田所修造の場合 35
「随分と、楽しそうだったな、カークス君?」
不快な朝食の時間を過ごした後、アーンスンとガイウスは仕事があるとダーナの王女の住むモスクのような建物へ向かった。
残されたのは俺とカークスとユミル。ユミルは何か悪気なさそうなため、俺のストレスは自然とカークスへ向かう。
「…い、いや、全然楽しくなんて…… すいません。嘘つきました。副隊長とあんなにおしゃべりできてすごく楽しかったです」
少し睨んだだけで、とても素直になってくれたカークス。
「ふっ、冗談だよ。俺があんなことで怒るわけないだろ?」
「あれ?でもコップ砕いてましたよね?」
「…え?何、今何か言った?」
「…いえ…特に何も言ってません」
「おっちょこちょいさんだな、カークス君は」と俺がカークスと交流していると、ユミルが俺とカークスの服を引っ張る。
「あ、あ、あ、あ、あ、あれえ、り、り、りりりぃ、りじるちゃんだぁぁ…」
あわあわしてるユミルの指差す方向をみると、確かにリジルがいる。
て言うか、お前どもりが何時もより酷いし、腰砕けてるし、お前にとってのリジルは一体何なんだ?
リジルはまだこちらに気が付いていないらしく、コップを持ってふらふらとしながら配給に向かい歩いている。
「おーいリジル!」
俺がリジルに声をかけると、カークスとユミルが「何してんのこの人!」といった目で俺を見つめてきた。
「…あ、バアフンさん。…それとカークスにユミル」
随分酒が残っているようでつらそうにしながら俺達の席まで来ると、俺がここ座れとうながすままに席についた。
「ものすごく…気持ち悪い…」
辛そうにコップに入った水をすするリジル。
「おい大丈夫かリジル?朝食は芋のポタージュスープだったが、飲めそうか?」
「…うん。…飲む」
「僕、とって来ます」
そう言ってカークスが席を立つ。
残ったユミルが顔に酷い脂汗をかいている。
お前、本当に何されたんだ?
「…何でお酒なんか飲んだんだろう…全然昨日の記憶が無い…」
「リジルお前、昨日の記憶無いのか?」
「…頭、痛くて思い出せない…何となく、カークスとユミルとでお酒飲んでた気はするんだけど…」
そう言いながら気持ち悪そうにコップの水をすするリジル。
コップを見てみると残り少なくなってきているので「ちょっと待ってろ」と、リジルのコップを持って席を立った。
少し歩いてからユミルが気になったので振り返ってみると、顔面蒼白で目を見開き俺を見つめていた。
可哀想だが、無視して水を汲みにいく。
水場は配給箇所の近くなのでカークスに会うかと思ったが、どうやらすれ違いになったらしい。ユミルが心配なので早足で水場に到着すると、ようやく動けるようになった奴が多いのか、水場の井戸には列が出来ていた。
しょうがないので列に並んで順番が来るのを待つ。
前に並んでいた奴らが、俺に先に井戸を使うよう気を使ってくれたが「気にするな、お前ら先に使え」と断わった。
ユミルは可哀想だが、カークスがすぐに戻るだろうと割り切り、ゆっくり順番が来るのを待った。
意外に時間が掛かっちまったと急いでみんなの待つテーブルへ戻ってくると、リジル達がいるはずのテーブルには人だかりが出来ていた。
「何だ?」と思ったその時、若いトロルの戦士が人の輪から宙を跳んで飛び出てきた。
飛び出てきた若いトロルの戦士は肩から地面に着地すると、大きく跳ねてごろごろ地面を転がった。
地面でうめきながら、両の手で顔の中心を押さえているが、指の間からはおびただしい量の血が漏れている。
鼻頭でも殴られたのか?
俺が殴られた奴に近づいて行くと、テーブルに集まった人だかりが俺に気が付き「ぎゃぁ!」と悲鳴を上げ蜘蛛の子を散らすように散って行った。
殴られた奴が、まだ地面にうずくまっているのを目の端に捕らえながら、リジル達がいるはずのテーブルを見ると、カークスが顔をうつむけて立っていた。
背後に、地べたに座り込んだリジルと両手で顔を覆ったユミルがいた。
黙って近寄りカークスに「何があった」と聞くが、カークスは何も答えない。
カークスの腕を取り拳を見ると、拳の皮がむけて血が滲んでいた。
テーブルに水の入ったコップを置くと、踵を返し地面にはいつくばったままの若いトロルの戦士に近づき、髪を掴んで顔を上げさせる。
「何だ、これは?」
初めて俺がいることに気が付いたのか「ひぃっ!」と顔を引きつらせ硬直した若いトロルの頬を、俺なりに手加減してはたく。
はじかれた顔が吹っ飛んで行こうとするが、髪を俺に捕まれているので吹っ飛ぶことが出来ない。
トロルの強靭な回復力で止まった鼻血が再び勢い良く噴出し、若いトロルは「あぁぁ」とうめきながら涙を流した。
「何だと聞いている。泣いてねえで答えろ」
「ご、ごめんなさい!ユ、ユミルの奴をみんなでからかってたら、エルフの女が楯突いてきたんで、勢いで突き飛ばしちゃって、そしたらカークスが怒って…」
俺は、無言で髪を掴んだ腕を振り上げ、そいつを放り投げた。
近くのテーブルに突っ込んで行ったそいつを無視してカークスのところへ戻る。
顔をうつむけ無言で立ち尽くすカークスを無理やり椅子に座らせ、リジルを起こし土を払って椅子に座らせる。
泣いているユミルに「泣くな!」と椅子に座らせてから、自分も椅子に座る。
「何があった」
俺がそう聞くと、しばらくしてリジルが口を開いた。
「あいつら、大勢で近寄ってきて、ユミルに『戦えないくせに隊長の甥っ子だからってでかい面しやがって』とか『英雄の息子らしいが、本当の息子なのか?オルグの子供と間違えられたんじゃねぇのか?』とか散々ユミルに絡んできて、わたし、頭にきちゃって、あいつらに怒鳴り散らしちゃったの、そしたらわたし突き飛ばされて、カークスが…」
俺はカークスを無言で見つめるが、カークスは頭を上げない。
ユミルが漏らす嗚咽を聞きながら、しばらく俺は何も言わなかった。
「…俺も、あいつらと同じなんです…ユミルがいじめられているのに…俺、最初は何もしなかった…いじめられるの…当たり前だと、思ってしまった…」
枯れそうな声を絞り出すようにカークスがつぶやく。
「…そしたらリジルさんが…汚いって、大勢で一人を囲んで…お前ら恥ずかしくないのかって……俺、恥ずかしくなって…そしたらリジルさんが突き飛ばされて、頭に血が上って…」
「何で、いじめられるのが当たり前だと思ったんだ?」
カークスを追い詰めないようにゆっくりと聞く。
「…トロルで、しかも戦場で戦えないのは、恥ずかしい事だって皆思ってる。トロルは他の種族より力もあるし、体も強い。なのにユミルは、体だってトロルの中でも大きいのに台車を引いている。いい奴だってのは分かってるんです。でも、どうしてもそう思ってしまって…」
ユミルに視線をやると、まだ両手で顔を覆い泣いていた。
「おい、ユミル」
「…バ、バ、バアフン?」
泣きはらした顔で俺を見つめるユミル。
「ガイウスも言ってたが、お前戦えないんだってな… どうして戦えないんだ?」
俺にそう言われると、目を泳がせて落ち着かない様子でユミルが体を揺らす。
「…ガイウス、お前が戦えないこと、すごく苦しそうに話してたぞ」
あの日ガイウスが、ユミルが戦えないことを目の前の空間に向かってつぶやいていた風景を思い出す。
俺は不思議に思い「お前、本当に戦えないのか?」とユミルに聞いた。
「お、お、おら、こ、こ、こえぇ…と、と、と、父ちゃんと、か、か、かかあちゃんを食った、り、り、り、りりりぅ、竜種が、こ、こ、こぇえんだ!」
「か、か、かあちゃん、い、い、いだいっで、言っでだ。り、り、り竜種に噛まれて、い、い、いいだいっで…」
「…そんで、かあちゃん…そのまま竜種にのまれじまっだ…」
話し終わると、ユミルは人形みたいに無表情になった。
カークスとリジルはユミルの話を聞いて硬直してしまっている。
ユミルは自分を閉ざしてしまったように、まったく動かない。
「お前は、かあちゃんを助けようとしなかったのか?」
硬直し、固まっていたカークスとリジルが信じられないものでも見るように俺を見た。
「竜種に、かあちゃん食われて、お前は助けようとしたのかって聞いてるんだよ、俺は」
「…えぇ?」
表情を失っていたユミルが、苦しそうに顔をゆがめてうめいた。
「バアフンさん!それはあんまりです!」
リジルの叫ぶ声を無視して「お前はかあちゃん助けようとしたのかって聞いてるんだよ!」とユミルの耳元で叫ぶ。
カークスは呆然とし、リジルは怒りをたたえた瞳で俺を見つめた。
「…おら、逃げだ…必死で逃げだ…かあちゃん助けるなんて、考えもしながっだ…」
俺はユミルの頬を力を抑えて、はる。
ユミルは体全体をのけぞらせながら、顔を吹き飛ばされて仰向けに倒れた。
「何してんですかっ!!ユミルに、何してんですか!!」
激怒してるリジルを無視し、倒れたユミルに近寄る。
「行くぞ」
「え?」
何が何だか分からないといった感じでユミルが聞き返す。
「今から俺とお前で、かあちゃん助けに行くんだよ」
俺がそう言うと、ユミルは呆然とした表情で俺を見つめた。