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異界より  作者: yoshiaki
56/81

みんなの場合 54



その後、シュウゲが田崎の顔色が悪いのを見て「続きは後ほど、他の方も一緒に説明をしてはどうだろう?」と言ったのを切欠に、ユエナにも休むように勧められて、田崎は少し休むことにした。

部屋に行く前に、田崎はユエナへ「召喚魔法について教えていただきありがとうございました」と言って「もとの世界に帰る方法について、皆聞きたがると思うので後で知っていることがあったら教えてもらえますか?」と聞いた。

ユエナは「その話は、皆さんそろった後のほうがいいわね。シズカさんはまずしっかりと休みなさい」と言った。


ユエナは他人事のような田崎のものの言い方に違和感を覚えたが、すぐに得心した様子で彼女の後姿を見た。


(自分達が元の世界へ戻ることよりも、彼が心配だったのね)


先程ユエナは、田崎達がこの世界へと呼ばれた原因の召喚魔法についてばかり語り、田崎の質問も、もとの世界へ帰ることについてでは無く、召喚魔法の詳細についてのみに終始した。どうやら彼女にとっては元の世界へ帰ることより、彼のほうが重要なんだとユエナは理解した。


「しかし、大変なことになってしまった」


田崎が泣き出してからは、おろおろするばかりで物の役に立たなかったシュウゲが口を開いた。


「ただでさえユエナ殿がこの屋敷を出て行かねばならないと言う時期に」


むすっとした表情のシュウゲは、田崎達をユエナの屋敷へ連れてきたのはやむを得なかったと考えたが、彼らの状況を理解すると、このまま面倒を見ることになりかねない成り行きに不安を覚えていた。


「私は逆だと思います」

「逆?」


ユエナは笑いながら、


「彼らをシュウゲ様が助け、私の屋敷へと来た。これには何か意味があるように思えます」

「意味…ですか」

「それに屋敷はもともと師より貰い受けたものですし、屋敷を出る羽目になっても住む場所さえ見つかれば、私はかまいません」


何故かシュウゲは落ち着かない様子を見せ始め、ユエナはその様子を微笑みながら眺める。


「…前々から申し上げようと考えていたのだが、ユエナ殿さえよければ、私の家に住めば良い…」

「シュウゲ様?私がシュウゲ様の家に住むのですか?ですが、シュウゲ様の家は道場の脇の一間の御家ですから、そうすると私とシュウゲ様が同じ部屋で暮らすこととなりますよ?」


顔を真っ赤にして、呼吸も不規則となるシュウゲ。


「…こんな時にどうかとも思ったのだが、そろそろ一緒に住んでも良いかと思ってる…」


片刃刀の柄頭を意味も無くゴリゴリと床にこすりながら、ユエナよりの返事が無いことに激しい不安と後悔の念に襲われるシュウゲ。

顔を伏せて柄頭をゴリゴリとする。


「もう十年以上、随分と待ちました。そのお言葉をお待ちし、すでに私は大年増となってしまいましたが、こんな私でよろしかったら」

「…いや、それは…すまない、ユエナ殿」


顔を上げないシュウゲを、満面の笑顔でユエナが見つめ、


「それにしても、シュウゲ殿のお師匠様に『この男は剣術狂いの木石のような人間だから、一緒になるのなら10年は待たねばならぬ』と忠告を頂きましたが、その通りとなりましたね」


と言った。

シュウゲはユエナがずっと自分を待っていてくれたと感激するとともに、10年も待たせたことに負い目を感じてしまい、なおさら顔を上げられなくなってしまった。


そんなシュウゲをユエナはいとおしげに見つめ、静かに湧き上がる、長年夢見た言葉を聞けた喜びが全身を駆け巡っていくのを感じる。


ようやく、この不器用な人が言ってくれた。


顔を伏せたままのシュウゲは、静かに涙を流すユエナに気が付かない。

止め処もなく湧き上がる喜びに、奥歯を噛み締めて表情が緩まないように耐えるので精一杯だった。




結局その日は皆が皆疲れきっており、各自夜にスープとパンの簡単な食事を済ませると、また部屋へ帰って休むこととなった。ユエナ自身も昨夜は徹夜をしており、午前中軽く仮眠を取ったのみで疲れていた。

夜更けに酷く殴られ、ぼろぼろとなった君島と近藤が戻ってくるという騒ぎがあったが、何でもないと言い張る二人に引っかかるものを感じながらも、ユエナが魔法を使い二人の傷を治すと、疲れも手伝い各自部屋へと戻っていった。

ちなみに、シュウゲは自分の家へと帰っており、二人が帰ってきた時には居なかった。


翌朝、まだ目を覚まさない阿形を除く全員が朝食を済ませ、居間へと集まった。

君島と近藤がどんよりと暗い表情となっており、小田切が心配そうに二人へ何か問いかけていたが、二人は一言二言返すのみで、それがより一層小田切を心配させている様子だった。

シュウゲはそんな二人の様子を見て、仕事が駄目だったのだなと悟った。そして、今は二人に声をかけないほうが良いだろうと判断し、中桐と藤代のほうを向いた。

一晩ゆっくり休めたのだろうか、昨日に比べ顔色は大分良い。ただ、その表情は何の感情も示しておらず、のっぺりとしていたが。


「昨夜、皆さんお休みの時に、ユエナさんより私達がこの世界へ来た原因について伺いました。まずそのことについて私より説明します」


そう田崎が言うと、昨日ユエナが田崎へと説明した精霊魔法とルーン魔法について、そして召喚魔法について説明し「専門家である魔導士のユエナさんの考えでは…」と言って、我々はルーン魔法を使う魔導士によってこの世界に連れてこられた可能性が高いと説明した。

また田崎は説明の中で、田所が一緒に召喚され一人だけ異なる場所にいる可能性があるとも言った。


「もし、ユエナさんの予想通りだとしたなら、何で我々は召喚されたんだ?しかも召喚しておいて放っておくなんて、そのマーナとやらの無駄になるんじゃないか?」


中桐が抑揚のない口調で誰に言うとでもなくつぶやくように言った。

田崎は今の皆の精神状態を考慮して、召喚の対象が田所であり、他のものはおまけだったというユエナの予測をあえて説明していなかった。


「ユエナさんのお話ですと、我々はそのマーナの保有量がとても多いということでした。もしかしたらそれと関係あるかも知れないです」

「「マーナの保有量!?」」


どんよりとしていた君島と近藤が急に声を上げたので、少しビックリする周囲。


「たしか、この世界の魔導士の方より多いとかそんな話だったと思いますけど、ユエナさんもう一度マーナの保有量について説明いただいてもよろしいですか?」


田崎の言葉を受け、つるつると肌が潤い赤みの差した満面の笑顔でユエナが「ええ、もちろんかまいません」と答えた。

なぜユエナが上機嫌なのか皆分からなかったが、それどころでは無い問題が山積みなので、あえて触れないようにしていた。

シュウゲはユエナの方を見ないよう、避けるようにしている。


「この世界にある精霊魔法とルーン魔法、両方ともマーナを必要とするとシズカさんより説明して頂きましたが、魔法を実際に使用する際、世界に満ちるマーナをそのまま使用することは出来ないため、一度体内へマーナを取り込む必用があります。そして体内に取り込まれたマーナは、人により体内に留め置ける保有量が異なります。人によってはほとんどマーナの保有量が無い方もいますし、多い方もいます。当然魔法を使う場合、必要となるマーナの保有量が大いに越したことは無いので、魔導士になる条件の一つとしてマーナの保有量が多いというのは必須条件となります。そして、皆さんの保有量ですが、マーナ保有量の多い魔導士の中でも私の保有量はトップクラスとなりますが、何の訓練も行っていない皆さんは既に私と同等か、それ以上の保有量を持ってられます。ちなみにシズカさんとナカギリさんの保有量は特に高く、ここまでのマーナ保有量をお持ちの方は歴代の魔導士の中でもほとんどいなかったのではと思います」

「俺も、マーナの保有量が多いんですか!?」

「俺は!俺はどのくらい多いんすか」


必死の表情でユエナに詰め寄る二人に、無言で立ちふさがり盾となるシュウゲ。

シュウゲの無言の圧力に負け、おずおずと自分の椅子へと戻る君島と近藤。


「キミシマさんとコンドウさんのマーナ保有量は、私と同じくらいありますね。皆さんの中では比較的少ないほうですが」


ユエナの言葉を聞き、見るからにがっかりとする二人。


「その、マーナ保有量でしたっけ?多いと、その魔法がいっぱい使えると言うことですか?」


先程突然自分の名前が出たことで、少し表情に変化の出た中桐がおずおずとユエナへ聞く。


「他にも魔法を使うための条件がありますが、それさえクリアしてれば、ナカギリさんは私など比べ物にならない程の魔法を使用することも可能だと思います」


あの不思議な力が自分にも、それも歴代の魔導士達よりも多く持っている。


「えっと、それはつまり…」


中桐の理解が追いついていないようなので、ユエナが言葉を付け足す。


「この国では、魔導士が貴重な存在となっていますから、その中でも強力な魔法を使うことが出来る可能性のあるナカギリさんは、類稀たぐいまれなる力を持っていると言えます。ただ、その力のためによからぬ者共より狙われる危険がありますが」


ユエナの言葉に話を聞いていた一同が、短く息を飲み込む。


「ただ、これから私が自衛の為に皆さんへルーン魔法を教えますので、魔法が使えるようになればたとえ狙われようとさほど問題無いでしょう。それに、私とシュウゲ様もいますので」


シュウゲの名前を言う時、ユエナの釣り上がった目が優しく緩む。大きな変化ではないため皆気が付かないが、田崎だけは何となくユエナのシュウゲに対する気持ちが特別なことに気が付いた。


「魔法が使えるようになれば、元の世界へ帰ることができるでしょうか?」


それまで黙っていた藤代が口を開き、皆の視線がユエナへと集まる。


「皆さんがこの世界へ移動した原因が、ルーン魔法の召喚魔法である場合、召喚者を見つけねば帰ることは出来ません。その為召喚者を探す必要がありますが、今この国は戦争中で治安が悪くなっています。自衛と召喚者探索のためにも魔法を覚えるのは必要だと私は考えています」

「召喚した魔導士を見つければ、帰れるのですか?」


おどおどした口調で、藤代が確認する。


「これから皆さんがルーン魔法をどの程度習得できるかにもよりますが、召喚者さえ見つけ、皆さんの世界の場所が確認できれば、その時は間違い無く帰れるでしょう」


訳のわからない出来事の連続だったが、ユエナの言った『間違いなく帰れる』という言葉は、藤代にとってもっとも聞きたかった一言だった。

日本へ帰れる。こみ上げてくる喜びに周りを見回すと、中桐も喜びを抑えきれないといった感じで表情が歪んでいる。ただ、君島近藤の二人は何だか落ち込んでおり、小田切と田崎はさっぱりとした表情で、まるで『よかったですね』とでも言いたげな雰囲気だ。


意味が分からない。

しかし、別にどうでもいい。

こいつらがどう考えていようと、その魔法を習得し、絶対に日本へ帰る。


「では、一刻も早く魔法をご教授頂きたいのですが、よろしいでしょうかユエナさん?」


藤代の隣で、同じようにやる気に満ちた中桐が、藤代の言いたかったことを代わりに言ってくれた。

何でもいい。何でもやる。日本に帰れるのなら、何でも。

そんな中桐と藤代へ「ちょっと待ってください」とユエナが口を開き、「魔法を教える前に言っておかねばならないことがあります」と言った。


「実は私は多大な借金があり、あと一ヶ月弱でこの屋敷を出て行かねばなりません。その為皆さんには一ヶ月弱で独力でも生きていけるだけの力を学んでいただきます。よろしいですね?」




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