田所修造の場合 79
翌朝、まだ日の昇りきっていない早朝に起床した俺とカークスとアンジエは、粉とミルクで作った簡単なスープと硬いパンで朝食を済ませると、身支度をして昨日の内に煙で燻っていた魚や、ナルカの町で買い込んだ荷物などをグライダーへと積み込み始めた。
静まり返った湖はまだ日が昇っていないため冷え冷えとしており、水辺の朝特有の霧が出ている。
「この霧じゃ飛ぶの危なくないですか?…止めません?今日飛ぶの?」
「霧ったってこの程度すぐ突き抜けられるだろ」
カークスは昨日からグライダーに乗ることに対して拒否反応を示し続けており、今朝もまだあきらめきれない様子で何かと出発を延期するよう要求をしてきた。
「あんまのんびりしてると、また追手に追いつかれちまうだろうが。ほらさっさと荷物をグライダーへ積み込め」
俺にけしかけられ、しぶしぶと荷物を詰め込む作業をカークスが再開した。
アンジエも俺達の脇で自分の着替えなどを小さなバックパックへ詰め込んでいる。
俺がたたんでやった着替えだが、無理やり詰め込んでいるのであれでは皺になってしまうだろう。まあそれも勉強かと好きにさせることにした。
カークスとアンジエの二人が荷物の積み込みを行っているのを横目に、俺は機体のチェックを行うことにした。
昨日最後のテスト飛行で大破したグライダーの破片から今朝新たに作り直した機体だが、魔法により作り出した機体のため継ぎ目など無く、ざっと確認したところ特に問題は無さそうだった。
昨日一日をかけてテスト飛行を行い、自分のおぼろげな知識以外にも、精霊と空気抵抗などについて相談しながら作り上げた機体は、試作一号機より大分フォルムが変わっている。
当初より翼を長くしており、胴体は滑空時に安定するよう細長くなっている。
細い胴体内には前方に復座式の座席があり、後部には推進力発生機構の吸気口の穴が上部に、排気口の穴が左右に開いている。座席の風除けはガラスなど作り方がわからないので木製となっており、視界が著しく悪かったがこればかりはどうしようもない。
また尾翼も当初飛行機の尾翼を模倣したようなものから、安定して風にのることが出来るよう大きくしており、全体的に少し野暮ったいフォルムとなっている。
しかし俺はこの機体にかなり満足していた。
飛行機のように常時推進力があることを前提とした機体では無く、あくまで滑空を目的とした機体。
また自分自身で作り上げたという感慨もあり、いとおしささえ感じられる。
チェックも終わって「今日は頑張ってくれよ」と語りかけながら機体を撫でていると、アンジエが走ってきて荷物の積み込みが終わったと教えてくれた。
アンジエと一緒にコックピットのところへ行くと、カークスが落ち込んだ様子で地べたに座り込んでいたので「大丈夫だって」と声をかけ、布を切って作った手ぬぐいを渡した。
機体に風除けは作っていたが、やはり上空は寒いので俺達は厚着をし、顔に巻くための手ぬぐいを準備していた。
カークスは黙って手ぬぐいを受け取ると、手ぬぐいを顔に巻きつけマントのフードをかぶる。
俺はアンジエの顔に手ぬぐいを巻きつけてやると、自分にも手ぬぐいを巻きつけ、とんがり帽子をかぶった。
デザインが気に入らないが、無いよりはましだ。
アンジエは帽子が無いので、余った布をスカーフのように頭に巻きつけておいた。
まるで砂漠にいる盗賊のような外見となっている。
観念した様子のカークスが後部座席に座るのを確認してから、俺はアンジエを抱えて前座席へと乗り込んだ。
シートベルトの代わりに縄で座席へと体を縛りつけ、アンジエは俺のひざの上に座らせて俺に縛りつける。
「じゃあ出発するぞ!しっかり捕まってろぉ!!」
俺が叫ぶとカークスが息を飲む気配が伝わってくる。アンジエは手をばたばたさせて興奮する。
「発進っ!」
機体が上昇気流によって下から押し上げられ、地面から少し浮遊する。それと同時に圧縮された空気を吸気口へと送り込み、機体は湖へ向かいゆっくりと進み始めた。
徐々に推進力発生機構へと送り込む圧縮された空気の量を増やし、機体のスピードが増していく。
上昇気流発生により湖の水面が波立ち飛沫を上げる中、翼が上昇気流を上へ上へと切り裂いて機体が緩やかに上昇を始めた。
そして飛行機が飛び立とうとしたその時、機体後方より何かがぶつかったような衝撃が伝わってきた。
衝撃により機体のバランスが崩れてしまい、俺は慌てて機体が水平を回復できるように操作しながら「カークス!機体の後ろを確認しろ!」と叫ぶ。
ぶれる機体の翼が水面をかすり、湖面に水柱があがる。
更にバランスが崩れてしまい、俺はあわてて推進力発生機構の出力を全開にし、機体が傾いたままでの離陸を強行する。
無理な体勢での急加速により機体が悲鳴を上げる。
予定進入角度が異なるため気流が壁のように立ちふさがり、その壁への突入で機体を衝撃が襲う。
機体のきしむ音に肝を冷やしながら、必死で気流を操作し機体のコントロールを行った。
吹き荒れる風の音が耳を突く中、なんとか上空へと舞い上がった機体は、徐々に安定を取り戻し、上手く上昇気流に乗り始めることが出来た。
「…ふぅ。…あっぶねぇ。おい!何だったんださっきの衝撃?」
イレギュラーによるトラブルを何とか乗り切り、後部座席のカークスへ声をかけるが返事が無い。
――まさかさっきので落ちたのか!?
最悪の光景が頭に浮かび、一気に頭から血が引く。
俺は慌てて座席へ縛り付けている紐を解き、後部座席へと振り返った。
「こんにちは、バアフンさん」
後部座席には泡を吹いて気絶しているカークス。そして、そのカークスのひざの上にリジルが座っており、こっちを見ていた。
予想外の光景に、空気が凍りつき俺の時が止まった。
そのまま俺はしばらくリジルを見ていたが、あまりの状況に頭が理解することを放棄してしまい、俺は座席へと座り直す。
「もしもーし?無視しないでくれます?」
「バアバア!リジルおねえちゃんだよ!おねえちゃんがいる!」
「…そうだな。…いるな、何故か」
「もしもーし!もしもーし!」
機体は上空へと高度を上げ既に霧を抜けており、視界には雲ひとつ無い青空が広がっていた。
俺は機体の推進力を止めると、気流に上手く乗せるようにして南へと機体を操作する。
眼下の景色は霧が雲海のように広がっていて、山が島のように見えた。
霧の海と真っ青な空に挟まれて飛ぶのは、まるでお伽の国の海鳥にでもなったようで、爽快な気分になる、はずだった。
「もしもーし!何時までも無視してると怒りますよぉ!もしもーし!!」
後頭部に感じるプレッシャーに、俺は幻想の世界へ飛び立つことが許されず、また現実と向き合うことも出来ずに、混乱したまま機体を飛ばしつづけた。
「何で何の反応もしないんですか!本当に怒りますよっ!!バアフンさんっ!!」
上空で寒いはずの機体は、ぽかぽかと暖かくなった。
◆
その後、リジルより近場に着陸するよう命令されたので、やむを得ず適当な所で着陸しようとしたが、また失敗してしまい墜落した。
墜落するグライダーからなんとか脱出に成功した俺達。
バラバラになった機体のわきで、アンジエを抱っこしたリジルに見下ろされながら、俺とカークスは地べたに座らされていた。
カークスは背筋を伸ばして正座をしており、俺はこの世界にも正座ってあるんだなと感心した。
なお俺は正座ではなく、胡坐をかいている。
「では聞かせてもらいましょうか、何故私に一言も言わずに軍を抜けたのか、その訳を」
相当怒っているのだろう、表情の消えた能面のような顔でリジルが俺達に言った。
「…でもよかったな!また墜落しちまったが皆無事で!」
「…そうですよね!ほんと危なかったですよ!僕気絶してて覚えてないですけど」
「そんな事はどうだっていいのっ!何故っ、私には何も言わずっ、軍を出てったんですかっ!!」
少し話題をそらして空気を良くしようと試みたが、無駄な試みだったらしい。
真剣に怒っているリジルにこれ以上誤魔化すのも逆効果かと思い、俺はふざけるのをやめた。
「リジルはダイモーンから、俺が何で軍を出て行ったのか聞いてないのか?」
声色から俺が真面目に聞いたのが分かったのか、リジルも少し落ち着きを取り戻した。
「ダイモーン様からは何も伺ってませんし、バアフンさんが何で出て行ったのかなんて私知りません。だってバアフンさん教えてくれませんでしたからね」
また少しリジルの声が荒くなったが、俺は気にせず続けた。
「そうか…何故俺がお前に何も言わず軍を抜けたかだが、ダイモーンを警戒してそうなったんだ」
「…え?ダイモーン様を?」
「そうだ。竜種との最後の戦闘を終えた俺は、ダイモーンと二人で話をしたんだが、そこでダイモーンは竜種との戦争の終結と、妖精族の国をまとめて合同統治するという話を俺にした。そして、俺が嫌がろうと周りの者は俺を王にしようとするだろうとダイモーンは言った」
俺の話を聞いてリジルは短く息を飲んだ。
「俺が軍を抜けた理由、それは俺が元の世界に帰る方法を探すことが目的だ。元の世界に帰りたい俺が、妖精族の王なんかなれる訳がないだろう? だから軍を抜ける必用があった。しかしそれにはダイモーンから話を聞いたあの日、すぐにでも軍から離れなければならないと思ったんだ。じゃないとダイモーンに警戒されて逃げられなくなるからな」
「だからって…それだったら一言くらい、言ってくれても良かったじゃないですか…」
「もしお前達に、妖精族の国に残ってくれなんて言われたら、俺は断われる自信が無かったんだ。だからカークスを道案内に選んで何も言わずに行くことにした。お前たちには悪いことしたと思っている」
俺が正直な気持ちを伝えると、リジルは俯いたまま押し黙った。
しばらく黙ったままでいたリジルは、急に顔を上げると俺を怒鳴りつけた。
「馬鹿にしないでよっ! あなたの嫌がることを、私が強制するはずないでしょっ!! 馬鹿にするんじゃないわよっ!!」
急にすごい剣幕で怒鳴られたため、俺が何も言えないでいると、リジルはそのまま自分の中で溜め込んでいたものを俺に吐き出した。
「ずっと、あなたを戦争に引っ張り出したのは私だって、ずっと後ろめたく思ってた。あなたは何も言わずに戦い続けたけど、私はあなたに戦わせて守られてばかりいる自分が、ふがい無くて、悔しくて、ずっと思ってた、あなたに謝りたいって…」
リジルは泣いていた。
俺はリジルがそんな事を考えていただなんて考えてもみなかった。
「…なのに、まだ謝罪の言葉も感謝の言葉も、わたしの気持ちをまだ何も伝えられていないのに、急にいなくなっちゃうなんて、そんなのあんまりじゃないっ!!あんまりじゃないのよっ!!」
いつも俺はこうなってしまう。突っ走ってしまい、誰かを傷つける。
「すまなかった、リジル…」
俺が謝ると、アンジエを地面に下ろしたリジルが殴りかかってきた。
細い腕で俺の胸を打つ。
何度も俺の胸を打ちながら、リジルは泣きつづけた。