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異界より  作者: yoshiaki
77/81

田所修造の場合 75



「…久しぶりに飲みすぎた。…頭すげぇ痛い」


 飲みすぎた次の日は目が覚めるとすぐに頭が覚醒する。主にその頭痛のために。

 俺はベッドからゆっくりと起き上がり、バキバキと首を回してみた。

やはり頭がはげしく痛く、思わず「くっ」と声が漏れる。

 

 例にもれず俺の胴に引っ付いているアンジエを引き剥がし、べとべとして気持ち悪い寝間着を触ってみる。アンジエのやつ今日も寝小便をしたようで、俺の寝間着が気持ち悪いのは寝小便で濡れているせいだとわかった。


 隣のベッドを見ると、カークスが苦悶の表情を浮かべながら寝ていた。

 きっと悪い夢でも見ているのだろう。

 こいつのことはそっとしておいてやることにして、俺は痛みの激しい頭を部屋の窓へと向け外の様子を確認する。

 外はまだ薄暗いが、日は昇り始めているようで青白くぼんやりとした光りが差している。どうやらまだ朝早い時間らしい。


 俺はアンジエの小便のおかげで濡れて気持ち悪い寝間着を脱ぐと、シーツの濡れてない部分で体を簡単に拭いた。

 ストライキを起こしそうな頭をなだめながら普段着に着替えると、小便まみれになっているアンジエの服を剥ぎ取り、シーツで体を拭く。

 いやいやとぐずりながらも寝ようとするアンジエに新しい下着を着せ、紺のワンピースを着せる。


「…朝風呂にでも行くか」


 アンジエの小便のおかげで体がべとつき不快でしょうがなかった。ついでにアンジエも洗ってしまおうと思い、アンジエを担ぐと部屋を出た。


 まだ朝早い時間のため宿はおろか、町も静まりかえっており人っ子一人居ない。

 青白い薄い光に包まれる町中を、アンジエを担いで歩く。

 気温は低く、吐く息が白い。

 アンジエはまだ寝足り無いのか、俺に抱きついてぐずっている。

 しばらくアンジエはぐずり続けたが、静かになったなと腕の中を見てみると俺に抱きついて寝てしまっていた。抱っこされた状態で寝られるなんて、よほど眠かったのだろう。


 町を包む冷えた気温が、今はありがたい。

 激しかった頭痛が少し治まったような気がする。

 俺はアンジエを抱っこして、静まり返るナルカの町を共同浴場へと向ってもくもくと歩いた。

 

 共同浴場は混浴だがダナーンやダーナと同じく掛け流しの温泉で、清掃時間を除き何時でも入ることが出来る。

 俺は浴場へと到着すると、風呂に入った後に飲むための水を備え付けの壷に汲んでおき、自分の服を脱いでからアンジエの服も脱がした。

 嫌がるアンジエを抱っこして風呂場へと入って行き、桶で湯を汲み簡単に掛け湯をして小便の汚れを落とす。

 小便の発生源であるアンジエの尻は念入りに洗ってから、アンジエを抱っこしながら湯に入った。


「あぁぁ、死ぬほど気持ちいいな、これは」


 入りなれた風呂とは言っても、ため息が漏れてしまうのはどうしようもない。

 飲み過ぎのため軽い虚脱感があり、ここに来るまでにすっかり冷え切っていた体が急激に温められ、全身がぴりぴりとする。


 熱い風呂が嫌いなアンジエは、俺に風呂へと入れさせられると、すぐに水が加えられている温めのポイントへ逃げて行き黙って風呂へと漬かっていた。まだ完全に目覚めていないのか、ああともううとも言わない。


 湯気がまだ青白く寒々とした空へと吸い込まれていくのをしばらく見てから、体が十分暖まった事を確認し「上がるぞ」とアンジエに声をかけて風呂から出る。

 ゆっくりと湯当り寸前まで風呂に漬かっていたい気もしたが、朝から長湯すると午前中何もする気が起きなくなってしまう。

 ちょろちょろとくっ付いて風呂から上がってきたアンジエの体を拭いてやり、自分で服を着るよう言いつける。

 アンジエがもたもた服を着ている間に、俺は自分の体を拭き服を着てしまう。

 のどの渇きを覚え、風呂に入る前に準備していた水を飲んだ。

 冷たい水が胃に落ちていく感覚がまたなんとも言えない。


 まだもたもたと服を着るのに手間取っているアンジエへ「早く服を着ろ、風邪引くぞ」と声をかけてから、ゆっくりと首を回してみて頭痛の具合を確認したところ、起きた時よりはまだましだ、と言う程度には回復していた。


 アンジエを肩に担ぎ宿へ戻って来ると、丁度朝食の時分となっていたようで、ビクターの母親が食事のセッティングをしていた。アンジエを肩車したまま挨拶代わりに「腹減った」と声をかけると「もう準備は終わってるから、さっさと連れを起こしてきな。何時まで経っても片付きゃしない」と言われたので、黙ってカークスを呼びに行く。


 部屋へと行くと俺達が出て行った時と同じように、苦悶の表情を浮かべたままカークスが寝ていた。

 カークスの肩を揺すって「飯だが食えそうか?」と聞くと、カークスが搾り出すようにして「…食べます」と答えたので、部屋に準備された水差しを渡しカークスが動けるようになるのを少し待ってから食堂へと向かった。


 下りてくるのが遅くなってしまったが、ビクターの母親は文句一つ言わず暖かいパンを切り分けてくれスープを皿へと注いでくれた。

 嗅ぎ慣れたクリームシチューと焼きたての香ばしいパンの匂いが広がる。

 条件反射で口内に唾液が広がるのを感じ、俺達はせわしなくパンとスプーンを取り朝食を始めた。



 朝食を済ませ、煮立って香りをほとんど感じないミルクティーを飲みながら、俺はカークスとアンジエに向かって言った。


「そろそろ休憩を終わりにして、旅を再開しようと思う」


 すでに疲れもすっかり抜けたし個人的な問題も解決したため、もうここに留まっている必要は無い。やることも無いのにここに留まっているのでは、逆に疲れてしまう。

 俺の決定を伝えると、カークスが驚いた様子で言った。


「あの、僕、今日非常に辛いのですが…」

「二日酔いだろ?大丈夫だ。歩いてりゃ直る」

「…明日でもいいじゃないですかぁ。…僕、今日はゆっくり過ごしたいなぁ、なんて、…いいえ何でもありません」


 思い立ったが吉日と言う言葉があるので、俺は今日出発するのを変更するつもりは無い。

 じろっとカークスを見ると、それだけでカークスは無駄と悟ったのか何も言わなくなった。


「でだ。ナルカの町を出発してどこに行くか、これからの事を決めたいと思う」

「え?マーリンに行くんじゃないんですか?」

「それなんだが、さすがに戦争が終わってから時間が経ちすぎていて、マーリンなんかに行ったら待ち伏せされているんじゃないかと思うんだよな」


 今更だが、ナルカの町で滞在しすぎた。

 気がつけば今日でナルカに来てから11日目だ。

 当初はニドベルク方面を警戒されマーリンはノーマークであろうと考えていたが、これだけ時間が経てばマーリンにも手が回っていると考えるべきだろう。

 俺が自分の考えをカークスへ説明すると「たしかに危ないかもしれないですね。でもそうするとこれからどうするんですか?」と質問してきた。


「俺達は俺がこの世界の人間では無いためこの世界の情報が無く、アンジエはもちろん、カークスも非常に世間知らずだ」

「…世間、知らず」

「だからだ、この際信用できる奴に事情を説明して、助言を求めたらどうかと俺は考えている」

「信用できる人って、ビクターさんですか?」

「そのとおり」



「…あんた達、軍に追われてたのか」


 自室にいたビクターに、俺は「軍を脱走して追われている。バロールに行きたいのだが何か良い方法はないだろうか?」と、軍に追われている理由などほとんどはしょって、最低限のことだけ言った。


「でも軍を脱走しただけだろ?なんで追手なんてかかってるんだよ?いったい何したんだあんたら…」

「別に悪いことは何もやっちゃいねぇよ。ただ確証は無いが追手の規模はかなりのものだと思う。どうしたらいいかな?」

「どうしたらいいかって…あんたなぁ。全然あんた達の状況が分からないのにどうしたらいいかなんて、俺に分かる訳ないだろ?」


 ビクターは心底あきれた顔で俺を見ながら言った。なぜそんなにあきれた顔で見られているのか、さすがに情報を隠しすぎかと思い少し自分達の事を説明することにした。


「実は竜種との戦争で、俺達武勲をあげ過ぎちゃってな。無理やり国に抱えられそうだから脱走したんだ」

「武勲をあげ過ぎたって、そんな物言いする奴聞いたことないよ。…どれだけ武勲をあげれば国に無理やり抱えられそうになるんだ…」

「まあそれはいいじゃねぇか。昨日言われた通りにゴブリンだって始末しに行ったし、その報奨金だって俺は断わっただろ?助けると思って相談にのってくれよ」


 俺は昨日ゴブリンを始末したのはいいが、怒りに任せて手加減無しでやったため、ゴブリン達はハンバーグの材料みたいになってしまっていた。そのため証明部位を剥ぎ取ることなど出来なかったのだ。

 ただ暇つぶしでゴブリン討伐を請け負ったようなものだったし、金にも困っていなかったので、今回は証明部位を持って来れなかったから報奨金は要らないと俺はビクターに断わっていた。


「それは、こっちとしてもあんた達には何度も助けてもらっているので協力はしたいんだが、それでこっちまで国に睨まれちゃかなわないからな…」

「それは大丈夫だ。別に俺達は悪いことして追われている訳じゃねぇからな。それに俺達は少し情報を教えて欲しいってだけで、実際に何かして欲しいって訳でもない」

「…まあ、あんた達がそう言うのなら、そうなんだろうな。…それにしてもバロールか、やはりニドベルクを通りマルタ山脈を大きく迂回するしかないんじゃないか?行けるかどうか分からんが」

「それじゃ時間がかかりすぎるんだ。それで俺達はもともとマーリンから船でバロールへ行けないか考えていたんだが…」

「船だって!?馬鹿言っちゃいけない!水の精霊魔法に長けたオーク族でさえ外海の魔物にはなすすべが無いんだぞ!だからマーリンにだって船なんか近海用の小船しかないんだ。外海を航海して南のバロールを目指すなんて自殺行為だ!」


 驚いた様子のビクターが、すごい剣幕で言ったのを見ると、本当に危ないのだろう。


「海にも魔物がいるのか?知ってたかカークス?」

「いいえ、初めて知りました。どこにでも魔物っているんですね」


 俺とカークスの様子を見て、再び呆れ顔となるビクター。


「あんた達…そんな事も知らないで、マーリンを目指してたのか…」

「ちなみに魔物ってどんなのがいるんだ?やっぱり竜種とかいるのか?」

「そうだ、陸竜よりもさらに大型の海竜が外海にはいる。船など一撃で粉々にされてしまう」

「陸竜よりでかいのか…それはちょっと厳しいな…」

「僕は対人特化型ですから、そこまで大きいと役には立てそうにないですね…」

「…海は、無理か」


 海に魔物がいる事。

 当然考えておかねばならない事だった。

 竜種がうようよいるような世界なのだから。



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