声で謝り始めた。
その勢いはもう、土下座でもしだすのではと思えるほどのものであり、乗っていた乗客が、一斉にこっちを見てきた。
昨日のような事態では、誰一人として目を向けようとしなかったけれど、今のような事態では目を向けるなんて、つくづく都合のいいものだ。
まあ、ここに関しては現実も空想も関係ないのだが。
とにかく、この状況は精神衛生上と社会的体面上いろいろとまずいと思った僕は、
「えっと……とりあえず、降りません?」
電車の降車を促してみることにした。
♪♪♪
「すいません……いきなり叫んでしまって……」
「いや、大丈夫ですよ。はい」
目の前の彼女が頼んだ紅茶がきたので、それを彼女の方に渡しながら答える。
「あの……昨日はありがとうございました」
「いやいや、僕ボッコボコにされただけだから」
彼女が、僕の頼んだコーヒー(ブラック)をこちらに渡しながらお礼を言う。
店員さん……何で逆に置いていったのさ……。
もしや、僕がコーヒーなど飲めないだろうと勝手に決めつけて、彼女の方にコーヒーを置いたというのか!?
「うえっ、コーヒー苦いわ……ブラックなんて飲めるかよ……」
店員さん大正解です。僕はコーヒーが飲めません。
「じゃあ、なんでコーヒー頼んだんですか……」
彼女から、鋭いつっこみが入る。
だって僕の中には、かっこいい男=ブラックコーヒーが飲めるという図式があったんだよ。
はいそうです。かっこつけて見栄張りました。
場の空気が一瞬にして、シリアスからコメディーになった気がした。
♪♪♪
電車を降りた僕たちは、駅を出てすぐにある喫茶店に入り、落ち着いて話をすることにした。
ここの喫茶店は飲み物から軽食のような物まで手にはいるので、話をするにはぴったりだと思ったからだ。
ちなみに、何故そんなことを知っているのかというと、僕が地元民だからということにつきる。
僕と向かい合わせになるように座った彼女は、昨日も思った通りぱっと見てかわいいと思う顔立ちだった。
まあ、いきなりナンパされるくらいだし。
「改めて……私は黒月高校一年、一関加奈子です。先日は本当にありがとうございました」
「さっきもいった通り、僕は蹴られに蹴られてただけだから」
「いえ、あなたが声をかけてくれたから、私は助かりました……感謝してもしきれません」
「あっはは……それならまあ、素直に受け取っておくとするよ」
僕は僕なりに精一杯かっこつけてみせ、そばにあったコーヒーを飲む。
「うええ……口の中がブラック……」
「だからなんでまた飲むんですか……」
結論、僕にはかっこつけは無理らしい。実に不本意ながら。
♪♪♪
「あの……怪我の方は、その……どれくらい……」
彼女が僕の様態を尋ねてくる。
大丈夫ですか、平気ですかと尋ねてこないあたり、かなりの大怪我だと思っているのだろう。
まあ、正直記憶はおぼろげだが、おそらく数え切れないほど殴られたのだろう。
そうでなければ、一日で自宅の湿布を使い果たすことなどないだろうから。
「ああ、無傷ではないけど、大したことはないよ」
無駄な心配や過度な罪悪感をかける必要性はどこにもないので、適当にごまかしておく。
傷があるのが見えないところでほんとによかった。
「で、でも……あんなに、蹴られて」
「顔を殴られたわけじゃないし、そこまでひどくはなかったから」
「……ありがとうございます」
「いえいえ」
彼女の方も、このままだと押し問答になるだけだとわかったのか、素直に納得したことにしてくれた。
「そ、その……なにかお礼とか、させてもらえると……」
「そんなのいいよ。僕が勝手にしただけだし」
「で、でも……その、怪我とかも……」
「大したことないから、平気平気」
「で、でも……な、何でもいいですから……その……」
どうやらこればかりは、相手側も引く気はないらしい。
おそらく、わざわざ今日僕を待ってまで尋ねてきたのは、お礼をするためだろう。
……そんな見ず知らずの男に、わざわざそこまでの恩義なんて感じなくてもいいものを。
「じゃあさ」
「は、はい!」
僕が口を開くと、彼女が背筋をピンと伸ばす。
「ここの喫茶店、おごってもらってもいいかな?」
「…………それだけ、ですか?」
「うん、それくらいはしてもらわないとねえ」
彼女に向けて、僕は喫茶店の飲み物をおごってもらうことが、いかにも大変で重大なことであるかのように伝えてみる。
そうすることで、少しでも罪意識を無くしてもらおうと思ったからだ。
「なんか、他にあったりとかは……」
「ないよ。女の子におごらせるなんて真似させるんだもん。それだけで十分大変でしょ」
「でも…………」
「いや~、空想ならこういうときには普通、男の僕がおごるところなんだろうけど」
「空想?」
「あ、なんでもない。こっちの話」
うっかりと心の声が漏れてしまう。
僕もこれだけでことを済ませようと、必死になっていた。
本当はむしろ、僕がおごってあげたいくらいだ。
こんな状況、空想でもそうそうには起こらないぞ。
この状況だけで僕はもう、なんか幸せな気分になれていた。不謹慎ながら。
「……ありがとうございます!」
「いや、お礼を言うのは僕の方だよここ」
本日三度目のお礼の言葉を聞く。うん、お礼を言えるのはいいことだ。
他人事のようにそう思いながら、僕はそばにあったコーヒーを飲む。
「……さすがに三度も飲むと、ブラックに慣れてきたよ」
この短時間で、僕はブラックを克服することに成功した。
なんかうれしかった。
「あ、えと……おめでとうございます……」
目の前の彼女からの賞賛(構成成分の90%が呆れ)の言葉の、素直な賞賛の部分(述べ8%)だけを、受け取っておくことにした。
残りの2%は…………哀れみだとは思いたくない。
♪♪♪
「今日はどうもありがとうございました」
「こちらこそ、おごってくれてありがとね」
帰り道、彼女はこの駅の二つ後にある駅の地域に住んでいるらしく、僕は彼女を駅まで送ることにする。
いつの間にか、あたりは夕焼け色に染まっていて、だいぶ長いこと喫茶店に居座っていたのだなと思った。
「もう時間も遅いし、気をつけて帰りなね」
「はい……その……」
「?」
「いえ、なんでもないです。それでは」
「うん、じゃあね」
『またね』とは言わず、『じゃあね』という。
だってまた会うことなんて、きっともうないのだから。
彼女に言われて携帯のアドレスを交換したものの、連絡を取ることなんてまず無いだろう。
今日くらいは多少のやり取りをするかもしれないが、おそらくそれきりだ。
だってここは、現実なのだから。
空想のように都合よくここから恋愛関係が始まることもなく、恩人としての関係を築けるわけでもない。
現実はそこまで都合よくは出来ていないし、今日彼女に話しかけられ、喫茶店でお茶できただけでも奇跡だった。
だから『またね』じゃなくて『じゃあね』。
……また今日も発想が飛んでしまった。やはり僕の脳や思考は末期なようだ。
いや、すでに死亡しているのかも。
そんなことを考えながら、僕は自動販売機で買ったブラックのコーヒーを飲む。
「…………苦い」
本日の成果は、図書室の少女との会話と、昨日の××高校生徒との会話と、ブラックコーヒーを克服した気になったことだった。
ああ……ブラック苦い……。
♪♪♪
後日談、というか今回のオチ。
翌日、僕がいつもと同じ時間に最寄駅に着くと、なぜか昨日の彼女がそこで待っていた。
「…………降車駅、違いますよ?」
「今日から一緒に登下校しようと思いまして」
「なぜに?」
「あなたがいてくれれば、ナンパも怖くないですから」
「…………過信はしないでほしいかな」
「信頼ですよ、過信じゃありません」
「あんまり変わってないよね」
このあたりで電車が来たので、僕と彼女は電車に乗り込む。
すぐ隣の車両に、例のクラスメイトのカップルがいたが、今日ばかりはリア充爆発しろとは思わなかった。
爆発したくないし。
「ここの駅から乗ると、席に座るのは難しいんですね」
「二人掛けはさすがにね、君だけでも座れば?」
「いえ、大丈夫ですよ。あなたともっとお話していたいですし」
「そりゃありがたいことです」
隣にいる彼女が、僕に笑顔を向けてくれる。
違う意味で爆発しそうな気分になった。
「あの、ですね……」
「ん、なに?」
「これからもよろしくお願いしますね」
「ああ、こちらこそ」
「えへへ……」
どうやら現実は、もう少し僕に空想の夢を見させてくれるようであった。
この小説のテーマは『現実』。
と言っておきながら、実は気づかないだけである程度の日常を遅れている少年のお話。
ある意味、現実では一番理想とされる形の少年の物語です(←あくまで個人の主観です)。
主人公にはなりえない少年にスポットライトを当ててみた小説、いかがだったでしょうか?
少々シリアスチックであり、結構真面目なこの小説。
特徴としては、まず全体的に主人公の思考……つまり、モノローグだけで成立しているところでしょうか。
初めて台詞が出たのが、物語の半分を過ぎたところですからね。
あとは、あえて名前を消したところ。
無駄な先入観を除くためです。
実際、例の名乗るシーン以外で個人のことを呼ぶときは、必ず代名詞を使うようにしてましたので。
個人的に、この小説にはすごく入れこんでしまった気がしました。
最後になりましたが、この度はこの小説を読んでいただき、まことにありがとうございました。