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異界より  作者: yoshiaki
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田所修造の場合 38



俺と親衛隊の連中が本陣前へと来ると、爆発したような歓声によって迎えられた。

本陣の戦士達が武器を掲げて叫び声を上げている。中には泣いている者もいるようで、手で顔を覆っている者も少なくない。

戦士達は駆け寄ってくるようなことは無かったが、皆一様に俺を見つめて叫んでいる。


俺は締めが無様すぎた件があって、素直にこの状況を喜べない。

ぼそぼそ歩いて陣へと近づくと、陣の中より親衛隊に囲まれたダイモーンとニグリスが現れた。ニグリスの脇にはユミルもいる。


本当は一人になりたい気分なのだが、ほかに選べる選択肢も無いので黙って歩み寄る。

近づいて行くとユミルが嬉しそうにニコニコしており、へこんだ気分が少し回復した。

俺も釣られて口元が緩ませていると、ユミルのすぐ脇にいるニグリスの様子がおかしい事に気が付いた。


目が真っ赤だ。

明らかに泣いた後のような顔をしている。いや、今も目に涙を溜めている様子で、注意して見ると体も震わせている。

そして何故か、俺を目線で射殺すように凝視している。

何だ、と俺がうろたえていると、溜めていた涙をぽろぽろとこぼし始め、引き締められていた表情がゆがむ、そしてダッシュで俺に駆け寄り抱き付いてきた。


「お、おい!ニグリス汚れるぞ!」


ドスッと音がしそうな勢いでニグリスが俺に飛びついて来たため、俺はたたらを踏みながら何とか踏みとどまる。

ニグリスは俺に抱きついたため、白で統一された服が泥と血で汚れてしまっている。

また、色白なニグリスの顔も俺の血と泥で汚れた鉄の胸当てに押し付けているため、酷い有様となってしまった。


「落ち着けニグリス!何だ、一体何があった!?」


ニグリスは泣くばかりでまったく話にならない。

ニグリスの傍付きと思われる親衛隊がおろおろと狼狽しており、ダイモーンはやれやれといった感じで首を振っている。

俺も何がなんだが分からずに、これ以上ニグリスを汚すのもためらわれて触れることも出来ずにいると、ダイモーンが指示を出しトロルの親衛隊がニグリスを俺から引き離してくれた。


ニグリスは俺から離れるのを嫌がったが、引き剥がされると正気に戻り、周囲の状況を確認してから己の行動を恥じたのだろう、顔を真っ赤にして固まった。

誰も言葉を発することが出来ず、微妙な空気と静寂があたり一帯をつつむ。


もちろん俺も言葉など発することも出来ずにニグリスを見ていると、固まっていたニグリスと目が合った。

目が合うと、ニグリスはさっと顔を背けてそのまま踵を返し、陣の後方へと足早に去って行く。トロルの親衛隊も慌ててニグリスの後を追う。


「何なんだ、いったい…」


訳の分からない展開に付いていけなく、俺が呆然と立ち尽くしているとダイモーンが俺に向かって、


「まず、その格好を何とかせんといかんの。湯の準備をさせたので案内させる」


そう言うと、脇に控えていた親衛隊の人間が「こちらです」と俺を誘い、陣の奥へと俺を導いた。

俺が去る時、ダイモーンは珍しく真剣な表情で俺を見つめていた。


よく分からん事態に戸惑っていたので、俺はあの場を離れられ正直ほっとしていた。

ニグリスがどうしてあんなになってしまったのか分からないが、あの場に居続けるのは厳しい。

あと、あのダイモーンの表情。体力は回復しているが、マーナは相変わらずガス欠寸前のため頭が上手く働かない。

多分、後でダイモーンに呼び出されるだろうが、今は早く風呂にでも漬かって休みたい。


やけに重く感じるイカリを肩に、俺は重たい足取りで風呂へと向かった。




風呂は陣幕で囲まれた場所に用意されており、ダナーンと同じ木樽の風呂に湯がかけ流しとなっていた。

パックル族の屋敷と同じで女達が待機しており、俺の体を洗うと言ったが「すまない」と断わり、鎧の手入れの手配だけ頼んだ。

女達が去ってから服を脱ぎ、掛け湯を適当に済ませて湯に漬かる。

かけ流しにされている湯の量が多いのと、疲れており面倒だったため、湯船の中でそのまま体を洗った。

湯が酷く汚れたが、まあ別にいいだろとそのまま湯に漬かる。

何故かダナーンの湯より温度が高く、俺好みの温度でとてもリラックスできた。

体を揉み解しながら湯に漬かっていると、陣幕の入り口で誰か入って来る布ずれの音が聞こえた。


服でも持って着てくれたのかな、と入り口のほうを見ると、何故かニグリスがうつむいて立っている。


まったく意味がわからない。


俺が状況を理解できなく動けないでいると、ニグリスがうつむいたまま口を開いた。


「…こんなところまで押しかけて来てしまい…申し訳ない…」

「…いや、それは別にいいんだが…」


かけ流される湯量が多いので、陣幕の中は湯煙が濃く漂っている。

湯煙によってぼやけるニグリスを、混乱した頭でぼんやり見ていたらある事に気が付いた。

ニグリスの胸が膨らんでいるのだ。

着ぶくれとかでは無く、乳の存在がはっきりと分かるふくれ方をしている。


「…驚いたか?…私は王であるため男のように、そなたに接してきたが…本当は女なのだ…」


何となく気づいていた、しかし実際に女だと言われると驚いてしまう。

そして何よりも、薄着のため乳の形がはっきりと現れすぎており、思わず血の巡りがおかしくなってしまいそうになる。

奥歯をかみ締めて、絶対ダメ絶対ダメと精神統一を行う。


「…私はな、前の戦いで王が戦死した時、男とならねばならなかったのだ…ニドベルクも亡国の危機となっており、有力氏族をまとめられる強いゴーモト氏族の長として…」


せっかくニグリスが心の内を真面目に話してくれているのに、乳が気になってしょうがない。薄着のため、かなり形の良い乳であることが分かってしまう。

俺は、ここまで駄目な男だったのか。


「…今回の戦が決まった時、ニドベルクの陣容は酷いものであった。経験の無い戦士が大半でまとまりも無い…いくら4カ国が協力しようとも、誰も勝てるなどと思っていなかった…」


ラハムやガイウスのむさ苦しい顔を必死で想像するが、効果が無い。

くそっ、せめてブラジャーさえあれば、くそっ。


「…しかし、そなたが現れ状況は一変した…」


そう言って、うつむけていた顔を上げるニグリス。

改めてニグリスの顔を見ると、女以外には見えない。長いまつげと切れ長の大きな瞳。男のフリしていた時も感じたが、綺麗な顔だ。

俺は必死で音を立てないように、口内に溜まったつばを飲み込む。


「…そなたはいつも一人で先陣をきってくれた。我々を守るために…そして今回、ユミルからそなたの話を聞いた…戦えなかったトロル族の戦士一人のために、竜種と戦ってくれたと…それを聞いて私は、そなたに私を嫁にもらって欲しいと思った…」


そう言うとニグリスは顔を再びうつむけてしまった。

ユミルの名前が出てきて少し落ち着いたが、嫁発言でリアルな想像をしてしまい、台無しになった。


「待てニグリス、お前の気持ちは嬉しいが…」

「私では駄目なのか!やはりヴィリ殿のような女性が好みなのか!」


お前もヴィリを気にしてたのか、いやちょっと待て、何故近づいてくる


「お、落ち着けニグリス!そう言う意味じゃない!わ、分かった、まず近づくのを止めてくれ!」


俺にそう言われると、息を荒くしながら近づくのを止めるニグリス。

これ以上接近されると、すべてが終わってしまう。

そう、永住決定はなんとしても阻止せねば。


「この戦が終わったら、俺は国に帰らないといけないんだ!だからニグリスと夫婦になるのはまずいだろ!?」

「何故帰らなければならないのだ!私と一緒に暮らすことは出来ないのか!?」

「いや、両親や兄弟も向こうに居るし…」

「ここで新しく私と家族をつくれば良いではないか!それともそなたは私が嫌いなのか!?」


駄目だ、まったく話が通じる状態じゃない。

そして、また近寄ってきた、助けて、だれか助けて。


ニグリスはすでに、湯船の中の俺が見えるレッドライン目前までせまっている。


「よし!分かった!」


俺が大声でニグリスに言うと、ニグリスは動きを止めた。


「その案件は宿題として持ち帰らせてもらう!」


ぎりぎりの距離で俺とニグリスが見詰め合う。


「…宿題とは、いったいなんだ?」

「前向きに検討するといった意味だ」


頼む、ごまかされてくれ!

これ以上近寄られると、ばれる。そして終わってしまう。


俺は必死のポーカーフェイスでニグリスを見つめ、ニグリスも真剣な面持ちで俺を見つめた。



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