田所修造の場合 71
隣でアレンが俺のことを怯えた眼で見ている。人を細切れにするような魔法を使ったためだろう。頭の後ろにいるアンジエからも、震えている感触が伝わってきた。
しかし今はそれどころじゃない。子供に見せるような光景じゃ無いのは分かっているが、この世界この時代、俺とアンジエとカークスの旅は安全とは言い難く、また同じような光景に出くわす確立が高い。
正直な話アレンがトラウマになったとしても俺にとってはどうでもいい事で、アンジエも俺の旅に連れて行くと決めた時点で、こいつにだけ汚い物を見せないようにすることなど、不可能だということは分かっていた。
俺のミスを挽回するような仕事をしてくれているカークスへ報いるためにも、賊を逃がすことはできない。
いつもと違って怒りが感じられない不安を無視し、怯える子供を背に俺が覚悟を固めていると、門から賊共の集団が逃げ出してきた。ざっと見てまだ10名弱生き残っている。
「あぁ!!兄ちゃん!?…なんでマルス兄ちゃんが!!」
いきなり大声で叫ぶアレンの声に驚いて振り向くと、アレンが逃げる賊を必死に目で追っていた。アレンの視線をたどると、アレンが逃げる賊の中にいるオーク族の若い男を見ていることが分かった。
「なんで!なんで兄ちゃんが賊と一緒にいるんだ!なんなんだよこれ!」
「…お前の、兄貴だと?」
アレンが兄だと言うそのオーク族の男は槍を手に持っており、別に捕らえられているような様子もうかがえず、必死になって逃げているその様は賊そのもののように見える。
「おい!本当にお前の兄貴で間違いないのか!?」
「絶対に間違い無いよ!兄ちゃんの持ってた槍は間違いなく父ちゃんの形見だったし!」
なぜ賊の中にアレンの兄貴がいるのか、多分賊なんだろうが、確信がないままアレンの目の前でアレンの兄貴を殺すのは、いくら賊を仕留めるために雇われているといっても気が引ける。
しかし迷っている時間も無い。賊共による被害を拡散させないためにもここで賊を討ち取らねばならないが、そうする場合アレンの兄貴も殺さねばならない。俺の拙いコントロールではアレンの兄貴だけ外して賊を攻撃するなどとても出来ない。
判断が付かずに迷っていると、賊共は街道にたどり着き森へと向かって逃走していく。このままでは魔法の射程から外れ逃げられてしまう。すぐにでも決断を下さなければ間に合わない。賊を見逃すか、アレンの兄貴ごと賊に魔法を打ち込んで殺すか。
隣で兄の名を叫ぶアレンの声が耳に飛び込んで来る度に、胃が圧迫され、呼吸が乱れる。魔法を使えば皆殺しにしてしまう。それだけがはっきりと頭に浮かび、それ以外は乱れたノイズのように思考が混乱した。
「兄ちゃぁあああああああん!!」
結局、アレンの兄貴ごと賊を始末するとも、賊共を見逃すとも選択せずに、賊が魔法の射程から逃れるのを、俺は黙って見守った。
「なんでなんだよ…兄ちゃん…」
崩れ落ちたように見張り台の上に座り込んでしまったアレン。
涙とか鼻水とかでぐしゃぐしゃになった顔を、俺は『身体強化の祝福』を解除して張り飛ばす。
いきなり顔を引っ叩かれ呆然としているアレンを見張り台に残し、やぐらの中へと入って門の内側が見えるところまでやって来ると、賊の遺体を前にカークスが呆然とした様子で立っているのが見えた。
「カークス!!」
大声で呼ぶと、カークスは表情の無い顔で俺の方へと振り向いた。
「俺はこれから賊を追う!!お前はアンジエと町を守れ!!」
それだけ言うと、肩車したアンジエをやぐらの上からカークスの方へ放り投げる。
驚いたカークスが急激に覚醒してアンジエ目掛けて跳躍すると、無事アンジエをキャッチして着地するのが見えた。
そしてすぐに見張り台へと戻り、呆然としたままのアレンに向かって言った。
「俺とお前で賊を追うぞ。俺が賊を片付けるから、お前は兄貴が賊かどうか確認しろ。賊だったら俺が仕留める」
アレンの呆然とした表情が途端にゆがみ、俺を見上げる。
「これは俺とお前でやらなくちゃならない事だ。お前が嫌がっても俺はお前を連れて行く」
そう宣言するとアレンの体を抱え上げ、戸惑いの声を上げるアレンを無視して見張り台から宙へと身を投げ出した。
アレンの兄貴が賊なのか分からなければ、確認すればいい。射程から外れ魔法で遠距離から攻撃できないのなら、飛んで追いかければいい。空を飛び、風の精霊を使役して『探査』を行える俺から逃げる方法など、賊共には無い。
絶叫するアレンをしっかりと抱え、吹き上げる冷たい上昇風に乗り一気に高度を上げる。高度を上げると吹き付けてくる風が冷たくなったが、かまわずにさらに高度を上げる。
かなり上空へ到達すると、やぐらからは見えにくくなっていた賊の集団が、森へと逃げ込もうとしている姿が確認できた。
賊が逃げ込もうとしている森の入り口を目標とし、速度を上げて急降下しながら森の入り口目がけてダイブする。脇に抱えたアレンが絶叫しているがあまりに速度が出すぎているため、遠くで叫んでいるように聞こえる。
目標地点近くまで弾丸のように落っこちてくると、前面に風圧のクッションを複数層作り出し、急ブレーキをかけた。
風圧のクッションに突入する度にかなりの衝撃を受けたが、生身でも耐えられない程ではないように調整をしておいたので、アレンも多分無事だろう。
地面を巻き上げるような風を起こしながら賊の一団を追い越し、賊の侵入を妨害するように森の入り口へと降り立つ。
脇に抱えたアレンを地面に放り投げて、右手でメイスを腰から引き抜き、左手を賊共に突き出しマーナを精霊へ投入して、いつでも精霊魔法を使えるように戦闘準備を整えた。
「動けば殺す!!大人しく武器を捨てろ、今すぐだ!!」
完全に不意を突かれた賊共が動きを止め、砂煙を上げながら森へ侵入をさせないように立っている俺を、ひどく驚いた様子で見ている。
賊共はさすがに言われるがまま武器を捨てるようなことはせず、逆にすぐに落ち着きを取り戻し、それぞれが武器を構えた。
その賊共の行動は、俺にも当然の選択だと理解出来る。捕らえられたらきっと軽くはない罰を受けるのだから。
俺は賊共の交戦の意思を確認すると、全力で地面を踏み込み一番手前にいる賊目掛けてメイスを大上段から振り下ろした。メイスが振り下ろされた賊の肉体は、骨格が竜種などとは比べ物にならない程柔らかいため、一切の抵抗が出来ないまま風船が破裂するような音をたてて地面の染みとなった。
そしてすぐに左手にいる賊へ目掛けて、自分で出来る最小威力の『風の刃』の魔法を放つ。直近で魔法を放たれた賊は体を細切れにされ、地面に散らかった。
一瞬で仲間が二人殺されたショックに、賊は呆然としてしまいまったく動けないでいる。俺はその間に少し距離をとり、メイスを構え魔法の準備をする。今度は調節することなくマーナを投入し、一撃で賊共全員を仕留められる程精霊を集めた。
「分かったかとは思うが、抵抗は無意味だ。俺も仕事なのでお前らを見逃すことは出来ないが、別にお前達をどうしてもこの場で殺したいわけじゃ無い」
賊を自分の手で直接殺す時、相手が悲鳴をあげた訳でもないのに魂切るような音が聞こえたような気がし、俺は強い不快感を感じていた。
気軽に受けてしまったこの仕事だが、まったく考えが足りていなかったと今更ながらに後悔していた。
賊の内3名が俺を見つめながらその場に座り込み、残りの4名は追い詰められた表情で武器を構えていた。そしてアレンの兄貴だと言う男はその4名の内の一人で、形見だとアレンが言っていた槍を構えている。その姿を見て、アレンの兄貴は間違いなく賊なのだろうと俺は思った。
「お前、アレンの兄貴だってな、何か最後に言いたいことはあるか?」
本当はアレンと話をさせてやろうと考えていたが、まだ立っている4人はアレンの兄貴も含めて、今にも襲い掛かって来そうな雰囲気だ。アレンには悪いが、向かってくる以上殺るしかない。
「…特に無いな。アレンを含めナルカの町民を皆殺しにしようと考えていたが、ここで死ぬならそれももう、どうでもいい」
こいつ、弟を殺すつもりだったのかと俺が驚いていると、地面に転がしておいたアレンが話を聞いていたらしく後ろから叫び声をあげた。
「何だよそれ!何かの魔法で操られちゃってるの!?元に戻ってよ兄ちゃん!!」
「俺は操られてなどいない」
アレンに対して、抑揚のない声色でアレンの兄貴が返答する。俺から見ても特に体に宿った精霊に異常は見られないため、操られているようには見えない。
「じゃあ何でそんなこと言うんだよ!俺達二人っきりの家族だろ!!町で一番強くて優しい兄ちゃんだったのに、何でそんなに変わっちゃったんだよ!!」
「お前の知っている俺は、もういないよ。俺は昔の俺を知っている奴を全員消し去りたかったんだ。もちろんさっき言ったようにお前のことも殺そうと思ってた」
「だから何でそうなるんだよ!全然意味分からないよ!!」
「意味が分からなくて当然だな。分かる必要もないだろう」
そう言うとアレンの兄貴は俺に向けて武器を構えなおした。アレンはまだ叫んでいるが、兄貴の方はもう話すことなど無いらしい。
「戦う気が無い奴は離れてろ。巻き込まれて死ぬぞ」
地面に座り込んだ賊達へ俺が声を掛けると、アレンの兄貴達4人がそれぞれ武器を構えてじりじりと近づいてくる。周囲に張り詰めた緊張感が漂い、戦意を無くし座り込んでいた2名が慌てて離れて行く。動けないのか女が一人座り込んだままだったが、もうどうしようも無い。
メイスで接近戦を行えば女だけ殺さないで済むかも知れないが、それだとアレンを狙われた時、確実に守りきる自信が無い。
本当に嫌な仕事だと思ったが感情を殺して左手を5人に向ける。そして狂った気流を押し付けるように『風の刃』の魔法を打ち放った。
投入されたマーナ量の関係で、左手から放たれた狂った気流はすぐに5人を包み込みその無数の刃で襲いかかる。
叫びながら武器を振りかざし、俺へと向かって来ようとした賊の一人が刃の壁に巻き込まれ、ボロボロに切り裂かれながら気流を赤く染めた。
そして、残り4人も刃の壁が包み込もうとしたその時、座り込んでいた女の甲高い声が響いた。
「…『転移』!!」
次の瞬間、女とアレンの兄貴ともう二人の姿が突然掻き消えた。
四方を俺の作り出した『風の刃』に囲まれながら、まるで元からそこに居なかったかのように消え去ってしまっている。
「『転移』、だと?…」
誰もいなくなった空間を狂った気流がまだかき乱しており、体中を切り裂かれた男の体がごろごろと転がっている。
周囲を見渡してみても居なくなった4人が視界にうつる事は無く、少し離れたところに、逃げた二人の賊を見つけただけだった。
二人の賊は恐怖に彩られた表情で地べたに座り込み、俺を見ていた。