表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異界より  作者: yoshiaki
79/81

田所修造の場合 77



 木の精霊にマーナが投入され『変化加工』の魔法により、徐々に木の枝がその姿を変えていく。

 二等辺三角形の形に木が板状に変化していき、中心部に人が三人程も入ってつかまれそうな三角形の取手が生えてくる。

 順調に100%木製のグライダーへと変化したことを確認すると、俺は木製グライダーを持ち上げてみて強度などを確認してみた。


 最悪、このグライダーのみで空を飛べなくても今はいい。丈夫で壊れさえしなければ今回は事足りるので、グライダーの木の板は故意に分厚く作り、全体の重量も非常に重いものとなっていた。


「バアフンさん、なんですこれ?」

「これは俺がいた元の世界で空を滑空するのに使われていたグライダーってやつだ。たぶんな」


 時間が無いのでカークスへ返答しながらも作業を止めない、グライダーの中心から生えている三角形の取手の両端を、木の皮から『変化加工』で作った縄でグライダーの頂点と両端へ紐で結び、しっかりと張るようにして取手が折れないように補強する。

 そして自分とカークスの腰に紐を外れないようしっかりと結びつけ、丁度取手につかまりグライダーにぶら下がれるよう長さを調節する。アンジエは俺の胸に布でぐるぐる巻きにして縛り付けた


「こいつがあれば、たぶん魔法の節約になるはずだ。体に風をぶち当てて揚力を作るより、こいつのほうがよっぽど揚力を作り出すのが簡単だからな」

「その揚力ってのがちょっと分からないですが、何か下の方から皆さんよじ登って来てますよ」

「うおっ…あいつらこの木を単純に登ってくるつもりか…しかも結構早いし…」

「…上司が怖いんでしょうね、きっと」


 カークスが余計な一言を言ったせいで、元戦友達が急に可哀そうになってしまい、俺とカークスは黙り込んだ。

 奴等のこれからの事を考えると同情を禁じえず、沈黙が俺とカークスを包み込む。


「尊い犠牲だが、あいつ等の事は忘れよう」

「そうですね」


 時間も無いのでサクサク行くことにした。

 俺はカークスに俺の腰に捕まるように指示して、グライダーの取手を取り、グライダー全体を持ち上げる。


「いくぞっ」


 アンジエとカークスに声をかけてから、巨木を蹴りつけ空へと飛び出す。

 それと同時にいつもの飛行魔法と同じ要領で、強力な上昇気流を作りだすと、グライダーは一気に高度を上昇させた。


「やっぱ、すげぇ簡単に高度がとれるっ!!」


 ある程度高度をとってから、今度は滑空に入り速度を上げた。この際速度を上げるのは滑空によるものなのでマーナをほとんど使わない。


「いつもより早いぃいいい!!」


 かすれて聞こえるカークスの絶叫。

 アンジエは布でぐるぐる巻きにしているため、表情が良く分からないが大人しくしている。

 ある程度速度が出たところで再び緩やかな上昇気流を作り出し、俺達を乗せたグライダーは気流に乗りながら、真っ青な大空を吸い込まれるように上昇していく。

 いつもの無理やりな飛行魔法と異なり、気流に乗るグライダーで空を飛ぶ感覚は、その気流を肌で体感できることもあって、一種スポーツのような爽快感があった。



 広い燻製小屋の中でぱちぱちと焚き木が弾ける囲炉裏もどきを囲み、俺とカークスはござに座ってじっと暖をとっていた。

 囲炉裏もどきには串刺しのズン(マスもどき)が遠火でじっくりと焼かれている。


「…すごい、寒かったですね」


 カークスが声を震わせながら俺に言う。

 寒いと言った言葉通りにその体は小刻みに震え、少しでも暖をとろうと火のそばにかじりついている。


「ああ、寒かったな」


 かく言う俺も、体の震えが止まらない。

 体の震えは止まらず、マントを襟元で合わせるようにして全身を丸めて座り暖をとっている。

 アンジエは一人元気で、いつまでも動かない俺達に退屈し一人でちょろちょろとしていたが、再び俺達のそばへと戻って来ると囲炉裏もどきで焼かれている魚を見ながら言った。


「お魚まだ食べちゃダメ?」

「…まだ焼けてねぇって、少し待て」


 アンジエは魚が焼けるのが待ちきれない様子で、囲炉裏もどきの焼ける魚をじっと見てから、退屈したのかまたちょろちょろしだした。

 震える体でそんな様子を見てから、いつの間にか鼻水が垂れていたことに気がつき布切れでふき取る。

 さっきから鼻を拭きすぎて、鼻の感覚が無い。


 何故俺達がこんな状態になってしまったのか、それはナルカよりグライダーで脱出したためだった。

 俺の元々の飛行魔法は、自分を気圧の異なる空気の壁で囲み、その空気の壁に下とか進みたい方向へ気流をぶつけて無理やり飛行するのだが、同時に二つの異なる魔法を使い、制御も大変でコストパフォーマンスが悪い代わりに、外気に直接触れることが無いと言うメリットが有った。


 しかしグライダーを利用した低燃費バージョンの場合、気流の操作のみで自分達を空気の壁で囲まない。その為直接外気にさらされることとなり、スピードを上げれば上げるほど体感温度は下がる。

 今の季節は冬。上空の気温は、非常に低い。


 もちろん、飛び始めてしばらくするとめちゃくちゃ寒いことに気がついたが、ナルカ脱出の際巨木を作ったせいでマーナの残量が少なくなっており、目的地までの飛行距離を考えると空気の壁を作ることが出来なかった。


 急な追手の出現により、ナルカに来る前に少しの間滞在し、燻製を作ったさほど遠くない湖のほとりを目的地としたが、追手に対し行き先を誤魔化すために、大分回り道をして飛ぶ必要があったのだ。


 ちなみにアンジエは布でぐるぐる巻きにされ暖かかったらしく、飛行中はほぼ寝ていたと言っていた。


「もう僕、あのグライダーってやつ、嫌なんですけど」

「安心しろ。俺も嫌だ」


 グライダーはマーナのコストパフォーマンスの面では非常に優秀だったが、この季節、人間の乗る乗り物じゃ無い。

 グライダーに乗った直後は、その爽快感とコストパフォーマンスの良さから空路でバロールなんて事も考えたが、今はそんな事を考えた自分自身を殴ってやりたい気分だった。


 とにかく体の震えが止まらず、囲炉裏のそばから離れられない。

 体を冷やしてしまいひどい寒気を感じるが、とりあえず逃げ込んだ燻製小屋の中は中途半端に広く、何時まで経っても室内が暖かくならない。

 魔法は魚を捕まえてマーナの残量がゼロ、今は使えない。


「バアバア、アンジエお腹すいたの。お魚食べちゃダメ?」

「…我慢しろ。まだ焼けてねぇ」


 ちょろちょろと近寄ってきたアンジエに、これで遊んでろと縄をやって追い払う。

 縄を貰った途端、アンジエは空腹だった事を忘れたらしく、大喜びで外へと出て行った。


 結局ナルカより脱出したその日は何もすることが出来ず、魚を食って寝て終わった。


 翌日、俺はカークスと囲炉裏もどきを囲んでこれからの事について話し合っていた。


「で、昨日あんな目に遭ったって言うのに、バアフンさんはあの『グライダー』で空を飛んでバロールを目指すって言うんですか?寒くて死んじゃいますよほんとに」

「昨日は寒くて何も考えられなかったが、よくよく考えてみれば寒くならない方法があることに気がついたんだ」


 昨日酷い目にあったためか、カークスは俺の事を疑いの目でこちらを見ている。

 俺も自分の考えにそこまで自信がある訳では無いが、何とかなるのではないかと考えていた。


「つまり、外気に直接触れるグライダーはマーナの消費が低くていいが、とても寒い。だからと言って外気に触れないよう魔法で調整すると、結局はマーナの消費が激しくなってしまう。そこで俺が思いついたのが外気に触れないグライダーだ」

「え?それって…」

「なにもグライダーは昨日のタイプのやつだけじゃない、他にも種類があって搭乗者が機内で操縦するタイプがある事を思い出したんだ」

「…えっと、機内って羽の中って事ですか?」

「いちいち説明するのも面倒だな。マーナも回復したし実際に作れるかどうかまだ分からんから作りながら説明する」


 そして、俺はカークスへ外へついて来るように言い、説明しながらグライダーの作成を始めた。


 俺が加工できるのが木材のみのため、大量の木材を森より集めてきて、薄れつつあるテレビで見た搭乗形のグライダーの記憶や、実家で兄貴がよく作っていた飛行機の模型を思い出しながら試行錯誤を繰り返しつつ木をこねくり回す。

 そして試作機1号が完成し俺が実際に試運転をしようとしたのだが、そこでようやく気がついた。

 推進力が無いため離陸が出来ないと言うことに。


 強力な上昇気流を作り出し、機体を無理やり飛ばしてみたが、バランスが取れなく無理にバランスを取ろうとして気流を操作したら、機体が空中分解した。


「バアフンさん大丈夫ですか!……うゎぁ、これバアフンさんじゃなきゃ死んでますよ…」

「……」


 墜落し全身打撲となった俺は急いで『回復の祝福』を自分にかけて事なきを得たが、確かに少し危なかった。


 しかしこのアイデアがあきらめ切れなかった俺は、何とかならないかとグライダーの改造を試みた。

 だが推進力を用いない場合離陸自体が困難で、グライダーと俺は墜落を繰り返した。

 あまりに墜落を繰り返したため、俺はグライダーからの脱出が上手くなったが、それ以外特に収穫を得ることが無いまま半日が過ぎていった。


「アンジエ!アンジエもやる!」

「…これ、やっぱり無理なんじゃ無いですか?」


 空中分解するグライダーより俺が脱出する様が面白いらしく、さっきからアンジエが騒いでいる。カークスはいつまでも同じ事を繰り返す俺を、疲れた様子で心配した。

 俺はもうこいつらに構う気力を無くし、何故ダメなのか分からないままイライラしながら作業を続ける。

 さすがに何度も繰り返したので離陸は出来るようになっていた。しかし、飛行は出来ていなかった。

 と言うのも、上昇気流に乗って空へバランス良く上昇するようにグライダーの形を変えてしまうと、本来の滑空を目的としたフォルムから遠ざかってしまい、上昇してから機体全身の変形など器用なことも出来るはずも無く、空中分解するか墜落するかを繰り返していたのだ。


 そして半日も飛行機作成を繰り返したため、マーナの残量も飛行機の残骸を再利用して消費を少なく出来るよう工夫をしていたが、あと二三回作れるかどうかと言うくらいしか残っていなかった。

 推進力が無いばかりにと思考が堂々巡りを繰り返し、複雑な機構のエンジンなど大体の構造、それも車のエンジンしか分からねぇよちくしょぉおおと、行き場の無い怒りを抱えながら再度グライダーを作ろうとしたその時、ふと推進力イコールエンジンと考えていたのが間違いではないかと気がついた。


 確かにエンジンでプロペラを回すなどして推進力を得ると言うのは、もと居た世界の考え方だが、要はエンジンなど無くても推進力さえ得られればいいのだ。

 肝心なのは推進力。

 そして、エンジンは作れなくても、俺には魔法がある。


 早速俺は思いついた魔法による推進力発生機構をグライダーへと組み込むと、風の精霊を使役して離陸シークエンスへと突入した。

 操る魔法は二種類。ゆるやかな上昇気流と、グライダーへと組み込んだ推進力発生機構への圧縮した風の挿入。

 推進力発生機構とは、グライダーの座席後部らへんへと機体の後ろ上部より穴を通し、その穴から圧縮した風の強烈な気流を座席後部へとぶち当てて機体を押し、そのまま機体後部の両側面より風を排出するという、推進力発生機構とは名ばかりの、なんらギミックを使用していないただの穴だ。

 これにより離陸の時のみ推進力を発生させて、ある程度速度と高度が保てたら気流の操作のみで機体を操作する。


 風で機体を押しながら、羽で揚力を得る。非常に単純なものだったが効果は思ったよりもはっきりと出た。

 推進力を得たグライダーは、その機体を安定させながら上昇気流へと乗り、そのまま高度を順調に上げて離陸に成功した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ