みんなの場合 47
阿形は目を覚ますと、懐かしいあの日の夢を見たことの余韻に浸った。そして周囲の状況に気が付き、見覚えのない部屋の様子に少し戸惑った。
あまり体に力が入らず、上体を起こすと軽いめまいを覚える。軽く頭を振ってから部屋の中の様子を見てみると、床や壁、天井とすべて木造で大きい板をそのまま使って造られたような木造建築の部屋であることが分かった。
寝かされていたベットも木製で、暖かく軽い羽毛布団のようなものがかけられていた。
脇を見ると吸い口の付いた水差しのような壷が置いてある。
「俺、何でこんなところで寝てるんだ?」
不思議に思い頭をひねっていると、同僚達を逃がすために黒っぽいものの群れへ突っ込んで行ったことを思い出し、反応の鈍い頭をふりながら全身を確認した。
しかし、かなりの深手をおったはずの左腕と右ふとももの傷が消えており、動作にも問題無い。全身に受けた無数の傷も消えており、あれは夢だったのかと阿形は首をかしげた。
大分長い間寝ていたのか、貧血になったような眩暈を覚えながら、虚脱感の激しい体を起こしてゆっくりとベットから下りる。
のどが渇いていたので、水差しと思われる壷を取り、恐る恐る吸い口から中の液体を飲んでみた。液体はやはり水で、寒い室内に置いてあったためかなり冷たかった。
冷たい水を飲んだためか小便がしたくなり、部屋に一つあるドアを開けて外に出てみた。
部屋の外は廊下となっており、いくつかドアが並んでいる。廊下の奥に階段が見えたので、階段を下りて下に行ってみる。
建物は年季が入っていそうだが、建材が分厚い一枚板を使用しているためか、歩いても音がほとんどしなかった。
阿形は寝巻きのような格好に着替えさせられていたため、寒さをこらえるよう両肘を抱きながら階段を下りると、廊下があり階段より少し離れたところにドアが見えた。
上の階は物静かだったが、下りてくるとかすかに物音が聞こえてくる。とりあえず目に付いたドアに近づき開けてみた。
「……」
ドアを開けるとカマドなどのある古風な厨房となっていて、金髪青目の女性が驚いた表情でこちらを見ていた。
「アガタさん、もう起きられるようになったんですか?」
金髪青目の女性は阿形より年上に見え、軽くウェーブのかかった髪を後ろでゆるめに縛り、少し釣り目がちだが落ち着いた印象の美人だった。
阿形は金髪青目の女性が流暢に日本語を話して自分の名前まで知っていることを不思議に思いながらも、まず切迫した問題を解決することにした。
「トイレへ、行きたいのだけど…」
「ああ、トイレでしたらここを出て右にまっすぐ行き、つきあたりの右手にあります」
「おお、ありがとう」
金髪青目の女性に礼を言って、阿形は言われた通りに廊下を進み小用を済ませる。そして厨房へと戻ってきて「外人さん日本語上手ですね」と金髪青目の女性へ話しかけた。
金髪青目の女性は「ああ…アガタさんはまだ知らないのでしたね」と言って「みなさん今居間にいますから、そこで説明いたします」と阿形に言い、厨房を出て阿形を居間へと案内した。
居間は厨房の隣で、金髪青目の女性が居間のドアを開けると暖かい空気が流れてきた。
「あっ!阿形お前!大丈夫なのか!?」
阿形が金髪青目の女性に続いて部屋に入ると、中桐が大声を上げて近づいてきた。
阿形は中桐の姿が見えると安心しながら、
「もう大丈夫ですよ中桐さん。不思議なことに傷が無くなっちゃって。筋肉も元通りです!」
と力こぶを作って見せてアピールをする。
中桐のほかにも藤代や小田切が駆け寄ってきて、後ろのほうを見ると田崎や近藤、君島の姿もあった。
皆口々に阿形を心配したが、いつも通りの阿形の様子を確認すると中桐が「お前も混乱しているだろうから座って話をしよう」と居間に備えられた木の椅子へ阿形を座らせた。
中桐は金髪青目の女性へ「一緒によろしいですか?」と聞き、金髪青目の女性は「はい、そのつもりでしたので」と答えて椅子へと座った。
椅子は人数分あるようで、全員が暖炉を囲むように座る。
阿形が広い居間だなと感じていると、中桐が口を開いた。
「阿形、順を追って説明するが、落ち着いて聞いて欲しい」
真剣な口ぶりの中桐の気配に当てられて、落ち着き無くキョロキョロとしていた阿形はかしこまって椅子へと座りなおす。居間全体が静まり中桐が話を続けた。
「まず、阿形、お前が倒れてからすでに3日の時間が経過している」
「え!3日も経ってたんですか!?」
「そうだ、出血がひどくお前は死にかけていた。実際シュウゲ殿の助けがなければ、我々全員ゴブリンに殺されていただろう」
「…シュウゲ殿とは、もしかしてあの黒っぽい奴らを倒してくれた…」
「そうだ。あの黒っぽいやつらはゴブリンと言って、人を襲うモンスターらしいのだが…」
「シュ、シュウゲ殿に会いたいのですが!どこにいらっしゃるのですかシュウゲ殿は!」
何故か急に取り乱した阿形に「落ち着け阿形!まず俺の説明を聞け!」と中桐は落ちつかせる。目上の者の言うことは素直に聞く阿形が大人しくなったことを確認し、
「でだ、この3日で分かったことなのだが、ここは我々の知っている世界では無く、異世界らしいのだ」
と重々しく言った。回りの者達も暗い雰囲気となったが、阿形は理解できていないのか「はあ、異世界ですか」と気の抜けた返事を返してきた。
「まだ理解できていないとしてもしょうがないな、我々の地球がある世界が科学の発達した文明社会だとすると、ここはまったく異なる、言うならば剣と魔法の世界なんだ」
中桐がそう言うと、よほど驚いたのか阿形は大口を開けて固まった。
「で、その魔法なんだが…」
「け、剣っ!剣の世界ぃ!ここは剣の世界なんですかぁ!!」
「落ち着け阿形ぁ!落ち着けぇ!」
阿形が急に椅子から立ち上がり、中桐に掴みかかって騒ぎ出した。中桐が必死になり落ち着かせようとするが、阿形は言うことを聞かずに剣の世界かと聞き続ける。回りの者達も慌てて阿形を取り押さえるが、阿形の力が凄まじく押さえつけられない。
阿形にガックンガックンさせられながら中桐が「そ、そうだ、剣の世界だ」と言うと、阿形はようやく動きを止め、放心した様子で椅子に座った。
阿形の狂態に、中桐を含めた全員が警戒しながらしばらく阿形の様子を伺い、暴れだす気配が無いと分かると中桐が咳払いをして言った。
「…取り乱すのも無理は無いな。君島と近藤は若いから順応するのも早かったが、俺達も似たようなものだったし」
中桐は隣に座る金髪青目の女性を見ながら言った。金髪青目の女性は中桐の視線を受けると小さく頷き、
「アガタさん、信じられないでしょうけど聞いてください。この世界には…」
「外人さん、私は大丈夫です。ここが剣の世界だとここにいる誰よりも理解しました」
「ええと…」
「シュウゲ殿の剣は、剣の世界の剣術だったのですね。感動しました」
誰もが阿形の言っていることの意味が分からなく、金髪青目の女性もどう話を続けたものかと戸惑いながら中桐を見る。
「…理解が早くて助かる。それと、こちらの女性はシュウゲ殿の知人のユエナ・ジーグさんと言う方で、現在親切にも我々を保護して頂いている魔導士の方だ」
「おお!シュウゲ殿のご友人ですか!私、是非ともシュウゲ殿にお会いさせて頂きたいのですが!」
突然阿形に詰め寄られ、狼狽しながらユエナ・ジーグが言う。
「…ナカギリさん、アガタさんて少し変わった方ですね……」
「…阿形、いいからまず席に戻れ、お前魔導士と言うのはどうでもいいんだな……」
中桐とユエナ・ジーグは、いちいち予想外の反応を示す阿形に疲労を感じながらも説明を続ける。
「いいか阿形よく聞け、この世界は剣と魔法の世界なんだ。魔法だぞ魔法。それでユエナさんは魔導士、つまり魔法使いの方なんだ。わかったか?」
「はあ、魔法ですか」
「そうだ、魔法だ。それでユエナさんの話によると、どうも俺達は魔法でこの世界へと呼ばれたそうなんだ。しかしまだ誰がどうして俺達を呼んだのか分かっていない。そして、現在もとの世界に帰る方法も分かっていない状況だ。ここまではいいか?」
「はあ、」
何故か興味無さそうにしている阿形に苛立ちを覚えるが、話が進まなくなるのでそのまま説明を続ける中桐。
「それで、現在我々はユエナさんの協力を得てもとの世界へ帰る方法を探している。ちなみに、俺達が今ユエナさんと話が通じているのも、ユエナさんが我々に魔法をかけてくれたためだ。しかし、今困った事態となっていて…」
中桐がそこまで話した時、居間のドアが開き40歳くらいの男が入ってきた。男は腰に大小の片刃剣をさしており、かなり長い顔をしているが目は穏やかな光をたたえ、優しげに見える。背丈は高くなく170cm無いように見え、少し猫背で全体的に馬のような印象を与える男だった。
「ちょうど良かった、阿形この方が…」
入ってきた男より阿形に振り向きながら中桐がそう言いかけ、阿形が居なくなっていることに気が付いた。
「え!?」と言いながら中桐が周りを見回すと、居間へ入ってきた男の前で土下座している阿形の姿が見えた。
突然の阿形の行動に、その場にいた者達が唖然として見つめる。居間へと入ってきた男も状況が分からず戸惑っていた。
「先日はシュウゲ殿の御助勢を頂け、この命を永らえることが出来ました。心よりお礼申し上げます。シュウゲ殿の剣術、まことに見事と言うしかなく、この命燃え尽きようという状況で、私は己の剣の未熟さに恥じ入りました。まこと勝手なお願いにて恐縮なのですが、私をシュウゲ殿の弟子にして頂けませんでしょうか?初心に立ち戻り一から修行をしたく考えております。何でもいたしますので、何卒私を門下に加えて頂けます様お願い申し上げます」
阿形はそう言うと、床に額を引っ付けながら綺麗な土下座を続けた。
阿形以外、誰も状況が分からなくなり、誰も動くことが出来なくなった。全員がどうしようもなくなってしまった空気をどうすることも出来ず、土下座する阿形をただ黙って見つめた。