田所修造の場合 72
捕らえた賊を二人引き連れアレンと一緒にナルカの西門へとたどり着くと、大勢の人が門にいて、その中にビクターとカークスの姿もあった。
向こうからも俺達の姿が確認できたらしく、門の方より声が上がったので俺は手を上げた。そのまま門へと向かっていると、けっこうな速さでカークスが駆け寄って来て、息を整える間も惜しいと詰め寄ってきた。
「バアフンさん!危ないじゃないですか!何でアンジエちゃん投げたりしたんですか!!」
「あの時は時間が無かったし、お前なら受け止められると思ったんだ。一応風の精霊を使役して、そのまま落ちても大丈夫なようにはしておいたぞ」
「びっくりですよ!アンジエちゃんも僕も!」
「だろうな」
「だろうな、じゃないですって!!」
珍しく怒っているカークスの相手をしていると、聞きなれたびーびー煩い泣き声を上げ、アンジエが走ってこっちに向かっていた。
「バカフン!!」
こいつもどうやら怒っているらしく、俺の所にたどり着くなり俺に蹴りをいれてきた。そして俺の足にしがみ付き、そのままびーびー泣き続ける。
「言いたい事は分かったが、まず捕らえた賊の引渡しと報告しなけりゃならない事がある。ビクターの所へ行くぞ」
よほどアンジエを投げた事が頭に来ているのだろう、まだカークスは怒り心頭と言った様子だったが、捕らえられた賊、そしてその後ろにいる目がうつろになり放心した様子のアレンに気がつくと、わめくのを止めた。
俺は足にしがみ付いたアンジエが歩くのに邪魔なのと、さすがにやぐらから放り投げた事は悪かったと思っていたので、久しぶりに抱っこしてやりビクターの待つ西門へと向かった。
西門へ到着するとビクターが「ご苦労だった」と声をかけてきて、捕らえた2人の賊を控えていた者に指示し詰め所へと引き立てて行かせた。
「ビクター、報告しなけりゃならない事がある」
「…後ろにいるアレンと関係あることか?」
「そうだ」
明らかに様子がおかしいアレンに気がついたのだろう、ビクターはアレンに心配そうな視線を送りながら宿で詳しい話を聞くと言い、アレンは先に休ませた方がいいと言う俺の提案に同意し、人を呼びアレンを連れて行かせた。
そして俺達とビクターは話し合いのために宿へと向かった。
宿へと到着するとビクターは大儀そうに椅子に腰掛け、俺達にも同じテーブルの席を勧めた。一応町長としての体裁だろう、この場には俺達とビクターの他にも詰め所で見かけた面子が揃っている。
「では今回の賊の襲撃に関して報告を受けよう」
「ああ、まず襲ってきた賊は全員で35名いた。その内2名を生きたまま捕らえて4名には逃げられた」
俺の話を聞き少し周囲がざわつく。無言で続きを促すビクターに報告を続ける。
「そしてアレンの話だが、賊の中にアレンの兄貴がいた」
周囲の者達が思わずと言った感じで一斉に声を上げた。真偽を確かめる声、俺を嘘つき呼ばわりする声、意味を成さない喚き声。
ざわめき戸惑いの声が上がる中ビクターもひどく驚いた様子だったが、周囲の者達に静まるように指示をする。そして「それは…マルスのことか?」と聞いてきた。
「名前は聞いてないので分からない。アレンもずっと兄ちゃんと呼んでいたし」
ビクターは俺の返答を聞くと片手で顔を覆い、しばらく目の辺りをもむようにしてか「マルスで間違い無いようだな…」と言った。
「俺とアレンは賊を追い森の入り口で賊に追いついたが、仕留めようとした時、いきなり敵の姿が消えて逃げられた。逃げた4人の中にそのマルスってのもいる」
「そうか…それでアレンがあのような状態になったのか…」
アレンの兄貴であるマルスが賊だったと言う事実がナルカの者達とって大きな衝撃だったようで、宿の中は深い悲しみに似た感情に包まれていた。俺には皆の反応から、マルスがナルカの町で大切にされていたように思えた。
そんな中、俺は追い討ちをかけるようで嫌だったが、マルスが最後に言っていた内容を言わねばならなかった。内容が内容なだけに早く皆に告げなければならない。
「マルスの事だが、町のみんなにも関係のある事だから報告しておく。マルスは昔の自分を知る者は全て殺すつもりだと言っていた。アレンのこともナルカ町の者のことも」
話を聞いたビクターが息を飲み、周囲の者もショックを受けた様子で押し黙った。
沈黙がその場を支配し、宿の中だけ時間が止まってしまったかのよう感じた。
「何故、マルスはそんな事を…操られていたんじゃないのか?」
ビクターが何とか絞りだすようにして質問してきた。まだマルスを信じていたいと、言外に救いを求める意思が感じられる。
「それは無いと思う。少なくともマルスの体に宿る精霊には異常が見られなかった」
「そう…か…」
嘘をつくことなどできず、俺は感じた事をそのまま伝えた。
あまりに重たすぎる事実に深い沈黙が周囲を包み、誰も言葉を発することが出来ない時間が続いた。
その後しばらくして、ようやく口を開いたビクターより、今後のことについては日を改めて話をさせてくれと言われた。
時間が必要なのだろうと感じた俺は、疲れたので先に休ませてもらうと告げ、三人で二階の部屋へ戻ってから、一人で一階へと戻り返り血により汚れた装備を水場で洗った。
既に時間は明け方近くとなっていて、少し腹が減ってきていた。いろいろありすぎた一日だったので体がかなり疲労している。
装備の手入れが終わり部屋に帰ると、アンジエをやぐらから投げた件でまた怒られるかと思っていたが、二人はもう怒っておらず、アンジエが抱きついて来て、また泣いた。
本当に俺達三人にとって、色々な事があった一日だった。
◆
部屋で空きっ腹を抱えていると老婆が食事の準備が出来たと呼びに来てくれた。
急ぎ宿の一階へと行くと、肉料理を中心にいつもより料理の品目が多い豪勢な食事が準備されていた。サービスだと言う焼きワインも準備されていて、腹の虫が悲鳴を上げていた俺達は掻き込むように食事を始めた。
食事は美味くカークスもアンジエも機嫌を直して食事に夢中となる。美味い料理につられていつもより俺は酒のピッチが早くなり、焼きワインの壷をもう一本追加してもらった。
老婆は俺が頼んだ追加の酒壷を持ってくると「それもサービスだよ」と静かに言った。口の悪い昨日までの老婆が嘘のようだったが、俺とカークスは壷を黙って受け取り、気にせずに飲んだ。
酒を飲んでいる間カークスは賊の襲撃の話には一切触れず、ダーナで混成軍に居た時の事を「楽しかったな」と何度も話した。俺も賊の襲撃の話は触れずに、黙ってカークスの話を聞き、酒を飲んだ。
昔の馬鹿話を陽気に繰り返すカークス。俺の隣で口の周りをべとべとにしてはしゃいでいるアンジエ。
俺達はお互いが無理をしていることに気がついていた。しかし、決してその事には触れようとはしなかった。
カークスはあれだけ大事にしていた片刃剣を部屋に置きっぱなしにしており、アンジエは大好きだった肉料理にほとんど手を付けていない。そして俺も自分では気がつかないが、2人から見たらおかしい所があるのかも知れない。
俺達三人は昨日までの俺達から明らかに変化していた。しかしその変化を見ないように必死に気づかぬふりをしていた。
朝方から迷惑だろうに老婆は騒ぐ俺達へ注意する事無く、黙って俺達に給仕を続け、俺達はいつまでも馬鹿騒ぎを続けた。
騒ぎ続けなければ今が壊れてしまいそうで、俺達はそうさせないために必死だったのかも知れない。
それがどういった意味なのか、俺は酔っていて考えることは出来なかった。
◆
俺達に割り当てられた部屋のベッドで俺は眼を覚ました。
時刻は夕暮れ前で、ここ数日の習慣通りに勤務時間前に起床できたらしい。
覚醒しない頭を掻きながら、ベッド脇の水差しより直接水を飲んだ。飲みすぎたらしく、酒がまだかなり残っており頭痛がした。
ベッドから出るために、いつも通り俺に抱きついて寝ているアンジエを引き剥がし、何故か同じベッドで寝ているカークスを、床へと蹴落とす。
カークスは「おぅ」とくぐもった声を上げたが無視し、頭痛を和らげるためこめかみをマッサージしながら水場へと急いだ。
水場に到着すると急に全身を洗いたくなり、全裸になって水をかぶった。
しばらく水をかぶっていると頭が冷え、頭痛が大分ましになったが、体も冷えてきてしまったため急いで体を拭いて服を着る。
小腹が減っていたので食堂へとやって来ると、スープをがつがつと掻き込んでいるアンジエと、テーブルに突っ伏しているカークスがいた。
「お前ら食事の前に顔くらい洗って来いよ」
「僕、気持ち悪くて、今日駄目です」
顔を少しだけ上げてカークスが言った。全身から駄目そうな感じが伝わってくる。
「まあ、しょうがねぇか。アンジエは飯食ったらすぐに顔洗いに行けよ」
「うん!」
「…ああ、すごく、気持ち悪い」
テーブルには俺の分の食事も準備されていた。俺はカークスの隣へと座り、スープとパンの簡単な食事を取り始める。
スープはコクの強い濃厚なクリームスープだったが、別に胃がもたれている訳では無いので、飲んだ次の日に取る食事としては少々重かったが、俺はお代わりまでしてしまった。
カークスは匂いを嗅ぐだけでも駄目らしく、隣でテーブルにもたれかかり、顔をしかめながら水を舐めている。かなり駄目な人の姿がそこにあった。
食事を済ませてアンジエと茶を飲んでいると、俺達が食事を済ませるのを待っていた様子のビクターがやってきた。
「今話をしたいことがあるんだが、いいか?」
寝てないのだろう、ビクターの顔色がずいぶん悪い。
「ああ構わないが、こいつ今日は無理そうだから先に部屋へ連れて行ってからでもいいか?」
「分かった」
カークスが辛そうなので、新しい水差しを貰ってから肩を貸してやり、部屋へと連れて行った。アンジエは部屋に置いておこうとしたが、一緒に行くと聞かないのでしょうがなく連れて行くことにした。
一階の酒場兼食堂へと戻ってくると、ビクターは広いホールにぽつんと一人座って待っていた。
その姿は、何故か実家の親父を思い出させて、俺を言いようの無い気分にさせた。