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異界より  作者: yoshiaki
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田所修造の場合 40



しばらくして、ダイモーンの陣幕より出てきた。

腹が減ってきたのだ。


ダイモーンへ食事を取りたいと要求すると、すでに昼食の時間は終わったので配給は終わっており、新たに準備するので待てと言われた。そのままダイモーンの陣幕で食事をするのも嫌だったので、別の場所で食事したいと頼み、ダイモーンは人を呼んで手配してくれた。

「じゃあ行くわ」とダイモーンに告げると、「戦が終わったということ、まだ他のものには言っとらんので口外するなよ」と口止めされた。

俺はそれに返事をせず「パイプは貰うぞ」と言って外へと出る。


陣幕を出ると太陽がかなり傾いており、既に正午を過ぎていると思われた。

一定の人数が交代で取る配給が終わっていると言うことは、もう昼を過ぎて大分経つのかも知れない。

俺はダイモーンが手配したエルフの女に連れられて、簡素なテーブルが並べられた配給箇所へとやって来た。途中見かけた戦士達はまだ戦が終わったことを知らないため、きびきびと動いており緩みのない表情をしていた。俺を見かけると、途端に表情を崩し手を上げるなど挨拶をしてきたが。


マーナを使いすぎた影響か、頭が上手く働かない。

適当な椅子へと座り、先程のダイモーンとの会話について考えた。

急に戦争が終了したと言われ、突然戦わなくて良くなってしまった。まだ実感がわかないが、もう戦わなくて良いのは嬉しい。

王になる気はないかと聞かれた件については、俺にとって論外だった。

今回の戦いに参加したのも、最初は子供が戦争に行くのに、自分が安全なところで隠れていて、後でそんな自分に耐えられなくなるのが怖かったからだ。だったら、出来る事をしてその上で帰り方を教えてもらえばいいと考えた。

その後、ラハムやガイウス、カークスにユミルなど戦う理由は増えていった。だが、あくまで日本に帰るのが本来の目的だ。


戦が終わって一連の戦いを振り返ってみると、俺なりに上出来だったと思う。

近しい奴は誰も死ななかった。これ以上無い結果だ。


しかし各国への被害は相当なものだった。これは俺がどうすることも出来ない問題であったが。


竜種の問題が無くなった今、ダイモーンの話では各国が統合されると言う。

ここ数日、ヴィリやスルト、今日はニグリスまでアプローチをかけてきている。別にあいつらが嫌だという訳じゃない。だが、俺は日本へ帰る事をあきらめられない。

結局、俺はあいつらの望みに答えることは出来ないのだ。


だからこそ、このままではまずい。


このまま妖精族の国に厄介になる事は、不可能だろう。周囲からの要求を拒否し続ける自信が俺には無い。

だが、どうしたら良いのか。

俺はこれまで戦いの準備に集中するあまり、この世界の一般常識を一切学んでこなかった。精霊に聞いても無駄だった。あいつらはマーナや魔法に関すること、『よどみ』に関することは教えてくれたが、それ以外は明確な返答自体貰えなかった。

質問した内容が妖精族の生活習慣に関することでは、無理ないのかもしれないが。


国から逃げ出すことは、マーナさえ回復すれば可能だ。飛んで逃げればいいのだ。

しかし、問題はその後どうするかだ。野宿しながら東の魔女とやらを目指すか?

どう考えても現実的じゃ無い。そもそもバロール自体大体の方角しか分からないのだ。それにマルタ山脈の竜種の件もある。到底たどり着けるとは思えない。


俺が堂々巡りの答えの出ない問題について考えていると、ここまで俺を案内してくれたエルフの女が食事を持って来てくれた。準備してもらった昼食をありがたく頂き、とりあえず腹を満たすことに集中した。

昼食は味も量も申し分ないものだった。


遅い昼食を済ませた後、俺は給仕をしてくれたエルフの女に「勝手に抜け出してきてしまったので混成部隊へ帰る」とダイモーンへ伝えるよう頼むと、そのまま本陣を後にした。

ユミルも一緒に連れて帰ろうかと思ったが、どこにいるか分からんし、今はニグリスに会うのが嫌だった。

戦も終わったし問題ないだろうと、俺は一人で混成部隊へと向かった。


混成部隊へと俺が到着すると「バアフンさんが帰ってきたぞ」と声が上がり、周りにいた戦士達が集まってきた。

すでに本陣での戦いは伝わっているようで、戦士達は口々に祝福の言葉をかけてくる。

俺が戦士達に対応しながら進んで行くと、ユミルとガイウスが立っていた。

ユミルがすでに帰っていることに安心し、近づいて行く。


「勝手に出て行って、悪かったな」


俺がそうガイウスに向かって告げると、ガイウスは手を振るだけで返事をしなかった。

怒ってるのかと思ったが、違った。

ガイウスが俺を見つめてから、口を歪ませて笑顔を作った。

ユミルが隣で嬉しそうに「おがえり、バアフン」と俺に言う。

「ああ…ただいま」とユミルに返しながら俺は、胸が痛む感覚をおぼえた。


「バアフンさん!」


耳に馴染んだ怒り声に振り向くと、アーンスンとリジルが立っていた。

よく見てみると、アーンスンの後ろにカークスの奴もいる。


「今、帰ってきたよ」


リジルの奴は相変わらず怒っており、アーンスンはほっとした表情を浮かべている。カークスの奴はニコニコしている。多分アーンスンの近くに居れて嬉しいのだろう。


馴染みの顔に囲まれ、ほっとした途端、俺はこの戦争が終わったことを実感した。

無理しなくてもこいつらが死ぬことは、もう無い。

先程までの血でまみれた、見たくも無いものを見せられ続け、聞きたくないものを聞かされ続ける。そんな最低な時間は過ぎたのだと。

皆が迎えてくれる。胸が温かくなり、心が落ち着く。


やすらいだ気持ちと、こいつらを裏切ることになる引け目。俺が処理しきれない感情で立ち尽くしていると、リジルが俺の前に出てきた。

午前中部隊を離れる時、こいつは相当怒っていた。もともと大きい目が釣りあがることで、その表情を見るだけでもリジルの怒りの程度が分かった。

俺の前に出てきたリジルの目は、まだ釣り上がっている。


俺はごまかす意味ではなく自然と手が伸びて、怒っているリジルの頭をぽんぽんと叩いた。

リジルはビックリした様子だったが、特に嫌がりはせずに、上目遣いで俺を睨む。


「勝手なことばかりして悪かったな、リジル」


リジルは返事を返さず、俺を睨んだままだ。

午前中のあれが相当頭に来ているらしい。


「魔法、使えるようになったんですね、バアフンさん」

「ああ」


穏やかな口調のアーンスンの言葉。

こいつの声は、人を安心させる響きがある。穏やかな表情と優しい声。スイッチさえ入らなければ、こいつはいい女だ。

改めて皆を見回すと、俺が帰ってきたことを間違いなく歓迎してくれている。

リジルも怒ってくれているのは俺を心配したからだ。と思いたい。


「皆で、酒でも飲みたい気分だな」


感情が入り乱れ、胸に感じる痛みをごまかしながら皆に言う。

リジルが予想通り怒り出し、アーンスンがなだめる。ガイウスとユミルは俺を見て笑っており、カークスはアーンスンを見ている。

出合って数日しか経っていないはずなのに、この光景がやけに馴染む。


「多分ダイモーンも許可してくれる。ちょっとだけだから、な」


酒でも飲まないと、この痛みを俺はごまかせそうに無かった。

しかし皆で酒を飲む目的はそれだけではない。それがまた、俺の痛みを酷くした。




まだ夕方にもならない内から、皆で酒を飲み始めた。


アーンスンがダイモーンに飲酒許可を貰いに行ったのだが、ダイモーンは明日予定していた混成部隊との防衛箇所交代を取りやめにして、混成部隊全員に飲酒の許可を出してくれた。

その上、ダーナ側に酒と食事の手配までしてくれる気の配りようで、ダイモーンがなぜそこまでするのか、皆腑に落ちない様子だった。


酒を飲み始めるとリジルは即座に酔っ払い、俺に絡み始めた。カークスとユミルはリジルが酒を飲み始めるとすぐに避難し、決して近づいて来ようとはしなかった。俺は甘んじてリジルに絡まれていたのだが、カークスはアーンスンの影で警戒しながら俺の対応をいぶかしんでいた。

ユミルはガイウスを盾にし、リジルに気が付かれないよう気配を消していた。

風の精霊魔法まで使った気配の消し方は、なかなかのものだった。


意外にもアーンスンまで早い段階で酔っ払った。前回焼きワインを二人で飲んだ時は少ししか飲まなかったので分からなかったが、アーンスンは酔っ払うと積極的にスキンシップをしてくるタイプらしい。普段のストレスも関係しているのか、ずっとアーンスンの傍らに引っ付いていたカークスに過剰なスキンシップをしていた。

カークスは表情を緩ませきって、それを嬉しそうに受け止めていたが。


連日の飲酒に体が持たなかったのか、しばらくするとリジルがつぶれた。

苦しそうにしているリジルを介抱してやり、寝床まで運んでからしばらく嘔吐の気配が無いか確認する。

寝息が穏やかになったことを確認し、念のための樽と水差しをリジルの脇に置いてから、改めてリジルの寝顔を見る。

勝手すぎるとか自己中だとか言いたい事を俺にたっぷりと言えたためか、リジルの寝顔は穏やかなものだった。明日になったらこいつまた怒るんだろうなと思うと笑いがこみ上げて来たが、すぐに治まり胸の痛みがぶり返してきた。


俺がリジルの介抱から戻ると、予想外の光景が俺を待っていた。


「バアァバアァァ!!」


何故かガキが居た。


泣き叫びながらガキは俺に突っ込んできて、俺はガキを受け止めた。


何故こんなタイミングでガキがここに居るのか。

理解できず、俺は立ち尽くすことしか出来なかった。



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