みんなの場合 48
「ふむ、私の弟子となりたいと」
居間へと入ってきた男性がつぶやくと、中桐が慌てた様子で「申し訳ありませんシュウゲ殿。この男は先程目が覚めたばかりで、まだ混乱しているのです」と言った。
阿形は中桐がシュウゲへととりなす言葉を聞いても、まだ土下座を続けている。
「貴君は先日お見受けしたところ、すでにどちらかで剣術を修められたように見受けられたのだが、流派をかえることは問題無いのか?」
「私の流派は私と師の二人で一から作り上げたものですが、私が更なる高みを目指すことは、師の本懐でもあります」
シュウゲは土下座したまま顔を上げない阿形を黙って見つめ、中桐は落ち着かない様子で二人を見守る。
「よろしい、ではこれから私の道場にて貴君の使う剣を見せてもらおう。その後門下に入れるか考える」
「ありがとうございます!精一杯やらせて頂きます!」
シュウゲはユエナを手招きで呼び、ボソボソと何か伝えると、喜びはしゃいでいる阿形を伴い部屋を出て行った。
中桐達は呆然とその様子を見つめていたが、ユエナが皆を安心させるように、
「大丈夫ですよ、シュウゲ様がうまくやりますから」
と微笑みながら言った。ユエナは釣り目がちで性格がきつそうな印象を与えるが、表情を緩めると理知的な周囲を安心させる雰囲気へとかわる。
中桐は一つ大きなため息をついてから、
「まったく、阿形のやつ唯でさえ元々おかしな奴だったのに、ますます拍車がかかってやがる。結局重要なところは説明できなかったし、ったく阿形の野郎」
と吐き捨てるように言った。
「とりあえずアガタさんはシュウゲ様に任せておけば大丈夫ですよ、安心してくださいナカギリさん」
「や、ユエナさんこれは失礼。昔からあいつには振り回されっぱなしで、つい愚痴を言ってしまいました」
ユエナは「そうみたいですね」と笑いながら言った。中桐は微笑むユエナに少し照れながら「あいつは昔から本当に困ったやつでね」と、阿形に対する愚痴をユエナに話し始める。
「中桐、完全にユエナさん狙っとるがな」
「あの緩みきった表情がまた、さっき愚痴言ってすまんて言ってませんでしたっけ?」
「ここ数日の中桐がユエナさんに粘着するのには慣れて来たが、もしかして阿形着実にフラグをこなしてないか?」
「予想外の展開すね、それにひきかえ俺達といったら…」
君島と近藤の頭にここ数日の散々たる出来事がよぎった。
あの日、馬面の男が現れゴブリンを片付けてくれた後、馬面の男が阿形の応急処置をしてくれ、急ぎ都市へと向かうことになった。その際言葉が一切通じなかったが、自分たちを馬面の男が助けてくれたことは一目瞭然だったため、一同彼を疑うことなくその後に続いた。
都市へと到着した際、門番らしき槍を持った兵隊に馬面の男が何か伝え、しばらくかかったが都市内へと入ることが出来た。
兵隊は鉄の鎧で武装し、銃ではなく槍と腰に剣を装備しており、先程のモンスターとの遭遇ともあわせて、明らかにおかしいと中桐達は動揺していた。もちろん君島と近藤にはトリップが確定しただけの話で驚くには値しなかったが、完全武装の兵隊の姿には感動した。
その後、中世の町並みを木製にしたような街中をひたすら急ぎ、古いが大きめの屋敷へとたどり着いた。
馬面の男は屋敷の門を勝手知ったる様子で入って行くと、大声で何か叫びながら屋敷の中へと入って行き、奥から慌てた様子の女性が出てくるとまた何か叫び、女性は慌てて奥へと走り戻っていった。
居間らしき部屋に一同が入り、阿形を床に寝かせた馬面の男は手馴れた様子で女性が持ってきた湯と布で阿形の全身を拭い、拭い終えると女性が阿形に手をかざしてなにやらぶつぶつと唱え始めた。
女性の手が光り、驚愕の様子で中桐達がそれを見つめる中、阿形の体の傷が塞がっていくのを確認した君島と近藤は小さくガッツポーズをした。魔法有り確定だったからだ。
その後、女性が一同に魔法をかけて言葉が通じるようになると、ありえないと中桐と藤代がパニックとなった。
君島と近藤にとってはテンプレ展開なので、感動こそすれ驚きは無く、金髪青目のややきつい印象を与えるが美女と言って差し支えの無い女性に、興奮しながら魔法のことを尋ねた。しかし、阿形の傷は治ったが出血量が多く予断を許さない状況だと、女性は相手にしてくれず、君島と近藤は田崎や小田切から冷ややかな目で見られた。
確かに空気が読めていなかったと反省した君島と近藤は、パニックになって役に立たない中桐と藤代の代わりに、女性の指示に従い阿形を着替えさせ、二階の部屋へと運んだ。
その日、女性は付きっ切りで阿形に魔法をかけることとなり、君島と近藤は少しでもこの魔法使いの役に立っておきたいと考え、寝ずに女性を手伝って阿形の看病を続けた。
田崎と小田切も手伝うと言ってきたが、ここはどうしても譲れないと考え「中桐課長と藤代さんが不安定になっているので付いていてやって下さい」と君島が言うと、二人は納得したようで居間へと戻っていった。
翌日、ようやく阿形の容態が安定し魔法をかけ続ける必要がなくなったが、今度は金髪青目のユエナと名乗った女性が昏倒してしまった。慌てた二人はまだ居間にいた馬面の男――シュウゲに知らせ、ユエナを部屋へと運びベットに寝かせた。シュウゲの話によると、魔法の使いすぎでマーナが枯渇したとのことだった。
ユエナをベットに寝かしつけると、みんなのいる居間へと連れ立って戻ったが、居間の雰囲気は最悪なものとなっていた。
みんな寝ていない様子で、シュウゲに話を聞くと、明け方までこの世界についてシュウゲと話をしていたらしく、異世界より来たと聞かされたシュウゲも大変驚いたと話していた。
田崎は比較的まともだったが、中桐と藤代はどうやらヨーロッパにでもいると思い込んでいたようで、力なくうな垂れ相当ショックを受けた様子だった。
君島と近藤は「疲れているところ申し訳ないですが」と断わり、シュウゲにこれからの事を確認したいと話すと、シュウゲは快諾してくれ「その前に」と朝食の買出しに行って一同の朝食の支度をしてくれた。
昨日からパンを夜貰ったのみで、飢えていた一同はありがたくシュウゲの用意してくれた揚げパンとホットミルクの朝食を頂いた。食事をとりながらも、とても待ちきれない君島と近藤は、シュウゲへこの世界について魔法の習得や冒険者ギルド、生活する方法について具体的に質問したところ、夢見るトリップ生活に暗雲が立ち込める幻覚が見えた。
まず、魔法の習得は本来王都魔導ギルドへ奉公に上がり勉強するか、個人が開いている私塾へと学びに行く必用があるが、前者は紹介が必要で、確たる身元の確認があり時間が年単位でかかる上に一生ギルドに束縛される。後者は魔法のような特殊技能を学ぶには高額の費用が必要となり、一般庶民では魔法を学ぶのは夢のまた夢との話だった。
ちなみにシュウゲもユエナも金は無いと言う。それどころか、この屋敷は借金の方に差し押さえられる予定で、年が明けると出て行かないといけないらしい。この時点で、君島と近藤の目の前に暗雲が広がり始めた。
ただし、魔導士(魔法使いをそう呼ぶらしい)個人に弟子入りすることができれば、ギルドに束縛されることも無く、費用もかからずに魔法を習得できるらしい。実際ユエナも高名な魔導士の弟子となり魔法を学んだとの話だ。
だったらユエナさんに弟子入りすりゃいいじゃんと二人は喜んだが、シュウゲはユエナが今金策で忙しく難しいかもしれないと二人に忠告した。
なぜかファンタジーな世界のはずなのに、金の話ばかりが出てきて戸惑う二人だったが、今後の生活を送る上で金が必要なのは確かなので、生活費を稼ぐ手段についてシュウゲへとたずねたところ、二人が想像していたような冒険者ギルドはこの世界に無く、一応似たようなものがあるらしいが、相当腕がたち無理をして運が良くないと大金を稼ぐのは難しいらしい。
なお、シュウゲがみたところ君島と近藤は雑用の仕事を紹介してもらうことさえ難しいとのことだった。
二人は打ちのめされかけたが、君島が近藤に「トリップなんだから何らかのスキルがあるんじゃないか」と耳打ちし、シュウゲへその冒険者ギルドと似たような仕事斡旋所を紹介してもらえないか頼み込んだ。シュウゲは最初危ないので紹介することを戸惑い、中桐達他のメンバーもなぜ君島と近藤がそこまで危険を顧みず積極的になっているのか不思議な様子だったが、ここでこうしててもしょうがないと言う二人を説得するには、代案のまったく無い中桐達には止める事が出来なかった。
二人は徹夜明けにも関わらず、あふれる熱意をもってシュウゲを説得し、シュウゲも二人の自信の根拠は分からなかったが、最後は折れて二人を伴い斡旋所へと向かうことに同意した。
君島と近藤は大喜びで、ゴブリンから回収した短剣をベルトへと差し込み、意気揚々と斡旋所へと向かった。
君島と近藤がシュウゲに伴われ斡旋所へ到着すると、そこは想像していたような活気溢れて窓口が幾つもあり、いかにも冒険者ギルドといった装いでは無く。小さく「ジュア斡旋処」と書かれた看板の出た、駄菓子屋のように狭い間取りの胡散臭い店だった。
ちなみに看板の文字はシュウゲがなんと書いているか教えてくれた。
またもや暗雲が立ち込める幻覚が見えかけたが、なんとか幻覚を振り払い店へと入るシュウゲに続いた。
店に入ると椅子が四つ、テーブル一つ、事務机一つあった。そしてそれ以外何も無かった。
事務机には、小田切に良く似た背格好の禿散らかった頭部をもつ男が座っており、シュウゲを見ると驚いた様子で、嬉しそうに「さ、さ、こちらへ」と椅子の一つへ座るよう進めた。
シュウゲが椅子に座るのにならって二人も腰を下ろすと、男はにこやかにシュウゲへと挨拶をした。
「シュウゲ様がまたいらっしゃっていただけるとは、あたくし思ってもみませんでした。で本日はいかなるご用件でしょうか?」
期待した眼差しをむける禿散らかった男の返答には答えず、シュウゲが君島と近藤へ「この方がこの斡旋処の主のチンシュ・ジュア殿だ」と紹介した。
そしてシュウゲはジュアへと向き直ると「今回こちらへ来たのは、この二人が手ごろな仕事をしたいというので引き合わせに参ったしだいだ」と告げた。ジュアは期待していたものと違ったらしく、落胆した様子を隠そうともせずに二人を胡散臭げに品定めをする。
「ジュアさん、私は君島と言いこれでも体力に自信があります。こっちは近藤と言いハンドと言う武術を使えます。魔法はこれから習うところでまだ使えませんが、何か手ごろな仕事がありましたらお願いします」
君島は店の構えに落胆したが、こうなれば破れかぶれで大げさに自分たちをアピールした。近藤もここは踏ん張りどころだと気合の入った顔つきでジュアを見つめた。
「ええと、これまであたしはハンドと言った武術を聞いたことがないのですが…」
とジュアがシュウゲを見たが、シュウゲもそんなものは知らないのでジュアを見ようともしない。
「まあ、お二人とも何か自信がおありのようだし、色町の用心棒の口が丁度二人分入ってますのでそちらに行って頂きましょうか。お手当てはお一人一日当り90ダッカと少々しわいですが、用心棒と言ってもゴロツキに睨みをきかせるだけの仕事ですから問題ないでしょう」
君島と近藤は、てっきりモンスターの討伐とかそう言ったものかと期待していたので、紹介された仕事が色町の用心棒だったことに驚き、そして落胆した。
ただ、初めて紹介してもらう仕事だからしょうがないかと、90ダッカと言う金額がどのくらいの価値があるのかも分からないまま仕事を承諾し、ジュアの案内で色町まで行くこととなった。シュウゲとはそこで別れることとなったが、シュウゲは最後まで心配そうに二人を見ていた。
ジュアに案内されて二人が付いて行くと、赤や黄色に塗られた建物が卑猥な雰囲気をかもし出す、いかにも怪しい場所へとたどりついた。
ジュアは臆することなく、勝手知ったると言う感じで町入り口の一件に入って行くと、出てきた若い男に何かを告げる。若い男は中へと引っ込んで行き、しばらく待つと派手な化粧をした40過ぎくらいの女が出てきた。
女は君島と近藤をジロっと一通り眺めてから
「大丈夫かい?この子達。可愛い顔して接客にでも回したほうがいい気がするけどね」
と乗り気ではなさそうにジュアへ言った。ジュアはフォローするように
「なんでもハンドと言う武術を使うそうで、まあ試しと思って使ってみてはいかがでしょう」
と言うと女のほうも
「まあいいか、じゃああんたたち二人はこっち来な!それと二人が使えなかったら、チンシュ・ジュア、あんたには今回の口利き料払わないからね」
と言い放ち、君島と近藤を連れて奥へと入って行った。
その後、その日の夜より二人が用心棒をすることとなったのだが、結果は酔っ払って暴れだした一般人を取り押さえようとして二人は返り討ちに遭い、顔がボコボコになるまで殴られた上に、呆れた色町の女主人から「消えちまいなぁ!」と色町から叩き出されるものだった
寒空の下、人相が分からなくなるまでボコボコにされ、ふらつく足取りでよちよちとユエナの家へ帰る君島と近藤。この世界の一般人の強さとあまりに予想外な展開に、二人は声を上げて泣いた。
目の前が暗雲にすっぽりと覆われてしまい、明日がまったく見えなくなった二人は、ユエナの家に帰り着くまでずっと泣き続けた。