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異界より  作者: yoshiaki
65/81

田所修造の場合 63



テーブルの上に突っ伏するようにカークスが眠っている。

酒を飲むピッチがかなり早かったのだが、疲れもあったのだろう、早々に潰れてしまっていた。

食事を始める時間が早かったのもあり、まだ時刻は宵の口と言ったところだが、門番のガキ共も家に帰さねばならないことを考えると、適当な時間だとも言える。


カウンターで飲んでいた老人達が、門番のガキ共へ家に帰るよううながし、食事はお開きとなった。

ガキ共はアンジエと打ち解けたようすで、アンジエはじゃれ付いていた門番のガキ共が家に帰ると言う話を聞き、もっと遊びたいとわがままを言った。

いつもどおりガキのたわごとは無視したが。


俺はそれほど飲んだつもりは無かったのだが、疲れていたためか酔いが早く、体がふらつく感覚を覚えていた。ビクターよりもらった水を飲みながら振り返ると、ちょうど老人達と門番のガキ共が酒場より出て行こうとしており、なぜかアンジエも一緒にくっ付いて出て行こうとしていた。


「アンジエどこ行くんだ!みんな家に帰るんだからくっ付いて行くな!」

「や!外までお見送りに行くの!」


アンジエはそう言うと、そのままガキ共にくっ付いて店から出て行ってしまった。

舌打ちをしてから、面倒だが俺も外に出ようとスツールから腰を上げると、ビクターが声をかけてきた。


「あんたもけっこう心配性だな。店の前ぐらいなら問題ないと思うが」

「めんどうが起こるのが嫌なんだ。煩わしいからな」


そうビクターに返してカウンターより離れようとした、その時、空気を切り裂くような女性の叫び声が外より聞こえてきた。

女性の叫び声が聞こえて来た直後、陶器でも割れるような大きな音が、立て続けに響き鳴る。


外には門番のガキ共と老人達について行ったアンジエがいる。

俺は走り出し、酒場のドアを突き破るような勢いで開け、外へと飛び出す。そして外には、老人達と門番のガキ共、そしてアンジエが怯えた様子でしゃがみこんでいた。

アンジエの視線の先を見るとガイウスやユミルぐらいありそうな、背の高い何かがいる。


暗くて状況が分からないので、とっさに光の精霊を使役し、光源を空へと飛ばす。

マーナの投入量が多すぎたため、かなり小規模だが擬似太陽のようなものが空中へと浮かぶ。


空中に光源が発生すると、照らし出された宿場町の大通りの様子が、はっきりと見えた。

割られた水がめ、頭を潰され血溜ちだまりをつくっている女、そしてゴブリンに似た醜悪な顔を持ち、黒っぽい肌をした巨人達。


「あれが、オルグか?」


しゃがみこんでいた老人に声をかけると、老人は声が出ないのか、うなずいて返事を返す。

アンジエは目に涙を溜めて、俺をじっと見つめている。


本来は、目立つ行為は極力避けたほうがいい。この町には追っ手の気配が無いようだが、俺達は軍に追われている可能性が高い。

だが、今はそんな事を言っている余裕は、無い。

腰が抜けたのか立ち上がれずにいる老人達を見て、店にガキ共を連れて逃げ込ませることは無理かと、あきらめた。

もうオルグの一匹が、血がまだしたたっているナタを手に、目前まで迫っている。


自分に左手で解毒の祝福をかけながら、右手で風の精霊を使役し、地面の砂を巻き上げるようにしてから、目前へ迫ったオルグへ風を叩きつける。

解毒が終わってから身体強化の祝福を自分にかけ、砂風にまかれ歩みを止めていたオルグに、腰のメイスを引き抜きながら突っ込んでいく。


地面にかすりながら振り上げたメイスは、イカリと異なり強化された筋力だと重さがほとんど感じられない。オルグの腹を狙って振り上げたメイスは、何の抵抗も感じられぬまま、相手を振りぬいた。


太陽とは異なる人工的な魔法の光は、蛍光灯が作り出す光に似ており、青白く大通りを照らしている。その大通りでぱっと花が咲いたように、オルグの上半身が飛散した。

メイスを振る速度が速すぎるのかも知れないと、吹き飛び、粉々になりながら、赤い花が開くように血煙を上げるオルグを見て思った。


仲間が殺され、少しの間固まっていたオルグ共が、こちらを目指し一斉に駆け寄ってくる。

風の精霊で正確な人数を確認する暇が無いが、20匹以上いる気がする。


俺もまだおさまらない血煙を突き抜けるように、オルグ共へ向け走り出す。


ガイウスには劣るが、厚い筋肉で覆われたオルグ共は意外な俊敏さを見せ、得物を振り上げ肉薄してきた。

攻撃魔法はコントロールがいまひとつで威力の調整も苦手なため、大通り沿いの建物を壊さないよう、メイスを振って迎撃する。

ほとんど見えない速度で振られるメイスに、得物ごと腕を引きちぎられ、吹き飛ぶオルグ。

その吹き飛ぶオルグをかわしながら、3匹が一斉に得物を振り下ろして来る。


オルグ共は意外にも俊敏だったが、それは、その巨体にしては、と言った程度だ。細工もほとんど無く鉄の塊であるメイスは、馬鹿げた速度で俺に振るわれる。

オルグ共は巨体のため、適当に振っているメイスが当てやすく、力任せに振るわれる武器は打ち落としやすい。俺の場合、ゴブリンよりも戦いやすいかも知れない。


駆け寄られる暇も与えず、かするだけで死に至る攻撃を続けながら、大通りをオルグを狩りつつ走り抜ける。

オルグの上げる断末魔と吹き荒れる血煙の渦。

先日まで竜種と戦っていた時と同様に、言いようの無い熱が体の奥から湧き上がり、怒りが抑えられなくなる。

身体強化を更に強力なものにし、風の精霊も使役しながら吹き飛ぶように移動して、オルグを殺す。


俺は吹き荒れる嵐のように、ただ怒りにまかせて殺戮をつづける。


怒りに狂い、思考が停止しかかっている頭では、何がそんなに頭に来ているのか、何故自分が怒っているのか、俺は一切考えられず、不思議に思うことさえ無かった。


ただただ、オルグが憎く、殺し尽くしたいとメイスを振るう。


背を向け逃げようとするオルグも、決して逃がさなかった。

俺は、がら空きの背中に、メイスを叩き込むようにして、逃げるオルグを殺した。




宿場町の門のところまで来てオルグを殺すと、町中にはもう、オルグの気配が感じられなくなった。

物足りなさを感じ、外へオルグを狩りに行きたい衝動に襲われたが、門のところに転がっていたオーク族の少年二人の死体を見て、俺は冷静さを取り戻した。

少年二人は矢を射掛けられて殺されており、オルグが見張りを弓で射殺すのかと、不自然に感じた。

門を確認すると、こちらはかんぬきが外されて転がっており、内側より外したように見える。


先程まで感じていた激情のためか、頭がふらつき眩暈めまいを覚えた。

風で返り血を防ぐこともしなかったので、全身血まみれとなっていた。血まみれはいつもの事だが、何故か強い不快感を覚えたので、水を操り、服を洗濯するときの要領で服を着たまま自分ごと洗った。

水分を抜いてから、軽く熱を操って自分を乾燥させる。


嫌にのどが渇いたので、水の玉を空中に作り出し、顔をうずめるようにして飲んだ。

せっかく乾かした服がまた濡れたが、構わずに渇きをいやした。


水を飲んだら、ぼやけた頭が大分ましになってきたので、門を閉めてかんぬきを掛ける。

まるで、まだ生きているかのような、目を開けたままの状態で死んでいるオーク族の少年を見る。

物見やぐらから落ちたのだろう、顔が少し、あと背中が土で汚れている。

もう一人の少年はうつ伏せでよく分からないが、目を開けたまま死んでいる少年は出血もさほど無い。

前にゴブリンの矢を肩に受けた時も、あまり出血はしなかったと思い出した。


しばらくだまって少年を見ていたが、人の気配を感じたので振り返った。

ビクターが槍を地につきながら、びっこを引きつつこちらに向かって来ていた。カウンターで見えなかったが、ビクターの片足はひざ下から棒の義足だった。

俺はビクターがゆっくりと近づいてくるのを、ただだまって待つ。


「…見張りを、殺されていたか」


近くまで来たビクターが、あえぐようにしてつぶやく。


「門のかんぬきが外されていた」

「…かんぬきがか?……そうか、かんぬきが外された、か」


内側からしか、かんぬきは外せない。ビクターはある程度予測できていたのか、さほど驚いた様子は無かった。


「オルグは、弓をつかったりするのか?」

「ゴブリンだとつかう奴もいるそうだが、オルグはまずつかわない」

「だとしたら、この子供達は誰に殺されたんだ?」

「…賊が、やったんだろう。オルグが町中へ入ってきたのも、恐らく賊に誘導でもされたんだろう。オルグやゴブリンはよほどの大群にならないと、まず人間の集落など、人が多く集まる場所は襲わないからな」


ビクターはそう言うと少年のそばへと歩いて行き、事切れていることを自分で確認すると、


「すまないが、死体を俺の店まで運んでくれないか?」


と言った。

俺はだまって頷き、ビクターと並んで宿へと向かう。


宿場町の大通りは、まだ精霊魔法の光に照らされており、オルグだった残骸が、道しるべのように宿まで続いている。


「爺さん達とガキ共は?」

「酒場にいる。今日は家の宿へ泊める。まだ賊の一部が町中に居るだろうからな」


大通りは、蒸すような生臭い血の匂いが立ち込めていたが、風で匂いを吹き飛ばそうとは思わなかった。


「何も聞かないんだな」

「…聞いて欲しかったのか?」

「いや、別にいいんだ」


ざくっざくっと大通りの土を踏みしめる音だけが夜の町に響く。ビクターの足元から聞こえる足音はいびつで、テンポが悪い。


俺は、先程までの自分に違和感を感じながら、黙って歩いた。

何か大事なことを見落としている気がする。それも、自分自身のことだ。

正体の分からない違和感に言いようの無い不快なものを感じていると、相変わらず自分の中にいる俺と同化した精霊が笑ったような気がして、不意に冷たいものを背筋に感じた。



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