田所修造の場合 76
せっかくすぐにでもナルカの町を出発しようと考えていたのに、船でバロールに行くと言う計画そのものが破綻したおかげで、俺達はまとめた荷物と旅支度のまま酒場でぼんやりとしていた。
「やっぱり警戒されているでしょうけど、ニドベルク経由で行くしかないですかね?」
「それだと距離もあるし、軍に捕まるだろうなぁ」
「ですよねぇ」
身動きの取れなくなった俺とカークスは、ぐったりと椅子に腰掛けて、先ほどからおんなじ問答ばかり繰り返している。
これまで情報収集を一切行ってこなかった上に、既に脱走してからかなり時間が経っており、追手がかかっていたら主要都市を通るのは自殺行為に等しかった。八方塞がりの状況となってようやく悠長な自分達の馬鹿さ加減に気が付き、心の底からうんざりしていた。
ぐったりした俺とカークスの脇では、アンジエは少し早いが昼食を準備してもらってそれに夢中になっている。
幸せそうな顔でお気に入りのマッシュポテトを食べているアンジエを見て、思わず「お前はいいよな幸せそうで」と言葉が漏れる。
「何かもう面倒臭くなってきちまったなぁ」
大きく伸びをしながら、ナルカで部屋でも借りてしばらく定住するかなとか考えていると、突然宿の入り口のドアがものすごい勢いで開けられた。ドアが壁に叩きつけられた甲高い音が、鋭く宿内に響き渡る。
驚いてドアの方を見ると、完全武装の戦士達が入り口から突入してきて、すばやく窓や裏口の前に立ちふさがっていく。
俺達の、逃走を防ぐためだろう。
「…来たな、カークス君」
「…来ましたね、バアフンさん」
突然宿内へと突入してきた戦士の一団。
筋骨たくましく、はちきれそうにパンプアップしたムキムキの肉体を全身鎧で包み込んでおり、身長が2m近くあるカークスより背が高そうな者も多い。
顔に傷のある者も多くまさに歴戦の勇士と言った感じで、その存在感はあまりに圧倒的。宿の酒場から俺達をどこにも逃がさないようにと取り囲みつつも、その表情は何故かニヤ付いている。
ちなみに俺達と一緒にカウンターの中にいたビクターも一緒に取り囲まれており、突然の出来事に驚愕の表情で凍り付いている。
「…見覚えある奴ばっかりだと思ったら、こいつら先陣部隊の前衛だ」
先の竜種との戦争で俺とカークスが所属した先陣部隊。強靭なトロル族の中でも精鋭の戦士が集められた部隊で、その中でも前衛に配属された者達は、キャリアも長い戦士中の戦士といえる。
そして先の戦争を一緒に戦い抜いた奴らで、俺達を捕らえようとしている相手だとは分かっているが、懐かしさがこみ上げて来て、こっちまで顔がにやけそうになってしまう。
戦士達は包囲を終えると宿の入り口に向かって「隊長、包囲完了致しました!」と声をかけた。
「…隊長ねぇ…ものすごい嫌な予感がするのは気のせいか?」
「…気のせいじゃないと思います。…僕も嫌な予感が止まりませんから」
そして酒場内の注目が入り口に集中すると、入り口から差し込む日の光が逆行となってはっきりと見えないが、人影が二人宿へと入ってきた。
はっきりとは見えない、が、そのシルエットだけで、もう十分誰か分かった。
「さぁーて、正念場だ、カークス」
「…もう、ほんと最悪すぎる」
逃走経路は、全て塞がれている。
そして、相手は天敵とも呼べる程、苦手な存在。
「お久しぶりです、バアフンさん!」
外から差し込む光りより抜け出しながら、明るい声と共にニッコリと微笑んだアーンスンが姿を現し、その後ろから、揺らめく炎の幻影をバックに背負った、激怒モードのリジルが現れた。
◆
「…ヵガァ」
引き笑いならぬ引き悲鳴とでも言うのか、カークスが目をむき出しにして声にならない悲鳴を上げている。
そう言えば、こいつリジルの事が苦手だったと思い出した。
しかし俺も悠長な事を言ってられる状況じゃない。
適当な事言って相手の隙が出来るのを待ってから逃げ出そうかとも考えたが、狂戦士になりかけているリジルの様子を見て、これは無理だろうと悟った。
だが、どうにかしてこの場を切り抜けなければいけない。
何気なく荷物を手繰り寄せながら、必死に打開策を頭の中で考える俺。
ニッコリと微笑みながら、何故か抜き身のショートソードをぶら下げるように持っているアーンスン。
題名が『真に驚愕した人』とでも命名されそうな、オブジェと化したカークス。
炎の幻影をバックに背負い、すでに相当量の熱の精霊が込められた手槍を構える、狂戦士リジル。
そして、いつの間にかその狂戦士の足に抱きついているアンジエ。
「えぇぇ!?おい馬鹿アンジエ!危ない!戻って来い!!」
「リジルおねえちゃん!!」
「アンジエ~、いい子にしてた?バカフンはアンジエのこといじめたりしなかった?」
「アンジエいい子にしてた!!でもバアバアは昨日お酒すっごいすっごい飲んでカー君と一緒に暴れてた」
「おいばかやめろ!!…って、またこのパターンかよ…」
アンジエと話をしている時は母性を感じさせる優しい表情をしていたのに、こちらへ向き直った狂戦士の顔は、鬼の表情となっていた。
気のせいか、炎の幻影の火勢が増したように見える、というかこの幻影は一体…
「…覚悟は、出来てますよね」
これはやばい。
ガキが人質に取られたような状況で、カークスはビビリ過ぎて動けなさそうだし、何より相手は全員抜き身の得物を携えていて、こっちを怪我させてでも確実に捕らえる気でいる。
「抵抗するようなら、手足の一二本は叩き切っても大丈夫と、ダイモーン様から命令されていますので」
少し申し訳無さそうな口調だが、口元を歪ませ、嫌な笑みを浮かべながらアーンスンが言った。
こいつも、かなり怒っているようだ。
後、ダイモーンはいつか必ずボコボコにする。
嫌過ぎる緊張感に包まれながら、ここしばらくほとんど使用していなかった頭をフル回転させ、この状況を打破できる方法を考える。
何かあるはずだ。何か必ず方法はあるはずだ。
相手からのプレッシャーが増大し、脳が焼切れそうになる寸前、フリーズしそうな頭の中で、か細い光明が見えた。
「…おいカークス、逃げる方法思いついた。俺準備するから、お前アンジエを何とかこっちに来させろ」
小声で隣のオブジェへと話しかけると「え?何とかって、どうやって?」とカークスが反応した。
「何とか出来なけりゃ、アンジエとは此処でお別れ、此処からは二人旅だ」
それだけ言ってからマーナを大量に放出して、膨大な量の精霊を集める。
そして、腰から抜き出したメイスで目の前の木のテーブルに一振りし、粉々に粉砕した。
さすがに、ついこの前まで一緒に死線をくぐり抜けてきた戦友達だけあって、俺の身体強化の祝福は記憶に新しいらしい。
微塵も力を入れていないような一振りでテーブルを粉々にする様子を見て、完全に引いている。アーンスンと狂戦士を除いては、だが。
「俺が絶対手を出さないって、確信してる顔だな、舐めやがって…」
狂戦士がじりっと足をすすめ、目に宿る狂喜の光りが増大する。
そして、アーンスンの周囲に多量の風の精霊が集まりだした。
「アンジエちゃん!!早くこっち来ないと、このポンチョお兄ちゃんが貰っちゃうよ!!」
「あー!ダメェ!それアンジエの!!」
急にカークスが叫び、アンジエが俺達の下へと走って来た。
突然のことで、驚いているリジルとアーンスン。
俺は準備していた木の精霊魔法『変化加工』で、床に散らばった木片を、大量の木の芽へと変化させていた。
「カークス!アンジエと荷物しっかり抱えろ!!」
カークスがアンジエと荷物を抱えるのを確認し、足元の大量の木の芽へマーナ大奮発の『変化加工』をかけ成長を促す。
リジルとアーンスンが慌てて駆けて来ようとしているが、間に合わない。
「ビクター!修理代金はこいつらに払ってもらえ!」
カウンターで、へたれているビクターに声をかけると、足元の木の芽が急速に成長を始め、俺達は吹き抜けの宿のホールを天井へと向かい、成長する木に乗って上昇していく。
リジルをはじめ、戦士達が木に群がり切り倒そうとしているが、木は異常な成長力で付けられた傷もすぐに塞がってしまう。
「まずいっ、このままでは木に飲まれる…、全員宿から退避!!」
下からのアーンスンの叫ぶ声を聞きながら、俺は天井へと到達すると風の塊をまとわせたメイスで天井を引っ叩いた。
衝撃と共に、吹き飛ぶ天井と屋根。
残骸の雨の中、それでも木は成長を止めず、宿を飲み込みながら巨木へと姿を変え、真っ青な空にみずみずしい緑の葉を茂らせた。
マーナを奮発しすぎたのか、木はそのまま必要以上に成長しすぎて、ダナーンの巨木までは至らないが、数十軒の家を押しつぶして立派な巨木へと成長をはたした。
「…これ、死人出てないですかね」
「……大丈夫みたいだ。アーンスンの奴が上手く住民の避難を誘導したようだな」
「…次会う時が、…僕達の人生終わる時ですね」
「…まあ、なんとかなるだろ、…多分な」
「リジルおねえちゃんは!?バアバア!アンジエ、リジルおねえちゃんと遊びたい!バアバア!!」
あの鬼と化したリジルと遊ぶなんて、冗談じゃない。
「また今度な」と俺が言うと、アンジエは「やー!!」と騒ぎ出したので、煩いからカークスへと押し付けた。
「さてと、飛んで逃げるしかないが、お前ら抱えて飛ぶと飛行魔法は燃費めちゃくちゃ悪いんだよなぁ」
すぐにでもこの場を離れなければならず、方法は飛んでいくしかないのだが、飛行魔法は激しくコストパフォーマンスが悪く、2人担いで長時間飛ぶと、俺が非常に疲れる。
「仕方ないじゃないですか、鳥と違って羽も無いのに無理やり風で飛んでるんですから」
カークスが興奮状態のアンジエをなだめながら俺に言った。
カークスにとっては何気ない一言だったんだろう、別に何か意図して言った様子では無い。
「…風を使って飛んでいて、…羽が無いのに、無理やり…」
「…え?…どうしたんですか、バアフンさん」
しかし、俺にとってはまったく盲点だった所を付かれた一言だった。
そう、俺の自己流飛行魔法は、風を使って無理やり飛んでいる。だからコストパフォーマンスが非常に悪い。
呆然と俺を見ているカークスを脇に、巨木の下の様子を見て追手が巨木の上へとまだ登ってきていないことを確認する。
まだ大丈夫そうだが、時間はそう残されていないだろう。
俺は巨木を作り出したためかなり減ってしまったマーナの一部を、付近の枝に集まる木の精霊へと投入した。
重要なのはイメージだ。
あいまいなものでは無く、はっきりとした具体的なイメージ。
単純な形状。だが風を捕まえ空を飛ぶ、その姿を。