田所修造の場合 7
黒いものとの突然のニアミスでパニックになっていたが、冷静になってくると現状のまずさに気が付く。
せっかくこれまで音を立てないよう、静かに隠れながら行動してきたのに、黒いものが突然目の前に現れて、こちらに向かってきたので恐怖のあまり叫び声を上げてしまった。
「クソッ…」
なんて間抜けだ
しかもせっかく準備した小石を使わずに殴りかかるなんて
こぶしがひりつく感覚を感じ見てみると、皮がむけている。
骨に異常は無いか確認する。どうやらヒビは入っていないようだ。
あらためて黒いものが持っていた刃物を見てみる。
両刃のナイフだ、作りがごつく、そこらじゅうに傷がついている。
自分に向かってきた凶器を見て、先ほどの戦いがいかに危なかったか思い知る。
しかし収穫もあった。
力が上がっているので接近戦でも馬鹿げた破壊力があること。
1匹目はともかく、2匹目の奴なんか押す感じで前蹴りを入れただけだ。
これなら、危険だが接近戦になっても何とかなるはずだ。
時間が無い、でかい木の根によじ登り周囲を確認する。
とりあえず視界内には他の黒い奴はいない。
黒いものの死体のところに戻り、所持品を確認するが粗末な腰布とごついナイフしか持っていないようだ。
ナイフを莢ごとベルトに差込み、2匹目の黒いものの様子を見る。
多分死んでいると思うが、確信がもてないので小石を投げてみる。
頭に当ってしまいパンッと音がして中身が飛び出した…
気分が悪くなったが時間が惜しい、すぐに2匹目のところに行き所持品を確認する。
こいつはよさげなチョッキを着ていた。さっき飛び散った中身がべっとり付いているが…
中身のことは無視してチョッキを剥ぎ取り、腰の所のベルトへ差し入れる。そして離れたところにある棍棒を拾ってみると、色は黒ずんでいるが材質はたぶん鉄で、先端が太くなっておりボコボコと突起がついている。結構長い。
棍棒を見ながら少し考え込んでいると木の根の向こう側から「ギギギャギャァアー!!!」と叫び声が聞こえた。
反射的に木の根っこに登ると、眼下に5匹の黒いものが集まっている。
皮袋から小石を取り出し奴らに投げつける。
命中するとくぐもった音がし、黒いものは動かなくなる。
出来るだけ早く投げられるようにして、奴らを寄せ付けないようにする。
奴らにとっては、頭上から攻撃を受けているということもあってかこちらに近づけず全滅した。
あまりにもあっけ無く皆殺しに出来て呆然としていると、森の奥のほうから黒いものが集まってきているのが見えた。
さっきの泣き声は仲間を集めるための叫び声だったのか?
慌てて小石の残りを確認すると半分以下になっていた。
舌打ちし、急いで木の根っこより下りる。
投擲に使えそうな石を探すがほとんど無い。
どうする?
もうすぐ奴らはここにやって来る。時間は無い。
隠れようにもそんな場所は無いし、すでに俺の姿は見られているだろう。すぐに見つかる。
先ほど見た感じだと、最低でもやつらは20匹以上いそうだ。
奴らは東の方角よりこちらに来ている。
南には逃げられない。
更に北上するか?しかし池に戻れなくなるんじゃねぇか?
ガキの泣き顔が頭にちらつく。
棍棒を軽くふるうとゴォッ!とすごい音が鳴した。
箸でも振っている感じだ。軽い。
袋の石は半分以下。何匹これで殺せるか分からない。
冷静に考えれば北に逃げるのがベストだろう。上手くいけば奇襲することも出来るかもしれない。
だが、奴らは東から来た。俺が北に逃げ追ってきてくれたらいいが、もし南に行ったら?
でかい木の根を見る。向こう側にはもう奴らが来ているかも知れない。
ここが踏ん張りどころか…
死ぬかもしれない… だが死ぬことは許されない
棍棒を右手で強く握りしめると、俺は木の根によじ登った。
◆
木の根によじ登ると、すでに黒いものが3匹いた。
その後ろからも奴らが集まってきているのが見える。
俺は木の根から飛び降りると、その勢いのまま3匹に肉薄する。
やつらも得物を手に俺に突っ込んでくる。
俺は右手に握った棍棒を、できるだけ黒いものの得物を狙うようにして振り回した。
もともと背丈が違いリーチに差がある。
1匹目2匹目はたちまち得物ごと棍棒の餌食になって吹っ飛んでいき、3匹目も俺が棍棒を振り回すスピードが速すぎて、何も出来ずにひしゃげて地面に転がった。
すぐに近くまで来ている後続の奴らに向かって行く。
奴らは弓を持っている奴が居たはずだ。距離はとらせない。
棍棒を振り回しながら黒いものへ突っ込む。
金属の固まりを高速で振り回す俺に奴らが抗しきれず、一瞬で4・5匹がバラバラになった。
奴らの黒っぽい体液を浴びながら、口に入るのも厭わずに、続々と集まってくる黒いものへ襲い掛かる。
10匹くらいの集団で弓を持った奴が多い黒いものを、虫でも潰すように殺していく。
ひしゃげ、破裂し、吹っ飛び、粉々になる黒いもの。
俺の攻撃がかするだけでその部分が吹き飛ぶ。
残り2匹が背を向けて逃げようとしていたので、小石を投げつける。
片足を吹っ飛ばされ地面にころがり、もう片方は背中に直撃し、内臓を撒き散らしながら倒れた。
さらに20匹近い集団がいたが向かってこないで距離をとっている。
すぐに走り出し集団へむかう。
が、鋭い痛みを左肩に感じ立ち止まってしまう。見ると矢が刺さっている。
左手を見ると5匹弓を持った奴が構えている。
構わず再び走り出し20匹の集団に突っ込む。
集団の中心まで棍棒を振り回しながら突っ込みそのまま反対側へ突き抜ける。5匹ほどその突撃で殺した。
少し息が上がってきている。
つばを吐く、色が黒い。
集団の残党へ向けて再度突撃する。弓は集団との混戦状態のため撃たれなかった。
◆
集団を殲滅した後、石で弓の奴らをけん制しながら近づこうとしたが、袋の中には2個しか入っておらず(多分走ってる時に落とした)、走りながら2個とも投げたが奴らには当らず、そのまま奴らは逃げ出した。
奴らはすばしっこく、俺も体力を消耗していたため追うことを諦めた。
俺は20匹くらいの集団の残骸からめぼしいものだけ回収し、急ぎ池へ戻る。
早朝に出発し、今はもう日が暮れかかっている。
肩の矢はまだ抜いていない。
周囲を十分に警戒しながら、でも出来るだけ急ぎ池へ向かう。
肩の傷口が熱く、熱が出てきたのか気を抜くと頭がふらふらする。
方向は正しいはずだが、ちゃんと池に向かえているか不安になる。
しばらく進むと見覚えのある場所であることが分かり、すぐ池のそばまで来ていることに気が付く。
半日以上かけて歩いたのだが、そんなに距離を稼げていなかったらしい。
無事だろうな、ガキ
体力が尽きそうな体に鞭を打ち、池へと急いだ。