田所修造の場合 50
「はいこれ」
「これを、僕一人で…」
数は数えてないが、軽く50匹以上いるリーユー(コイもどき)がぴちぴちと元気に跳ねている。あまりに数が多すぎて少し気持ち悪い。
俺はカークスと交代で仮眠をとった後、残り物の芋と魚を暖めなおしてガキと三人で朝食をとり、マーナの回復具合を確かめてから昨晩と同じ要領で魚を捕まえた。湖はかなりの大きさで、リーユー(コイもどき)の他にマスっぽいズンと言う魚も獲れ、これは湖にかなりの数が生息していたので大体100匹ほどつかまえた。
「手分けして仕事しねぇと終わらないからな」
俺はそう言いながらカークスへラハムが研いでくれたおかげで切れ味が良くなったごついナイフを渡す。
魚を捕まえる前に、これから俺が魚を捕まえるから捕まえた魚はカークス一人でさばくように指示をしていたのだ。さばくと言ってもエラとワタと鱗を処理してリーユー(コイもどき)を三枚におろし、ズン(マスもどき)を背開きにするだけだ。カークスも了承して問題ないと言っていたが、捕獲された魚を目の前にして絶句している。予想より魚の数が多かったのだろう。
俺は魚が群がっている所の隣に精神を集中してマーナをまず少量投入する。土に宿る精霊に粘質が高い土を探してもらうと、少し深い層だが粘質の高い土があると分かった。俺はまとわり付いている精霊へ相談してから、精霊に言われた通りのマーナを投入して土に宿る精霊を使役し粘質の高い土を掘り出す。
かなり大量に掘り出され山となった土に近づいて行くと、粘土みたいな土だと分かった。湖から水を操り粘土みたいな土に加えながら魔法でこねる。
巨大な土の山がグニョグニョと動く姿は気持ち悪く、俺に肩車されているガキもその光景を見て騒ぐのをやめた。
硬さと粘性を確認してから、捏ね終わった粘土を地面に書いた大きな円に従い移動させ、魔法で操り壁を作っていく、壁は崩れたら嫌なので厚めに作り大きな円をえがいた土の壁が出来た。
壁が出来たら、今度は熱の精霊を操って壁に熱を加えていく、多分こんな感じで大丈夫だろうと思っていたが、壁は熱せられるとヒビがすごい勢いで入っていき、慌てて粘土をヒビに塗り込めながら熱し続けた。
ある程度熱すると壁が変色し、硬く変化したので熱の精霊を使役するのをやめる。
ヒビに後から粘土を塗りこんだりしたので、かなりまだらな色合いのとなったが壁は一応完成した。
「屋根も粘土で作るつもりだったが、崩れるな。粘土で作ると」
どうするかなと少し考えた後、自分のマーナの残量にまだかなりゆとりがある事を確かめてから、ガキを肩車したまま森へと向かう。
森へと到着すると、少し入ったところに適度な大きさの木を見つけ、マーナを木に宿る精霊に投入し、木の精霊魔法である木の操作を行ってみた。
魔法がかかると、木が動き出し土を割って太い根が出現する。
自分でやっておきながら、木が動き出した時はびっくりしてしまった。肩車されているガキもビックリしたのだろう、髪が抜けるくらいの力で俺の髪を引っ張っている。
禿げると困るので「落ち着け、俺の魔法だ」とガキに言い、木を操りながら土の壁の所まで戻っていく。
「何ですかそれぇ!」
歩行してくる巨大な木に気がついたカークスが、片刃剣の大刀を構えながら叫んでいたので「俺が魔法で操ってる」と声をかけてやった。
カークスは危険がないと分かると、大刀を鞘へとおさめ「もう、なんでもありですね」と言いながら仕事へともどった。
カークスに言われてから木を改めて見ると、胴回りが4~5mありそうな巨木がのしのしと歩いており、かなり異様な光景だ。こんなことが出来るのはこの世界でも異常なんだろう。先程のカークスの口調が、どこかあきらめが混じるような口調だったのも頷ける。
カークスやガキ以外の奴が居るときは、こういった魔法を使わないようにしようと考えながら、土の壁の脇に立っている木に再度マーナを投入する。
俺がマーナを投入し木の精霊魔法の変化加工を使うと、木が壁を覆うように変化していき、少し平べったくなりながら巻きついて丸い屋根を形成した。
根は再び地中へと戻り、木は壁の上の方に巻きつきながら屋根を形成している。なんとも言い難い外観の建物が出来てしまった。
枝には相変わらず葉が茂ったままなので、建物全体がこんもりと茂ったように見える。
少し呆然としてしまったが、まあ燻製を作るには問題ないだろうと気を取り直し、木と壁の間の隙間に粘土を突っ込んでいく。
その作業がすんでから、壁の一部を崩して入り口を作り、入り口の隣にも穴を開け穴に合わせて粘土で煙を送るための窯を作る。
窯が作り終わると森へ枯れ木を拾い集めに行き、釜の中で火を付けて木の建物へと煙を送ってみる。
もくもくと入り口から煙が出て行き、それ以外のところからは煙がもれ出てない様子にほっとする。
「カークス!燻製小屋ができたぞ!」
俺が大声でそう言いながらカークスへと近寄っていくと、苦笑いを浮かべたカークスが「また、すごいものを作りましたね…小屋ってレベルじゃないし…」と若干疲れた口調で言った。
カークスの仕事の進捗状況を確認すると、まだリーユー(コイもどき)の処理も終わっていない。燻製小屋作りが1時間ほどで終わったので、カークスもそれほど作業を進め終わっていないようだ。
「よし、じゃあ俺も魚をさばくかな」
「助かった、僕一人じゃ午後までかかっても終わりそうに無くて」
カークスが自分のナイフで魚をさばいていたので、俺は自分のごついナイフを回収し魚をさばき始める。ガキは自分も手伝いたいと騒いだが、刃物は危ないので燻製小屋の周りに落ちた大量の木の葉っぱを集めてくるように言うと、素直に言うことを聞き燻製小屋の周りで葉を拾い始めた。
その後しばらく作業に集中し、昼前くらいに魚を処理し終わった。
腹が減ってきたので、焚き火でズン(マスもどき)を焼いて昼食をすませる。ガキは相変わらず夢中になって魚にかじりついていた。
「なあカークス、お前紐とか持ってるか?あれば魚を燻製するのに便利なんだが」
「紐ですか、持ってないですね。あ、そう言えばバアフンさんの使った木を屋根にした魔法、あれって木の精霊魔法の変化加工ですよね?」
「そうだよ。お前よく知ってるな」
「あの魔法は有名なんですよ。家具とかその魔法で作られたものは高級品として取り扱われますから」
「え!じゃあ俺が家具作って、それ売ればよかったんじゃねぇか?」
俺の言葉を受けて、カークスは燻製小屋の屋根を見ながら、
「でもあの魔法イメージが重要だそうですよ、作れそうですか?家具」
俺は燻製小屋の屋根を作るとき、一応カッコいい三角屋根をイメージしたが、結果出来たのは蛇がとぐろを巻いたような屋根。葉が茂ってなければ完全にディホルメされた排泄物だ。
「無理っぽいな。家具は」
「それよりも、変化加工なら木の皮で紐作れるはずですよ確か」
「マジで!あ、マジだ、精霊も出来るって言ってる」
早速燻製小屋の木の皮を操作して剥がし、皮を紐になるよう必死に想像しながら変化加工してみた。
すると、木の皮がバラバラとなり、細引きの荒縄のように変化していく。
「すげぇ!紐作るのすげぇ簡単!」
「あの屋根作るよりはよっぽど常識的な物ですからね、紐は」
「おお!どんどん出来る、しかもマーナがそれほど消費しない!」
「あ!アンジエも欲しい!ひも欲しい!」
大量に取って来た木の皮がどんどん紐になっていく。調子にのって作りすぎたと気がついたのは、木の皮が無くなった後で、紐は山となっていた。
「…しまった、調子にのって作りすぎた」
「アンジエひも欲しい!ひも欲しい!」
「それと、変化加工の魔法ならウロを広げるとか寝床が確保できるんじゃないですか?」
カークスに言われてみるとその通りだ。太い木の根元にウロを広げ寝床を確保することは訳もない。昨日野宿する必要などなかった。
煩いガキに紐を少し切り取りあたえて黙らせる。
「…変化加工、便利だな…」
「精霊魔法がほとんど使えるって言っても、使い方や応用は徐々に慣れていくしかないですね」
確かに、精霊に聞けばアバウトながら魔法の使い方は教えてくれる。だが応用までは相手も俺が何を知りたいのか分からないので、聞かないと教えてもらえない。
「…徐々に慣れていくしかねぇか」
そう言って串に残った魚にかぶり付く。食事が済んだら燻製の準備をしなければならない。
ガキは与えられた紐を引っ張ったりして、俺の隣でよく分からない遊びをしていた。
◆
食後、燻製の準備は紐にさばいた魚をどんどん吊るしていくだけなので、カークスと二人でやったら1時間もかからずに準備できた。
燻製小屋は便宜上小屋と呼んでいるが、大き目の一戸建てほどの大きさがあり午前中捕獲した魚を全部並べてもまだ余裕があった。
準備ができると、早速火を焚いて煙を燻製小屋の中へと送り始める。
「燻製ってどれくらいで出来ますかね?」
燻製小屋から盛大に上がる煙を見ながらカークスが聞いてきた。
「多分1日くらいじゃないか?明日また様子見て足りないようだったら引き続き燻製にするしかないな」
「それもそうですね。ああ、それと魚ですけど思っていたよりも多くなっちゃいましたが、どうやってマーリンへ持って行くんですか?」
確かに、担いで行くにはリーユー(こいもどき)だけでも無理がある量となっている。
「それなんだよな。変化加工で大八車でも作れないかと思ってるんだが」
「まさか…大八車引っ張ってマーリンまで歩いていくんじゃ…」
「そうだよ。引っ張ってマーリンまで行くつもりだ」
大八車を引っ張ってマーリンに行くと言った途端、カークスの顔がものすごく嫌そうに歪む。
「お前が引っ張っていければそれに越したこと無いんだが、身体強化の祝福は自分にかけるのが一番マーナを消費せずに済むから、俺が引っ張って行くつもりだ」
俺がそう言うと、カークスはあからさまにほっとした顔になる。俺だって大八車引っ張って何日も歩くのは嫌なんだが。
すると俺の視線に気が付いたのか、カークスがとりなすように、
「バアフンさんが台車を引くことに専念できるよう、道中のアンジエちゃんの面倒は僕がみますから」
と言った。俺が言い出したことだが、改めてカークスに大八車を引けと言われると釈然としないものがある。
「当たり前だ」
とカークスに言い返し、とりあえず大八車が無いと話にならないので、燻製小屋の屋根に生えている木の枝を使って大八車の作成を試みることにしてみた。
しかし、さっき燻製小屋の屋根を作った時と違って、大八車作成は自分がそれを引っ張る未来図が鮮明に想像できてしまい、まったくやる気が出なくなってしまった。
それでも、作らねばならないのだが。