田所修造の場合 69
暗い森の中、簡単なテントが幾つか並んで設置されており、テントの中心に周りを照らすようにして備えられた焚き火の火が揺らめいている。
焚き火の周りには統一性の無い身なりをした者達が地べたに直接座っており、焚き火に程近い位置に座っている女に注目していた。焚き火により照らされた女の髪は赤みがかった濃い茶髪で、目鼻立ちは尋常だが細い首と目と目の間隔が若干狭く、火に照らし出された表情は追い詰められた者特有の緊張感が漂っている。
「オルグの襲撃が失敗した原因は熟練の『メイス使い』ですって?何なのよ…あんな田舎町に何でそんなのがいるのよ…」
酷い緊張感を漂わせている女のそばに座るまだ若い男が、抑揚の無い声で女へと話しかける。
「オルグを使う手は失敗したが相手は近接戦闘しか出来ない『メイス使い』だ。俺やお前がいれば問題ないだろう。戦争が終わった今一刻も早くあの町を襲撃するしかない」
女は男の言に「そんなことは分かってんのよ!」と金切り声を上げ、男に振り向くと目をむき出して続けた。
「明日の夜に全戦力で『メイス使い』ごと西門を落とす。後は西門脇の門番の詰め所を落として町に火をかけ、混乱に乗じて町長の蔵にある金を根こそぎ奪う。それはいいのよ!私達が全員でかかれば絶対に成功するわ!私が気に食わないのは『メイス使い』イレギュラーの存在よ!絶対に殺してやるわ…私は万が一にも敗者にはならない。絶対にならないのよ!」
むき出しになった眼球を震わせながら、口調には反して酷く怯えた様子の女を見て、男は無表情なまま女には聞こえないように口の中でつぶやいた「俺達は元々敗者の集まりだよ」と。
感情をむき出しにした女と異なり、男は半開きの目に力が無く焦点も合っていない。ただ漠然と焚き火の火を眺めている。焚き火を囲む他の者達も、酒を飲んでいる者やナイフを弄んでいる者など色々だが、男を含め総じてすさんだ気配を漂わせていた。
「『竜殺しの英雄』の次は『メイス使い』…人を馬鹿にしやがって…私は絶対に敗者にはならないわ…絶対に…殺して奪ってやる…」
目に狂気の光りを宿し、女は焚き火の火に向かい呪詛を掛けるかのごとくしゃべりつづけた。
異常な光景だが、周囲の者達は慣れた様子で狂気を宿した女に構うことはせず、女の気を引かないよう注意して黙り込んだ。
燃え盛る焚き火に女の紡ぐ呪いの言葉。賊達は暗い森の一角で、増大する負の感情を抑えていた。
◆
夜通しでの西門の見張り一日目は特に問題も発生せずに過ぎた。アレンとリックと言う二人のガキは俺達から少し距離を置くようにしていたが、俺に対してあからさまな態度を取るようなことは無かった。
朝、西門の開門と同時に門番を交代すると、眠っているアンジエを背にカークスと宿へと戻った。宿へと戻ると口調がきつい老婆が朝だと言うのにボリュームのある食事を用意してくれており、俺達は食事を済ませた。
前日買い物は済ませていたので、部屋に帰り早めに休もうとしたが、老婆に公衆浴場が近くにあると教えてもらったので、せっかくだから疲れを癒すためにも浴場へと向かうことにした。
公衆浴場は男女で別れておらず混浴だったが、午前中で俺達以外に客はおらず、半分屋外の石で作られた浴場で汗を流した。風呂の湯は熱めでアンジエが嫌がったが俺には丁度良く、アンジエには水が常に加えられ温度が低くなっているところで風呂に漬からせた。
アンジエは久しぶりの風呂にはしゃぎ、俺もカークスも徹夜明けの疲労を十分癒すことができた。
風呂を済ませると宿に戻り早めに休むことにした。徹夜の見張りで、さすがに激しい眠気を感じており、部屋に戻るとすぐにベットへと俺はもぐりこんだ。すぐにも深い眠りにおちそうになっていると、アンジエが一緒に寝ると俺のベットへ潜り込んできた。昨夜俺がヒステリーを起こしてから、アンジエはその後ずっと俺のそばから離れようとしなく、眠気に負けて明け方眠ってしまうまで、ずっと俺にしがみついていた。
嗅ぎ慣れたアンジエの髪の匂いを嗅ぎながら、俺はアンジエとカークスの二人に心の底から感謝した。
――今の俺は、こいつらのおかげで一人じゃない
ヒステリーを起こした後、カークスはいつもと変わらぬよう接してくれて、アンジエも俺を必要としてくれた。
この二人にはずいぶん助けられていると実感すると、アンジエの寝息に誘われるように、まぶたが重くなった。そして安らいだ気持ちで、俺は眠りについた。
◆
夕方目が覚めると体がずいぶん軽くなっていることに気が付いた。一昨日オルグの襲撃から町を守ってから、自分の異常に気が付き深酒をしてしまい、寝不足のまま徹夜の見張りをする羽目になってしまったが、アンジエとカークスのおかげかずいぶんリラックスでき、質の良い睡眠を取れたらしい。
俺にしがみついているアンジエを引き剥がし、カークスがまだ寝ていることを確認すると、俺はベットを出て体をほぐしながら二人を起こさないように身支度を始めた。
一階で用を済ませ顔を洗っていると、寝ぼけ眼のカークスとアンジエが水場にやって来て、アンジエは俺を見つけるとダッシュで張り付いてきた。
昨日は理不尽な理由で怒鳴りつけてしまったため、甘えて張り付いて来るアンジエを許容したが、鬱陶しいし、なによりこれからのために良くないので引き剥がし、一人でちゃんと歯をゆすぎ、顔を洗うように言いつけて先に食堂へと向かった。
食堂では夜の見張りに出る俺達の為に、軽い食事を準備していてくれていた。俺は席に着きアンジエとカークスが来るのを待ち、三人で食事を済ませた。
食後、アンジエとカークスの身支度が整うと、交代の時間もせまってきていたので急いで西門へと向かう。西門へ向かう時、アンジエが肩車をしつこく要求してきたが、昨日甘やかしすぎたので、門に付くまでずっと拒否し続けた。
西門へと到着してやぐらに登ると、アレンとリックの二人は相変わらず俺達から距離を取るようにしたが、アンジエには普通に接していた。
「昨日はさすがに疲れましたけど、今日は睡眠も十分だから大分楽ですね」
「そうだな。やっぱり寝る前に風呂に入れてリラックスできたのが大きいな」
リラックスできたのは風呂のおかげだけじゃ無いけどなと、カークスの言に心の中で返事を付け加える。恥ずかしいから絶対口に出すようなことはしない。
昨日とは違い体調が良いので集中して仕事をすることが出来そうだった。俺は背後にガキ共の声を聞きながら風の精霊に門外部の探査を命じ、カークスは見張りを俺の精霊に任せて装備の点検をしている。
日がほとんど沈んだ空は地平線がわずかに光を残すだけで、ほぼ夜の気配を漂わせていた。風は強くなく雨も降りそうに無い。
いつの間にか装備の点検を終えたカークスが、寒そうにフード付きのマントの前をあわせながら話しかけてきた。
「今日も寒いですねバアフンさん」
「ああ、ただ風が強くない分、昨日よりずっとしのぎやすいな」
「そうですね」
子供達のいるやぐらの中では火鉢を一つ準備してあり、炭もビクターが十分な量を手配してくれている。もう火鉢に火を入れているはずだ。
「ここからが長いな」
「昨日と同じで、子供達はやぐらの中で休ませておきましょうね」
「ちょろちょろされると邪魔だしな」
「またバアフンさんはそんな事言う」
カークスと話が出来るだけ、この不毛で長い時間を過ごさねばならない見張りの仕事は楽と言うものだ。もし一人でこの仕事をしなければならないとしたら、想像するだけでうんざりしてしまう。
「こんな静かな夜はいかにも賊が襲ってきそうなシチュエーションだな。月も出てないし」
「それ、しゃれになってないですよ」
俺は冗談で言った訳では無く今夜は何か嫌な感じがしていた。血が騒ぐと言うか争いの予感と言うか、とにかく祭りの前に感じる緊張感みたいなものを。
「本当に今夜は、来るかもな」
俺が静かにつづけると、カークスは返事をせずに、門の外から伸びる街道とその先の森を見つめた。
こいつも俺と同じ事を感じているのかも知れないと、俺は思った。
◆
「起きろガキ共!!敵襲だぁ!!」
精霊からの索敵反応にヒットしたことを確認すると、おれはすぐにやぐらの中へ声を掛けた。
カークスと自分に身体強化の祝福をかけていると、起きだしてきたアレンとリックが見張り台に出てくる。
「誰も来てないじゃないか!」
「俺が魔法で感知した。すぐに森から賊が出てくる。数は35人。お前達二人はすぐに詰め所へ走れ!」
「この距離を…魔法で感知したのか?」
「もう出てくる!急げ!」
戸惑っているアレンへ怒鳴りつけると、アレンはリックに詰め所へ伝達に行くように指示して自分は俺に向き直り言った。
「俺もここに残る。俺はあんた達の監視も兼ねてるからな!」
これから賊に対し魔法を使う必要があったので、アレンに残られると不都合だったがしょうがない、こうなれば規模の大きな魔法を俺が使うのを見られたとしても、賊の報奨金を貰ってとっととこの町から出て行けばいいのだ。
「カークス!敵を門前まで引き寄せてから俺の魔法で潰していく!お前はイレギュラー対応だ、いいな!」
「了解ですバアフンさん!」
「バアバア!アンジエも!」
「お前は俺の肩の上にいろ!」
アンジエも起きだしてきたので、ちょろちょろされないように捕まえて肩車をする。
「来るぞ、賊共だ!」
森から街道へと賊の集団が飛び出してきて、その光景を見たアレンが息をのんだ。
賊は馬を使っておらず、統制があまり取れていない割には、一塊となってそれなりの速さで街道を突き進んで来る。
街道を突き進む賊の集団は黒い一つの大きな生き物のようにも見え、こちらへと近づいてくる様は迫力があった。
「迫力はあって当たり前か、向こうは殺る気満々だろうからな…」
「え?なんですかバアフンさん?」
「いや、なんでもねぇ」
門前は広場のようになっており、コントロールの悪い俺の魔法でも標的以外を傷つけてしまう心配は要らない。
これから俺は、初めて人を殺すことになる。襲ってくる賊を目前にし、最後の確認を自分自身に行った。しかし想像していたよりも心的抵抗が無い。
――すでに、殺し過ぎていたか
初めて人を殺すと言う事でやはり抵抗があるかと考えていたが、嫌なことに特に何にも感じなかった。
そんなことを考えている内に、賊が門の前までやって来てやぐらを中心に弧を描くように広がり始めた。そして弧の中心にいる賊達を中心に精霊達が集まり始め、魔法で狙われていることに気が付く。
敵は門を破壊する前に、オルグの襲撃の時と同じく先に見張りを、つまり俺達を狙っていることにようやく気がついた。
「くっ!!」
周りの者に注意を促そうとしたが、魔法の発現のほうが早かった。
賊達から放たれた精霊魔法と精霊が感じられない雷の束がやぐらへと迫り、他の者へ声を掛けることも出来ない。
数種類の異なる魔法がやぐらを包み込もうとするかのように目の前へと広がり、やぐらごと俺達を消し去ろうとしていた。