田所修造の場合 65
肩を揺すられて目を覚ますと、呆れ顔のビクターがいた。
「あんた部屋帰らなかったのか?酷い顔してるぞ」
どうやら昨日カウンターでうつぶせになり寝ていたためか、体の節々(ふしぶし)が痛く、首を回すとぼきぼきと音が鳴った。
疲れが抜けていないためか、酷く体がだるい。自分に回復の祝福をかけると大分ましになったが、それでも頭の芯がぼけている感覚がある。
ビクターが宿の一階の入り口と反対側に、共用のトイレと水場があると言うので顔を洗いに行くことにする。冷たい水で顔を洗うといくらか目が覚めたが、酒の飲みすぎか昨夜の考え事のせいか胃が重く感じた。
酒場が食堂を兼ねているようで、俺が顔を洗って帰ってくると老女がテーブルに朝食の準備を整えていた。
「あんたがビクターの言ってた用心棒かい?朝食の準備がすぐ整うから、あんたの連れを起こしてきな」
老女の物言いはぶっきらぼうなものだったが、素直に老女の言うことに従い「わかった」と返事をする。老女のことよりも、重たくて仕方ない胃を早くどうにかしたかった俺は、カークスとアンジエを起こしに2階の部屋へと向かうことにした。
ビクターに言われた2階の部屋へと到着し「起きてるか」と声をかけながら部屋へ入る。
「うぅぅ…うぅぅバアァバアァ…ひっく…」
部屋には、アンジエの鳴き声にも反応出来ないほど爆睡しているカークスと、隣のベットで盛大に寝小便を漏らし泣いているアンジエがいた。
無言でアンジエの着ている寝間着兼普段着の濃紺ワンピースを脱がし、パンツも脱がした。寒くないよう熱の精霊でアンジエの周りを温度調整してから、「メシだぞ!カークス!」と一声怒鳴り、アンジエを抱えて一階の水汲み場へと向かう。
ジャブジャブと井戸の脇に置いてあった桶を使って、ワンピースとパンツとシーツを水洗いする。魔法を使って洗っても良かったが、やっぱり手洗いのほうが綺麗になるので手で洗う。
泣き止んで隣でぼけっとしているアンジエに顔を洗い歯をゆすぐよう言いつけ、洗い終わった洗濯物を熱の精霊を使役して乾燥させる。
水の精霊を使役して水分を飛ばしてから乾燥させるので、すぐに洗濯物は乾き、もたもたしながら顔と歯を洗い終わったアンジエの尻だけ水で洗い、布切れで拭いてやってから服を着せていく。
「メシ行くぞ」
そうアンジエに声をかけて朝食が準備されている酒場兼食堂へ向かうと、後ろから腰の辺りにアンジエが張り付いてきた。
昨日少し様子がおかしかったが、一晩寝て元に戻ったようだ。
そのままアンジエを貼り付けてシーツを抱えながら食堂へ到着すると、寝ぼけまなこのカークスが先に席についていた。
「お早うございます、バアフンさんにアンジエちゃん」
朝食の準備をしてくれていた老女の姿は無く、俺達のテーブルは既に食事の準備が整っている様子だった。
カークスに「おう」と声をかけ、アンジエと一緒に席につく。
朝食はライ麦パンと昨夜の残り物らしいクリームソースの野菜シチュー、それとふかした芋を潰して荒めのペーストにしたような物がパン皿に添えられていた。
胃が重たかったが食欲はある。
まだ暖かい焼きたてのパン、少し固いのでシチューで流し込むようにして食べる。
シチューが胃に流し込まれると、胃の調子が大分落ち着いてきた。
アンジエは隣でシチューに夢中になっており、パン皿に添えられたふかした芋のペーストも気に入った様子で、美味しい美味しいとばくばく食べていた。
俺はビクターの依頼を受けた話をカークスへ説明するために、食事を取りながら、昨日オルグが現れたこと、この宿の店主や昨日一緒に居た老人とガキ共に、俺が精霊魔法を使えることがばれたことをかいつまんで説明した。
「完全に気を抜いてた…久しぶりのまともな食事だったので…すいませんでしたバアフンさん」
「あ?まあいいよ、慣れない野宿が続いたからお前も疲れが溜まってただろうしな」
「でも、ばれちゃったんでしたらこの町すぐにでも離れないとまずいんじゃ無いですか?軍の追手が来るかも知れないし」
「ああそれだが、昨日町長のビクターと話してみてこの町なら大丈夫だと思った。戦争が終わったことを知らないどころか、戦争が始まってから他の町と行き来が無くなったらしく、外からの情報が一切来ないみたいなんだ。逆を言えばこの町から外に情報が出にくいってことだろ?」
「そう言われてみれば、そうですね」
随分簡単に納得したカークスは、老女が持ってきて食後に飲めと置いていった香りの無いミルクティーのようなものを飲んだ。
俺も飲んでみると、紅茶をミルクで煮出したものなのか、砂糖が加えられていないのにほんのり甘味を感じた。
「それと金の問題だが、解決したぞ」
「え!本当ですか!」
「ああ、昨日俺が仕留めたオルグ、一匹当り2000ダッカの報奨金を町長がくれるって。25匹仕留めたから5万ダッカもらえる」
「すごいじゃないですか!5万なんて大金、すごいや」
たしかに5万は大金だろう。しかし忠告の意味を込めて、大金が入ったため有頂天になっているカークスへ釘を刺しておく。
「ビクターが言うにはこの報奨金ってのは常識らしいぞ?ゴブリンも証明部位である右耳を付近の町や村へ持っていけば、報奨金500ダッカが一匹当りもらえるらしい。つまりだ、昨日お前と俺で仕留めた31匹のゴブリン、耳を持ってきてたら1万5500ダッカ手に入ったってことだ」
「…え?…そうなんですか?」
「そうなんですよ」
1万5500ダッカとつぶやきながらショックを受けているカークスを横目に、誰か近づいてくる気配を感じたので振り向いてみると、ビクターが杖をつきながらこっちに来るところだった。
「昨日の仕事の件、詳しい話をしたいんだが今いいか?」
となりにいるカークスは、ゴブリンの報奨金1万5500ダッカがよほどショックだったらしく、まったく反応が無い。
俺はビクターに椅子を勧めて「ああ、ほとんど食事も済んでいるし丁度いい」と返事を返す。
ビクターは椅子に腰掛けると早速と言った感じで口を開いた。
「あんた仕事の話はもうこの若い人に説明したのか?」
「いや、まだだ。昨日のオルグの報奨金の説明を今終えたところで、まだ説明してない」
「なんです?仕事って?」
ビクターと俺の話に、カークスが正気に戻ったのか反応を示した。
「昨日のオルグの話したよな?そのオルグが盗賊に誘導されてこの町を襲ったんじゃないかって、このビクターが言ってるんだ」
「オルグが盗賊に?」
「ああ、それで俺達にこの町の護衛をしろって話だ。ちなみにもうその仕事は俺が受けた」
俺がすでに護衛の仕事の話を受けていると言うと、カークスはビックリした様子でひそひそと俺に話しかけてきた。
(護衛って、大丈夫なんですか?あんまり長いことこの町に留まっていたら、いくら外へ情報が漏れにくいって言っても、追手に僕達がここにいるってばれないですかね?)
(大丈夫だって、たとえばれたって何とかなるだろ。必死で逃げるとか)
(もう…最悪な未来図しか見えないんですけど)
(大丈夫だって)
俺は不安そうなカークスへ、昨日ビクターが提示してくれた条件を説明してやり、どの道このナルカの町で必要品をそろえたりするためしばらく滞在する必要があると小声で説明した。
するとカークスは状況を理解したのか、かなりまとまった金額が報酬として入るためか、その態度を豹変させた。
「僕はバアフンさんに従うだけなので、何も問題ありません」
東の魔女を探す旅が金銭的に苦しくなると予想されていたが、オルグの報奨金5万と合わせてかなりゆとりが出る。カークスが追手に見つかる危険を冒しても、町の護衛の仕事に同意したのは、この金銭的な問題が解決できることが大きな部分をしめるのだろう。
カークスが同意すると、ビクターが俺達に護衛の仕事内容を説明してくれた。
仕事の内容は単純なもので、要するに夜の間、徹夜で俺とカークスに物見やぐらで町を警護し、賊が現れたら町の護衛の詰め所へ連絡してから、出来れば賊を殲滅して欲しいという内容だった。
予想はしていたが、これから毎日夜勤と言う事実に少しげんなりしてしまう。
そんな俺の気分が顔に出たのか、ビクターはとりなすように、朝他の警護の者と交代の時間になったら、その後は夕刻の交代まで寝るなり自由にしていいと言った。
また、俺達二人が町の護衛の仕事をしている間、アンジエの面倒を見るとも。
まだ一人朝食を食い続けていたアンジエが、自分の名前を呼ばれたのに気が付いたようで、顔を上げて俺の顔を見た。
「アンジエの面倒だが、俺達は旅を続ける限りこれからも危ない目に遭うこともあるだろう。そばに置いて面倒は俺達が見るからそっちで面倒を見てもらわなくて大丈夫だ」
「あんた、そう言うけど賊と戦闘になったら戦うのに邪魔になるだろう」
子供連れで用心棒などと、護衛の仕事をするにあたり当然の心配をビクターは口にした。
「大丈夫だ。相手が竜種じゃない限り、子供を抱えてようと戦闘に影響は一切無い」
多分にはったりを混ぜた内容だが、ビクターはあんたがそう言うならと、それ以上アンジエに関しては何も言わなかった。
アンジエを抱えての戦闘になるかも知れないが、それはこれからずっと同じだ。
むしろ一日の半分は安全なところで休憩できるこの町で、ある程度慣れていったほうがいい。
カークスは隣で不安そうな顔をしているが、こいつも少しは分かっているのだろう、俺の決定に何も言わなかった。
給金の再確認と仕事の時間の説明を受け終わると、ビクターがこの町の警護担当の人間と引き合わせると言うので、ガキが朝食を食い終わるのを待ってから、警護担当の人間が集まっていると言う詰め所へ行くことになった。
アンジエは自分が置いていかれないと分かると、再びシチューとパンを食べるのに熱中し始めた。
俺とカークスは町の話などをビクターに聞きながら、アンジエの食事が終わるのを待った。




