田所修造の場合 67
「綺麗だ… なんて綺麗なんだこの刃紋、すばらしいですよこの僕の剣、こいつは…」
「へぇ…そりゃ良かったな」
先程から何度も同じような事を言うカークスが、非常に鬱陶しい。
あの後、宿に戻り買い物へ行くとビクターに言うと、昨日の報奨金だと5万ダッカを金貨でくれた。
金貨一枚1000ダッカとなるので、50枚もの金貨をむき出しでビクターに手渡しされ、紙幣経済に慣れきった俺には金の重みと存在感にショックを受けた。
隣でカークスが「僕達お金持ちですね!」と大喜びし、アンジエは「アンジエも!アンジエも!」と金貨を欲しがった。
ガキのたわごとはいつも通り無視して、カークスと必要品をリストアップしてから町中で買い物を済ませていった。
アンジエの服関係、カークスと俺の下着と上着、カークスが欲しがった鍋と調理用ナイフと銀製の良質なフォーク&スプーン、そして俺がずっと欲しかった煙草の葉。
散財とは楽しいもので、両替商に銀貨や銅貨に両替してもらってから、あれこれ言いながら買い物し、気がついてみると買い物した物がかなりの量となっていた。カークスが皮製の両肩でしょえるリュックのようなカバンを買い、それにがしがし詰め込んでいく。
カークスは細かい気質のようで、買い物した金額をいちいちメモっていた。俺は少し気になって買い物した金額を教えてもらったところ、ある程度買い物が済んで合計が約1400ダッカとなっていた。
多いのか少ないのか分からないが、ビクターの宿屋が一泊朝食込みで75ダッカだったので少なくない金額なのだろう。
そして、夜の仕事のためにカークスの片刃剣を新調しに行こうとカークスと話していた時、アンジエが騒ぎ出した。
子供服を取り扱っている店の商品で、白色の皮のポンチョが欲しいと言う。内側にもこもこの毛がついており、暖かそうではある。
ただし、価格が1000ダッカ。
俺とカークスの靴下や肌着などは4枚セットで10ダッカ。
そして色も汚れやすい白色。
俺はアンジエの下着やババシャツ、靴下など全て黒色の物を買い、ワンピースも濃い青色の物を買った。アンジエは白やピンクなどの服を欲しがったが、汚れが目立ちやすいので全部拒否した。
そういった経緯があり、今回は絶対これじゃなきゃ嫌だとアンジエは癇癪を起こしたため、俺は面倒くさくなり、つい買ってしまった。
汚れやすそうな白いポンチョ、しかも1000ダッカ。
隣でカークスも引きつった表情をしていた。こいつの場合は主に価格の事だろうが。
軽いショックを受けつつ、その後剣を買いに武器を扱っている店へ行き、カークスは5500ダッカの剣を選んだ。
他にも1万ダッカの剣とかもあったので、もっと高くてもいいぞとは言ったのだが、カークスは5500ダッカの剣をじっと見つめ、これがいいとさっさと会計を済ませてしまった。
そして、現在に至るまでカークスはずっと剣を見ている。
「この僕の剣、美しいと言う言葉がこんなにしっくり来る物は、この剣以外無いと思います…」
すでに昼食を済ませ、夜の仕事のため早く休まないといけないのに、カークスはぶつぶつといつまでも剣を見つめ、剣を褒め続けている。
アンジエも白い皮ポンチョを着てはしゃいでいる。
俺は少しでも眠っておくために、ビクターから50ダッカで買った焼きワインをちびちびと飲んでいた。
「すごい、僕の剣、すこし角度が違うだけで、見せる表情が全然違う…」
剣ボロボロにした原因が、無理な戦闘をいきなり俺がさせたためじゃなかったら、とっくに黙らせているところだが、さすがに原因が俺なので、喜んでいるカークスを注意しにくい。
「え!?今、すごい綺麗な表情を見せた…すごい…僕の剣…」
「アンジエね、白色のこのお洋服すごい好き!バアバア!見て見て!すごい可愛いのアンジエのお洋服!」
二人ともすごいすごいと煩い。それしか程度補語知らないのかと言いたくて仕方ない。
はしゃぐアンジエに、剣に取り付かれかかっているカークス。
酒の力を借りても眠れそうにない状況に心底うんざりしながら、俺は眠れないだろうとは思いつつも、ちびちびと焼きワインを飲み続けた。
◆
結局眠ることは出来ず、早めに夕食を済まして門が閉まる交代の時間前に西門へと向かう。
カークスはさすがに町中で剣を抜くことはしなかったが、ぎらぎらした目つきで鞘を撫でながら隣を歩いている。
アンジエは俺達の前を元気に走りまわっている。
そして、子供のバランスの悪い体で走り回っているので、コンスタントに転んでいる。
ポンチョが、どんどん汚れていく。
カークスは隣でぎらぎらしており、アンジエのポンチョはどんどん汚れる。
多分俺はそうとう人相が悪くなっているのだろう。
閉門前でごったがえしている町中でも、俺達を避けるように、みんな道を空けてくれた。
人ごみに煩わされることなく門へ向かえているのに、俺は最高に気分が悪かった。
他二人が最高に上機嫌な様子が、俺の怒気を更に逆なでする。
イライラと早足で歩き予定よりも大分早く門へと到着すると、一緒に夜勤をするガキがもう到着していた。
二人とも初日に東門で会ったガキで、一人はたしかアレンという名前だったのを思い出した。何故か二人とも俺を嫌なものでも見るように一瞥してから、アンジエに声をかけた。
「どうしたんだアンジエ?なんでお前も来たんだ?」
「アンジエもバアバアと一緒に見張りするの。でねお洋服新しいの買ったの!見て見て!」
門番のガキ二人は「え?」という表情になり、カークスへ
「なんでアンジエも見張りをするんだ?危険だぞ」
と確認をする。
「アンジエは僕達が守るから大丈夫だよ。ビクターさんにも了解は貰ってるから」
「そうか、町長が言うなら大丈夫なんだろうな、そうだもうすぐ門閉めるから見張りのやぐらに登ろう」
俺は居ない人のような扱いで会話が進められ、ガキ共とカークスはさっさと見張りのやぐらへ登っていってしまった。
懐からパイプを取り出し、途中で消した吸いかけの葉に火を付け、ぷかぷかと吸う。
大人だから、こんな些細なことで、俺は怒らない。
しばらくぷかぷかしてから、パイプを口にくわえたまま、俺はやぐらを登った。
やぐらを登ると、カークスがやぐらから半分外に出ている見張り台で門の外側を見張っており、ガキ共はやぐらの中でなにやら楽しそうに話をしていた。
「下から見たよりも結構広いな、風除けも付いてるし、仮眠できるベットまであるのか」
「…あ、バアフンさん登ってきたんですね、何時までたっても登ってこないから呼びに行こうかと思いましたよ」
一人やぐらの見張り台に立つカークスが、風で俺の言ったことが聞こえなかったのだろう、俺が言ったこととは別の話をした。
やぐらの中にいるガキ共は俺のすぐそばにいて、聞こえたはずなのに反応は無い。
アンジエはひたすら自分の服を自慢することに夢中になっていて、他のガキ2名は完全に俺を無視している。
俺は、ぷかりと煙を吐き、見張り台に行く。
ベランダのようにやぐらから外に出ている見張り台では、カークスが門の外を見張っているのかと思いきや、抜き身の片刃剣を掲げて刀身を見ていた。
「ああ、バアフンさん!外で見る僕の剣、すごいんですよきらめきが違うっていうか…」
「バアバア!アー君もリッ君もアンジエのお洋服可愛いって!バアバア!ねえバアバア!」
ブカリと煙を吐きながら見張り台からやぐらの中を見ると、先程まで俺を無視していたガキ二人が、俺の方を見て半笑いで何かささやきあっている。
そして俺が見ているとそっぽを向いてしまった。
「すごい…強い西日の光で、剣が…僕の剣が…」
「バアバア!汚れちゃったアンジエのお洋服、綺麗にして!ねえバアバア」
(ヒソヒソ…フッ)
カークスが完全に剣に取り付かれて、アンジエは洗濯のおねだり。
再びガキ二人が何かヒソヒソと話し、明らかに俺を見て、鼻で笑った。
「GUORAAAAAAAAAA!!ぶち殺すぞぉこの糞ガキ共がぁぁああ!!!!!」
腰に差していたメイスを抜きながら、見張り台に面したやぐらの木の壁を粉々に破壊して叫ぶ。アンジエは俺の目の前で固まり、ガキ二人もやぐらの中で表情が消え去り、目を見開いたまま固まった。
「…え?え?…どうしたんですかバアフンさん?」
「お前もだボケェエエ!!!!!やぐらの中入れぇ!!!!」
俺のあまりの怒りように、顔色が白くなりながらやぐらに入るカークス、そしてカークスの後ろにちょこちょこと移動し隠れるアンジエ。
「いいかぁ!!此処でのルールを今から教えてやる!!一回しか言わねぇからよく聞けぇ!!分かったら返事ぃ!!」
「…え?」
戸惑った様子のカークスだけが、声を発した。
「えじゃねぇボケェ!!後ろのガキ共お前らもだ!!アンジエ!!お前も返事しろ!!」
「「「…はい」」」
「声ちいせぇんだよ!!もっとはっきりしゃべれぇ!!返事ぃ!!」
「「「はい!」」」
俺の勢いに条件反射をするように反応して、全員返事を返してきた。
「まずカークス!!手前ぇいつまでも剣見てんじゃねぇ!!次剣に見とれてやがったらその剣溶かしてやるからなぁ!!次アンジエ!!汚れるから買わないっつったのにどうしても欲しいって言ったのはお前だ!!汚れねぇように大人しくしてろぉ!!そしてガキ共ぉ!!よくも俺を鼻で笑いやがったなぁ!!次笑って見やがれ!!その鼻千切りとってやるからなぁ!!最後にぃここでの俺の命令は絶対だ!!逆らったら殺すぅ!!わかったなぁ!!返事ぃ!!」
「「「はい!!!」」」
憤怒の表情で叫び終わると、やぐらの中の人々はそろって返事を返してきた。
すこし、ほんの少しだけ気がはれた。
壊れた壁を木の変化加工で直しながら、ブォオオと煙を吐く。
馬鹿共を見ると怒りが再燃しそうなので、一人見張り台で外を眺める。
後ろのやぐらの中では会話が無く、鼻をすするアンジエの泣き声だけが聞こえる。
今なら賊も大歓迎なんだが、と思いながら、門の外を見張り続ける。
本当に早く来て欲しい。
今なら迷い無くやれる気がする。
早く賊が来ないかな。