みんなの場合 57
「どうしてユエナさんは、借金のため屋敷を出なければならない大変な状態なのに、合ったばかりの私達へこんなにも親切にしてくれるのですか?」
ユエナより積極的に彼女の持っている技術である魔法を教えてくれるという話の流れに、いささか引っかかりを覚えた田崎は素直に質問をしてみた。
「私の借金は確かに多額ですが、屋敷を手放せば解決する問題ですし、大きな問題ではありません」
田崎に質問されたユエナは、それにと言って
「私達魔導士は知識を求めることに執着するものや、集めた知識や技術を他者に伝えることに喜びを見出すタイプの人間が多く、私もその例外ではありません。ただ、私の使うルーン魔法はこの国で一般的に使用されているものとは少し異なり、安易に伝授することが難しいものとなります。そのため今まで弟子をとるような機会に恵まれませんでしたが、あなた方なら問題ないでしょう。私も念願の弟子を持つことが出来ると言うわけです」
「弟子、ですか」
弟子、それがユエナにとってのメリットとなりえるのか、田崎には判断が付かない。
「あと、先程マーナの保有量が多い皆さんがよからぬ者に狙われるかも知れないと言いましたが、皆さんを狙うとしたらこの国の魔導士組合である『王立魔導ギルド』である可能性が最も高くなります。私とシュウゲ様はこの『王立魔導ギルド』と今のバロール国中枢の役人である中央官史との折り合いが悪くなっており、皆さんが『王立魔導ギルド』へさらわるなどと言う事態が発生した場合、私達にとっても好ましくない状況となってしまいます」
「好ましくない状況とは、一体なんですか?」
あまり穏やかではないユエナの話の内容に、中桐が確認する。
「私とシュウゲ様は、以前このバロール国の保有する軍隊『王軍』に所属していた時期がありました。ただ、どうしても各派閥の勢力争いや、利権争いに馴染めず『王軍』を離れることとなったのですが、国の中央官史は私とシュウゲ様が軍を抜ける事を好ましいこととは思わなかったようで、今でも軍に戻るよう要請が来ています。しかし、私のマーナ保有量と特殊なルーン魔法の存在が中央官史に強引な手段に出ることを防ぐ要因となっていて要請を拒み続けることが出来てきました。今ある私の借金など、数々の嫌がらせは受け続けていますけどね。でも、皆さんが『王立魔導ギルド』にさらわれてしまいその力が増すと、増長したギルドがどんな手段に出るか読めなくなってしまいます。そしてそれは私とシュウゲ様の望むところではありません」
弟子うんぬんよりこっちが本音かと、やけに親切なユエナの様子が腑に落ちた中桐は、現在自分たちが置かれた状況が明確になるにつれ、落ち着きを取り戻しつつユエナへと質問した。
「ユエナさんとシュウゲ殿は、国の中央官史より軍に戻るよう圧力を受けているのですよね?何で『王立魔導ギルド』がユエナさんとシュウゲ殿に手を出すのですか?」
「ああ、説明不足でしたね。中央官史はほぼ『王立魔導ギルド』の出身者で固められており、中央官史は『王立魔導ギルド』の意を受けて政治を行っていると言う状態です。戦時には『王立魔導ギルド』所属の魔導士は王軍に加えられますが、その指令系統は中央官史により統括され、事実上ギルド自身の意思で行動することが出来ます。『王立魔導ギルド』はこの国の政治をほぼ独占し、軍事面でも大きな力を保有している最大組織と言えます」
「…その、この国で大きな力を保有している組織と、ユエナさんとシュウゲ殿は敵対しているのですか?」
戸惑いを覚えているような中桐に対し、
「敵対と言うか、取り込もうと狙われていると言うのが正しいですね」
と中桐達の緊張をほぐすように、少し笑いながらユエナは訂正した。
「そして何より、ナカギリさん達をこの世界へと召喚した可能性がもっとも高いのが『王立魔導ギルド』に所属している魔導士となります。異世界召喚のルーン魔法研究が最も盛んですからね、あそこは」
「だとすると、何故『王立魔導ギルド』にとって有益な私達は、召喚された後放置されていたのでしょうか?」
「あくまで可能性の問題で、『王立魔導ギルド』以外の魔導士の仕業かもしれませんし、確たる状況は何も分かりません。ただ、色々な可能性を考えてみて、一刻も早くシズカさん達が魔法を覚える必要があると、私は思います」
ユエナは質問してきた田崎へ説明すると、ゆっくりと田崎達を見回して他に質問はあるかとたずねた。
たずねられた田崎達は、分からないことはまだまだあったが、質問できるほど疑問点がまとまっておらず、首を振ることでもう質問は無いと意思表示する。
ユエナは田崎達の様子を見てから、
「ではシュウゲ様。これから皆さんに魔法の手ほどきをしたいと思いますので、シュウゲ様はお暇でしょうから道場へ戻られてはいかがですか?」
とたずねた。ユエナはあくまでシュウゲが手持ち無沙汰にならないよう気遣ってのことで、シュウゲをひたと見つめたユエナの、濡れたような目と赤みが差した頬に、シュウゲはいささか狼狽しながら「では私は道場へ戻っている」と告げると、足早にその場を去って行った。
ユエナはそんなシュウゲの後姿を、自分で言い出しておきながら名残惜しそうに眺める。
そんな頭の悪い三文芝居を見せられた田崎は、この人は悪い人ではないのだろうと感じた。田崎以外の人間はユエナの様子に気が付いていない様子だったが。
「では、魔法の手ほどきの前に、先程私は皆さんのことを弟子と言いましたが、そのことは気になさらず、私の事はユエナと呼んでくださいね」
幸せそうにそう言って微笑むユエナは、満ち足りた様子で、酷く若々しく田崎の目に映った。
◆
居間にてそのまま魔法講義となり、ユエナの指導のもと基礎的なルーン魔法の説明を受けた一同は、ユエナの指示通り『ルーン文字』へマーナを投入する練習をしていた。
ユエナの説明したルーン魔法の基礎は非常に単純で、ルーン魔法は力を持つ文字『ルーン文字』へ己のマーナを投入すれば、その『ルーン文字』にそった効果が発現するといったものだった。
ただ、ユエナはルーン魔法を使う上での必須習得事項として、皆が『マーナ保有量』は十分条件を満たしているが、他にも『マーナをルーン文字へ投入する際の浸透率』と『具体的な魔法発現後のイメージ』を説明した。
『マーナをルーン文字へ投入する際の浸透率』とは、『ルーン文字』へ己の保有するマーナを投入しても、投入されたマーナの文字への浸透率が低ければ、発現される魔法は浸透率が低い分下がってしまい、効率が非常に悪くなってしまうという内容だった。
しかしユエナは説明の中で、この『マーナをルーン文字へ投入する際の浸透率』と『マーナ保有量』は、魔法を使い続けることで上げることが出来ると話していた。
『具体的な魔法発現後のイメージ』は、その発現された魔法を具体的にイメージできればできるほど、魔法の効力が上がると言うものであった。
簡単なルーン魔法の説明が済むと、ユエナは各自に『ルーン文字』が記された手のひら大の紙を配り、その文字へ光るようにイメージしてマーナを投入するよう指示を出した。
『ルーン文字』が書かれた紙を受け取った各自は、それぞれ言われるままにマーナを文字へ投入し始める。
はじめはユエナの言う「マーナを投入する」と言うのがどうやったら良いのか分からず、各自悪戦苦闘していたが、ユエナが皆に何度もマーナ投入のお手本を見せると、不思議と自分たちが保有しているマーナを知覚することが出来、集中するとマーナを操ることが出来るのを発見し、後はひたすら己のマーナを紙に書かれた『ルーン文字』へと移動するだけだった。
しかし、それが難しい。
集中しマーナを操ると簡単に言っても、マーナは思い通りになかなか操れない。
中桐と藤代は鬼気迫る表情となり必死にマーナを操ろうと懸命な様子で、その脇では君島と近藤が切羽詰った様子でマーナを操ろうとしている。
対照的に小田切は落ち着いた様子で、マーナを操りながら少し首をかしげたりしており、田崎は小田切と同じように落ち着いた様子に見えたが、よく見るとやや俯きぎみで見えにくい田崎の目は、瞳孔が開いているのではと言うくらい見開かれていた。
「この『マーナの操作』がルーン魔法を使う上で最初の難関ですね。早い人は二、三日で習得できますが、コツをつかめないとなかなか習得できない人もいます。ただ『マーナの操作』自体はゆっくりであれば誰でも出来るようになる技術ですから、皆さん頑張ってくださいね」
楽しそうにマーナ投入にいそしむ皆をみつめて、ユエナは随分と機嫌が良い。
「あ、光りましたね」
「あら、ほんと、オダギリさんすごい早いですねコツ覚えるの」
光った紙を珍しそうに小田切が見ている姿を、驚愕の様子で中桐と藤代が見つめる。
君島と近藤は少し小田切の光る紙を見てから、すぐにマーナを操る作業に戻った。先程よりも、より焦っている様子で。
「ふぅ~、私のもようやく光りました~、コツつかむの大変ですね、これ」
目頭を押さえた田崎が声を上げると、確かに田崎の手元にある紙は光っていた。
こうしてはおれぬと、中桐と藤代は顔を真っ赤にして再びマーナを操る作業へと戻る。君島と近藤は田崎のほうを見ようともせず、マーナを操り続ける。ただ焦りすぎているようで、君島と近藤の操るマーナがおかしい動きをしていることに、ユエナは気が付いた。
「キミシマさんとコンドウさんは、もっと力を抜いて落ち着いたほうが良いですよ。ナカギリさんとフジシロさんも、もっと力を抜いて」
ユエナはプレッシャーを与えないように、優しく助言するが、助言を与えられた側は相変わらず力一杯マーナを操ろうとしている。その様子を軽くため息を付きながらユエナが眺める。
「ユエナさん、次は何をすればよろしいでしょうか?」
小田切の質問にユエナは、しばらくマーナを操って体内で自在に移動できるように練習を続けるよう指示をだす。ユエナの指示を受けた小田切と田崎は、指示通りマーナを操る練習を始めた。
「…全然、操れん…むしろ操れる気が、まったくしない…」
「いや、まだまだ、あの小田切でさえ出来たんすから、多分少しコツがつかめてないだけっすよ」
「…だな。ここは確実に習得しねぇと、マジでやばいからな」
「っすね」
脂ぎった表情となり、表情が怪しく歪みながらもマーナを操る作業を続ける君島と近藤。しかし彼らの意思と反して、一向にマーナは操れる気配を見せず、もちろん紙も一向に光らない。
「あっ!!光った!こうか、こうやるのか!」
「ナカギリさんも、随分はやく習得されましたね」
「いやぁ、初めての経験で少し戸惑ってしまいましたよ」
光った紙を大事そうに持っている中桐と、彼を褒めるユエナ。中桐はユエナへ「コツさえつかめれば簡単なもんですね」とか話しかけ続ける。
「中桐、死ね」
「落ち着いて、君島さん」
穏やかでは無い表情を浮かべた君島が拳を握っているのを、近藤が抑える。幸い他のものへは聞こえなかったようで、中桐はどうやって自分がマーナを操ることが出来たのか、ユエナへ語り続けている。
その様子がまた、君島のかんに触ったが、深く息をつき自分を抑えて、マーナの操作練習へ戻る。
ユエナはにこにこと中桐の相手を続けながら、他の者の練習の様子を確認していくと、小田切のマーナの様子に目が止まった。
「オダギリさん…ものすごく自然に、マーナをコントロール出来ていますね…」
「はいユエナさん。マーナのコントロールは大分慣れてきました」
「慣れと言うレベルではない気がしますが…オダギリさんはマーナのコントロールが非常に優秀だということみたいですね」
小田切とユエナの話を聞いた中桐は、すぐにマーナを操作する練習を始める。君島と近藤は更に焦りを募らせた様子で、煙でも噴出しそうな勢いだ。
なお、藤代はいつまでたってもコツをつかめずに、燃え尽きそうになっている。
朝説明を終えてから魔法の練習を始め、すでに時刻が昼時であることに気が付いたユエナは慌てて厨房へと向かった。
ユエナのそんな様子にも気が付かないほど、各自真剣にマーナの操作を続ける。
昼時を迎え、空腹であるはずなのにそれにさえ気が付かない。
それぞれ、魔法を覚える目的は違えど、一刻も早く魔法を習得したいと言う気持ちは同じであったから。