田所修造の場合 62
テーブルの上には湯気を上げる料理が並んでいた。
クリームソースの野菜シチューに、三角のワンタンを油で揚げたような肉料理、硬いライ麦パンのようなパンが主食で、ふかした芋を潰したものが添えられている。
ガキは相当腹が減っていたようで、野菜シチューの器を抱え込みながらパンと格闘するように食事をしている。服がもう、シチューでべとべとだ。
俺とカークスは水代わりにワインを注文し、食事をしながら軽く飲んでいる。
本当は焼きワインのほうがいいのだが、警戒されまくっていて何が起こるかわからない状況では、我慢するしかない。
ただ久しぶりのまともな食事はたまらなく美味く感じ、硬いパンがこれほど美味いと感じるとは思わなかった。たぶん炭水化物が決定的に不足していたのだろう。
俺の隣にはガキが座り、カークスがその隣に座っている。
正面にはアレン達門番のガキ共が座り、会話も無く緊張した様子で食事をしている。
カウンターには老人達と店主らしき男が居るが、たまにぼそぼそと話をするだけで、話の内容もどうでもいいようなものだった。
食事は美味いが、空気が悪い。
酒場にいる宿場町の人間の注意が、なぜか俺一人へと向いているような気がする。
「アンジエ美味しいか?」
「すごく美味しい!スープがとっても好き!」
「いっぱい食べていいから、ゆっくり食べるんだぞ」
「うん!パンもいっぱい食べる!」
ガキを利用して場が和むよう会話をしてみた。
しかし、門番のガキ共は無反応で、カークスが普段の俺とのギャップからだろうか、胡散臭そうな顔をして俺を見てきただけだった。
先程からカークスが微妙に空気を読めていない。目線で(お前もがんばれよ!)と合図するが、意味が通じなかったようで、頭にクエスチョンマークを浮かべてから美味そうにワインを飲みだした。
カークスのワインをのむピッチがかなり早く、俺はまだ2杯しか飲んでないのに、すでにワインの壷が2本空いている。状況を、理解できていないのだろう。
「バアフンさん、焼きワインでも飲みませんか?」
酒で表情が緩み、気持ちよく酔ってきているのだろう、へらへらと上機嫌なカークスにイライラする。
「飲みたいなら飲んでもいいぞ。ただ俺はやめとく。少し疲れが溜まってるみたいだからな」
警戒心をあらわにすることが出来ないので、カークスの事はあきらめることにした。
カークスは俺の許可を受けると上機嫌で焼きワインを店主らしき男へ注文していた。今日はもう、カークスは使えないだろう。
「オーク族の料理は初めて食べますけど、すごく美味しいですね!このシチューはパックル族の料理と似てるけど、野菜のコクが良く出ていてとても美味しいし、僕はこの町に住んでもいいなって気分になってきましたよ!」
「…へぇ、そりゃ良かったね」
美味そうに揚げワンタンをほうばりながら、ワインをごくごくと飲むカークスは本当に幸せそうだった。
少しため息をついてから、慣れない野宿が続きこいつも大変だったのだろうと、ワインの入った木のカップをちびちびとすする。
ガキの口の周りをナプキンで拭いてやっていると、門番のガキ共の視線を感じたので顔を向けてみる。しかし、俺が顔を向けるとガキ共はさっと顔を背けてしまった。
今感じた視線は警戒されていたような感じじゃない気がしたが、なんだかよく分からん。
俺は空になったガキのシチュー皿を持ってカウンターへ行き、おかわりを頼むついでに聞いてみた。
「こっからマーリンまではどのくらい距離があるんだ?」
歩いて4日くらいと知っていたが、わざと聞いてみる。
「台車を引いていても4日もあれば着く」
店主らしき男が俺からシチュー皿を受け取りながらぶっきらぼうに答えた。この男は精霊魔法を使えるのだろう、今は男の周りの精霊もおかしな動きをしていないが、男のマーナ量が他のオーク族達より多かったのでそう思った。
ダイモーンと俺以外、精霊魔法使いはマーナを直接見ることは出来ないが、精霊は見ることが出来る。
門番のガキ共は魔法が使えないようだったので、精霊も見れないだろうと風の精霊魔法を使い盗み聞きしていたが、この男の前で魔法を使うのはまずいなと思った。
店主らしき男はシチューのおかわりを俺に渡しながら、
「この町にどのくらい居るつもりだ?」
と聞いてきた。
「ここで品物がさばければ少し滞在が長くなるだろうが、無理だったら明後日にも離れるつもりだ」
俺の答えを聞くと、店主らしき男は頼んでいない焼きワインの入ったコップを「これはサービスだ」と差し出してきた。
俺はシチューのおかわりをガキへと渡すと、カウンターへともどり焼きワインのコップを手に「悪いな」と店主らしき男へ礼を言う。テーブルでは完全に出来上がったカークスが門番のガキ共に絡み始めていた。
「俺はこの宿場町ナルカの町長をやっているナルカ氏族のビクターと言う。宿場町と言っても今じゃ旅人も来ないような町だがな」
「俺は人間族で商人のバアフンだ。娘はエルフでソール氏族のアンジエと言う。護衛のトロル族の男はゴーモト氏族のカークスだ」
「ソール氏族か。たしか半月ほど前ゴブリンの大群に襲われて四散した村がソールだったと思うが」
「よく知ってるな、そのソールだ。その時俺と娘はダナーンにいて被害には遭わなかったんだ。それにしてもこんなに離れた土地で、なぜソール村がゴブリンに襲われた情報を知っているんだ?」
先程までと急に様子が変わり、町長のビクターは警戒を緩めたようだった。
「まだ竜種との戦争が始まったばかりで、マーリンからキャラバンが来ていたからな、そこからもらった情報だ」
「今はキャラバンが来ないのか?」
「戦える者が、ほとんど戦争へ行ったからな。キャラバンが組めなくなっている」
俺は「へぇ」と返事をして、手元の焼きワインを一口あおる。地元で作った焼きワインだろうか、度数が高く熟成期間が短いようで味が少しきつい。
「あんた精霊魔法を使うだろう」
何気ない調子でビクターが問いかけて来たので、そのまま返事を返しそうになってしまった。俺はこの男の前では精霊魔法を使っていないはずなのにと考えていると、ビクターは続けて、
「あんた嘘はあんまり得意じゃないみたいだな。顔に出てるぞ」
と言った。
何も言えなくなり、沈黙が精霊魔法使いだと肯定してしまっている。
「人間の精霊魔法の使い手とは珍しいな。まあ、それくらいの力が無いと個人での行商は無理だろうがな」
「何故、俺が精霊魔法を使うと分かったんだ?」
酒の影響もあり、俺は演じつつける事が少し面倒になってきていた。ほぼ肯定しているようなもんだが、そう言ってしまっていた。
「アレン達にかけた風の精霊魔法、あんた解くの忘れてるぞ。精霊魔法を使う賊かと警戒してみりゃ、相方のトロル族の男はすぐに酔っ払ってあんなだし、あんたは考えてることがそのまんま顔に出てるし、何か隠してる事はあるんだろうが、どうやら賊では無さそうだな、あんたら」
魔法、解き忘れてた。
後ろを振り返ってみると、カークスは酔っ払いながら片刃剣を抜き出し、門番のガキ共へ剣を自慢している。アンジエは、カークスの片刃剣をうらやましそうに見ている門番のガキ共に混じって、同じようにうらやましそうにしている。
緊張感のかけらも無い、まず賊には見えない光景だった。
「あと、マントで隠すようにしているが、腰のメイスとそのごつい篭手。商人だって武装するのは当たり前なんだから、隠すようにしていると逆におかしく見えるぞ」
ビクターは可笑しそうに笑いながら俺に指摘した。
武装は商人だから隠すようにしたほうがいいんじゃないかとカークスに言われていたのだ。
世間知らずのカークスと、常識がまったく無い俺。
どうやら俺達は、最初から空回りしていたらしい。
きつめに前でとめていた紐を緩めてマントを外す。本当は室内じゃ暑くて邪魔だったのだ。外すついでに布切れでさりげなく汗を拭く。
そして無造作に手を振り、ガキ共にかけていた風の精霊魔法を解除する。
まともにビクターの顔が見れなく、気まずさをまぎらわせる為に焼きワインをあおる。
正面からくつくつと笑うビクターの笑い声が聞こえる。
「焼きワイン、おかわり」
俺がぶっきらぼうに注文すると、隣の老人達が笑い出した。
後ろではカークスと打ち解けたらしいガキ共の声が聞こえる。
「ほらよ、これもサービスだ」
ビクターがもう隠そうともせず、笑いながら焼きワインをサービスしてくれた。
まったく嬉しくなかったが、黙って受け取り一口飲む。
これも打ち解けたと言うのだろうか、ビクターと老人達は俺が酒を飲む様子を見ながら、遠慮なく笑っている。
俺は、もうどうでもいいやと、焼きワインを飲んだ。