田所修造の場合 4
夜飯を相変わらずの魚で済ませた。無性に米が食いたい。
食事の残骸を片付けて焚き火の前で休んでいると、ガキが擦り寄ってきて俺に引っ付くように座った。
焚き火が気になるのか、俺のそばで楽しそうに枯れ木で火をいじっている。
鼻が馬鹿になったか今ではガキの匂いもさほど苦痛じゃない。
夜までほとんど寝てすごしたからか、ガキは目がさえているらしい。
夕食後は眠くならないようだ。
俺はガキの様子を伺う。
本来ガキに頼むようなことではないのだが、こちらも背に腹はかえられない。
ポンポンとガキの頭をなでると、ガキが俺を見上げる。
ガキに森のほうを指差し、指先を俺の目元に戻す。また指先を森のほうに戻し、じっと森を見続けるジェスチャーをする。
そしてガキを指差し、森を指差す。
その後俺を指差し俺は両手を頭の脇にそえ、寝るジェスチャーをする。
ガキは意味がわかってくれたのか、嬉しそうに頷いている。
そして、ガキを指差し寝るジェスチャーをして、俺を指差し叩くジェスチャーをする。
何が楽しいのかガキはキャッキャと興奮しながら頷いている。
通じたのだろうか?
4時間とは言わない、2・3時間でいいのだ。
頼むぞガキ。
俺は眠気が限界に来ていたこともあり、横になると落ちるように意識が無くなった。
◆
朝だな
寒さに震え目が覚めた。
ガキは寒いのだろうか、俺に抱きついて眠っている。
焚き火は当然消えてしまっており、かなり冷える。
周囲を見回す、黒いものの気配は感じられなかった。
まだ早朝と言っていい時間なのだろう、うすい霧が池を包むようにでている。
弱い朝日が木々の間より漏れ出す池の様子は、まさに朝の森といった感じで綺麗な景色なんだろうと思う。
俺は燃え尽きた焚き火の跡に枯れ木を新しく組み、ガキの頭をはたいた。
ガキは「うぁ…?」とうめきながら俺を見上げた。
俺が枯れ木を指差すとガキは理解していないのか、俺に引っ付きまた眠ろうとする。
今度はガキの耳元で「わっ!!」と叫んだ。
力加減が難しいので強くひっぱたくことが出来ないためだ。
ガキはものすごく顔をしかめ俺を見上げてくる。
俺は姪っ子ですでに体験済みだ。これは泣く前のシグナルで間違いない。
俺は即座に枯れ木を指差す。
ガキがしぶしぶといった感じで指から火を出し枯れ木に火をつけた。
泣かれると鬱陶しいので頭をやさしく撫でてやる。
駄目か?と思ったが、ガキは俺に引っ付いてすぐに寝た。
姪っ子よりは扱いやすい。
虎の子のタバコを取り出し、焚き火で火をつける。残りは一本しかない。
味わうように深く煙を吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出し酩酊感を堪能する。
学生時代、長期海外旅行をした際知り合った欧米系のバックパッカー達は、トレッキングに行き大自然の中で吸うハシシは最高だと言っていたが、俺はタバコのほうが合っていた。
惜しむようにフィルター限界までちみちみ吸った。
タバコを吸い終わるとやることも無くなり、ガキを引き剥がし、立ち上がって体をほぐした。
昨日一日ゆっくりと過ごし、睡眠も十分にとったためか調子はまずまずだ。
十分に柔軟の真似事を行ってから、服を脱ぎ池に入った。
ちなみにパンツが濡れるのが嫌なので全裸だ。
池の水は冷たく本当につらい。
石をもって所定の狩場に来たが、水温が低いためか魚が居ない。
しばらく待ってみたがやはり魚は活動していないらしい。
いつまでも石を振りかざし、真っ裸でいてもアホらしいので焚き火の所へ戻ることにした。
俺は起きているときは常に森へ注意をはらうようにしているが、焚き火の所へ戻る際、森の入り口付近で影が走ったことに気が付いた。
急ぎ小石の山へ行き、左手に4個石ころを持った。真っ裸のためポケットに石を入れられないのが悔しい。
動かず注意していると、また何か動く気配がしたので4個の石ころを連続して投げつけた。
距離もあるので当るとは思わなかったが威嚇をこめての投石だ。
投げ終わるとすぐに石ころを補給し影が動いていただろうと思われる所へ慎重に近づく。
黒いものかと思ったが、注意して近づくと影の正体は鹿であることがわかった。
俺が投げた石ころに当ったのだろう、頭が現状をとどめていない。
多分鹿だと思う。
鹿もどきの死体を回収し、取れかけた頭をちぎり取りシャツで俺の頭より高い木の枝に縛りつけ血抜きをする。
俺は鹿もどきを縛り付けるとその場から離れ、周囲をうかがう。
そのままどれくらい経っただろうか?血も抜けきったのかすでに血が止まった死体を枝から外し、血だまりを土に埋めて焚き火のところへ戻った。
その間ずっと裸だったため体が冷えた。
服を着て焚き火で回復を図る。
鹿もどきの死体を見ながら、魚は手さばきでワタを処理できたが、さすがに鹿はどうしたものかと考えた。
ナイフでもあれば皮を剥ぎ、解体することも可能だったかもしれない。
しかしナイフは無い。
石で何とかしようと思い、硬そうな石を探すがどれも似たような物しかなかった。
昨日試しで持ち上げた岩の所へ行き、手のひらより大きいジャガイモみたいな形の石を岩に叩きつける
力加減を間違えたのか石は粉々になってしまった。
大きな音が出てしまうが、ガキが起きてもかまわないだろう、朝だし。
何回か石を岩に叩きつけると、15cmくらいの長さの手ごろな破片が出来た。
その破片と綺麗に真二つに割れた大き目の石を持って池まで行く。
水を掛けながら15cmくらいの破片を真二つに割れた石で研ぐ。
力が強くなっているので力加減を慎重に研ぐ。
ある程度研ぎ終わり、鹿のところまで戻って内蔵の処理に掛かる。
昔中華料理屋でバイトを長いことしていたので、鶏の解体は毎日のようにやっていた。
鹿もおんなじようなものだろう、たぶん。
鹿の腹を割き、内臓を次々に取り出し岩の上に置いていく。
内臓を取り出し終わったら、皮をはがし始めたがこれが上手くいかない。
強くなった力を利用し多少強引にはがしていたら、肉までくっついて取れてしまいかなり手間取った。
皮をはがすことに熱中しているとガキの泣き声が聞こえてきた。
作業を中断し、ガキのところに戻ると小便をもらしたらしい。
ガキを抱えて池まで行き、小便で濡れたガキのぼろ布を引っぺがそうとした。
ガキは抵抗しようとしたが、所詮ガキの抵抗のため難なくぼろ布をひっぺがすと。ぼろ布の下はパンツのようなものしか着ていなかった。
そのままパンツも剥ぎ取る。パンツはずっと交換していなかったんだろう。めちゃめちゃ汚い。
うんざりしたが、ガキの尻だけでも洗ってしまおうとガキを見ると耳を押さえて泣いている。
泣いていようとかまわない。子供は泣くもんだ。
ガキを抱えて沼のふちでガキの尻を洗う。
水は冷たくガキがばたばた暴れた。
本当は全身洗ってしまいたいが、風邪をひかれても困る。さっさと尻を洗い、そのままガキを担いで焚き火のところまで戻る。
ビービー泣くガキの尻をハンカチで拭き、俺のシャツを着せようとした。
今までぼろ布を頭から被っていたから分からなかったが、ガキの耳の先がとがっていることに気が付いた。
だから耳を隠すようにしていたのか。スタートレックの副長?みたいだ。
シャツを着せてもまだ泣き続けるので困ってしまった。
この世の終わりみたいな悲しそうな顔で嗚咽を漏らすガキ。
「ちっ」と舌打ちし、ポケットからラスト1本のタバコを取り出す。
ガキの肩を叩きこちらに振り向かせる。舌打ちに怯えたのかビクビクしているガキ。
タバコに火をつけて煙を口の中にとどめる。白目をむいて口から舌で煙をおしだし鼻から煙を吸う。俗に言う「鯉の滝登り」をやった。
ガキは俺を凝視している。
続けて煙のわっかを作り、残りの煙をわっかの中心へ吹く。ロードオブザリングの白い髭の爺さんみたいに煙の船は無理なので、妥協した簡易版だ。
さっきまで号泣していたのが嘘みたいに、「すごい!すごい!」といった感じでガキは煙に夢中になった。
所詮ガキはガキだな。
姉貴と姪っ子が東京見物で一週間俺のアパートに滞在した際も、姪っ子を泣かせてしまったことがあり、苦し紛れにつまらない宴会芸を披露したところ機嫌をなおしてもらった経験が生きた。
ちなみに、その時は姪っ子の機嫌が直ったのはいいが「子供の前でタバコを吸うなっ!」と俺は姉貴に殴られた。姉という生き物はなんでこんなに理不尽なんだろう。
ガキにタバコ芸の受けが良かった。俺も悪い気はしないので、煙のわっかをどんどん作ってやり、ガキは必死に煙のわっかを壊そうとはしゃいだ。
あごの間接が痛くなり、口の中も気持ち悪くなったところで、タバコが燃え尽きる寸前だということに気が付く。
最後の一口を深く吸い込み、吸殻入れでねじり消す。
名残惜しいが煙をゆっくり吐き出す。
ラスト1本吸い終わってしまった。
調子にのってこのざまだ。
機嫌が完全に直ったガキが興奮しながら俺をバシバシ叩いてくる。
落ち着けガキ。