田所修造の場合 66
「昨日とは、大違いだ…」
宿をでると大通りが人で溢れており、その光景にカークスが驚いた様子で声を上げた。
ナルカの町の大通りは昨日の夜とは様相が一変しており、戸が締め切られていた店などはそのほとんどの戸が開け放たれて、雑貨や衣料品などを所狭しと並べている。
その他にも簡単な料理を売る屋台などや、付近の農民だろうか、通り上で台車の上の野菜を大勢の者が売っており、市場がそのまま大通りに移ったような賑わいだった。
すでに宿場町としての役割が無くなった街道沿いの町とは思えないほどの賑わいに、俺もカークスと同様驚いていると、
「そう言えばあんたら門が閉まってからこの町に入ってきたんだったな。まあ使われなくなった街道の宿場町だから、この賑わいに驚くのも無理ないな」
俺達の様子を、面白いものでも見るようにビクターが言った。
「賑やかなもんだな…」
活気溢れる大通りの様子に思わず言葉が漏れてしまう。
「ああ、このナルカの町はミュートが無くなってから宿場町としての役目を終えたが、ミュートからの難民の多くを付近の村々にかなりの人数受け入れてな、今この町は地方都市へと生まれ変わろうとしているんだ」
ビクターが誇らしそうに言う。
言われて見ると、路上で野菜を売る農民達はドワーフ族の者を多く見かける。
「ん?ビクターは確か市場へ物を卸す元締めをやっているんじゃなかったか?この路上の自由市みたいのがこの町の市場なのか?」
「いや、これは午前中だけ許されている自由市だ。主に付近の農民が野菜を売っており、一切税がかからない。だから俺はここで売られる物には関わっていない」
「税金を払わなくていいのか?」
「ここは特例でな。ミュートが落ちた時、この町はミュートから一番近いから難民で一時溢れかえってしまったんだ。それで付近の村へ入植させることになったんだが、入植直後は難民はもとより俺達まで食うや食わずの生活をする状態となってしまい、それを改善するために期限付きだが、税の免除と自由市が国より許されたんだ」
戦争前に税の免除とはすごいなと、ビクターの話に感心してしまう。
「税が免除で人が多いってことは、賊に狙われるような貯蓄がこの町に多くあるということですか?」
一緒にビクターの説明を聞いていたカークスがビクターへ質問した。
ビクターは少し戸惑うそぶりを見せてから「まあ、あんた達なら問題ないか」と言って話し始めた。
「ミュートからの入植者達は多くが農村へと入植して農民となったんだが、難民は鍛冶の技術を持つものが多いドワーフ族だったので、町の支援で鍛冶場を作り、一部の難民が鍛冶を営むようになったんだ。それが今回の戦争で多くの受注を受けて、その代金の一部が現金でこの町にある。その情報が漏れた可能性があるな」
「…大金なのか?」
「ああ、賊共が命をかける位にはな」
賊が襲ってくると言う話が、急に色濃く現実味を帯び始めた。
カークスの表情が緊張で引き締まり、ビクターがその様子を見つめる。
「状況は分かったが、俺達がやることは一緒だな。賊が来たら詰め所にいる奴らと一緒に賊を捕らえるか、始末をする」
何でもないことのように、軽い調子でカークスの肩を叩きながら言った。
いくら軽い調子で言ったとしても内容が内容なので、カークスは緊張したままだったが「…やることは、一緒ですね」と言って、俺を見た。
俺はカークスに軽く頷くと「話は変わるが」と言って、気になっていたことをビクターに質問した。
「なんでこの町こんなに賑やかなのに、外で食事できるところがビクターの宿だけなんだ?」
「ようやく入植した者達の生活も安定してきて、鍛冶やってる奴やそれ取り扱っている奴をはじめ町全体に余裕が出てきたが、まだ出来るだけ目立たないようにしているんだ。今回みたいに賊に狙われるし、税の免除が取り消されるかも知れんだろ?」
ビクターはそう言ってウィンクしてきた。いい年したおっさんのウィンクなぞ気持ち悪いだけだし、話の内容もさっきから流れ者に話すような内容じゃない。
「そんな話、気軽に俺達にして良かったのか?」
「誰にも言わなければそれでいいさ。それにあんた達はなんて言うか、ひたすら不器用だから、俺達にとって無害だろうと思ってる」
「…そう思う根拠は?」
「俺の勘だ」
隣で「ひたすら不器用ですって」と言いながら俺を見て笑っているカークスの頭を叩き、「お前も言われてんだよ!」と勘違いを指摘しておく。
ビクターの失礼な言動でリラックスしたのか、カークスから張り詰めた緊張感は無くなった。ただ、その表情には笑いつつも静かに何かを見つめるような、落ち着いた様子が見て取れた。
しっかりと腰が落ち着いている、そんな風に俺には見えた。
ちょろちょろと動くアンジエが迷子にならないよう捕まえて肩車すると、大通りの人ごみを掻き分けるようにして俺達は詰め所へと向かった。
◆
詰め所は町に二つある門の内、俺達が入ってきた門とは逆に位置する門の脇にあった。
ビクターが「俺だ」と声をかけながら中に入るのに続き、俺達も詰め所の中へ入って行く。
「みんなそろっているな」
ビクターが声をかけると、詰め所にいた奴らがビクターの後に続いて詰め所へと入ってきた俺達に気が付き、黙って視線をよこしてくる。
詰め所の中は意外に広い作りとなっており、中で待機している奴らは結構な大人数で、その全員が俺達に注目していた。
詰め所の中の奴らは老人やガキが多く、よく見てみると昨日一緒に食事をしたガキ共や、酒場にいた老人達もいることに気がつく。
俺に肩車されていたアンジエも門番のガキ共がいることに気がついたらしく、するすると器用に俺の背中を伝い床に下り、ちょこちょことガキ共の方へ走って行ってしまった。
ガキ共も近づいてきたアンジエに「アンジエも来たのか!」と声をかけ、ガキ同士嬉しそうにしている。
ガキ同士はすぐ仲良くなれるんだなと、その様子を見て安心した。
詰め所にいた奴らは緊張した様子で俺達を見ていたが、ガキ共の仲良さげな様子に少し緊張が和らいだようだった。
「みんな聞いてくれ」
ビクターが詰め所に居る者達を一通り確認してから、昨夜見張りが二人殺されてオルグが町に侵入し、町民が一人殺された件を説明した。
すでに昨日酒場にいた老人達が話をしていたのだろう、詰め所の者達は静かにビクターの話を聞いていた。
ビクターがオルグ25匹を俺が仕留めた話をすると、再び詰め所内が緊張に包まれ、視線が俺へと集中する。
「今回のオルグが町へ侵入した件だが、俺は賊によるものだと考えている。そこで今まで以上に町の警備に力を入れると共に、オルグを仕留めたこの二人にも町の警備に加わってもらうよう協力をお願いした。強力な精霊魔法の使い手のバアフンと、トロル族の剣士カークスだ」
いきなりよそ者が町の警備に加わると話され、詰め所の者達が動揺するかと思ったが意外に穏やかな反応で、やや戸惑っている様子は見受けられるものの、黙ってビクターの話を聞いている。
いくら町長とは言え、勝手に物事を決めてしまっているのに反感が無い様子で、詰め所の者達のビクターへ対する信頼が見て取れた。
ビクターは昼間の門の警備を増員し、人手が足りなくなる夜間の西門の警備を、俺とカークスと他数名で警備すると説明をした。
ビクターが何か質問はあるかと聞くと、俺達は何者なのだとの質問が上がったが、ビクターは俺が昨夜言った事を話すつもりは無いようで、ただ「旅の商人だ」とだけ答えた。
質問した者はそれ以上問いただすつもりは無いらしく、何故か納得した様子でビクターを見ていた。
ビクターの判断を全面的に支持しているのだろうか、他には配置に関する質問が上がっただけで、俺達に関する質問は特に出なかった。
「それでは今話した内容を門番に出ている者へも伝えておくように」
そう言うと、宿に帰るぞとビクターは俺達をうながして詰め所をあとにした。
自分で言うのも何だが、俺達がかなり怪しい三人組だとは理解しているので、こうも簡単に受け入れられたのが不思議だった。
「ずいぶん簡単に納得してたな、普通こんな怪しいやつらが町の警備に加わるなんて反対意見が出そうなもんだと思ったが」
「みんな町を守りたいのさ。あんたは昨夜町のためにオルグを仕留めてくれたし、賊が攻めてくるかも知れないんだったら強い味方は多い方が良い。あと、朝俺から爺さん達にあんた達が信用できる人間だと伝えておいたのもあるな」
何でも無いことのように、ビクターが槍を杖代わりにして歩きながら答えた。
それは俺達が信用できると言ったビクターのことを、詰め所の人間は疑いもせずに信用したと言うことだろう。
「ずいぶん、信頼されてんだなビクターは」
「俺達は弱いからな。団結しなければ生き残れないんだ」
少し苦々しそうにビクターが答える。
先程の詰め所、ほとんど子供と老人しか居なかった。町の警備をしているくらいだから魔法が使えるのかも知れないが、実際に戦うことは難しいように思える。
昨晩のオルグ共の時だって、子供と老人達は何も出来ず怯えていた。
しかし、それが戦争のために徴兵され、残された者達の現実なのだろう。
老人と子供の町。
それを襲う賊共。
残された弱者が巣穴に群れて固まっているイメージが浮かび、飄々としたビクターの表情が、苦悩を噛み潰し耐えているように見えてきた。
賊との戦い、そして戦闘時の俺のおかしな状態。
肩車してやっているアンジエが俺の髪の毛を引っ張って遊んでおり、少し鬱陶しかったが、言いようの無い不安に襲われそうになると、肩に乗せたアンジエの存在を感じ落ち着くことができた。
俺はアンジエに髪を引っ張るなと注意せず、そのままビクターのあとに続き宿へ向かって歩いた。