みんなの場合 53
「だいたいの状況は理解いたしました。それにしても異世界よりこの世界へと来られて、いきなり竜種と戦争中と聞かされたシズカさん達はさぞ驚かれたでしょうね」
緩んだ口元を手で隠すようにしてユエナが言った。隣でシュウゲが少し顔を俯けて、むむむと唸っている。
「いきなりでしたからね、この世界に竜がいるっていうのも知らなかったですし」
昨夜、シュウゲが竜種とこのバロールと言う国が戦争状況にあると言った時、はじめは竜種と言う国があって、そこの国とバロールが戦争をしていると皆勘違いした。
その為、説明をするシュウゲと質問をする田崎達で話が食い違い、改めて確認をしてみると竜種とは国の名前では無く、竜のことであると分かり、これはとんでもない所に来てしまったのではないのかと、皆唖然とした。
「それにしても、ユエナさんは私達が異なる世界の人間だと聞かされて驚かれないのですね」
不思議に思った田崎がユエナへたずねると「私は、少し特殊ですからね」とつぶやいた。
「特殊、ですか?」
「私はある魔導士に育てられたのですけど、その人がかなり特殊な人だったのでね。ですから、異世界と言う概念も理解していますし、異世界より人や物を召喚する魔法が存在することも知っています」
田崎はユエナの発言に息を呑み、問い詰めたくなる衝動を抑えながら「詳しく聞かせていただけませんか」と言った。
ユエナは軽く頷くとゆっくりと話し始めた。
「わかりました。異世界より人や物を召喚する魔法ですが、私は師より異世界の存在と召喚魔法について説明を受けたことがあります。ただ私には召喚魔法の適性が無く習得するには至りませんでしたが。そして、召喚魔法は一般にはあまり広まっておりませんが、一部の魔導士は今も研究を続けていると聞いたことがあります。異世界より強力なモンスターを召喚して使役するとか、異世界を研究するためにその世界の人間を呼び出すとか」
短く息をのみ「…研究のため」と田崎がつぶやく。
「ただ、召喚の魔法で人を召喚したという話は聞いたことがありません。動物などは呼び出せているようですが、人など高位の存在を呼び出すとなると、必要となるマーナも膨大なものとなるためです。シズカさん達の場合は一度に複数の人間を呼び出したのですから、ただ呼び出すのとは比べ物にならないくらいのマーナが必要となるはずで、その必要量は普通の魔導士がマーナを溜めて呼び出そうと思っても、一生を捧げても足りない位の量となるはずです」
「すいませんユエナさん、マーナとは一体何のことでしょうか?」
田崎が質問すると「あ、」と短くつぶやきユエナが頬を染めた。
「あらやだ、私としたことがマーナの説明を飛ばしておりました。シズカさん達の世界ではどうか分かりませんが、この世界ではマーナと呼ばれるものが世界を満たしており、精霊と呼ばれるものがそのマーナを糧にして風を起こし、火を燃やし、世界の理として働いております。そして我々魔導士が魔法を使う際にも、このマーナを利用します。この世界の魔法は大きく分けて2種類あり、世界の理たる精霊を使役する精霊魔法と我々魔導士が使うルーン魔法になります。精霊魔法は妖精族と呼ばれる者達が使う魔法で、マーナの消費がルーン魔法に比べて少ない代わりに、生まれ持った才能に依るところが大部分を占める魔法で、我々人間族は習得することが困難なものとなります。ただ効率が良い代わりにルーン魔法に比べると汎用性に乏しいという特徴もあります。これは私の理解できている範囲での精霊魔法の話となりますが、今回シズカさん達が魔法によって呼ばれたとするならば精霊魔法では無くルーン魔法となるでしょう」
恥ずかしそうに早口で説明をしたユエナだが、何とかここまでの説明を理解した田崎が質問を待つようにしているユエナへ「続きをお願いします」と言った。
「ルーン魔法だと私が考える理由三つあります。ルーン魔法の汎用性の高さと、実際に召喚魔法を研究しているのがルーン魔法を使う魔導士だという事実。そして、精霊魔法は精霊にマーナを提供して使役するものですが、世界の理たる精霊を使役する精霊魔法では、世界にとって異物と言ってもいい他世界の人間を呼ぶことは、いくら多量のマーナを精霊に提供しても、精霊が積極的に協力するはずも無く、現実的では無いと言えるからです」
真剣に話を聞く田崎と、何故かそわそわしているシュウゲを見てからユエナが説明を続ける。
「少し無駄な説明が多くなってしまいましたね。『先程魔法によって呼ばれたとするなら』と私は言いましたが、シュウゲ様より伺ったシズカさん達の『地震があった後気を失った』という状況がルーン魔法の召喚魔法に見られる現象に酷似しています。その為、シズカさん達がこの世界へ転移させられてきた原因は、十中八九ルーン魔法によるものだと思います」
そこまで黙って聞いていた田崎が口を開いた。
「質問があります。ルーン魔法の召喚魔法は、どのようにして異なる世界のものを標的として定めるのでしょうか?むやみに召喚魔法を使っても生き物を呼ぶことは出来ないと思うのですが」
質問を受けたユエナは少し微笑みながら
「召喚魔法はまず召喚したい対象を魔法探査魔法によって探します。この異世界の探査ともいえる魔法はかなり多量のマーナを必要としますが、この探査を行ってから対象を定めて、異世界転移の魔法、すなわち召喚魔法を使います」
と答えた。
「とすると対象は空間や場所ではなく、やはり呼びたい物や人となる訳ですね?」
「その通りです」
「だとすると、今回私たちが魔法をかけられた際、同じ場所にもう一人居たのですが、その者もこちらに転移させられた可能性はありますか?我々が転移した後近くには居なかったのですが」
少し考えるように眉間へしわを寄せたユエナは、
「転移後一緒に居なかったのですか… それはあまり考えられないことですね。ただ、今回シズカさん達が召喚を受け転移した先が、何も無いバロール付近だったと言うのも理解しかねる状況ですから、もしかしたらその方だけ何かの要因により、違う場所に転移させられたのかも知れません」
「…私たちが何も無いところに呼ばれたのは、おかしいことなのですか?」
「召喚魔法は先程言ったように代償が大きい魔法となります。その代償を支払いながら、召喚した本人の居ない場所へ呼んで、あなた方を放置するとはあまり考えられないことですから」
たしかにそれはおかしいと田崎も納得する。
「そうですか、では先程ユエナさんは転移後に一緒に居ないことはあまり考えられないと言われましたが、それはどうしてですか?」
「それは召喚魔法が単一の対象物を転移させる魔法だからです。マーナの投入量が多く、今回その召喚範囲が大きくなり多人数を転移させたとしても、ある場所から対象物を異なる場所へと転移させるだけで、移動先が複数になるようなことは本来考えられません。私が知る召喚魔法とは術式が異なるのかも知れませんが」
「先程何らかの要因により違う場所へ転移させられたのかもとおっしゃったのは何故ですか?何かそうなるような心当たりでもあるのですか?」
いささか田崎の口調が詰問口調となっていたが、ユエナは気にするそぶりを見せずに微笑む。
「それは、これだけ無駄とも思える召喚を行う魔導士ですから、対象を召喚している最中に対象外の者も召喚していることに気が付いて、その対象外の者だけ術式を途中で解いたかなと思ったからです。そうだとしたら、シズカさん達が何も無いバロールの付近へ飛ばされたのも理解できますし」
そう言って優しく微笑みながら、
「それにしても、シズカさんにとってその人は、とても大事な方なんですね」
と言った。
とっさに田崎は何も言えなくなり、黙ってしまう。
「私自身、先程あまり考えられないと言いましたが、よくよく考えてみるとその方が召喚の対象だった可能性が高いように思えます。大丈夫ですよシズカさん。その場合転移先の場所が異なっていても、召喚先は同じこの世界ですから、必ずその方に会えます」
そう言ってユエナは優しく田崎の頭を撫でた。
急に頭を撫でられ、体が反応した田崎だが、ユエナの説明で田所が生きている可能性があることが分かり、体の緊張が解けてユエナに撫でられるままとなった。
田崎は自分でも気が付かなかったが、涙を流していた。
ユエナはそんな田崎を安心させるよう、優しく頭を撫で続ける。
◆
しばらく、田崎は呆然としたままだったが、涙を流していることに気が付くとハンカチで涙を処理して恥ずかしそうに俯いた。
そんな田崎をユエナは微笑みながら見守り、シュウゲはどうして良いかわからず明後日の方向を見て、固まっていた。
「それとシズカさん。一つ重要なお話があります」
ユエナの言葉を受けて田崎が顔を上げる。
「先程魔法を使う時にマーナが必用と説明しましたが、魔法を使うには世界に満ちるマーナをそのまま使えるわけでは無く、一度体へと取り込む必用があります。その保有量は個人差があり、ほとんどマーナを保有できない人もいますが、シズカさん達のマーナ保有量は非常に多くなっています」
田崎は特に反応を見せず、ユエナの顔を見つめる。
「私自身、魔導士としてもトップクラスの保有量を誇っていますが、シズカさん達は私と同等のクラスかそれ以上の保有量を持っており、特にシズカさんと、日焼けした短髪の方のマーナ保有量は私など及びもつかない、非常なものです」
マーナの保有量、それが何を意味するのか田崎には分からない。
「私達魔導士は、他者のマーナ保有量を知ることが出来ます。異常なほどのマーナ保有量を誇るあなた方の存在が魔導士ギルドにでも知られれば、最悪連れ去られ監禁されて何をされるか分かりません」
先程ユエナが召喚の説明の際言っていた『研究のため』という言葉が、田崎の頭をよぎる。
「その為、自衛手段として、後ほどシズカさん達へ私の知るルーン魔法を教えたいと考えています」
そう言ってユエナは微笑んだが、その笑みには優しさだけでは無い何かが田崎には感じられた。