田所修造の場合 2
ぺたぺた
やめろよ… 疲れてるんだよ…
ぺたぺた
うーん…… ったく しょうがねぇなぁ…… ん?
……あれ?
実家で飼っている犬が散歩をねだりに起こしに来たのかと思ったが、そもそもここ数年実家に帰っていないし、犬は18歳まで生きるという快挙を成し遂げ2年前に死んでいる。
寝ぼけているな…
なぜか目の前に見知らぬガキが居る。
タバコが欲しくなりまわりを見ると池のそばで寝てたらしい。
起きたら見知らぬ場所…激しくデジャヴを覚える…
自分の格好がスラックスにシャツであることに気が付いた。革靴も脱いでいない。
シャツの胸ポケットにタバコがあった。
すぐに一本抜き取り火をつけて吸う。
タバコの火をつける時、100円ライターの「カチッ」という音に目の前のガキがびくっと反応した。
ガキはじっと俺を見つめている。
俺もガキをぼけっと見ている。
煙を吐き出し、首をゆっくり回す。バキバキ音が鳴った。
しばらくガキとお見合い状態でタバコを吸った。
……前回は深い森だったな、
典型的な朝弱いタイプで、寝起きだと頭が動き始めるまで時間がかかる。
ゆっくりと記憶がよみがえってくる。
深い森のことを思い出すと後はすぐに思い出せた。
川を見つけ、その後黒いものに追われ、川に逃げて泳ぐはめになり、そしてゼリーのような人型のなにかが現れ… そして俺は川でおぼれたはずだ。
川でおぼれて、何で池のほとりにいるんだ?
それに… 服が全部乾いている。それこそ革靴の中の靴下まで。
それどころか、さっき吸ったタバコは完全に乾いていた。
時間がかなり経っているのか?そんなすぐには乾かないと思うが…
フィルター近くまで火種がきていることに気が付き、吸殻入れで火を消す。
ガキは相変わらず俺の目の前で俺を凝視している。
ガキの様子はかなり薄汚れている。
着ている物もぼろ布を頭から被って顔だけ出している。栄養状態が悪いのか痩せ細って目だけがぎょろぎょろしており、顔中泥で汚れたように汚い。
瞳の色が青色なので欧米人の子供だろうか?よく分からん。
足は素足で靴を履いていない。
浮浪者の子供か、難民のようなかっこうだ。
「おい、俺の話す言葉は分かるか?」
無理だとは思うが一応日本語で聞いてみる。
「!”#$%&’“#$$%」
言葉を話すことは出来るらしい。ただガキの言葉は英語・中国語では無く、フランス語ドイツ語にも聞こえない。スペイン語とかか?
とにかく意思の疎通は難しいだろう。せめて英語だったら。
「!”#$%&’“#$%&’“$%」
「%&’“$%%&!”#$%&’“#$%&’“$%%&’“$%%&’“#」
話し続けるガキ。一言たりとも意味がわからん。
「いや何言ってるか俺には分からないんだ」
俺の話す言葉も分からないのだろう、それでもガキは声を絞り出すようにして俺に話し続けた。
ある程度経って、ガキはようやくしゃべるのを止めた。
疲れたのか、俺が言葉を解してないことが分かったのか、俺には判断がつかない。
しゃべるのを止めたと思ったら今度は近づいて来て俺のスラックスをつかむ。
ふと、強烈な異臭に気が付いた。
臭い。ものすごく臭い。雨にぬれた野良犬の匂いよりも臭い。
あまりの刺激臭で身を引きそうになるが、ガキの目を見て動きを止めた。
ガキの目は俺にすがるような、助けを求めているように見えたからだ。
……いやいや、俺にどうしろって言うんだよ…
現在自分自身がおかれた状況自体まったくつかめていない。不思議の国のアリスのような状況が現実で起こっているような異常事態。
そもそも俺はガキが苦手だ。姉貴が実家から5歳の子供連れて一週間俺のアパートに泊まったことがあるが、あれは地獄だったし、実家に帰った時に親戚のガキ共が集まるような時は、年下の従兄弟にガキ共の面倒を見るよう命令し、出来るだけ関わらないようにしてきた。
しかし目の前のガキには、俺が子供苦手だなんて分からないだろう。
ひしっと俺のスラックスをつかんで俺を見上げている。
たくっ、本当にしょうがねぇな
何も分からない、どうしようも無い状況だがとりあえず動くか
俺は立ち上がりガキの頭に手をポンポンとのせる。
ガキが嬉しそうに笑った。
◆
まず現状やら無ければならない事だが、池の周りは少し開けており、その周囲を森が囲んでいる。
とりあえずガキをつれてどこか人のいる所まで行ければいいのだが。
早速ガキの手を引いて森へ進もうとすると、ガキが異常な反応を示した。
森へ入るのに必死に抵抗する。
ギャアギャア騒ぎながら俺も森に入れないようスラックスを引っ張る。
もしかしてこの森危険なのか?
「マジかよ…」
黒いものを思い出しぞっとした。
動きを止めた俺を見てガキも落ち着く。
しかし森へ入れないとなるとどうしようも無い。
とりあえず池のほとりに戻ると、俺の腹が「ぐぅー」となった。多分丸一日以上何も食べていないから、当然ものすごく腹が減っている。
ガキが半口開けて俺を見つめている。
「まず飯をどうにかしないとな」
飯か… 森へ入って食えるものを探そうにも、ガキが反対するだろう。黒いものの事もある。
となると池しかないな。そもそもガキは食料をどうしていたんだ?
まあ格好から見て、ほとんどろくに食事を取れていなかった可能性が高いが。
唯一の選択肢である池に近づくと、水が驚くほど綺麗なことに気が付く。
透明度が高く、魚が結構泳いでいる。
魚を獲りたいが、道具が無い。釣具はもちろん何にも無い。
そもそも釣りなんて小学校の頃、一・二回やっただけで釣具があっても釣れない可能性が高い。うんうんと唸って魚を獲る方法を考えていると、昔読んだ漫画で岩に石をぶつけた衝撃で魚獲る方法を思い出した。
池を見てみると適当な大きさの岩がある。
とりあえず物は試しと、子供の頭ほどもある石を抱えて岩のそばまで行く。石がやけに軽いのが気になったが石灰の固まりとかではなさそうなので強度は問題ないだろう。
岩のそばは、水が腿くらいまでの深さで、俺が岩のそばに行くと魚は逃げてしまった。
しばらく石を振り上げいつでも岩に打ち付けることが出来る体制を保持し、獲物が岩の付近まで来るのを待つ。
ガキは俺が何をやっているか分からないようでボケッと俺の様子を見ている。
池の中には思ったより魚が居るようで、すぐに4・5匹の魚が寄ってきた。
タイミングを逃さず、石を思いっきり岩に叩きつける。
ドガンとものすごい音がして石が爆散した。
予想を超える衝撃にびっくりし、体勢を崩して池に倒れてしまった。
慌てて起き上がり岩の周りを見ると8匹もの魚が気絶して浮かんでる。
急いで魚を風呂敷代わりのシャツに包んで回収する。
そして改めて岩を見ると石が当たった箇所にヒビが入っていた。
とりあえず池のほとりに戻るとガキが目をまん丸にして俺を見つめていた。
驚いたんだろう、俺も驚いた。
獲ってきた魚を見るとフナくらいの大きさで、イワナとかに外見が似ている気がする。
目を覚ますと面倒なので魚の尻尾をつかんで近くの岩に叩き付けた。
止めを刺そうと思ったのだ。
そしたら今度は尻尾を残して魚が爆散した…
尻尾を手に呆然とした。
後ろからビチッビチッと音がして我に帰る。魚が目を覚ましたらしい。
とりあえず出来るだけ力を抑えて魚を岩に打ち付けてみた。
メキョって音がして魚の頭がひしげた。
同じ要領で残りの魚に止めを刺し、先ほど爆散した魚の残骸は池に捨てた。
魚を持ってガキのところに戻ると、ガキは俺を英雄でも見るような目でみた。
魚をガキのところに置き、森の手前で枯れ木を拾う。これはガキにも理解できたようで、ガキも焚き火に使えそうな枯れ木を集めだした。
程なくして焚き火の準備が整い、火が付きやすいよう小枝同士を削り合わせて木屑を作る。
慣れない作業に手間取るが、準備が出来た。
木屑を囲むように小枝を組み合わせ、タバコに火を付けその火種を木屑に落として火をつける。
ふーふー息を吹きかけ火が木屑に火が回るようにするが、上手くいかない。
そもそもこの火の付け方自体友人から聞きかじったやり方で、実際にやるのは初めてだ。
イライラしながらタバコに火を付け火種を作ろうとしていたら、ガキがスラックスを引っ張った。
振り向くと「私、私」と自分を指差し、俺を枯れ木の前から押しやった。
何だ?と思っているとガキの指から「ボー」と火が出て枯れ木が燃え出した。
何だそりゃ
ガキは嬉しそうにニコニコしてる。褒めてほしいのだろう。
異常なのは今に始まったことじゃない。
ガキの頭をポンポンと軽くなで、とりあえず食事の準備をする。
魚はワタとエラだけとって枝に刺して焚き火で焼いた。
魚が焦げないよう火に近づけすぎないようにして、じっくりと焼いた。
ガキは待ちきれないようで、魚と俺を交互にキョロキョロと見ている。その様子が昔実家で飼っていた犬にそっくりで笑った。
魚が焼きあがったことを確認すると、まずガキに焼けた魚を渡す。
小さい口で不器用にむしゃぶりつく。まだ熱いのだろう、手間取りながらも必死で魚をだべる。
俺も魚を一本取り食べだした。うろこが気になるかと思ったが、焼けてしまっていてそれほど気にならない。一日ぶりの食事だからだろうが、魚はすごく美味かった。