田所修造の場合 61
宿場町へと大八車を引きながら走るスピードを緩める。
宿場町まである程度近づいて行くと、街道上に地元の者達の姿が多くなったためだ。
地元の者達は俺と同じように大八車を引く者や、背に荷物を抱えた者など、日暮れ前に家に帰るためか早い足取りでぞくぞくと宿場町より沸くように出てきている。
時刻的にも宿場町で働いていた者達が、周辺の家へと帰る通勤ラッシュの時間帯に出くわしたようだ。
俺はカークスと並んで歩きながら、その人ごみを掻き分けるように流れに逆らい、ゆっくりと宿場町を囲うように立てられている土塀の門へと近づいて行く。
大八車の上では、ガキが久しぶりの人ごみに興奮して「いっぱい人が出てくるよ!みんなお家に帰るのかな?」とカークスへ話しかけている。
カークスがガキにちゃんと受け答えしているのを聞きながら、目前へと迫った門を見つめる。
門には門番らしい者が立っているが、多くの者がオーク族のように見受けられる中で、その門番達は背丈が低く違和感を感じた。
門へと近づいて行くと門番達が俺達をじっと注目していることに気が付いた。そして門番達が非常に幼い顔つきをしていることにも。
「止まれお前達!」
4人いる門番達の内、背の一番低い者が声を上げた。相手の声より緊張が伝わってくる。
「ここら辺の者じゃないな、どこの者だ!トロル族にエルフ族、あと人間族か?この街道はミュートへと続いているだけなのに、いったいどこからやって来た!」
「俺は人間族の商人で、このエルフの子供は俺の妻の連れ子だ。このトロル族の戦士は護衛に雇っている。ダーナで仕入れした後に竜種との戦争になっちまって、マーリンへ行こうとしていたんだが今度はゴブリン共に運悪く出くわした。しょうがなく大きく街道を迂回して逃げ回り、ミュートとマーリンをつなぐこの街道にたどり着いたって訳だ。まったくついて無かったよ」
事前にカークスと決めていた設定を説明すると、門番達は仲間内でこちらには聞こえないようにボソボソと話しだした。一応、警戒をしたほうがいいかと考え、風の精霊へマーナを提供し、門番達の話し声をカークスと一緒に盗み聞く。
(この人達の言っていること本当かな?)
(僕は嘘ついているように感じなかったけど…)
(いや、俺は嘘だと思うね、あの人間族の顔、商人って顔じゃ無い。絶対盗賊とか強盗とかだ)
(僕もアレンと同じ意見だ。トロル族の戦士は優しそうな顔してるけど、あの人間族は人を殺したことあるって顔してる。捕らえたほうがいいよ)
聞こえてくる門番のガキ共の暴言に心のゆとりを失いつつ、隣でかみ殺せなかった笑いを「ぶふぉっ!ぶふッ!」と口に当てた手から盛大に漏らしているカークスに対し、骨が折れない程度にすねを蹴りつける。
突然ごろごろとすねを抱えて地べたを転がり悶絶するカークスに、びっくりして固まる門番のガキ共。
「いやぁ、此処しばらく野宿がつづいたもんで、無精髭が伸びちまって酷い人相だろ?今日ようやくまともな物食えるって娘も大喜びなんだよ。な、アンジエ」
震えそうになる声を抑え、出来るだけ優しい声色をつくって門番のガキ共に説明する。
ガキは俺に名前を呼ばれたことにビックリしたのか、すこし戸惑ってから大八車から飛び出し俺の背中に張り付くと「バアバア!アンジエね、すごくお腹減ってるの!」と騒ぎ出した。
出来るだけ優しい表情を作り、ゆっくりとガキの頭を撫でてやりながら「今日はお父さんがアンジエに、いっぱい美味しい物食わせてやるからな」と言う。
なぜか興奮してきゃーきゃー騒ぎ出したアンジエを撫でていると、門番のガキ共の声を風の精霊が届けてくれた。
(本当に親子みたいだね…商人の人、意外と優しそうだし)
(エルフ族の子お腹減ってるみたいだし、早く通してあげたほうがいいんじゃないの?かわいそうだよ)
(いや待て、本当に親子みたいだけど、子連れの盗賊や強盗だって可能性もある。それに人間族のあの人相は髭がどうのって問題じゃないぞ。完全に悪党の顔だ!)
(僕もそう思う!特にあのやばい目つきが獰猛な奴の本性をあらわしてるよ。ぜったいに人殺してるって)
さっきから門番のガキ二人の無礼すぎる物言いに、はじけ飛びそうになる理性を必死でつなぎとめ、地面にうずくまりながらも「ぶふぉ!!」と噴出したカークスの腹に、かかとを突き刺し黙らせる。
「…いやぁ、…でも俺達は運が良かったよ。こんなに親切そうな門番さん達と会えて。どうだい?門はもうすぐ閉めるんだろ?よかったら食事でも一緒に行かないかい?美味しいお店とか教えてもらえると助かるんだが。アンジエもお兄ちゃん達と一緒にご飯食べたいよな」
「うん!アンジエお兄ちゃんたちと一緒にご飯食べたい、お話したい」
「…娘もこう言っているし、どうだい一緒に食事でも」
すこし、声が震えてしまった。ガキは張り付いていた俺の背中から下り、俺の後ろに少し隠れるようにしている。本当に門番のガキ共に興味があるのだろう、ちょろちょろとガキ共を盗み見るようにして見ている。
「…食事は、町長がやってる宿屋くらいでしか、食べれないぞ」
アレンとか仲間に呼ばれていた門番のガキが、慎重に言葉をえらぶように話かけてきた。アレンの目つきは、こちら側を一切信用していない風に見受けられた。
俺は後ろ手にカークスへ回復の祝福をかけてやりながら、
「いやぁ、助かるよ。じゃあ門を閉めるの待ってるから、その宿屋へみんなで食事に行こうか」
と声をかける。
俺はただ町へ入るためだけなのに、この一連のやり取りのおかげで、すでに疲労を感じていた。
こめかみが、ひくつくのを自覚しながら、出来る限りの営業スマイルをサービスし、門番達が門を閉めるまでの時間を耐えるように、大八車の取っ手を握り締める。
みしっと取っ手がきしむ音が予想外に高く鳴り響き、警戒されないかと少し肝を冷やした。
◆
「おい!いいのかよアレン、悪党を町に入れて」
「町長が居る宿へ行くなら、俺たちだけで悪党を取り押さえるよりもよっぽど安全だからな」
「あ!そうだよな、さすがアレンだ」
風の精霊により会話が筒抜けになっているとは気づかずに、門番のガキ共は相変わらず言いたい放題だ。無性にこぶしで教育してやりたくなる。
「僕は、あの人間の商人、悪い人に見えないけどな…」
「僕もそう思う。じゃないとエルフの子があんなに懐かないと思う」
「馬鹿だなお前ら、今町には男の大人はほとんど居ないんだぞ、俺達がよっぽど用心しなきゃいけないんだ!町の人が酷い目にあってもいいのかよお前ら」
「…そう言う訳じゃないけど」
門番をやっているガキ共は身長が170cmくらいの、オーク族にしてはまだ幼さがのこる子供達で、なぜ子供達が門番をやっているのか不思議には思っていた。
町に大人の男性がほとんど居ない理由、戦争だとすぐに思い当り、子供達が門番をやっていた事がようやく腑に落ちる。
竜種との戦争は、エルフ族とトロル族の第二陣の被害は抑えることが出来たが、パックル族とマーリン族の軍は全滅寸前の被害を蒙っていた。
多くの戦士となった宿場町の男性が、この町へ戻ってくる事は、無いだろう。
門番のガキ共の後ろに付いて、日暮れ時の街中を歩いていく。
この宿場町はマーリンからミュートへと続く街道の途中、旅する者達の宿場町として発展していたのであろうが、ミュートが無くなった今その需要も無くなり、大通りに面する店はそのほとんどが戸を締め切っている。夕闇が迫る時間帯となった今、外を出歩く者も少ない。
本当に門番のガキ共が言うとおり、外で食事が出来る店など宿屋くらいしか無いのかも知れない。
かつては賑やかだったのであろう広い大通りは、人気がない分ひどく寂れた、物悲しささえ感じさせる雰囲気だった。
「夜も見張りをするんだな」
門番のガキ共が門を締め切った後、門の上に備え付けられた物見やぐらへ夜勤らしい少年が二人、門番のガキ共へ挨拶して上っていっていた。
俺が突然声をかけたからか、話しかけた内容からか、門番のガキ共ははっと緊張した様子で黙り込み、返事を返してこなかった。
ガキ共の歩くスピードが上がり、やがて明かりの灯った街道沿いの一軒の建物の前へと行き着く。
「ここがこの町で唯一開いている宿屋だ。食事もできる」
アレンは俺達にそう言うと、そのまま戸をあけてさっさと中へ入って行ってしまった。残りの門番のガキ共もアレンの後に続く。いきなり襲われることも無いだろうと、カークスにガキの面倒を見るように言いつけ、ガキ共の後へと続く。
両開きのドアをくぐると一階は酒場となっているようで、広い作りの酒場にはカウンターに老人が3人と店主らしき男、そして門番のガキ共4人が何か話しかけていた。
酒場は二階まで吹き抜けとなっており、天井の高い立派な作りだったが、客はカウンターに居る老人達以外見当たらない。
俺は営業スマイルを浮かべて店主らしき男へと近寄りながら、
「俺は旅の商人で今夜の宿を求めたいのだが、大人二人と子供一人で一部屋貸して欲しい。あと、そこの門番の少年4人と一緒にここで食事を取りたいのだが、出来るだろうか?」
と用件を言う。店主らしき男は俺達を探るような目つきで見つめている。
「この時勢に商人とは珍しい。竜種がミュートを落としてからマーリンよりは定期的にキャラバンが来ていたが、個人ではほとんどこの町へ来た商人は居なかった。竜種に住処を追われたオルグやゴブリンが町を離れると多く住んでいるからな。お前達は襲われなかったのか?」
店主らしき男は低い声で話しかけてきた。俺の用件に対する返事では無く、歓迎している様子もない。
「ゴブリンに襲われたが、護衛のトロル族の戦士のおかげで逃げ切れた。商品も失わずにすんでほっとしているところだ。俺みたいな弱小商人じゃ仕入れた商品を失ったら首を吊るしかないからな」
「護衛のトロル族の男、そんなに強そうに見えないが」
「見た目はな、だがこれでも凄腕の剣士だ。おかげでこんな危ない商売もできているんだがね」
「そうは、見えないな」
店主らしき男と俺が黙ると酒場は静まり返ってしまう。たしかにカークスは若いし、戦士としては細身のため強そうに見えない。顔も優男然としていて外見からの説得力はほぼゼロだ。
「…商品は何を扱っているんだ?」
「燻製の魚を扱っている。個人でやっているから量は多くないが」
俺がそう答えると、店主らしき男は興味無さそうな顔で「蔵が空いている。保管料は一日20ダッカだ」と言ってきた。
店主らしき男の近くに居る門番のガキ二人が驚いた顔で店主らしき男を見るが、男はガキ共を見ようとしない。
「助かるよ。じゃあ早速荷物を片付けて食事にありつきたい。ここしばらくまともなもん食ってなかったんでね」
俺が礼を言うと、店主らしき男は表情を変えずに、
「アレンは客を蔵に案内しろ」
と命じた。アレンは素直に男の指示に従い「案内する、ついて来い」と俺に言うと外へと出て行く。俺はカークスにガキと一緒にここで待つよう言いつけ、アレンの後へと続いた。
ふと強い視線を感じて振り返ると、店主らしい男は老人達と会話をしていた。
先程までの緊張感を感じさせない様子だったが、男の周りにいる精霊の動きがおかしい。
ガキとカークスの様子を見ると、腹が減りすぎて不機嫌になりつつあるガキをカークスがなだめているようだった。ガキがテーブルをばしばしと叩いている。
まともな食事とベットは魅力的だが、こんなことなら野宿のほうがずっとましだったかと、俺は少し後悔した。