田所修造の場合 42
さすがに二日連続ということと、ガキが眠そうにしていたということで、トイレから戻りしばらくすると早めにお開きとなった。ガイウスはガキと離れるのを名残惜しそうにしていたが、眠いと言うユミルも無視できない様子で、何度もガキに振り向きつつ寝床へと戻っていった。
俺はカークスと同じテントだったので、ガキと三人で連れたってテントへと戻る。俺はすでに半分意識を手放したガキをだっこして歩く。まだ宵の口と言った時間だが一日いろいろなことがあったためか眠気を感じる。
「アンジエちゃん、本当にバアフンさんのことが好きなんですね。うとうとし始めたらバアフンさんにしがみついて離れないし」
「…色々あったからな。ガキも俺も」
まだ酒の喧騒がちらほら聞こえる。喧騒からは戦時の憂鬱さが感じられない。今の混成部隊は気負いが無くいい雰囲気だと思う。それが俺におんぶに抱っこの状態だとしてもだ。
先陣部隊に加わってから数えても今日でまだ4日目。しかし、長いことこの部隊にいたように思える。
隣のカークスの横顔を見ながら、こいつとの付き合いも、まだそんなもんなんだなと改めて思った。最初あった時は名前も知らず、竜種に吼えられブルブル震えていた。その後無理やり付き人にしてスケープゴートにしたり、リジルの囮にしたり、燃やしたり。改めて考えると結構ひどいことを俺はこいつにしている。
そしてこれから、俺はこいつをさらう。
「まったく信じられないですよ。戦場でこんな気分で毎日過ごせて」
ニヤついたカークスは嬉しそうに言う。頬を撫でているのはアーンスンのあれを思い出しているのだろう。
「僕達ニドベルクから出てくる時なんて、これでもう国に帰ってくることは出来ないのだと、まさに今生の別れってやつを各自がすませたばかりで、中には泣いてる奴もいるような状態でしたからね」
決まりわるそうに「へへ」と笑いながら言う。年相応に青臭いところがあるが、こいつはいい奴だと思う。
「無理やり付き人にして、悪かったな」
これからさらう人間に対して、言ってしまってから俺は何を言っているんだと後悔した。
カークスは少し驚いたような表情をして、間をおいてから俺に、
「最初はびっくりしましたよ。いきなり『付き人にしてやる』ですからね。バアフンさん体中血だらけだったしどんな人かもよく分からないし。でも、今は嬉しいんです。バアフンさんにユミルにガイウス隊長、アーンスン副隊長にリジルさん、戦時だと言うのに毎日楽しくて怖いくらいです。竜種はやっぱり怖いけど、今は、皆となら戦うことが怖くないですしね」
と言った。まじめで正直なカークスらしい。
俺は言葉を返すことが出来なく、黙ったまま歩いた。俺達に割り当てられた寝床まで、すでにもうすぐと言う距離まできており、先程まで聞こえていた喧騒は遠い。
「俺な、この世界の人間じゃねぇんだよ」
無意識に口が開いて言ってしまっていた。カークスは立ち止まり俺を驚いた表情で見ている。
「気が付いたらこの世界にいてアンジエに会った。まだ半月前のことだ」
カークスは何も言わず、俺とカークスを沈黙が包む。
「ダイモーンが言うには、今日の竜種との戦いでこの戦争は終わりらしい」
俺は黙っていることが、出来なかった。
そして眼を見開いて固まっているカークスに、
「カークス、俺と一緒に来てくれねぇか?俺は自分の世界へ帰りたいんだ。お前には悪いが俺にはお前の助けが必要だ。頼む」
と言いながら頭を下げた。俺にはもう、こいつを無理やりさらうことが出来ない。全部説明してこいつに頼み、それでこいつが嫌がったら一人で出て行こうと決めた。
頭を上げると、まだカークスは固まっていた。いきなり戦争が終わったと言うだけでも、突然すぎてこいつの中で理解できていないのかも知れない。
「今日の戦闘で攻めてきた竜種を皆殺しにした結果、ダイモーンの話ではもう竜種にこっちを攻める余力が無くなったらしい。この後、多分ダイモーンが全軍に伝えるだろうが、戦争は今日で終了だ」
はしょりすぎた終戦の内容を固まったままのカークスへ話す。
カークスは何の反応も示さず、ただ俺を見ていた。
「そして戦後、国力が低下した各国が統一されると言う話を今日聞いた。ダイモーンは俺に王になる気はないかと聞いてきた。だが俺は自分の国に帰りたい。王などになってしまったら、俺はもう国に帰ることは出来なくなる。だから、俺はこの後すぐ軍を抜け脱走することにした」
相変わらず動けずにいるカークスへ、
「俺はお前について来て欲しいと思っている。俺を助けて欲しい」
目を見つめて言う。
カークスは俺を見つめたまま動けずにおり、俺は黙ってカークスの返答を待った。
腕の中でガキはすやすやと寝ており、ガキの寝息がやけに大きく聞こえた。
「…バアフンさんが違う世界の人で、戦争が終わって、国が統一され、王になれと誘われたから、軍を脱走する……驚いちゃいました。突然、すごいびっくりする話ばかりで驚いちゃいました」
「…だろうな、俺もダイモーンから聞かされた時は驚いたし」
「…これからすぐに、軍を抜けだすのですか?」
「今ならみんな酒も入っているし、すぐに追っ手もかからないだろう。すぐに荷物をまとめて脱走するつもりだ」
「アンジエちゃんはどうするんですか?」
「置いてく…連れて行くことは出来ない」
俺がそう言うと、カークスは少し悲しそうな顔をして「…そうですね、バアフンさんがどこに行くのか分からないですが、こんな小さな子を連れて行くことは難しいかもしれないですね」と言った。
カークスからの質問が無くなり、俺が黙っているとカークスが口を開いた。
「じゃあ、準備してすぐに出発しますか。幸い荷物はすぐそこの寝床のテントにまとめてありますし、バアフンさんもそうでしょ?」
「え、いいのか?まだ俺どこに行くかも言ってないのに」
「いいに決まってるじゃないですか。バアフンさんが軍を抜けるなら僕も一緒に行きますよ」
そう言うと、カークスは「さあ、ほら早く行きましょう」と急いだ様子で歩き出した。あまりにすんなり着いてくると言うカークスに戸惑いながら、テントへと急ぐカークスへ慌ててついて行く。
「不思議に思うかも知れないですが、バアフンさんは僕達を、僕達の世界を救った。その恩は返そうにも返しきれない程大きい。バアフンさんは妖精族すべての恩人なんです。だから貴方が着いて来いと言うなら、僕はどこまでも着いて行きますよ」
そう言ってカークスは振り向き「それに僕はバアフンさん唯一の付き人ですしね」と言って笑った。俺はちょっと照れてしまい「なら急ぐぞ、それと今魔法で酒抜いてやる」と少し乱暴に言いながら解毒の祝福をカークスにかけた。魔法はすぐにその効果を発揮したようで、カークスは酒が抜けたことを確認し「すごいですねこれ」と言うと顔を引き締めた。あまりゆっくりしてはられないので、先を急がなければならない。
二人で急いで歩いたためテントにはすぐ到着し準備を始める。
俺はブレストプレートを脱ぎ、レザーアーマーと篭手とすね当て、ラハムに貰ったマントを着込み、少ない荷物を袋へと入れていった。
荷物と言うほどの物も無くすぐに自分の準備が終わると、カークスも準備を終えたらしく近寄ってきた。カークスの格好は腰に2本の剣を差込み、俺と似たようなレザーアーマーとフード付きのマント姿で、腰に差し込まれた剣は日本刀のような反りのある片刃剣で大刀と短刀と、まるで侍のような装備だった。
「お前その剣はどうしたんだ?普段お前幅広のグレートソード使ってたじゃねぇか」
「あれは相手が竜種だからです。この片刃剣はゴーモト氏族の者が好んで使う装備なんですよ。ゴーモト氏族は剣術で有名な氏族ですから」
俺はブレストプレートを脱いだため、背中に引っ掛けられなくなった腰のメイスを見る。どう見てもカークスの片刃剣のほうが格好いい。どうせ剣は使えないのだが、少し納得がいかない。
「それとバアフンさんこれ」
「なんだこのノッポさんがかぶってそうな帽子は?」
「誰ですかノッポさんって、その帽子はトロル族のおじさん達が好んでかぶる帽子です。これから追っ手がかかるかもしれませんから念のため」
「お前は俺がおっさんだと言いたいんだな?」
「違いますよ、いきなり出発することになったからそれしか無かったんですよ。それだって隣の人の失敬してきたんですから」
しょうがないので帽子をかぶる。俺はノッポさんの帽子と棍棒。カークスはフード付きのマントに日本刀のような片刃剣が大小二本。カークスが良かれと帽子をパクって来てくれたのは分かるが、この差は一体なんだ。
「バアフンさん、イカリはやはり持って行かないのですか?」
「…ああ、目立ってしょうがないからな。アレ担いでたら見つけてくださいと言っているようなもんだし」
同じテントの奴らはまだ酒を飲んでいるのだろう、テント内には俺とカークスしか居ないが、念のためぼそぼそとカークスと会話する。
「バアバア、どこ行くの?」
ゆっくりと振り向くと、俺の寝床に寝かしつけたはずのアンジエが立っていた。
「トイレ」
隣でカークスが俺の言い訳に引いていた。
俺もカークスも装備を整え、背中には荷物袋をそれぞれ抱えている。とっさに出てしまった言い訳だが自分でも酷いと思った。
アンジエは俺に近づいて来ていつものように張り付き「アンジエも行く」と言った。しょうがないから、トイレ行って帰ってきてアンジエを寝かしつけてから出発するかと考えていると「バアバアどっか行くなら、アンジエも行く」と言われた。
完全にバレてる。
俺がガキに張り付かれながら困っていると「アンジエちゃん、連れて行ってあげましょうよ」とカークスが言い出した。
「いや、そりゃまずいだろ。子供連れで旅なんてできるのか?それに、俺最終的にはもとの世界へ帰るんだぞ」
「その時は僕がアンジエちゃんを連れてダナーンへ行きますよ。それに僕、泣いてるアンジエちゃん置いて行くなんて出来ないです」
カークスに言われてはじめて気が付いた。ガキが声を立てずに泣いていることを。ガキは俺の服を涙と鼻水で汚しながら体を震わせている。
「大丈夫ですよ。僕達三人で、きっとなんとかなります」
そう言って俺に笑いかけるカークス。
俺にはそれが良いことなのか分からない。今でさえ俺から離れられないアンジエが、この先訪れる別れに耐えられるのか。これ以上情が移る前にきっぱりと分かれるべきなんじゃないのか。
しかし。
「じゃあ、行くか、俺達と」
でも、それでも今は。
「うん!行く!バアバアと行く!」
「良かったね、アンジエちゃん」
こいつを置いて行きたくないと、俺は少し思ってしまっている。