田所修造の場合 36
「何考えてんですか!こんなに傷ついてるユミルを引っ張って、どこ行こうとしてるんですか!」
ユミルを引っつかんで歩く俺にリジルが怒鳴りつける。
俺はリジルを無視しながら、進行方向をさえぎられてもそのまま押し切って進み続ける。
ユミルは怯え、戸惑いながらも俺の手を離さないでついてくる。
視界が、怒りで真っ赤に染まっている。
鞴のように息を吐き体内の熱を排出するが、体が燃えているかのように熱い。
この熱はずっと俺の体内にあった。ただ今はユミルの話を聞いて、手をつけられない程大きくなっている。
「カークス、俺とユミルは本隊へ行ってくる。お前はリジルを連れてガイウスに伝えに行け」
リジルの後ろでどうしたら良いか分からずに、おろおろとしていたカークスに告げる。
カークスは俺にそう告げられると、戸惑いながらも抵抗するリジルを押さえつける。
リジルの「ふざけんなぁ!何考えてんだぁ!」という激高した声が聞こえたが、まるでヘルメットの上から聞いているようで、熱に浮かされた頭には入ってこない。
俺はイカリを担いでおり、ユミルはガイウスの消防斧に似た大きな斧を手に持っている。
斧はガイウスが朝食後、持っていてくれと一時的に預けられたものだ。
俺はユミルの手を引きながら、だまって黙々と歩く。
「知ってるか、ユミル。俺も最近知ったんだが、恐怖ってのは消せるんだ」
唐突に言った俺の言葉にユミルは反応せず、人気の無い街中を沈黙が包む。
握ったユミルの手のひらからも、何も伝わってこない。
「その手に持った斧を振る度に、恐怖は消える。恐怖が消えた時、かあちゃんを助けられる」
ユミルはやはり返事をしなかったが、俺が「かあちゃん」と言った時、体がびくりと反応した。俺はユミルの前を歩いており、ユミルの顔は見えない。
「お前のかあちゃんは、ずっと竜種の腹の中でお前を待っている。俺とお前で、かあちゃん助けんだ」
俺の手を握る力が強くなり「…助けられっがなぁ」とユミルが不安そうに聞いてきた。
「助けんだよ、絶対に」
ユミルはそれっきり喋らず、俺も黙って歩いた。
静かな街中を、防壁の無い防衛箇所へ向けて歩く。
自分でも自分がコントロールできなくなり、ユミルを引っ張って飛び出して来てしまった。
どうするかなんて、まったく考えてない。
ただ、我慢ならなかった。ユミルをあそこまで追い詰めた奴らが、どうしても許せなかった。
ガイウスの悲しそうな顔、リジルの激怒した顔、カークスの悔しそうな顔、そして人形のようなユミルの顔。
我慢ならない。すべてが我慢ならない。
とめどなく溢れてくる思いが、抑えられない。
今までは何とか抑えてきたが、もう限界だ。
だから俺はこの思いを
俺は、もう抑えない
◆
俺とユミルが防衛箇所へ到着すると、何故か本隊の戦士達がざわついた。
本来であれば勝手に持ち場を離れたため、事後報告となってもダイモーンに報告すべきなのだろうが、そんなことをしている余裕は、無い。
俺とユミルは戦士達に向かって進み続ける。
自然と戦士達が道を空け、俺とユミルは進み続ける。
しばらく陣の中を進んでいると、慌てた様子の親衛隊の戦士が走ってきた。
「それはいったい… どうされたのですか!バアフン殿!?」
俺はユミルの手を握り、親衛隊の戦士は相手にせず進み続ける。何を言われたのか耳に入ってこない。
うろたえた様子の親衛隊の戦士は、俺達を追ってくることはしなかった。
やがて戦士達の最前列に到達すると、俺とユミルは陣の前方へ出た。
イカリを地面へ軽く振り突き刺す。
ユミルの手を離し、首をゆっくりと回す。
前方を見つめる、竜種の姿はまだ見えない。
「準備はいいか、ユミル」
ユミルからの返事は無い。
「もうすぐ奴らが来る。俺達は、お前のかあちゃんを助ける」
何故か分からないが、もうすぐ竜種が来ることが俺には分かった。
予感とか、そういうあいまいなものでは無く、誰かに教えられたように、はっきりと奴らが来ると俺には分かった。
「お、お、おら、や、や、やっぱりこぇえぇ…」
「斧振りゃなおる」
俺はじっと奴らが来る方角を睨みつける。
すぐ後ろには本陣1300人がいるのだろうが、視界には誰一人いない。
左手にユミルの気配が感じられ、後ろからは浮き足立っている本陣の気配が感じられる。
感覚が針の先端のように研ぎ澄まされる。
「来るぞ」
後ろから「竜種が来たぞ!」と物見の叫ぶ声が聞こえた。
「お、お、おらに、か、か、かあちゃん助けられっがな?」
「助けんだよ、俺とお前で、絶対に」
視界の奥のほうに土煙が見え、次第に竜種の影が見え始めた。
隣にいるユミルがパニックになりかけていることが感じられ、俺はユミルを見た。
まるで心臓を捕まれたかのように、呼吸も安定せず、死にかけているような顔色だった。
俺はユミルに熱を分けてやり、前に向き直った。
「…バ、バ、バ、バアフン…か、か、体暖がぐなっで、お、お、お斧さ軽ぐなっだ…」
「そうか、もうすぐだユミル、斧をかまえろ」
「えぇ?バ、バ、バアフン、お、お、おめえ体、ひ、ひ、ひかっでっぞ…」
「ユミル、お前は俺の後ろにぴったりついて来い、絶対に俺から離れるな」
竜種の影が大きくなり、土煙が巨大な影を落とす。
相変わらず、地に響くような吼え声を上げている。
「59匹か、ズメイの野郎、人様をなめやがって…」
イカリを握り締め、腰を落とす。
左のユミルが戸惑いながら斧をかまえるのが分かった。
後方の陣営は相変わらず浮き足だっている。
「お前らは犬死だ。ズメイでも恨むんだな」
陸竜の姿がはっきり見え、奴らが馬鹿みたいに大口を開けて迫って来た。
「行くぞ、ユミル」
俺はそう言って走り出す。
いろんな雑音が聞こえるが、気にしない。
思いが、アーンスンの、ラハムの、リジルの、ガイウスの、カークスの思いが、そしてユミルの思いが、たくさんの数え切れない思いが俺を突き動かす。
俺は土煙を上げて近寄ってくる竜種に向かって走る。
風が俺とユミルを後押しし、進行方向の風が俺達を避ける。
地面が俺とユミルが走りやすいよう段差が消え、平坦な道となる。
体が軽くなり、イカリの重さが消える。
逆に、竜種共の進行を阻害するように風が吹き荒れ、光が瞬き、地面が足元へ巻きついて、竜種は次々と倒れ、倒れない者も棒立ちとなった。
俺とユミルは重力から開放され、風に運ばれ空を飛ぶ。
「もう我慢の限界だ。皆殺しにしてやる」
俺とユミルはすべてに包まれ、竜種の群れに突っ込んでいく。
「斧を振れぇ!ユミルぅ!」
「か、か、かかかぁあちゃぁん!!!」
竜種は殺す。
精霊に包まれ光の固まりとなった俺とユミルは、一番手前の陸竜へと肉薄する。
急速に接近された陸竜は、俺とユミルを見開いた目で見つめていた。
溜まりに溜まった思いをイカリにのせて、吹き荒れる超高密度の精霊の固まりとなって、陸竜の胸をイカリが突く。
まるで針で突かれた風船のように、イカリで突かれた陸竜は上半身が爆散し、足と尻尾の一部を残して粉々となる。
風が濃い血の霧を即座に巻き上げて視界が晴れる。
俺は、完全に動作の止まった陸竜共を見下ろした。