みんなの場合 52
斡旋処へ君島と近藤を送って行ったシュウゲがユエナの家へと戻ると、居間では田崎を除き皆疲れ切った様子で眠っていた。
「この家には金は無いが部屋は余っている。シズカ殿もみなさんも部屋で休まれたらいかがか」
「シュウゲさんお帰りなさい。私は大丈夫です。他のものは疲れているようなのでお言葉に甘えさせていただきます」
「無理はなさらないほうがいい」
「徹夜が堪える程の年じゃないので大丈夫ですよ」
シュウゲが心配そうにしているが、田崎は笑いながら何でもないと中桐達を起こしてシュウゲの案内で部屋へ連れて行ってもらった。
中桐達は「すまないが少し寝かせてもらう」と言い、ベットに倒れこむように眠った。
シュウゲと田崎が二人で居間へと戻ってくると、疲れた表情のユエナが起きて来ていた。
「ユエナさん、阿形さんを助けて頂きありがとうございました」
深く頭を下げる田崎へ、
「頭を上げてください。私は当然のことをしたまでです」
安心させるようにユエナが微笑みながら言う。シュウゲはそんなユエナを見てから
「ユエナ殿はまだあなた方の状況を理解していない。昨晩私が聞かせて頂いた内容をユエナ殿に説明したいのだが、同席いただいて良いだろうか?」
と田崎へ聞いた。田崎が「もちろん問題ありません」と答えると、シュウゲがユエナを居間の椅子へと座るよう促す。シュウゲ自身も椅子へとすわり、田崎もシュウゲの隣の椅子に座った。
「彼らの外見が黒髪の黒目とバロールではあまり見られないことから、聡明なユエナ殿はもう気づかれているかも知れんが、この方たちはバロールの人間では無く、それどころかこの世界の人間では無いそうだ」
ユエナはシュウゲより田崎達がこの世界の人間では無いと聞かされても、少し眉を動かしたのみで、そのまま話の続きを促すようシュウゲを静かに見つめた。
このユエナの反応はシュウゲにとって予測されたものであったので、昨夜田崎達より聞かされた事を思い浮かべながら、ゆっくりとユエナへ説明を再開した。
◆
昨夜田崎達がシュウゲと話をした際、田崎達はまず簡単な自己紹介をし、自身の身に起こった出来事をシュウゲへ説明した。地震に遭い、気が付いたら見知らぬ草原におり、その後街道で黒っぽい生き物に襲われたこと。
シュウゲは田崎達の話を黙って聞き、話が終わった後、黒っぽい生き物はゴブリンと言う生き物で、人を襲う有名なモンスターとして広く知れ渡っており、むしろゴブリンを知らないと言うのが分からないと訝しげに田崎達を見た。
そこで、小田切がポケットから携帯電話を取り出してシュウゲへと渡しながら言った。
「シュウゲさんはこういったものをご覧になったことありますか?」
シュウゲは小田切から渡された携帯電話を興味深そうに眺めてから、ボタンを押した拍子に画面に数字が表記された様子に、非常に驚いていた。
シュウゲの携帯電話に驚く様子を見て、中桐と藤代は悲しそうな顔をして俯いた。
「やはり見たことはありませんか… これは私個人の考えなのですが、私たちは何らかの要因によって神隠しと呼ばれるような現象にあったのではないかと思うんですよ。私たちの世界は、魔法など存在しませんでした。もしかしたらあったのかもしれませんが、少なくとも一般的なものではありませんでした。そして、魔法の代わりに科学と呼ばれるものが発達しており、シュウゲさんにお渡ししたそれも科学によって作られたものになります」
小田切の説明に唸り声を上げながら携帯電話をいじくるシュウゲを、中桐と藤代は力なく椅子にもたれながら見ていた。
ユエナの魔法を受けてパニックになったのは治まったが、小田切がシュウゲへ状況の説明をしていても一切口を挟まない。ただ力なく、椅子に座っていた。
「そこで、逆にこの世界のことを教えていただきたいのです。もしかしたらすべて私の勘違いで、同じ世界だが私たちの知らない国だった、そんな可能性もありますので」
小田切の言葉に呆然としながら、
「魔法の無い世界… そもそも世界という考え方が、これまで私には無かった」
シュウゲは搾り出すようにつぶやく。
「私もこれまではそんな事を考えもしませんでした。今でも、出来れば間違いであって欲しいと思っています」
小田切は少し微笑みながらシュウゲへとそう言った。
シュウゲは中桐と藤代の酷くショックを受けた様子、田崎の何かを思いつめた様子、そして微笑んではいるがしっかりとシュウゲを見つめてくる小田切の様子を見て、この者達は嘘をついていないのだろうと思い至った。
「お尋ねになったこの世界だが、どう説明してよいか… 先程あなた方の世界には魔法が無いと伺ったが、この世界は魔法がある。それも常識として魔法と言うものが存在している。魔法が使える者は適性や学ぶ機会の問題があり限られているが、そう少なくない者達が魔法を使える。あなた方の世界ではどうなっているか分からないが、我々の世界では怪我や病気をした場合は、回復系統に秀でた魔法を使うもの、魔導士に見てもらう。ユエナ殿は優秀な方で、回復系統専門と言うわけではないが、回復系統の魔法も使うことができる。その他にもあらゆるところに魔法が活用されているのだが… たとえば… そうだ、今我々がいるこの国はバロールと言うのだが、ここはその王都となり王都の街灯は光の魔法が使われている。ええと…それから…」
どうやらシュウゲと言う男は、説明があまり得意ではないようで説明を続けるうちに何を説明したら良いのか分からなくなってしまっているようであった。
「そうですか、それではやはり、ここは我々の知る世界では無さそうですね」
「う、うむ、そうであったか」
小田切は穏やかな口調で聞いた。
「シュウゲさんはここの国がバロールとおっしゃって、確か『王都』とおっしゃいましたが、この国は王様がいらっしゃるので間違いないですか?」
「ん?無論、王はおる。どこの国でも王がいるものでは無いのか?」
「そうですね、私たちの世界でも王様が治める国が多くありましたが、それは昔の話で、今はほとんどの国が民より選ばれた者を指導者として定め、国を治めています。厳密に言うと私たちの国は、ちょっと違うのですけどね」
「民より選ばれた?それは王では無いのか?」
小田切は少し笑いながら「いや、これは今必要ない話でしたね」と言ってから、
「魔法について少し伺いたいのですが、魔法をつかって世界を渡るといった話を聞いたことはありませんか?もしくは魔法で異なる世界より人を呼ぶとか」
小田切の質問した内容に、田崎やうつむいていた中桐藤代もはっとなり、シュウゲに注目した。
急に緊迫した雰囲気となり、シュウゲは少しうろたえながらも
「異なる世界より人を呼ぶ… そう言えば前にユエナ殿よりそんな話を聞いたことがあるような…」
シュウゲがそこまで言うと、にじり寄って来た中桐がシュウゲの両肩を掴み
「教えてくれ!俺は元の世界へ帰りたいんだ!たのむシュウゲさん、いやシュウゲ殿!俺はどうしても元の世界へ帰らなきゃならんのだ!」
と叫ぶように言った。必死の形相でシュウゲの両肩を掴んだまま、何度も「頼む」といい続ける中桐。激した感情が引き金となったのか、涙で顔が濡れている。
「ナカギリ殿、落ち着いてくだされ、私は剣士で魔法は補助的なものしか使えず、あまり詳しくないのだ。ユエナ殿は優秀な魔導士の方なので何か分かるかも知れんが、今はあなた方の仲間の治療のため手が離せない。明日には話を聞くこともできるだろうから」
シュウゲがなだめるように中桐に言うと、中桐はシュウゲの肩から手を放し、気の抜けたような表情となり、うつろな様子で座っていた椅子へと戻った。
中桐のあまりに痛ましい様子に、居間は静まり返ってしまう。他の者達にとっても他人事ではないのだ。
「もし魔法で私たちが呼ばれたと仮定すると、あの地震は魔法による影響だったということですよね」
唐突に田崎がしゃべり出し注目が集まる。
「そうすると、世界を移動する魔法の影響範囲はどうだったんでしょうか?」
「それは、オフィスの中にいた人間しかこっち来てないのだから、オフィスの中だけだろ?」
それまでだんまりを決め込んでいた藤代が、いささか不機嫌そうに答える。
「そうでしょうか?そうだとすると疑問があります。その魔法を使った方は、何を目標として魔法を使ったのでしょうか?」
田崎の言葉にシュウゲを含めた皆がよく分からないといった表情をうかべた。
「漠然と魔法を異なる世界に向けて使ったんでしょうか?でもその場合人のいる土地よりいない土地のほうがはるかに広いですから、今回のようなことになるとは思えません。それとも人が居る場所を特定して範囲を定めてから魔法を使ったのでしょうか?もしくは誰か呼びたいターゲットがいて、その周囲をまとめて呼んでしまったとか」
「おいおい田崎君、それが今なんの関係があるんだ?もう俺達はこっちに呼ばれて来ているんだ。そんなことよりも帰る方法を考えるべきだろ?」
苛立った様子を隠そうとせずに藤代が言うが、田崎は気にせずに続けた。
「あの地震があった際、オフィスにいたのは私達だけではありませんでした。あと一人田所先輩もいたんです。先輩は地震で窓の外に飛ばされました。私はその直後から記憶がありません。魔法によって呼ばれたのならその影響じゃないかと思います。つまり先輩が窓の外へ飛ばされた直後に魔法がかかったと考えるのが自然だと思います。その場合、先輩には魔法の影響が無かったのか、私はそれを知りたい」
藤代は田所もいたことを知らなかったため驚いており、小田切は目を閉じ中桐は俯いたまま田崎の話を聞いた。
「すいません。シュウゲさんは魔法について詳しくないとおっしゃっていたのに、少し自分自身のコントロールができなくなっていました。魔法は後日ユエナさんとおっしゃる魔導士の方に伺うとして、今はもう少し詳しくこの世界についてシュウゲさんに伺ってもよろしいでしょうか?」
少し間があってから田崎がそう言った。シュウゲは苦手な魔法の話から話題がうつりほっとした表情で「もちろん構わない」と答えて、その後短く「あっ」と声を上げた。
「先程重要なことを説明していなかった。この国は今、竜種との戦争状態にあるんだった」
うっかりしていたと言った感じで、額に手を当てたシュウゲは聞き捨てなら無い話をぽろっと漏らすように言った。