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異界より  作者: yoshiaki
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田所修造の場合 73


 俺とアンジエがビクターのところへとやって来ると、ビクターは自分が座るテーブルの席を俺達へ勧めた。俺は進められた席にアンジエと一緒に座り「で、話って何だ?」と切り出した。


 ビクターはまず賊よりナルカの町を守ったことに礼を言い、町の護衛の仕事はこれで終わりだと俺に告げた。

 俺はマルス達4人の賊を取り逃がした事、特にマルスがこの故郷の町に対して明確な殺意を抱いていたことが気にかかり、本当に町の護衛の仕事はこれで俺達が手を引いてしまっていいのかビクターに確認した。

 するとビクターは俺に少し頷いてから、賊がすでに4人しか残っておらずさすがにナルカの町へは攻め込んで来ないだろうと言い、例え攻め込んできても町の戦力のみで対応可能だと言った。

 そしてビクターは一つため息をつくと「何故マルスが我々を殺そうとしているのか、その理由は分からないが、これは俺達ナルカの町の者が解決しなけりゃいけない問題で、あんた達が気に病む問題じゃないよ」と言った。

 その声色は弱弱しく、血色の良くないビクターの顔は苦しげに歪んでおり、刻まれた皺の影が深まったためか、俺にはビクターが一気に年老いたように見えた。


 俺が何も言わずにいると、ビクターは賊討伐の報奨金と町の護衛の日当だと皮袋を差し出してきた。

 賊討伐の報奨金は生きて捕らえた2人を含め31人分が支払われ、一人1000ダッカだから全部で31000ダッカ。それと町の護衛の日当は俺とカークス2人で一日当り1000ダッカ。二日の勤務だったので2000ダッカだとビクターは俺に説明し、もう一つ皮袋と取り出して燻製商品の買い取り代金も一緒に支払うと言った。


 リーユー(コイもどき)が一匹45ダッカで68匹だから3060ダッカ。ズン(マスもどき)が一匹35ダッカで120匹だから4200ダッカの合計7260ダッカになると、買取代金の詳細をビクターが俺に説明する。


 俺はビクターが差し出した二つの皮袋を黙って受け取り「分かった」と告げた。

 受け取った皮袋は重く、この重みは昨日の夜から今朝にかけて俺とカークスがやった事の結果なんだなと思ってしまい、中身を確認する気にはとてもなれなかった。


 袋の中身を確認しない俺にビクターは苦笑しながら「まさか、あんた達を雇ってから二日目で賊が襲ってくるとは思わなかったから、稼げなかった日当分のサービスとして今日までの宿代と飲食費はタダでいい」と言った。

 俺が「いいのか?」と聞くと、ビクターは力の無い声で「いいさ、たいした額じゃない」と言った。

 そしてビクターは、俺達がこれからどうするのか聞いてきた。

 しかし、俺はこれからどうするか、まだ何も考えをまとめられていない。


「少しこの町で休む」


 俺もカークスもアンジエも、疲れきっていた。

 体力の問題だけでは無く、気力的にも。

 とりあえず休む必用があるかと思い俺がそう返事をすると、ビクターは「そうか」とだけ言い「俺は疲れたのでもう休むが、食事などは母が面倒見るので言いつけてくれ」と宿の一室にある自分の部屋へ戻ろうとした。


「ビクターの母親?誰だ?会ったこと無いぞ」

「朝と昼の食事はお袋がいつも準備してるだろうが」


 ビクターの言にあの老婆がビクターの母親だったのかと納得し「あの人がそうだったのか」と俺が言うと、ビクターは軽く手を上げてそのまま部屋へと帰って行った。

 そして俺は、ビクターの背中を見ながら椅子に深く座りなおし、先程のビクターのように「ふぅ」と一つ深いため息をついた。

 とにかくまずはゆっくりと休もう。


 長話に飽きたアンジエが遊びに行きたいと騒いだが、俺はしばらく椅子から動かなかった。



 俺達がナルカの町で仕事もせず休暇を取り始めて、あっと言う間に1週間が過ぎた。

 この1週間俺は本当に何にもせず、食って飲んで風呂に入って過ごした。最初の数日は暇をもてあそばしたアンジエが煩かったが、その内オーク族の子供と比べると背が低いアンジエは町の年寄りに可愛がられるようになり、門番のガキ達も暇な時面倒を見てくれたのであまり手がかからなくなった。

 カークスは当初ぼんやりしていることが多かったが、数日経つと詰め所の脇にある鍛錬場に通うようになった。

 何をしているか聞いたところ剣を振っているとカークスは答えた。俺はそうかと意味の無い返事を返してから、カークスが何をしていようと、俺は特に関心がなかったことに気がついた。


 何もしない生活を送る中、俺はその大半を町の共同浴場で過ごしていた。

 風呂につかっては出て少し休み、また風呂につかる。湯治目的で毎日温泉へ入る老人よりも風呂に入っている時間は長いだろう。


 露天風呂のように湯船のある場所は天井が開いており、石造りの湯船は表面が滑らかになっているため湯船のふちに頭をのせて半身浴のようなことをしていると、肌触りも良く心地が良い。

 体だけではなく頭までふやけたような感覚に包まれ、ぼんやりと湯船から空を見上げた。空は青く湯船より立ち上る湯気でぼんやりとしており、太陽の光がくすんで見える。


 半身を湯に漬かりぼやけた空を眺めながら、俺はこの世界に来てもう一ヶ月になるのかとふと思った。

 

 この世界に来てからは、いきなりゴブリンに襲われ、アンジエに会い、ゴブリンと戦闘を行い、アーンスンやリジル達に助けられた。

 その後もダイモーンに会い、ラハムに会い、竜種との戦争に参加し、ガイウスやユミル、そしてカークスに会った。ナルカの町へやって来てからもまた多くの人と知り合い、オルグを仕留めて、そして俺は人まで殺した。

 とても一ヶ月で経験したこととは思えない内容で、経験したくも無かった事まで経験してしまった。


 この世界に来てからのことをとりとめもなく考えていると、急に思考がぼやけるのを感じ、自分が長湯しすぎたことに気がついた。

 ふらつく頭で湯船から上がり、脱衣所に備え付けられているベンチへと腰掛け、壷に準備していた水を飲んだ。

 体中に染み渡る水分に思わず声がもれてしまう。


 激しい日々の反動からか、この何もしない日々を始めてからは何もする気が起きない。

 金の心配も当分はいらず、誰も自堕落な毎日を送る俺に何も言わない。気力がわかず惰性で過ごす毎日は、俺からまともな思考力を奪い酒量ばかりが増えていった。

 

 さすがにそろそろ宿へ帰るかと、身支度を整えて町の共同浴場を後にする。宿までの短い距離をぼんやりと見慣れた町並みを見ながら歩いていると、宿の入り口に人だかりが出来ているのに気がついた。

 なんだろうと近づいて行くと、入り口に集まった人達が近づいてくる俺に気が付き、さっと道を開けた。

 賊の件があってから俺とカークスは町の人達に丁寧な扱いを受けていたが、それは腫れ物を扱うようなもので、町の人達が俺達に対して恐れを抱いていると嫌でも気がつかされた。

 

 いちいち気にすることでもないので構わずに宿に入って行くと、興奮した様子の農民達がビクターに詰め寄っていた。ビクターは少し困った様子で詰め寄る人達をなだめていたが、俺の姿を見つけると「あんた遅いよ!帰ってくるのを待ってたんだよ!」と情けない声を上げた。


「どうしたんだ?一体なんの騒ぎだこりゃ?」

「ゴブリンの群れがこの人達の集落の近くに現れたんだ。その群れの規模が50匹を越えるような大規模のもので、このまま放置するとこの人達の集落まで攻め寄って来かねん状況なんだ」


 期待を込めた目でそう俺に状況を報告するビクター。

 ゴブリンが現れ、ビクターが俺を待っていた。それはつまるところ、


「で、俺に行けと?」


 そういう事なんだろう。


 俺がのぼせ加減の回らない頭で要点を聞くと、ビクターが「悪いがひとっ走り行ってきてくれ」と、お使いでも頼むように言ってきた。

 農民達はそんな俺とビクターのやり取りを胡散臭そうにして聞いているが、俺は風呂上りで薄い寝間着姿だったため、ゴブリンの集団の対応を迫りに来た農民たちが胡散臭そうにしているのも納得できる。


「いいぞ、別に用事も無いし」

「そうか!行ってくれるか!」


 俺の返事を聞いて嬉しそうなビクターに、俺は少し気になり質問してみた。


「それはそうと、今までは今回みたいな外敵が現れたらどうしてたんだ?」

「戦争前は町が戦士団を手配し対応していたが、戦争になってからは町へ避難してもらうしか方法が無かったんだ」


 ビクターがそう言うと、回りを取り囲んだ農民達が「それじゃ俺達の家畜や畑はどうすんだ!」と騒ぎ始め、慌ててビクターが「待て!違う!ゴブリンはそこの人が処理してくれる!」と叫ぶ。

 農民達は再び俺に視線をよこし品定めするようにしてから「ふざけんじゃねぇ!ちゃんと戦士団派遣しろ!!」とビクターに掴みかかった。


 農民達にもみくちゃにされ始めたビクターの悲鳴が聞こえる中、俺は農民へのフォローは頼まれていないので着替えのため部屋に戻ることにした。

 俺の背中へ「ちょっと!あんたまず俺を助けろ!」と声が聞こえたが、湯当りぎみで体がだるかったのでそのまま聞こえないフリをして部屋へと向かった。

 部屋に戻るとアンジエもカークスもいなく、俺は少しベットで休憩してから水を飲み普段着に着替えると、メイスを手に取りゆっくりと一階へ下りて行った。

 

 一階に下りて行くと、ビクターはまだ農民達に囲まれていた。


「あんた!さっき俺を見捨てて行きやがったな!」


 下りてきた俺を発見すると、ビクターが興奮した面持ちでそう叫んだ。


「別に見捨てたわけじゃねぇよ。風呂上りで体がだるかったから部屋に帰っただけだ」

「それ見捨ててるじゃねぇかよ!しかも理由がだるいってなんだそれ!」


 よっぽどひどい目に遭ったのか、恨み言を続けるビクターに「今から行って来るが、アンジエどこ行ったか知ってるか?」と聞くと、ビクターは「リックの家に遊びに行ってるよ!」と忌々しそうに言った。

 カークスはどうせ詰め所の脇にある鍛錬所で剣を振ってるだろうし、もともと一人で行くつもりだったので「じゃあアンジエのこと頼んだぞ。そんなに遅くはならないだろうが」と言ってから、俺はビクターを囲んでいる農民達を見回した。

 すでに魔法を使いまくっており秘匿ひとくする意味も無い現状から、道案内のために適当な農民を選び、空を飛んで行って速攻で殲滅して帰って来ようと俺は考えていた。

 そのため軽そうな奴がいいなと見繕っていると、ドワーフ族らしいが痩せ型で体重が軽そうな農夫が目に付いた。


「お前、道案内してくれ」


 俺が声をかけた男は戸惑いながら「案内なら集落に着いてから狩人がやるから…」と言ったが、俺は時間の無駄なので集落へは立ち寄るつもりは無い。


「いや、お前でいい」


 説明する労力もゆるみきった俺の頭ではおっくうに感じられ、そのまま男の腕をつかんで宿の外へと向かった。

 他の農民達が慌てて追いかけて着たが、俺は外へ出ると怯える農夫を抱えてそのまま空へと飛び上がった。

 上空まで飛び上がってから、悲鳴を上げている農夫を肩に担ぎなおし農夫の頭をぺしぺし叩き集落の方向を聞く。

 激しく怯えながらも農夫は集落の方角を指差した。


 まったく気力が湧かないが、ゴブリンで魔法の練習でもするかと考えていた。

 ゴブリンなど、俺にとってはその程度の価値しか無い存在だったから。



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